第9話 ゴールデンウィークでの呼び出し

 五月になった。

 五月と言えばゴールデンウィークだろう。

 今年は四月の終わりごろに三連休、五月に入って二日学校に行ってから四連休という日程だ。

 このゴールデンウィークに水を差すような二日間の学校は憂鬱だった。中だるみしたような空気が学校に蔓延し、教師ですらいつものやる気が見られなかった。

 岬先生なんかは「よく学校来る気になったなぁ」と、みんなのやる気を根こそぎ持ってくようなことを開口一番に言ってたし。


 だけどそんな平日も昨日で終わり、今日からは天国のような四連休。

 やることなんて決めてないけど、学校がないってだけで幸せだ。まぁ、このまま行けば深夜まで漫画を読んだりゲームをしたりという完全ニート生活なんだけど。

 だけどそんな俺を止める者はいない。

 両親は四日分の食費を置いて今日から旅行で愛媛県に飛んでいった。

 つまり俺は今日から擬似的一人暮らしというわけだ。


「そうだなぁ……この食費はパァーっと使うか」


 どうせ最初からなかった金だ。別に使い切っても損は無い。余れば俺の小遣いになるだけだし。


「となると、今夜あたり龍也でも誘うか」


 流石に四日間全部が一人飯は悲しいからな。


「さて今日は……ゲームでもやり込みますか」


 そう決めた俺は据え置きのゲーム機に電源を入れてどのゲームをやり込むか決めようとした時、俺のポケットから振動が伝わってきた。

 それはスマホの着信を知らせるバイブレーションだ。

 俺は常時マナーモードにしてあるので音は鳴らない。あれってうるさくないか?


「こんな時に誰だ……って、龍也かよ。いった何だ?」


 今は九時過ぎ。あいつは部活の時間じゃないのか?

 流石にゴールデンウィークで部活が休みということはないだろう。というかゴールデンウィークだからこそやるはずだ。

 確かにまだ部活じゃないってこともあるけど、こんな時間に龍也なら連絡が来ること自体が珍しかったので俺は少し疑問に思った。


「えっと……はぁ?」


 俺はその内容を確認してみたけどはっきり言って謎だ。


『蒼真は自分の命が脅かされていて俺のことを犠牲にすれば助かるという状況だったらどうする?』


 これは深夜のノリとかならまだ分かるけどこんな時間に送ってくる内容ではないだろう。

 それともこいつは哲学者にでもなるつもりか? 似合わないからやめた方がいいともうけど……。


「それは無いな」


 龍也は学者になるならスポーツ選手の方があってる。ただ、なれる実力があるかは知らんけど。

 まぁ今はあいつの進路についてはどうでもいい。

 とりあえず今はこの怪文書についてだ。

 無視するという手もあるが別に俺がこの怪文書に答えない理由はないし、龍也が今現在何か重要な局面で俺を頼ってきている可能性も天文学的確率で無きにしも非ずなのかもしれない。

 だから、俺の思った素直な答えを返す。


『お前を犠牲にする』


 非情かもしれないけど当然だろ?

 やっぱり一番大切なのは他人の命より自分の命だ。

 確かにこういう時『愛する者』とかいう美しい答えもあるけど、いかんせん俺にはそんな人はいないんでね。……悲しくなるから言わせるな。


『だよな。お前ならそう言ってくれると思ったよ』


 そして、若干自己嫌悪気味の俺に届いた返信は俺の予想外のものだった。

 キレられるかもと思ったけど返ってきたのは俺の考えを肯定するものだ。

 龍也のことだから一言二言言ってくると思ったんだけどなぁ……もしかしてこいつの性癖ってドMだったのか?

 二年友達やってて初めて知った新事実なのかもしれない。

 今度からアイツを叩くことがある場合は注意するべきか……そうしなければ、あいつの性癖を刺激して新しい扉を開けさせるかもしれないし…………とまぁ、そんな下世話は置いておいてとりあえず龍也の意図を訊かないとな。このままじゃ色々とモヤモヤする。


