第8話 お見舞い

 四月も終わりが近づき、外も雪解けが進み春にさらに一歩近づいた景色に変わってきている。

 最近外出すると、自転車に乗った人も見かけるようになってきた。

 そのため笠原高校でも自転車通学が解禁のようで、今それについてのプリントが配られた。

 まぁ、それを配ったのは相変わらず俺なんだけど今日はどう抗議したところで俺がやることになっただろう。

 それは、俺の教室で一つ空いてる席に答えがある。


「今配ったのは見れば分かると思うが、自転車通学の申請書だ。これを出さないと自転車通学は出来ないから気をつけろ。後、急ですまないがこれは明日の金曜日に提出してくれ。今の今まで忘れていた」

「岬先生って忘れものとかするんだな。ちょっと意外だわ」

「だな。なんか色々とスケジュール管理とかちゃんとしてそうなのに」

「それと今日欠席の小鳥遊の分はそうだな……如月お前に任せる」

「…………はぁ?」

「おっと、今日もご指名のようだな」

「うるせぇ……」


 そう、今日俺のクラスでは欠席者がいる。

 俺と同じ委員会にして陸上部の女子の小鳥遊優華。

 なんでも今日は風邪を引いたようで欠席すると今日学校に連絡があったようだ。


「えっと、それは他の女子に任せればいいんじゃないですか?」


 そもそもあのプリントは月曜日に配れば小鳥遊もこんな被害を受けなくてもよかったはずで、そう考えるとこれは完全に岬先生の過失だ。だからその後始末は岬先生自身がすべきだろう。

 やらかした人がそれを挽回する。それが社会の鉄則じゃないのか?

 そして学校はその縮図。なのにどうして俺がその尻拭いをしなきゃいけないんだ?

 いや、分かってる。どうせ俺が学事補助委員だからとでも言うんだろ? それが俺の仕事だと。

 だけどこれって学事補助委員の仕事じゃないよな? どう考えてもこれは『学校行事』じゃないし。

 いや、それを無視するにしても、女子への届け物は男子よりも小鳥遊と仲のいい女子――佐山に頼めばいいだろう。岬先生のことだから俺たちの交友関係も把握してるはずなんだから。


