第10話 月詠邸での食事
学校から体感で徒歩三十分くらいのところにその家はあった。
別にここは高級住宅街というわけではない。
辺りを見回せば一戸建ての家やアパートが目に入る。
だからだろう。そこにある家が何かしらの特異点の様に見えるのは。
「ここが私の家よ」
「……」
「どうしたの? そんなボーっとした顔して……」
「いや……何というか、俺の予想は間違ってなかったというか……」
「予想……?」
「うん……月詠がお嬢様じゃないかっていうね」
「私そんなんじゃないんだけど……」
「でも、これを見たら、ねぇ……」
「……ちょっと、他よりも大きいだけじゃない」
「ちょっと、ねぇ……」
そこあるのは周りに建ってある家より明らかに大きい建築物だ。
どう見ても二世帯住宅ような気がするけど、表札には『月詠』と一つの苗字だけが書かれてある。たぶんだけど月詠の家族――おそらく四人だけで住んでいるんだろう。どうみたって裕福な家庭だ。
下手したらお手伝いさんとかがいるのかもしれない……。
月詠はお嬢様説を否定したけど……俺って結構すごい人の家に来ちゃってる!?
「とりあえず入りましょ」
「お、おう……」
俺が怖気づいていて二の足を踏観そうになった時、玄関の扉があいた。
もしかして開けてくれる人がいるのか?と思ったけどそこから出てきたのは明らかにウチの高校の生徒だった。
その顔も見たことがある。そしてあの時と同じようなスポーツウェアを着ている。
「あら葵、今から部活?」
「うん、今日は午後からなんだ。そういう姉ちゃんは……って訊くだけ野暮かな?」
「……一応訊くけどどういう意味よ」
「そんなの、彼氏を家に連れこ――」
「違うわよ!」
「またまた、姉ちゃんも嘘が下手なんだから。しかもその相手も予想通りだし。――こんにちは如月先輩。やっぱり姉ちゃんとはできてたんですね。それとも最近ですか?」
「はは……葵も相変わらず元気だな。そして、とりあえず違うと否定させてくれ」
「またまた……そういう体ってことですよね? 周りには内緒で、みたいな」
「いや、ホントに違くてだな……」
「まぁ、今はそういうことにしておきますよ」
「今はって……」
「私はもう部活に行くのでごゆっくり……あ、それと中にお母さんがいますのでくれぐれも注意してくださいね」
「あー、もう早く部活に行け」
何を注意すればいいかなんて突っ込まないぞ。
俺は葵に会うのはこれで二回目だけどなんだか扱い方がわかってきたがする。
彼女とはまともにやりあうだけ無駄ということが。
「わかってます、邪魔者は消えますね。それじゃ行ってくるねお姉ちゃん」
「はぁ……気を付けてね」
そうして台風のような葵はこれまた颯爽と学校に向かっていった。
葵がいなくなるとここがいきなり静かな場所になった。
俺たちの間に微妙な空気が流れる。
「……」
「……」
それを打破したのは、妹が残した影響を感じてか月詠からだった。
「ごめんねウチの妹が……」
「いや、前も同じような感じだったしもう慣れたかも」
「そういえば如月くん普通に話してたわね。いつの間に葵と仲良くなってたの?」
「こないだの清掃活動の帰りで小鳥遊と一緒に付いて来てね。そこで知り合った」
「清掃活動……そう、なるほどね……だからあの時……」
「……うん?」
「いや、こっちの話」
よくわからないが月詠の中で何かが解決したようだ。
「それじゃ、行きましょうか」
「……おう」
「……? どうしたの?」
「いや、ちょっとな……」
俺はこれから女子の家に入るということを葵があんなこと言うから余計に意識してしまっていた。
どう考えたって、同級生の女子の家でご飯を食べるってかなり大胆なことだし、それがみんなの憧れで美女の月詠美鈴の家っていうんだから、もういろんな意味でヤバい。
さっきの月詠は俺の人となりで判断してたけど、異性として男子を招くことに関しては何も思ってないのだろうか?