『あれはどういうことだ?』

『そのままの意味だけど? 蒼真がそう思っててくれてマジでよかったよ』

『それは……お前がドMで俺にいじめられたいってことか?』

『そんなわけあるか! どうしたらそう考えるんだよ。それに俺はそもそもMなんかじゃない』


 どうやら違ったらしい。少し安心した。


『あっそ。ならあの答えの真意は何だ?』

『お前が俺を犠牲にすることを厭わないなら、俺の罪悪感が無くなるってことだ』

『はぁ? マジで意味わからん』

『因果応報って言葉をその身で感じるんだな。それじゃあ俺部活だから』

『おい、こら』


 俺はそう送ったが、既読が付くだけで返信はなかった。

 再度三連発の『おい、こら』を送ってみたけど、こっちには既読すら付かない。本当に部活へ行ったみたいだ。または未読無視という最終手段に出てるかだな。


「マジでなんなんだよ……」


 するとすぐに俺のスマホが震える。


「お、龍也からか……えっ?」


 俺はそこに書かれていた名前に戦慄した。

 それは龍也からじゃなかった。もちろん佐山からでも、この前貰ったばかりの小鳥遊からでもない。

 それは知らない、友達登録されていないアカウント。


「…………何で?」


 だけどそこに表示されている名前には見覚えがある。

 岬由奈。

 俺の担任教師にして最近何かと因縁のある人物。

 俺は恐る恐るそこをタップした。無視は出来なかった。


『学校に来い。どうせ暇だろ?』


 そして、そこに書かれていた文字列は俺の召喚状。

 この有無を言わさないその断言口調。名前だけでなく中の人も俺の知ってる岬由奈だろう。

 同姓同名を期待したけど無駄だったようだ。まぁ、そっちはそっちで怖いけど。

 とりあえず今起きているのこの怖い現象の証明が先だ。


『どうしてあなたが俺の連絡先を知ってるんですか?』


 だから俺はそう訊いた。

 流石にSNSのアカウントまでは学校側にも知られてはいないはずだ。そんな記載を求められたことも無い。なのにそれを知ってるのはけっこう問題な気がするけど……いや、待てよ?

 そこで俺はつい数分前の記憶を思い出した。

 龍也からの謎の哲学的質問。

 その後の俺を犠牲にするかのような話。

 そして、それからすぐにやってきた岬先生からのメッセージ。

 まさか、あいつ……。


『そんなの大西に訊いたに決まってるだろ?』


 ……やっぱりか。龍也の野郎、俺を売りやがったな。

 おおかた、岬先生に脅されたんだろうけど……いや、あいつの場合は脅されなくても普通に言うか。だとしたら、その事実を教えてくれたことは、ある意味良心的と捉えることが出来るのかもしれない。

 だからといって、龍也が俺にしたことをトータルで見たら善ではなく悪なのには違いないけど。

 あいつのしたことは俺の個人情報を一番渡しちゃダメな人に渡すという大きな悪だ。何故なら、そのせいでゴールデンウィークなのに呼び出しくらってるし。そして、これからも呼び出される可能性がある。

 ……まさに生殺与奪を握られた気分だ。

 龍也には今度、何らからの制裁を加えるしかないな。


『そうですか』

『理解したならそれでいいだろう』

『まぁ、そうですね』

『なら早く学校の来い』

『学校のどこですか?』

『そんなの生徒会室に決まってるだろ』


 ……決まってるのか。


『わかりました』


 それっきり岬先生からの連絡はない。どうやら必要なことは言い終えたようだ。


「はぁ……」


 俺はため息を一つついた。

 今日から最高の四連休のはずなのにその初日から出勤命令。しかもヘルプで。

 さらに俺への直接の連絡手段を岬先生の手に渡ってしまった日でもある。

 これでため息をつくなという方が無理だろう。


「準備しよ……」


 遅れたら遅れたで警告が来そうだ。

 だけど俺は気持ちゆっくり目に制服に着替えた。


 ※※※


 学校に行く途中、五月に何かイベントでもあっただろうかと考えたがあるとしても一年生の宿泊研修くらいしか思いつかなかった。だけどあれには生徒会は関係ないはずだ。俺の時は生徒企画などは無かったし、その手伝いに生徒会を動員するわけもないだろう。まぁ、俺たちならありそうだけど。

 そして、それ以外だと考えると来月にある体育祭くらいだろうか。だけど現段階でそんな話は聞いてないし、多分今は草稿をまとめてる段階だろう。どうせ去年のをそのまま持ってくるだけだろうけど、流石にその段階で俺を必要とすることもないはずだ。草稿が決まってからは知りたくもないけど。