「それも含めて如月に任せる、頼んだぞ。……それとも何か言いたいことでもあるか?」

「……いいえ」


 まぁ、社会の縮図と言われるのが学校なんだから、上からの命令はどんな理不尽でも受け入れなければいけないか。それも社会の嫌な鉄則だろう。


「プリントは後で小鳥遊の席から回収しておけ。それじゃあ今日も終わりだ。日直」


 こうして今日も学校が終わった。

 俺は小鳥遊の机からプリントを拝借して、次の行動を決めた。

 さて、佐山に頼むとするか。


「佐山、ちょっと話があるんだけど」


 俺は廊下にいた佐山に話しかけた。


「はいはい分かってるって。どうせ優華の家に私が行けって言うんでしょ?」

「お、話が早いじゃん」

「そんなの、さっきの話を聞いてたら予想なんてつくし」

「なら――」

「でも、私は無理」

「――おい、どうしてだよ」

「私これから部活だし、終わった後じゃ夜だし」

「それでも別にいいじゃん」

「あんたねぇ……プリント渡してはいおしまいなんて考えてないでしょうね」

「まぁ、一応お見舞いくらいはと……」

「でしょ? でもお見舞いに来るのが夜暗くなってからなんて家族の人にも迷惑だし、何より優華も困ると思わない?」

「まぁ、確かに」

「だから、私は無理なの」

「……そうか」


 こうも論理的に否定されると反論の余地がない。

 だとしたら、一瞬頭をよぎった葵も無理だろうな。……いや、アイツのことだから俺に行けって言ってくるだけか。

 だけど月詠に頼むのもむりだろうな。きっと今頃、生徒会業務とか普通にやってるだろうし。

 そうなると別の女子になるけど他に話せる女子なんていないし。

 となると……


「だから、蒼真が行ってきなさい。その方が優華も喜ぶと思うから」

「まぁ、そうなるか……てか、どうして小鳥遊が喜ぶんだ?」

「そんなの男子がお見舞いに来てくれたら嬉しいものじゃない?」

「佐山もそうなのか?」

「私? 私は……そうね……嫌いな男子じゃなければ別にいいかな」

「若干言ってることが違うと思うけど……」

「気のせいでしょ」


 なんかはぐらかされた気がするな。

 佐山の場合は『嫌いな男子』じゃなくて特定の男子だろうに……まぁ、流石にここでは言わないけど。


「ほら、早く行きなさい」

「分かったから押すなって。ああそうだ、小鳥遊に俺が行くってこと言っておいてくれ」

「そんなの自分で何とかしなさいよ」

「いや、俺小鳥遊の連絡先とか知らないから無理だって」

「はぁ? 蒼真、あんなに一緒にいて連絡先の一つくらい訊いてないの?」

「そんなに一緒にいないし、そうだとしても普通意味も無く訊かないだろ」


 部活紹介のパンフレット作ったり、清掃活動をやったくらいだし、別にそこまで一緒にはいないよな?


「はぁ……まったくこのチキン野郎は……」

「いや、ここでチキンは関係ないと思うけど……」

「蒼真ねぇ……はぁ……仕方ないなぁ」


 何か嫌々な感じでそう言ってから俺をよそに佐山はスマホを操作すると、数分後俺のスマホが通知を知らせた。


「これが優華の連絡先だから。教えたからね。後は自分でやりなさいよ」

「はいはい、ありがと」

「それじゃあ私は部活に行くから」

「はいはい、じゃあね~」


 俺は去っていく佐山を尻目にスマホとにらめっこをしている。

 今画面に映っているのは有名なSNSの佐山とのトーク画面だ。

 そこにあるのは小鳥遊の連絡先。


「…………」


 これを登録しなければ連絡は出来ない。

 登録するのは簡単だ。ワンタップでそれは終わる。

 だけどその行為が難しい。

 いきなり登録されてメッセージが来て退かれたりしないか?そんな思いが脳内を駆け巡る。


「……でもやるしかないよな」


 俺はそう小さく呟いて気合を入れた。

 小鳥遊に送る文脈はだいたい考えている。だから、後はこの重い指を動かして画面をタップするだけだ。


「…………っ!」


 両方の手から出ている手汗がひどい量だが、俺の指は画面を横滑りすることなく『登録』と書かれたボタンをタップした。

 するとすぐに画面は小鳥遊とのトークルームに移った。

 そして、さっそく頭で考えていた文面を打ち込んだ。


『いきなりでごめん。連絡先は佐山から聞いた』


 すぐには既読が付かないだろうと思ってたけど、俺の投稿と同時に既読が付いた。はやっ!