……いや、月詠のことだからそこら辺も考慮したうえでの判断だろうな。俺なら別にいいみたいな。
う~ん……それはそれで嬉しいような嬉しくないような微妙な感じだ。まぁ、でも嫌われてないだけましってことか。
あとさっきは葵の話を流して聞いてたけど、結構重大なことも言ってた気がするんだが……思い出せないな。
てことはそこまで重要じゃないってことかもしれない。
そんな些末事は忘れるとして、今は覚悟を決めて月詠の家にお邪魔させてもらいますか。
「よし、行こう」
「そんな何かの覚悟を決めたような顔しなくてもいいのに」
「いや、気にしないでくれ」
「そう? じゃあ入るわよ」
そう言って月詠は扉を開けた。
俺はその後を付いて行く。
玄関は家の大きさだけあってかなり広い。
これなら何足も靴が置けそうだ。現におしゃれ用なのか何足か置いてある。
「あれ、これってお母さんの靴……」
「おかあさんの、くつ……?」
月詠はその中の一つに注目しているようだ。
それってそういうブランドの靴のことか……? なんか母性本能を発揮させてくれるような催眠効果の付いた靴を売ってるところのとか?
……ってそんな怪しい靴を月詠が買うわけないよな。
ということはやっぱりそのまんまの意味の…………“母親の靴”ってことを言ってるのか……? ……そういえば葵がそんなことを言ってた気が……。
「あら、美鈴帰ってきたのね」
「あ、うん。ただいま。お母さん、今日仕事なかったの?」
「おかえりなさい。今日の朝言ったじゃない、『ゴールデンウィークは休暇を取った』って。会社から有給とれとれうるさいのよ」
「そういえばそんなこと言ってたわね」
「それで……美鈴一つ聞いていい?」
「何よ?」
「後ろの彼のことは説明してくれるのよね」
「えっ……?」
「私、期待していいのよね」
「あっ……えっと……」
「美鈴にできた初めての――」
「――友達よ」
「かれ――ってもう恥ずかしがらなくてもいいじゃない」
「本当よ」
「こんなこと美鈴は言ってるけど、本当にいいの?」
「あはは――事実ですから」
ここで俺にふりますか。
いきなり表れた月詠にの黒髪の美人でいかにもできそうな感じの人は俺の予想通り月詠の母親のようだ。
流石にこの展開を俺は全く予想もしてなかったので俺の脳はパンク寸前だ。
初めて入る家、それも異性、そしてその母親……神よ、俺にどうしろっていうんですか。
当の月詠ですら俺の存在を忘れるくらいのインパクトだったようだし俺には対処は無理ですよ。
俺は今、恥ずかしいという感情するらうまく認識できていない。
「そうなの……? はぁ、ちょっとは期待したんだけどなぁ……。でも美鈴に男の子の友達もできたみたいだし、それはそれでよしとしますか」
「ははは」
「高校三年にして長かった冬も終わって、ようやく美鈴にも春が来たみたいね」
「もう! いい加減にしてよお母さん!」
「わかりましたよ。からかうのもこれくらいにしておこうかしらね。これ以上したら拗ねちゃいそうだし」
「別に拗ねないわよ」
「はいはい。とりあえず二人とも入ってらっしゃい」
「はぁ……ごめんね如月くん……」
「ううん、大丈夫。それじゃあお邪魔します」
俺のこのオーバーヒート気味の脳みそでわかることは一つだけ。
月詠って母さんと仲いいんだなぁ……。
俺が通された先に会ったのは大きな空間だった。
そこには大型のテレビとスピーカーがあり、なんだか高級そうなソファーとテーブルがある。ここがリビングなのだろう。
そして壁には大きな絵が何枚も飾ってあった。
俺に芸術的センスは皆無だがなんだかすごいというのは伝わってくる。おそらく油絵だろう。
もうなんかホテルのロビーにいるような感じだ。ここにフロントがあっても受け入れられる。
俺たちは部屋に入ってきた流れでソファーに座った。ふかふかで座り心地は最高だ。
ソファーに座るといくらか落ち着いてきて、脳が正常な働きを再開してくれた気がする。
あと、流石にお手伝いさんはいないようだった。
「二人ともお昼ご飯は食べたの?」
「いいや、食べてないわ。ウチで食べようと思ってたから」
「そうなの? それならせっかくだし、美鈴が作ってあげればいいじゃない。彼も私の料理なんかより美鈴の方がいいだろうし。ねぇ」
「いや、えっと……」
すげー返答に困るんですけど……。
だが、正直な答えとしたらどっちのご飯も食べてみたい、だ。