 それはともかく、こうなると結局俺の呼ばれた理由がさっぱりわからなかった。

 とりあえず言えることは、


「これじゃ完全に生徒会の下部組織だよな」


 俺がというか、学事補助委員による大きな仕事は今のところ『部活紹介』と『清掃活動』だ。そして今日も生徒会関連という。

 はっきり言って俺たちに関しては『学事補助委員』という名前を変えて『奴隷委員会』とか『派遣委員会』とか『予備生徒会』みたいにすればしっくりくる気がする。

 まぁ、しくっりくるだけど本当に変えてほしいわけじゃない。もしも変えたら岬先生に大義を与えることになって、今まで以上にこき使われることになる。そんなのはごめんだ。


「着いたな」


 そして目の前には生徒会室。

 ここに来るのは約一か月ぶりだ。

 あの時あった初めての場所に対する高揚感なんて今は無い。

 俺が来たのは一かだけなのに『職場』とさへ思えてきている。別に生徒会役員でもないのに。


「行くか」


 俺は一か月前と同じようにノックをした。

 今日も小鳥遊はいないようで俺一人だけだ。まぁ、良く俺だけで仕事をしている気がするのでいつも通りといえばいつも通りか。


「どうぞ」


 少しのタイムラグのあとこれまた一か月前と同じようなこもった声が聞こえてきた。

 俺はそれを聞いてから中に入った。


「失礼します」

「……あの声、まさかとは思ったけど……如月くん、今日はどうしたの?」

「……えっ?」


 だけど今回月詠は一か月前とは違って俺が来た意味を分かっていなかった。

 俺が来ることは聞いてないのか? そうなるとアレは岬先生の独断……?


「もしかして……月詠は岬先生に何も聞いてないのか……?」

「ええ、私は何も聞いてないわ」

「やっぱりそうなのか……」


 岬先生、呼び出すにしても話はつけておいてくださいよ。俺がいきなり表れて現場を混乱させるだけでしょ。


「岬先生の名前が出てくるってことは、また学事補助委員でここに?」

「そういうこと。ついさっきここに来いって俺に直接連絡が来てね」

「それは……大変ね。でも、今回は特に何もないわよ?」

「そうか……」


 なら、帰ってもいいんじゃないか? 生徒会長の月詠に必要とされてないんじゃいても意味がないだろうし。


「だから来てもらってなんだけど、帰っても大丈夫よ。幸い今は岬先生がいないわけだし、私が帰したって言っておくから」

「そうか……ならそれで頼むわ」


 今日の仕事、学校に登校する。

 実に簡単な仕事だったな。いや、おうちに帰るまでが仕事かな。

 そうして俺は生徒会室を出ようとした。

 一歩、また一歩と出口に近づきそこにあるドアを押して外に出よとした時、そのドアが嫌に軽かった。力を入れる必要は無く、まさに自動ドアの様に俺の意思に従っているようだった。

 そしてその先には、門番の様に立ちふさがる一人の番人……岬先生が待ち構えていた。

 そして、俺と岬先生が見つめあうという最悪の構図になった。これが同級生の異性なら頬を赤らめるほほえましい場面なのだが、俺はその目を見た時に嫌な汗が全身の皮膚から湧き出てきている。


「おい如月、生徒会室から出ようとしてどうしたんだ?」


 岬先生はあからさまに俺を疑ってきていた。

 言外に「帰ろうとしたんだろ」と言っている。


「いや、まぁ……そうですけど……」


 俺は嘘をつけなかった。

 でもそれは仕方ないだろ? あの岬先生だぞ? 俺の考えなんて目を見ただけで筒抜けのはずだからな。


「ほおぅ……如月は言われたことはやるんじゃなかったのか? これじゃあ、社会のクズ野郎になるぞ?」

「いや、あのですね。月詠に訊いたら俺に割り振る仕事は無いというじゃないですか。そもそも月詠自身も俺が来ることは聞いてないようですし。なら、俺がここにいる必要はないんじゃないですか?」