『うん、知ってる。さっき香織から聞いたから』


 なるほど、さっきの操作の間にある程度は説明してくれたのか。


『それで私に用事って何かな?』


 ある程度って言っても必要最低限だけだったようだけど……


『明日提出のプリントを届けに行きたいんだけど、今体調は大丈夫?』

『うん、今は体調も元に戻ったし熱も下がってるから大丈夫だよ』

『なら、今から小鳥遊の家に行っても大丈夫?』

『私の家に!?』

『一応お見舞いも兼ねてるから』

『うんうん、大丈夫だから。風邪うつしちゃうかもしれないし、プリントはポストに入れておいて』


 拒否られたな。

 まぁ、確かに男子がお見舞いで家に来るっていうのはけっこう抵抗があるだろうし仕方ないだろう。

 だけどこうなるとけっこう心に来るな。佐山がああ言っていただけにそのダメージが大きい。


『分かった。入れておくから後で確認しておいて』


 でも、こうやって画面越しだと小鳥遊に俺の気持ちを悟られることもないし、気楽っちゃ気楽だ。


『うん、ありがとう』


 そうして、俺と小鳥遊の電子世界での会話は終了した。


「さて、行くか」


 俺は少し重くなった足を動かしながら、いつも通り過ぎる小鳥遊の家に向かうことにした。


 ※※※


 学校からはそんなに遠くない、そして俺の家からはけっこう近い小鳥遊の家までやって来た。

 小鳥遊はあのように言ってたけど、一応病人のところに来るということでお見舞いの品としてプリンを買ってきた。

 プリンなのには特に理由はない。しいて言うなら俺が好きなだけだ。

 これを渡せたらそれでいいけど、どうせ渡せないだろうから俺のおやつとして買ったという色が強い。

 そして目的のポストは玄関のところにある。そこにこの自転車通学の申請書を入れれば今日のミッションは終了だ。


「そう言えば明日も小鳥遊が休んだらどうするんだ?」


 さっきは熱も下がってきたって言ってたけど、最悪明日も休んだら提出できないよな?

 ……もしかしてそうなると俺が回収することになるのか? 

 それなら先に言って欲しかったんだけど。朝登校する時に回収して持っていくのが一番効率がいいからな。


「まぁ、しゃーないか」


 そんな明日振られるかもしれない仕事のことを明日の俺に丸投げしてポストにプリントを入れようとした時、


「あら? どちら様?」

「……えっ?」


 俺の後ろから女性の声が聞こえてきた。

 タイミング的には俺がポストに入れる瞬間だったので、俺はすごく情けない格好でフリーズしている。

 そのままの格好で頭だけを動かし、その声がした方を向くと、やはり女性が一人買い物袋を持って俺のことを見ていた。

 恐らくだけど……小鳥遊の母さんだ。ちょっと気まずい。


「あ、えっと……たかな……優香さんと同じクラスの如月蒼真って言います」

「優華の同級生だったのね。私は優華の母の沙耶さやです」

「あ、どうも……」

「もしかして優華のお友達……?」

「えっ!? ええ、まぁ、そうですね」

「そうなのね……それでウチにというか優華に何か用かしら?」


 うぅぅ、ただ訊かれてるだけなんだろうけど威圧感を感じるなぁ……


「えっと……今日休んだ優華さんにプリントを渡すように先生に頼まれまして」

「ああ、そうなの。でも、それならポストなんかに入れずに直接優華に渡してもいいのに……」

「それは優華さんに訊いたらポストに入れておいてと言われたので」

「はぁ……まったくあの子ったら……」

「なのですいませんがこれ渡しておいてくれますか。後、これは簡単な物ですがお見舞いの品です」

「あら、そんなものまで買ってもらっちゃって。ごめんねウチの優華が」

「いえ、風邪なのでしょうがないですよ。それに俺もお世話になってますからこれくらいは」


 ……一応プリンを買っておいてよかった。


「そう……ならこれはありがたく貰うね」

「はい」

「でもこれは如月くんが直接渡してあげてくれないかしら?」

「……えっ?」


 俺はこれで終わりだと思っていたので小鳥遊の母さんからの言葉は予想外だった。


「その方が優華も喜ぶと思うからね」


 しかもその理由は佐山と同じ論理。

 これは女性特有の考えなのか?


「いや、でもたかな……優華さんはポストにと……」

「そんなの、優華の照れ隠しに決まってるじゃない。あの子自分の部屋と風邪で弱ってる自分を見られるのが恥ずかしいだけなのよ」

「いや、それは普通かと……」


 特に女子なら男子にそなところ見られたくないだろうし。


「いいのいいの。それに直接渡してくれないなら優華にそのプリンとは届かないよ?」

「えっ?」

「私これ受け取らないからね」

「それはちょっと……」

「だから、家に入って優華に渡さないとね」

「……」


 小鳥遊の母さんはけっこう強引な人なのかもしれない。よく言えば気さくな人……?