同級生の女子の料理っていうのも気になるし、他の家庭の味ってのも気になる。
「最初から私が作るつもりだったからそれでいいんだけど……なんかお母さんの言い方引っかかるわね」
「まぁ、そこは気にしないでさ」
「はぁ……」
そうため息つきながら月詠はキッチンに向かっていった。
自分用のがあるのかしっかりとエプロンをつけた。
月詠のエプロン姿は似合っているし、その下が制服というのは妙に男心をくすぐる。
なんとなく学生が奥さんをしているような感じだ。
あれで「おかえりなさい、あなた」とか言われたらいやでも勘違いしてしまうだろう……。
「……」
俺はそれ以上の妄想をする前に顔を戻した。
「美鈴、私の分もお願いね。まだお昼ご飯食べてないのよ」
「はいはい」
そんな俺の葛藤を知らないだろう二人はそのまま会話を続けていた。
どうやら三人で昼飯を食べることになりそうだ。
とりあえず、俺の邪な考えをしてたことがばバレなくてよかった……。
「それで、君の名前を教えてくれる?」
「あ、はい。俺は如月蒼真っていいます」
「如月蒼真くんね、うん。ちゃんと覚えたわ。それじゃこれからは……蒼真くんと呼ばせてもらってもいいかしら?」
「別に構いませんよ」
「ありがとう。私は
「はぁ……」
どこか、小鳥遊の母さんと同じ匂いがするな。それもあの人より濃厚な……。
最初の一つはまぁ、百歩譲っていいとしよう。でも後の二つはどう考えてもダメだろう。
あだ名はこっちが呼びにくいし、『お義母さん』ってもう色々と進みすぎている。
「では、月詠のお母さんと呼びます」
「もう……そんなかしこまらなくてもいいのに。それにそれだと呼びにくいでしょ?」
「いや、これが普通だと思いますけど?」
俺はこの少しの会話だけで緊張が解けてきていた。
これがもし月詠のお母さんが狙ってやったのなら策士だがはたして……。
「仕方ないわね、今はそれでいいわ」
「助かります」
というかあれだな。このテンションでの会話はどこか葵に似てるな。あの性格は母親譲りということか。
つまり、あれは素ということか。
「それで蒼真くんは本当のところ美鈴とどういう関係なの? やっぱり恋人?」
「違いますよ! 俺たちはその……月詠も言っていたように友達ですよ」
俺って月詠の友達でいいんだよな……?
まぁ、さっき月詠もそう言ってたしそれでいいか。
俺と月詠はクラスも違うのでいつも合う時は仕事をする時だったので、はっきりとそういえる自信は無かったが、月詠からそう言ってくれたことで仕事仲間から友達に俺の中で関係が変化した。
小鳥遊の時もそうだったが、俺にはそういったことを決める自信が無いのでそう言った事実を言ってくれると助かる。
「そうなの……それは残念だわ。でも……あの美鈴に男子の友達ができるなんてね。ちょっと感慨深いわね」
「そうですか? 別にクラスに友達の一人や二人くらいいそうですがね」
確か葵もそんなこと言ってたよな……本当に月詠には男友達がいないのか? まぁ、そんなこと本人には訊けないけど。
「かもしれないけど、少なくとも私が知ってる限りでは男の子をこの家に連れてきたのは蒼真くんが初めてよ。まぁ、美鈴が私に隠れて連れ込んでていたら別だけど……」
「そんなことしてないわよ!」
「あらあら、聞こえちゃったみたいね」
キッチンの方から月詠の反論が飛んできた。
オープンキッチンなのでここでの会話は月詠には丸聞こえだ。
「蒼真くんは美鈴とはどこで知り合ったの?」
なんかこの感じ、付き合って彼女の親にあいさつしてるみたいですごく居心地が悪いんですけど。
まぁ、でもやましいこともないし話さない理由もないか。
「えっと……委員会で」
「委員会っていうと生徒会関係かな?」
「いいえ、俺は学事補助委員ってのをやってまして、本当はクラスの係みたいなものなんですよ。それが色々あって生徒会の手伝いをした時に初めて月詠と話しました」
「そっか……ロマンチックな出会いではないけど、ある程度は運命的でいいわね。それで関係ができたと」
「関係って……まぁ、そういうことです」
「いいわね。二人は仲もいいようだしこれならあとは二人でデートとかしたら本当に美鈴と付き合えるんじゃないかしら?」
「お母さん!」
「あら、また聞こえちゃったわね」
「えっと……」
わざと言ってるでしょこの人。