「言い訳がましいが、確かに如月の言ってることが事実ならその行動は正しいな」

「ええそうですよね。そしてそれは事実です」

「そうなのか月詠」


 岬先生は確認のために月詠に話をふった。


「ええ本当ですよ。私が帰っていいと言いました」

「そうか……だけど、本当に手伝って欲しいことは無いのか……?」

「……?」


 月詠が言ったことは当然として、どうして岬先生がそう念を押すのだろうか。

 月詠もよくわかっていないようで、怪訝な表情をしている。

 まぁ、だけど現実逃避せずに考えれば簡単なことだったかも。

 岬先生は無駄なことをしない人だ。わざわざ龍也を使ってまで俺を学校に呼び出したからには何かしらの仕事があるのだろう。


「今日、副会長の真田さなだが風邪で休むと連絡が来ているだろ」

「ええ……」

「それなら今日の作業は大変じゃないか? ただでさえ少ない生徒会メンバーが一人減ったんだ。その疲労はかなりのものになるだろう」

「確かにそうかもしれませんができないことではありません。私たち生徒会だけでも可能です」

「まぁ、そうだろうな。だけど、一人が加わるだけでその辛さが和らぐこともまた事実だ。そしてそれは力のある男子の手だとなおさらだろう。そして、ここには『委員会活動』で来ている男子がいるじゃないか」

「……」

「どうだ?」

「ですが……それは……」


 妙に理屈くさく言って月詠押し切った感がある。

 特に“委員会活動”の部分を強く言ったあたり、その正当性を主張しているように聞こえた。

 実にうまい感じに話をまとめたが、巻き込まれた俺にとっては単なる屁理屈にしか聞こえてこない。話している月詠も同じように感じてるかもしれない。

 だけど屁理屈も理屈であって筋が通っているだけに反論できないところでもある。

 それに、どっちにしろこれが屁理屈だろうが強引な理論だろうがそこに正当性が無かろうが、その発言者は岬先生なので俺には反論の余地はないだろうし、月詠がどう答えるかもわかっている。


「……わかりました」


 うん、わかってたさ。

 まぁ、俺としても暇なのは事実なので別に構わない。……やらないという選択肢があるならもちろんそれを選ばさせてもらうけどな。


「それじゃあ、話はまとまったということで後は任せたぞ」


 そう言って、岬先生は生徒会室から姿を消した。

 残っているのは押し切られた生徒会長とその下僕……ではなく手伝いの俺だ。


「いつもごめんね」

「いや、いつものことだから大丈夫」

「そう言ってくれると嬉しいわ」

「そっか。とりあえず、何やるかを教えてくれ」

「そうね。いつまでもここにいるわけにもいかないしね」

「ああ」

「今日はね、花を植えるの」

「花……?」

「そう、花。覚えてないかしら、去年も一昨年も昇降口付近にある花壇に花が咲いていたのは」

「そう言えば確かに咲いてたな」


 種類はわからないけど、結構花が咲いていたのは覚えている。

 あれは生徒会が植えていたのか……それは知らなかった。

 笠原高校には確か園芸部があったはずだけどそっちじゃないんだな。


「例年通りなら、園芸部と合同でやるはずだったんだけどお互い都合が合わなくてね、今年は生徒会単独でやることになったのよ」


 ああ、園芸部も一緒なのね。

 まぁ、確かにあの量の花壇を全部生徒会で整備するのは大変だろうからそれは当然か。」


「その日が今日なんだけど、聞いての通り副会長の真田さんが風邪で休んじゃってね。だからってこれ以降に作業日をずらすわけにもいかないしで時間はかかるけど少人数で強行しようとしていたわけよ」

「確かにあの量をとなるとそれなりの時間はかかりそうだな」

「ええ、そうなのよ……だからこそ如月くんには感謝してるわ。本当にありがとう」

「そう改めて言われると、なんだかな……」


 めちゃくちゃ恥ずかしいです。

 いかんせん俺は岬先生に引っ張ってこられただけだから、そこまで誇れるようなことをしてるわけじゃないし。


「でも、俺が増えたところで役に立つとは限らないぞ? 俺、花植えたことなんてないし」

「そうなの? でもそれなら私が教えてあげるから大丈夫よ。私も去年やってるから」

「そうなのか? それなら何とかなりそうだな」


 月詠生徒会長からの直々の指導。学校の男子が聞いたらうらやむような話だな。

 そこでふと、この前の葵との会話が頭をよぎった。

 ……別に月詠のこの行動に他意は無いよな? うん、これは月詠の親切心からだろう。というか絶対にそうだ。はぁ……俺は何を期待しているんだか。別に月詠にとって俺は特別な存在でもなんでもないだろうに。