「どうするか決めた?」


 小鳥遊の母さんは俺に選択を迫ってくる。

 こんなの答えは一つだけだろう。


「……分かりました。お邪魔させてもらいます」

「分かったわ。でもそんなにかしこまらなくてもいいのよ?」

「いや、まぁ……」

「でも今日初めて話したんだし仕方ないか。だけどいつかは私のこと『沙耶』って呼んでもらえるくらいにはなりたいかな?」

「あははは……」


 訂正。小鳥遊の母さんは強引で子供っぽい人だ。


「さあ、入って」

「はい……」


 俺は小鳥遊の母さんに言われるがまま家に入った。


 ※※※


 中に入ってから俺はその後をただ付いて行くだけだった。

 そしてそのまま一つの扉の前に案内された。


「ちょっと待っててね」

「はい」


 そこが誰の部屋かなんて考える必要もないだろう。


「優華、起きてる?」

「うん、起きてるよ」

「さっき玄関で如月くんに会ってプリントを持ってきたわよ」

「分かった。今貰う」


 扉の中からこちらに歩いてくる音が聞こえてくる。

 確かに、小鳥遊の母さんが言ったことは事実だけど細部が微妙に違う。

 正しくは『プリントを持った俺を連れてきた』だろう。

 まぁ、これの言い方悪くして『プリントを持った俺』を『プリント』に『連れてきた』を『持ってきた』に省略、変換もできるし、意味としちゃ間違ってないけど……事実を知ってる俺からするればただの詭弁だ。