「一つ訊きたいんですけど……月詠のお母さんは俺と月詠をくっつけたいんですか? 先ほどからそんなふうに聞こえるもので」
「ええ、そうね」
「えっと……どうして?」
「そんなの美鈴が幸せになるからに決まってるじゃない。娘の幸せを願わない親なんていないのよ」
「それはわかりますけど……俺とは初対面ですよね。そんな奴が娘を幸せにできるかなんてわからないもんじゃないですか?」
「そうね。でも私はこれでも人を見る目はあるのよ? 蒼真くんは責任感も強そうだし、話をしただけでも真面目っていうのは伝わってくる。なにより、あの美鈴が楽しそうにしてるもの。これだけあれば応援したくなるじゃない?」
「俺はそんな立派な人間じゃないんですけどね……」
俺なんて岬先生に一歩間違えれば社会のクズ扱いされるような人間だ。
月詠のお母さんのその評価は過大評価にもほどがある。
今までだって、それに今日も言われなかったらやっていなかったのだから。
つまり、娘の幸せを願うならもっと別の人間の方がいい気がするが……。
「ほら、そうやって謙遜する。そういう所も評価は高いのよ?」
「いや、あそこまで持ち上げられたら普通そういう風に言いますって」
「でも蒼真くんは本心でそう言ってる。そこに打算は無いじゃない」
「いや、普通打算なんてないのでは……?」
「そうなんだけどね……でもたまにそういうクズみたいな人がいるのよ」
「そうなんですか」
岬先生も月詠のお母さんもそんな社会のクズに出会ってるからそういうことが言えるのだろう。
「お母さんはね人事部の人だからそういうのを見極めるのが得意なのよ」
そういう月詠の声が聞こえてきたときには食欲をそそるような匂いが漂ってきた。
声をした方を見るとそこには食卓があり、その上には皿が置かれているところだ。
このままいけば社会の闇か月詠との今後の関係についてかの話になりそうだったのでタイミングとしてもばっちりだ。
「美鈴、何作ったの?」
「簡単にカルボナーラよ。如月くんの口に合えばいいんだけど……」
「大丈夫だと思うわよ。きっとまずくても『おいしい』って言ってちゃんと全部食べてくれるはずだもの」
「いや、その時は残していいわよ……」
「いや、普通においしそうな匂いしてるし、まずいってことは無いと思うよ。それに作ったのは月詠だし漫画みたいな失敗は無いはずだからね」
漫画とかで美少女が作った料理はよく、見た目完璧、味は地獄とかいうゲテモノが出てくるけど、あんなのは現実的にはありえないだろう。それならまだ半生とかの方が可能性は高いけど……でも、簡単にカルボナーラを作るくらいだ。料理の腕が並み以上なのは確かだろうし、なにより作ったのが月詠ならその心配は杞憂だろう。自前のエプロンも持ってるしな。
いや、でも午前中の件もあるし、月詠も完璧じゃないのは確かだからなぁ……まぁ、でもマジでやばかったら今頃は月詠のお母さんが止めてるだろうし、大丈夫だろう、きっと……。
「ねえ如月くん、今変なこと思い出してない……?」
「いや、まさか」
「どうだか……」
鋭いな。
こういう眼力は母親譲りなのだろうか。
「イチャイチャするのは後にして食べましょ。私お腹減っちゃったわ」
「イチャイチャなんてしてないわよ……」
そうして俺たちは食卓に着いた。
俺は月詠の隣に、月詠のお母さんは俺とは反対側の席に座った。
そこが普段の席なのだろう。ということは俺のところは葵が座ってるのかもしれない。そして反対側の空いてる所はきっとお父さんの席なのだ。
「普通にうまそうじゃん。これで自信ないとかありえないんですけど」
「それは食べてみないとわからないわよ」
「絶対に大丈夫だって」
料理が目の前にあり、先ほどよりも強い匂いで鼻が刺激され口の中で唾液が止まらずに出てくる。このままいけば溢れてしまうかもしれない。
それほどまでに目の前にある料理は完璧で食べる前からわかるがこれが失敗作のわけがないし、うまくないはずがない。
さっきの俺の考えは完全に的外れで恥ずかしい。
「それじゃあ、いただきます」
テーブルに置いてあるフォークでクルっと巻き取って口に運んでいく。
そして一口食べただけで濃厚なクリームが嗅覚、味覚を貫いていく。口の中ではクリームが解けていき、ちょうどいい硬さのパスタと一緒に喉奥に消えていった。
俺はこれだけで、今日一日の疲労は吹き飛び幸福感が満ちていた。
もう最高です!