「そういえば、軍手とか持ってきてないの?」

「えっ! えっと……持ってきてないよ。いきなり呼び出されたから」


 変なことを考えていた俺の返事は変な感じになってしまったが、月詠には気付かれなかったようだ。


「はぁ……岬先生もそういう所説明してあげればいいのに……ってそうだ、昨日軍手二つ持ってくるように岬先生に言われてたんだった……」

「えっと、それって……」

「……うん、これは私の予想だけど……今日はどんなことがあっても如月くんを呼び出すつもりだったのかも」

「そうなりますよね~」


 結局はどんなことがあっても俺は呼び出されていたってことだ。

 今日の真田さんの欠席は岬先生の理論の補強になっただけのようだ。恐らく彼女がいてもどうせさっきの理論よりも強引なもので俺たちは諭されていたことだろう。


「それじゃあ、これ貸すね」

「ありがとう」


 俺は月詠から軍手を貸してもらった。

 これが月詠の軍手か……って俺はこんな単なる軍手をまじまじと見て変態か。

 どうやら未だにさっきのことを引きずっているみたいだった。


「それじゃあ、行こうか」

「あ、ああ……そういえば他のみんなは?」

「みんなは先に準備してるよ」

「そっか、それなら行くか」


 何とか邪な考えを忘れ、いつも通りの俺になれると信じて俺は生徒会室を後にした。


 ※※※


 外に出れば最近見たような顔ぶれが複数ある花壇の一つのとこに集まっていた。あそこが生徒会に割り当てられた花壇のようで、他のところには苗が植えてある。

 その周りには一通りの道具が揃っているようで、花と小さなスコップが置いてある。

 花壇も大きいので花は様々な種類が用意されているようだが俺にはさっぱりだ。見たことあるようなヤツから全く知らないようなものまで揃っている。

 俺が知ってるのなんて、バラとかヒマワリとかアサガオとかだからな……って完全に小学生の知識だな。

 俺はそんなふうに知りもしない花を眺めていた。その間に月詠は他の生徒会メンバーに事情を説明しているようだ。

 それが終わり俺の方にやって来た時には同情するような憐みの目がそこにはあった。だけど、その中に俺を受け入れているような感じもある。

 まぁ、毎度毎度生徒会の行事に俺が参加していればそんな目をするのも納得だな……。というか俺の存在を受け入れられるのも困りものだけど。


「それじゃあ始めましょうか」


 そしてその一言で俺の人生初のガーデニングが始まった。

 月詠以外の人達は手順を知っているのか作業を始めている。

 逆に俺は無知な少年、彼女たちの動きから見てもお荷物なような気がしてきた。

 マジで俺いらないんじゃね……?


「じゃあ、私たちもやりましょうか」

「なあ、俺って本当に必要か?」

「……?」

「なんかみんなのこと見てたら俺っていらないんじゃって思えてきて……」

「そんなことないわ。彼女たちはやり方を知ってるからああやってできるのよ。ああ見えてもみんなガーデニングは初めてなのよ」

「そうなのか……?」


 なら自信無くすわ。

 初めてあそこまでテキパキできるとか優秀だろ。

 これが女子の力なのか、はたまた才能の差なのかわからないが、俺よりできるのは見ただけでわかる。


「だから如月くんでもできるわ」

「だといいんだけどな」


 せめて邪魔にならない程度に頑張るか。

 俺は借りた軍手をはめて花壇の一角にやって来た。

 花壇を見てみると、端っこの方が約三十センチくらい掘られている。


「まずはこの花を持って。その時値を傷つけないようにそっとポットから出してね」

「おう……こうか?」

「そうそう。そして、それを目印用に開けておいた穴に入れて」

「はい」

「そしたら掘った時に出てきた土でその周辺を固めて、平らにならしたら終わり」

「あ、それだけなの?」

「そうよ。どう? 意外と簡単でしょ?」

「まぁ、確かにそうだな」


 これなら俺一人でもできるだろう。


「次からはさっきと同じくらいの大きさの穴を掘ってからそこに植えればいいから。植える花はその列で同じ花ね」

「オッケー」

「それじゃあ、私は隣でやってるから何かあったら呼んで」

「はいよ」


 やることは簡単だ。

 三十センチくらいの穴を掘って、花を植え、土をかぶせる。

 その繰り返し。

 慣れてくれば効率も上がってくる。

 最初の頃よりかは素早くできるようになっている。だけど雑にならないように注意しないといけない。慎重かつ大胆にといった具合だ。

 これなら月詠の手を煩わせることはなさそうだ。


 昼前には終わるだろうか。

 そういえば昼はどうしよう……。

 財布は持ってきたけど……ゴールデンウィークって食堂やってるのか? というかそもそも休日って食堂開いてるのか?