 でも、そん事実を知らない小鳥遊には効果てきめんだろうなぁ……


「ありがとうお母さ……ん…………っ!」


 開かれた扉から出てきた小鳥遊は、自分の母さんと話してる途中でその後ろに立っていた俺と目が合い、数秒後慌てて扉を閉めて自分の部屋にとんぼ返りした。

 あれは完全にリラックスした顔だったなぁ……


「な、な、な、なんで如月くんがいるの!?」

「そんなの玄関にいたから連れてきたんでしょ?」

「どうして!?」

「あのねぇ……優華のお見舞いに来てくれたのに追い返すなんてそんなひどいことできる訳ないでしょ?」

「う、うぅぅ……そうだけど……」

「だから恥ずかしがってないで早くここ開けないさ。どうせもう熱なんてないんだから大丈夫よね?」

「確かに熱はないけど……」

「それとも如月くんのこと追い返した方がいい? 『優華は如月くんなんかには会いたくないから』っていう理由で」

「そんなこと言ってないでしょ!! ……もうっ! 分かったよ!」


 なんかすげー小鳥遊の母さんごり押したな。

 それに小鳥遊も完全に売り言葉に買い言葉だし。

 はぁ……俺もなんだか申し訳なくなってきたなぁ……

 これでは俺が無理やりお見舞いに来た感じになったような気がする。


「……入っていいよ」


 扉越しにそんな声が聞こえてくる。


「お、おう……」

「じゃあ後は任せたわよ如月くん。私はもう来ないから」

「えっ!?」

「それにいつまでいてもいいからね」

「いや、流石に長居はしませんから」

「そう? 本当にいつまでいてもいいのに。それこそ泊っても……」

「泊まりませんから!」


 なんだか話していくたびに最初に感じた小鳥遊の母さんのイメージからかけ離れていく。

 最初は理知的な人だと思ったけど、それも段々と変化して今ではゴシップとか好きそうな人という感じだ。


「まぁ、如月くんがそう言うなら無理にとは言わないわ」

「はぁ……」

「それじゃあね」


 最後にそう言って立ち去っていき……曲がり角でもう一度俺のこと満面の笑顔で見てからその姿を消した。


「とりえあえず入るか……なぁ、小鳥遊入っていいか?」


 さっき許可はもらったけど、一応俺から伺った。


「……うん、いいよ」

「お邪魔します……」


 再度許可をもらいを俺は中に入った。


「……」


 小鳥遊の部屋はきれいに片付けられていた。

 床には何も散らかっていない。あるのはクッションと勉強机とは別にある小さなテーブルだ。

 それに甘いにおいもしてきて女子の部屋にいることを意識させられる。

 そして小鳥遊はベッドで横になっていた。

 俺はその近くまで移動してなんとなくそこで正座した。


「……やあ」

「……うん」


 俺たちの最初の言葉は短い二文字だけだった。

 熱は無いって言っていたけど小鳥遊は風邪のせいか顔が赤くなってるし、いつもより弱々しい顔をしていて不謹慎かもしれないけどいつもより艶めかしくそして可愛いと思ってしまう。

 このまま見ていたとも思うけど、それではここに来た意味を本当に見失ってしまう。

 この小鳥遊を見れたことは副次的なことというか、不幸中の幸いというか、とりあえず本筋とは違うので俺はここに来た目的を果たすことにする。


「風邪は本当に大丈夫なのか……?」

「……うん、熱はもう下がったから……」

「でも、顔がまだ赤いけど……」

「それは恥ずかしいからだよぅ……」

「……悪い」

「……うんうん、如月くんは何も悪くないよ。それにどっちかっていったら追い返そうとした私の方が……」

「いや、それは普通のことだから俺は気にしてないって」

「それでも……ごめんね。別に如月くんが来るのが嫌って訳じゃないから……」

「だからぁ……」


 本当に風邪をひいたら体だけじゃなくて心も弱るんだなぁ……


「はぁ……まぁ、とりあえずこれが今日配られたプリントだけど……どうする?」

「あ、うん……それなら私の机に置いてくれる?」

「分かった。後これプリン買ってきたから後で食べて」

「えっ! どうして……?」

「そりゃ、お見舞いに行くんだから手ぶらって訳には行けないじゃん」

「そっか……ありがとう如月くん……優しいね」

「いや、あの……」


 小鳥遊は優しい笑顔でそう言った。

 本当に風邪で弱ってるな小鳥遊。いつもなら絶対に言わないであろう言葉を口走ってるはずだ。

 まぁ、そう言われて嫌な訳ないし、どっちかっていうと嬉しいけど、このままだと俺の精神衛生上問題が出てくる。ただでさえ、小鳥遊の部屋ってことで緊張してるのに、そんな顔であんなことを言われたら俺の理性がぶっ壊れてしまう。


「じゃあ、俺はもう帰るわ」


 だからこれは戦略的撤退だ。


「……えっ?」

「流石にずっとここにいる訳にもいかないだろ?」


 いや、俺がここにいてもどうしようもないっていう理由もあるけどさ。


「……うんうん……まだいてもいいよ?」

「えっ……?」

「というか……今日は退屈だったからもう少し話そ」

「……」

「ダメ、かな……?


 なんだけど……どうして俺の決意を鈍らせてくることを小鳥遊は言ってくるんだ? そんな寂しそうな声と顔をされた……


「でも……いいのか?」

「……うん」

「……分かった。ならもう少しいるよ」


 と言うしかないじゃないか。

 別に小鳥遊のことを嫌いな訳じゃないし、病人からの願いなら聞き入れるのは当然だよな。……まぁ、多少の下心があるのは否めないけど

 とは言え何を話そうか……そうだな、ここは前から気になってたことでも訊いてみるか。


「なぁ、小鳥遊は佐山と友達なんだよな?」

「うん……そうだよ」

「けっこう仲いい感じ?」

「どうだろ……? でも、私の女子の友達って言ったら香織の名前が一番に出てくるかな?」

「じゃあかなり仲いいんだ」


 それなら、アレについても話は聞いてるかもな。


「ならさ、佐山の好きな人とか知ってるか?」

「……えっ? 香織の好きな人……?」

「うん」


 俺が龍也の恋に干渉すると決めてから結局何もやってなかったし、というかそのとっかかりすらなかったから仕方ないんだけど、でも今はそれが目の前にある。何か有益な情報が訊ければいいな。