「よかったわね。蒼真くんとてもおいしそうに食べてるわよ。それじゃあ、私も……うん、いつもよりも数段おいしいわね」
「ホント、口に合ってよかったわ」
「いや、マジで、想像以上にうまいよ。こんなの食べたらまた食いたくなる」
「あらら、美鈴も策士ね。まずは胃袋からってことかしら?」
「……そんなんじゃないわよ。たまたま如月くんの好みに合っただけじゃない。如月くんも変なこと言わないで」
「いや、別に変ことなんて言ってないけどな。それにしても、ホントにうまいなこれ」
「如月くん……」
「ふふふ」
なんだか泣きそうな声で何か言われたけどそんなのは左耳から入って右耳から出ていった。
今は俺の右手に握ってあるフォークが止まらなくてそんなところに意識を向けられない。
「月詠はいつも料理してるの?」
「ううん、そんなことはないわ。やっても週に一度くらいよ」
「ふ~ん」
それでこのうまさはもはや才能だろうな。
それからは味わいながらゆっくりと食べた。あのペースで食べてたらすぐになくなってしまいもったいない。
まぁ、それでも食べ終わったのは俺が最初だったけど。
「ごちそうさま」
月詠が最後にそう言って今日の月詠家での食事は終了した。
「如月くんどうだった? 早く食べ終わってたけど少なかったかしら?」
「ううん、量もちょうどよかったし大丈夫。ただうますぎて食べるのが早かっただけだから。いや、ホント今日はありがと」
「そ、そう……」
俺がそう言うと、月詠は恥ずかしそうに声をそぼめて返事をしてきた。若干顔が赤くなってるのは気のせいではないだろう。
月詠でもこんなことで恥ずかしがるようで、これまた新発見だった。
「ここで訊いてみましょうか。蒼真くん、ウチに初めてきた感想は何かある?」
少し待ったりしてると月詠のお母さんからそんなことを訊かれた。
「感想ですか……そうですね、最初はホテルかと思いましたね。周りの家より一回りは大きいし、中に入ってみるとリビングは案の定広いし、壁には何かの絵画が飾ってあるしで」
「ふふふ、そんなこと言ってもらったのは初めてだわ」
「そうなんですか?」
「ええ、それに大きいって言ってもそれは仕事部屋が必要だったからね」
「仕事部屋ですか……?」
「そうよ。美鈴のお父さんは画家なの。そこに飾ってあるのは全部あの人が描いた物なのよ」
「へ~……それはすごいですね」
確かに絵を描くためのアトリエみたいなのはある程度の大きさが必要なのかもしれない。
そして、芸術って何百万の価格で取引されるはずだし、それならこんな豪邸を建てることだってできるか。
つまり、月詠のお父さんってめちゃくちゃ有名人? 今度ネットで調べてみよ。
「そのお父さんは今は……?」
「午前中は出かけていたけど、多分そろそろ帰ってくると思うわ」
「そうですか……」
それなら早めにこの家から出ていくか。食事もちょうど終わったし、もともと長居するつもりは無かったし。
というか、ここで月詠のお父さんが帰ってきたら何が起こるかかわかったもんじゃない。
「とりあえず昼ご飯もいただきましたし俺はこれで帰ります」
「そんな急いで帰らなくても……まだまだこの家にいていいのよ?」
「流石にそういうわけにもいきませんので。食器は流しに置いておけばいいか?」
「そうしてくれると助かるわ」
「わかった」
そうして俺は食器を流しに置いた。
後はこの家から出ていくだけだ。
「本当にいてもいいのに……」
「いや、でも……」
「やめなよお母さん。如月くんも困ってるじゃない」
「美鈴がそれでいいならいいけど……」
「私は別に構わないわよ。……というかどういう意味よ」
「聞きたいかしら?」
「あーもう、だいたい言いたいことわかったから言わなくていいわ」
「そう」
「私は如月くんを送ってくるから」
「それなら私も玄関まで一緒に行くわ」
俺が口をはさむ余地もなく勝手に決まっていく。
本当にこの親子は仲がいいんだな。
そして玄関につけば月詠のお母さんは何故か名残惜しそうに俺のこと見てくる。
そんな視線には気づかないふりをして靴を履き、外に出ようとした時、ガチャという何かが開く音が聞こえてきた。
音がした方向を見てみるとそこには一人の男性が立っていた。