 今まで休日に登校したことないからわからんな。

 まぁ、後で訊けばいいか。


「きゃぁぁっ!」


 と俺が昼のことを考えていると悲鳴が聞こえてきた。

 その声は女子のもの、それもすぐ隣から……。


「ど、どうした?」

「如月くん……たすけて……」


 隣を見てみると、土の上に座り込み怯えた様子の月詠がいた。

 ここまで弱ってる月詠というのも珍しい気がする。

 とはいえ、助けを求められて無視するのはどうかと思うのですぐそばに行ってみた。

 だけど、大体予想がつく。


「どうした?」

「こ、これ……」


 指さした先には細くて長い白い物体。


「これ……とって!」


 いきなり太陽の光を浴びたからだろうか、元気なくらいにもそもそと動いていてどこか可愛く見えてくる。


「もしかして……月詠って虫嫌い?」

「そういうわけじゃないんだけど……どうもこういうの昔からダメなのよ……悪かったわね」

「いや、別に悪くないけど……」

「……けど、何よ」


 なぜかいつもより攻撃的な月詠だ。


「何か意外だなって思って。月詠でも嫌いな物ってあるんだな」

「あるわよそんなの! ……如月くん、私を完璧人間かなんかと勘違いしてるんじゃない……?」

「いや、まぁ、さっきまではそう思ってたんだけどな」

「そんなおとぎ話に出てくる人間じゃないわよ、私は」

「そうみたいだな。それで虫は嫌いと……」

「そうよ。ねえ、だから早く取ってよ!」

「はいはい」


 俺は素手で芋虫をつかみ取った。


「うぅぅ……」


 隣ではその光景を見て何かに耐えるようなうめき声が聞こえてきた。

 今の月詠は俺のいたずら心をくすぐるので定番のわざと近づけるというのをやってみたいけど……今それをやるとマジで殺されそうなのでやめておく。

 この芋虫には別の地で過ごしてもらうことにしよう。

 そうして俺はそいつを別の花壇に移動させてやった。


「ありがとう……それにしてもよく素手で触れるわね」

「まぁ、蛾とかは嫌だけどこういった芋虫くらいならな」

「すごいわ。如月くんのこと尊敬する」

「いや、こんなことで尊敬されても微妙なんだけど……そういえば去年もやったって言ってたけどその時はどうしたんだ?」

「去年は一匹も出て来なかったから大丈夫だったのよ」

「そういうこと。まぁ、また出てきたら呼んでくれ」

「そうさせてもらうわ。……でも流石にもう出てこないで欲しいわね」


 そういうのは言わない方がいいんだぞ?