「……もしかして如月くんって香織のことが好きなの?」

「……はっ?」


 だけど小鳥遊からの口から聞かされたのは予想の斜め上っていうか、完全に予想外のことだった。


「いやいや、それは無いから」

「別に嘘なんかつかなくてもいいのに。私は香織に黙ってるよ?」

「だから違うって! どうしてそうなる?」

「だっていきなり香織の好きな人訊いてくるんだもの。そう疑っても仕方なくない?」

「いや、まぁ……そうなのか?」

「うん」

「じゃなくて! 俺が好きなんじゃないの俺の友達が好きなの」

「……そういったていでってこと?」

「ちがーう。本当にマジで神に誓って俺じゃないの」

「じゃあ、誰?」

「それは……」


 う~ん……ま、いっか。小鳥遊は言いふらす奴じゃないだろうし、誰も不幸にならないだろう。

 龍也の意思は?だって? ……大丈夫、これくらいのこと事後承諾でも許してくれるさ。まぁ、龍也にはこのこと言わないだろうけど。


「龍也だよ。大西龍也」

「……えっ?」

「流石に知らないか……一応同じクラスなんだけど」

「大西くんのことは知ってるよ」

「あ、そうなの?」

「だって……」

「……?」


 小鳥遊はどこか躊躇ってるような感じで押し黙ったが、しばらくすると話し出した。


「だって……香織の好きな人だから」

「……やっぱりか」


 うん、予想通りだな。予想通り過ぎてそんな言葉しか出て来ない。


「それならよかった」

「そうなの? 本当は――」

「好きじゃないからね」

「そう……」

「ちなみにいつから?」

「えっと……一年生の時からみたい」

「そっか」


 てことはほぼ同じ時期にお互いを好きになったってことか……ホントうらやましいくらいに両思いだな。もっと早くに付き合えば楽しい高校生活だっただろうに。


「大西くんは?」

「俺が龍也の好きな人を知ったのが一年の時だから、少なくとも一年の時には好きだったみたい」

「そっか。そんな状態なら早く付き合えばいいのにね」

「だよな。まぁ、でも今年で付き合うんじゃね」

「どうしてそう思うの?」

「だってもう三年だし、アイツも付き合いたいって思ってるし、何より俺がハッパかけたし」

「同じだね。香織もそんな感じだったし、私も同じこと言ったよ」

「ということは後は龍也たちの度胸次第か……」

「ある意味一番難しい問題だよね」


 人を好きになることは簡単だ。だけどその思いを告げるのは怖いもので、それは臆病な人間ほど難しくなっていく。

 そして龍也は臆病だ。おそらく佐山もだろう。

 だから龍也たちは両思いなのに未だに付き合っていない。


「まぁ、俺は出来る限り協力はするつもりだけどな。完全に一方的にだけど」

「私もそうするつもりだよ」

「でも、二人が両思いなんて言わない方がいいよな?」

「そうだね。それ言ったら意味がない気がするし」

「確かに」


 もし二人に言ってしまえば『好きだから付き合う』じゃなくて『両思いだから付き合う』っていう微妙に違う動機になるかもしれない。

 まぁ、そんなことに関係なく龍也は両思いだと知ってもどうせ告白は出来ないだろうから言う意味がない。あいつにはそれなりのシチュエーションを用意しなければいけない人間だ。