痩せ型で理知的な顔をしたその人は俺のことを見つけると、何かしらの分析をしているような顔した。
どう考えてもこの人が月詠のお父さんだろう。
数秒間そのの時間が止まったような感覚に陥った。
だがしばらくすると目の前の男性が口を開いた。
「君は……美鈴の友達かい?」
「あ、はい。如月蒼真っていいます」
「これはご丁寧に。俺は
「ええ、もちろんです」
「今日はもう帰るのかい?」
「はい」
「そうか……帰りは気をつけてな」
「はい。それじゃあお邪魔しました」
俺はそう言って月詠の家を出た。
最後に「またいつでも来てね~」という声が聞こえてきた。
ふう……何とか乗り切った。
帰り際に月詠のお父さんが出てきたときはテンパりそうになったけど、しっかりした人みたいでまともな会話ができたのでよかった。
だけど、やっぱり女子の父親に合うというのはかなり緊張するものだ。
話には聞く結婚の時のあいさつで緊張する男子の気持ちが少しはわかった。
この緊張を何倍にしたものなのだろうから俺にはできそうにはない。……このまま独り身の可能性が出てきたな。
「今日はいろいろとごめんね」
ただ、外に出たことによって俺から張りつめていたのが出ていくのわかる。
何となくスッキリした感じになった時に月詠にそう言われた。
「別に謝られるようなことはないけど……というか俺は昼ご飯を食べさせてもらったし、月詠はどっちかっていうと感謝される立場さ。だからもう一度言うけど今日はありがとう。あのカルボナーラおいしかったよ」
「そ、そう……そう言ってくれて嬉しいわ」
また、月詠の顔がほんのりと赤くなった。
「それにしても、お母さんはすごく馴れ馴れしかったし、お父さんはとても緊張してたわね」
そして、それを隠すかのように矢継ぎ早にそう言った。
「お母さんのことは別に気にしてないし、お父さんは緊張なんてしてなかったんじゃないか?」
俺はその月詠に合わせて会話を進めた。
「ううん、お父さんいつもあんなにかしこまってないもの」
「そうなのか……」
それはそれで気になるけど、そうなるとまた来る必要がある。だけどそんな機会はもうない気がするな。今回はたまたまだし……ってそうだ、一つ思い出した。
それは今日の作業中考えていたことだ。
キリもいいしい、今聞くか。
「なあ、最後に一つだけいいかな?」
「……?」
「連絡先教えてくれないか?」
「……えっ!?」
「あー……」
何の説明もなしでこれじゃ単なるナンパだな。
「えっと、連絡先を知りたい理由は、その……仕事の連絡は月詠から直接がいいからなんだよ。岬先生から連絡来るのは微妙っていうか、月詠からの方が気楽だし、なにより効率的だろ?」
なんか言い訳がましくなってるけど、これは俺の本音だ。
今日のように現場が一時混乱するのはお互いにとってデメリットだ。
「あ、そういうこと。びっくりしたわよ。いきなり如月くんにナンパされたかと思ったもの」
「いや、流石にそれは……俺にそんな勇気はないですよ」
「それって、あったらするってこと?」
「いや、そんなこと考えてもなかったけど……まぁ、するだろうな。でも、そんな勇気があるなら今の俺はいない気がする」
「確かにそうかもね……はいこれ。QRコードでいいでしょ?」
「あ、いいの?」
「別にダメなんて一言も言ってないもの」
「それもそっか」
俺はスマホを取り出しQRコードから友達登録をした。
これで俺の女子の友達は佐山、小鳥遊に続いて三人目だ。
一人忘れてるって? あの人は女性であって女子じゃないから別カウントさ。
「はい、オッケーと。これで連絡は月詠からくる、と。ああ、悪いんだけどこのこと岬先生に言っておいてくれない?」
「いいわよ。私の方から伝えておく」
「ありがとう。まぁ、仕事の連絡なんて来ないことを祈るけどね」
「はは、私の方でもみ消した方がいい?」
「それは魅力的な提案だけど、後が怖いからやめてくれ。絶対に倍返しが来るはずだから……」
「確かにそうね……なんだか私も巻き込まれそうだしやめておくわ」
「是非ともそうしてくれ。それじゃあ帰るわ」
「うん、また学校で」
別れの言葉は手短に、お互いに軽く手を振りあってから俺は帰路についた。
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