「だといいな。……でも、出てきたらいつもは見れない月詠が見れて面白いし俺としては出てきて欲しいかも……」

「やめてよ! そんなところ見られたくないし、出てきて欲しくなんてないわ」


 と、月詠は言ったけれどその後三回ほど同じような悲鳴が聞こえてきた。

 俺としてはお腹いっぱいだ。



 一時間くらいで作業は終わった。

 今ではただの土だけだった花壇には緑が満ちていた。

 あの一帯は俺が植えた花だと思うと感慨深くもある。


「お疲れ様。如月くんのおかげで予定よりも早くに終わったわ」

「そう言ってもらえると助かるよ。だけど俺が必要かどうかは疑わしかったけどな」

「そんなことないわ。如月くんは花を植える以外のことでも助けてもらったもの」

「花を植える以外に……ってアレのことか?」

「……ええ、ホントにあの件は助かったわ」

「そうかい。俺もいいものを見せてもらったよ。あの恐怖におびえる顔といったらもう、ねぇ……」


 これからも見る機会があるかといったら、そうないだろう。

 おそらくあれが最初で最後な気がする。

 まぁ、また月詠と一緒に土いじりとかする機会があれば別だけど……。


「思い出さなくていいから!!」

「わかったからって、ほらほら終わりのあいさつでもしろよ」

「もう……うまく逃れたわね」


 そうして月詠が軽く話すだけでその場で解散になった。

 他のメンバーはみんなして学校から出ていく。

 今日はもう仕事がないようだ。

 さっきまで使っていたスコップなどはもう片付けてるのでここでやることはもうない。

 ということは後は帰るだけなのだが……さて、どうしたものかな。とりあえず訊いてみるか。


「なあ、月詠」

「……なによ」

「そんなに怒らなくてもいいだろ?」

「……怒ってないわよ」

「いや、そんなふうには見えないけど……」

「…………」


 月詠は沈黙したままだ。


「ごめんって、だから許してくれよ」


 俺はとりあえずそう謝った。


「……本当に怒ってなわいよ」

「……そうなの?」


 全くそうとは思えないけど……。


「じゃあ、どうして……」

「それは……」


 月詠は少し沈黙してから、


「……恥ずかしかったのよ」

「へっ?」

「だから、恥ずかしかったの! あんなところ男子に見られたことなかったから……」

「そ、そうか……」


 意外だった。

 月詠がそんなことで恥ずかしがるとは思ってもいなかった。

 俺が思っている以上に月詠は普通の女子なのかもしれない。いつもは生徒会長というイメージが強すぎて美化されがちだが、今日の素の反応や今の態度などは、完璧な人間とは程遠い。

 俺は月詠のことを見誤っていたのかもしれないと思った。


「……だから、もう思い出さないでよ」

「おう」

「本当かしら。なんだかすぐに反応したのが余計に怪しんだけど……」


 まぁ、忘れることは無いだろう。


「ま、そこは如月くんを信じるとして……私に用事があったんでしょ?」

「ああ、そうなんだよ。今日って食堂開いてる?」

「食堂って学校の?」

「そうそう」

「いいえ、閉まってるわよ。というか基本的に休日はやってないもの」

「そうなのか……」


 となると、俺の今日の昼食は街の方に出なきゃいけないか。……めんどくさ。

 だけど、俺は今日貰った金を存分に使うと決めたんだ。それくらいの労力は我慢しなきゃな。


「単なる好奇心だけど……どうしてそんなことを?」

「えっ……ああ、そんなの単純なことだよ。帰っても昼飯が無いからね」

「あ、そうなの?」

「うん、だから何か食べれる場所を探してたんだけど……今、その候補が一つつぶれたところ」


 そうだな、せっかくだし他のおいしいご飯の場所でも訊いてみるか。


「なあ、もう一つだけ訊きたいんだけど、どこかにおいしいところってないか? ああ、もちろん男子でも入れそうなところで」

「う~ん……そう言われても私にもわからないわ。私ってあまり外食しないもの」

「そうか……」


 じゃあ、天下のネット様に頼るとするかな……。

 でもあれはあれで生の声じゃないし評価が難しいんだよな……。


「そうね……それなら……私の家でご飯でも食べる……?」

「…………はい?」


 そんなわけでスマホを操作しようとした時、寝耳に水とばかりの提案が聞こえてきた。


「だから、私の家で昼ご飯食べる?って言ったんだけど……もしかして、迷惑だった?」

「……いや、言ってる意味はわかるよ? それに迷惑でもないし俺としたらありがたいんだけど……どうして?」

「まぁ、いままで苦労かけたお返し。それとさっきの口止め料」

「口止め料って……」


 そこまでさっきのことは知られたくないのか……。


「それで、苦労をかけたって言うのは……」

「もちろん、委員会についてよ」

「そうだろうと思ったけど、別にそれは月詠のせいじゃないんだけどな……」

「だとしても手伝ってもらったのは事実だし、何か返さないと私も気になるのよ」

「そうか……でも、俺なんかが行っていいのか……?」

「それは別に構わないわよ。如月くんは全くの他人ってわけでもないもの。逆に料理作るのは私になるから味の保証はできないわよ……だから、それでもいいのならだけど」

「ううん、それは別に気にしないっていうか、心配してない」

「よく食べたこともないのにそこまで言い切れるわね」

「まぁ、そこは単なる勘だけどな」

「なにそれ……で、どうするの?」

「そうだな……」


 まぁ、ここまで言われて遠慮するのもどうかと思う、それに月詠が作る料理ってのも気になるし……よし。


「それじゃあ、お邪魔させてもらいます」

「わかったわ。それじゃあ行きましょうか」

「はい」

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