「ねえねえ、如月くんは好きな人いないの?」

「えっ! 俺?」

「うん」


 さっきまでは龍也たちの恋愛話だったけど、唐突にその矛先が俺に向いた。

 だけど俺には焦る必要はない。持ってる答えは一つだけだ。

 多分、小鳥遊にとっては期待外れの答えだとは思うけどな。


「俺はいないよ」

「そっか」

「そう言う小鳥遊は?」

「私もいないよ」

「何だよつまんねーな」

「何それ。如月くんだって人のこと言えないよね?」

「まーな」

「如月くんは好きな人作らないの?」

「う~ん、どうだろ。好きな人ってさ、きっと作ろうと思ってできるもんじゃない気がするんだよ。多分いつの日かふと気付いた時に誰かのことを好きになってるんじゃないかな? だから俺の好きな人が出来るのはその時かな」

「何か恋愛の真理みたいだね」

「恋なんてしたことない奴が言っても感じだけどな」


 絶対俺生意気言ってるよな。

 どっかのチャラ男とかリア充とか龍也とかが訊いたら呆れるだろう。まぁ、こんなの誰彼構わず言うつもりもないけど。


「……」

「……」


 なんとなく一段落した感じになった。

 ここに来てもう三十分くらいか……いいころ合いかな。

 小鳥遊は熱は下がってるといっても病人には変わらない。これ以上は見えないところで迷惑をかけるかもしれないので流石に帰るべきだろう。


「じゃあ、今度こそ俺帰るわ」

「そう……分かった」


 今度は俺を引き留めることは無かった。


「玄関まで送っていくよ」

「いや、別にそこまでしなくてもいいのに」

「いいの。私がそうしたいだけだから」

「そっか」


 そうして俺が小鳥遊の部屋から出るとその後ろを付いてくる。

 俺はここに連れて来られた時の記憶を頼りに玄関に向かっていく。

 そのまま無事に玄関まで着くと、タイミング良くなのか悪くなのか小鳥遊の母さんがやってきた。


「あら、もう帰っちゃうの?」

「ええ、流石にこれ以上はいられませんよ」

「いつまでもいていいって言ったのに……」

「それ冗談じゃなかったんですか……?」

「いいえ、本気よ」


 マジか……ホントにアクティブすぎるだろ。


「もうお母さん、如月くんが困ってるよ!」

「いいじゃないこれくらい。優華の初めての男なんだから仲良くしたいじゃない」

「――っ! もうお母さん! 『男』じゃなくて『男友達』だから。変な省略しないでよ!」

「別にそんなに変わらないじゃない」

「全然意味が違うよ!」

「あはは……」


 そんな興奮したら熱上がるよ?とは言えなかった。

 俺も同意見だ。それに俺が何か言ったら火種がこっちに飛んできそうなのでここは小鳥遊に頑張ってもらう必要がある。……別に犠牲にしてるわけじゃないからな。適材適所ってヤツだ。


「それじゃあ俺は帰りますんで」

「そう? 分かったわ。それじゃあまた来てね」

「機会があれば……」


 別に否定することでもなかったのでそう言ったけど、小鳥遊の家に来ることなんて今回みたいな特殊な場合を除くとどう考えてもないよな。


「如月くん帰りは気を付けてね」

「ありがと。そっちも風邪治せよ?」

「うん。明日には学校に行けるよ」

「そっか」


 まぁ、今日の感じを見たら明日には今日のあった空席もなくなってるだろう。


「それじゃあまた明日」

「うん」

「じゃあね、如月くん」

「お邪魔しました」


 俺はそう言って外に出た。


「小鳥遊の母さん強烈だったな……」


 俺は小鳥遊の家から少し離れた位置でそう呟いた。

 流石に言い過ぎかもしれないけど、あれは初対面の相手にとるような行動ではない気がする。

 それはやはり、小鳥遊の初めての男……じゃなくて男友達だったから興味深かったということだろうか? いや、単純にあれが小鳥遊の母さんの性格ってこともあるけども。


「まぁ、どっちにしろ当分会うことはないか」


 そう結論付けて俺は帰宅した。

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