第4話 最後の仕事と訪問者

 今俺はグラウンドから戻ってきて特別棟内を歩いている。

 俺が最初ここに来た時の特別棟を使っている部活の喧騒はどこへやら、今は廃校の中を一人で歩いているような感覚に陥るほど静かで俺の足音だけが嫌にうるさく響いている。

 それでも廊下の照明はつきっぱなしだ。自動でつくタイプではないので電気代の無駄では?と思うけどそれが無かったらもはや深夜の学校か廃校のどちらかにしか思えないので必要だろう。何より三階には今もなお活動中の生徒会長がいるので消したら可哀相だ。


「……」


 そんな孤独な廊下を俺は一人で歩いている。

 こんな状況だからと言って怖いと思うことは無い。

 確かに幽霊とかは苦手だけど、ここは廃校でもなんでもないし三階に行けばそこにはちゃんと今日のゴールである生徒会室がある。そしてそこには生きてる生徒会長がいることだろう。……いや、本当に怖い訳じゃないから。

 そうして俺は階段のある場所まで来たのでそこから三階まで上がろうとした時、


 ――バンッ


「――!」


 そんな物音がどこかの教室から聞こえてきた。おそらく何かが落ちたのだ。

 いつもなら無視できるものなんだけど、この状況が良くない。こういう時に驚かせるような音はご法度じゃないか? 心臓が止まるかと思ったし、さっきからバクバク言っているのが自分でもよく聞こえる。

 こんな状況で不安を煽り驚かせるような現象はホラー映画だけで十分です。


「……ちゃんと管理くらいしとけよな……早く三階に行こ。そしてすぐ帰ろ」


 そう決意して俺は特に意味は無いが階段を駆け上り、三階まで行く。すると生徒会室のネームプレートが目に入ってきた。何故かそこが光輝いて見えたのは気のせいだろう。

 そこで最初に来た時と同じように扉をノックをして中からの返事を待った。

 ここで返事が無かったりよく分からない恐ろしい声で返事されたりしたらマジで怖いよな。学校の七不思議的な感じで。まぁ、そんなことは起こって欲しくはないし、起こるはずもないさ……きっとな。

 俺はさっきの出来事で完全に弱気になっていた。


「どうぞ」


 ただそんなきょう……不思議体験は予想通りと言うか当然と言うか起こることもなく最初来た時と同じようにこもった同じ声が聞こえてきた。……よかった。

 そして俺はそれを確認してから中に入る。ようやく今日が終われそうだ。


「失礼します。つくよ……」


 俺はもう終われるという解放感があり気楽だったけれど目の前に広がるある意味恐怖を感じるその光景に言葉が途中で途切れてしまった。

 生徒会室は初めて来たときと同じく月詠だけという訳では無かった。俺とは面識のない女子が三人いる。この状況から見て他の生徒会役員だろう。その三人が一斉に俺の方を見て「誰だこいつ」と言ったような顔をしてきてから、観察するようにじっくりと見てきている。人見知りの俺にとっては辛い状況だ。


 そしてそんな視線もさることながらこうも知らない人が多く向こうの身内で固められると俺の場違い感が際立ってしまい、さらに言えば性別としても男は俺だけなので、そのせいで居心地の悪さすら感じてしまう。……これは俺が人見知りじゃなかったとしても普通に辛い。


「…………」


 そのため俺は委縮してしまい、さっきの言葉の続きを言えなくなっている。月詠も聞き返してくれればいいんだけど、さすがに『つくよ』だけでは分からなかったのか小首をかしげて俺の顔を見ている。

 なんとなく嫌な空気が流れ始めたと思った時、俺はある人物が目に入った。ただ、その人物がなぜここにいるかは理解は出来ない。

 その人物は女子と言えるほど若くはないが、おばさんと言うほど年を取っていない女性で、ある意味ここにいるメンツの中では一番長い付き合いで、これからも何かしらあるのだろうと思わせてくれる奇想天外な人だ。


「お、さぼらずちゃんとやってるな」

「……岬先生」


 そう、それは今日の元凶にして俺の担任の岬由奈先生だ。


「そりゃあ、まぁ、やりますよ。言われたことをやらない訳にはいきませんから」


 そして皮肉なことに岬先生との会話では平常心でいられてしまった。


「そうか、それでこそ如月だ」

「いや、それでこそって……」

「そう言われたくないのならこれからは自主的にやって欲しいものだな」

「それは無いですね」


 その会話を聞いて月詠以外の生徒会役員が「やっぱり彼が学事補助委員なのね」と言った具合に理解し俺を受け入れ始めている。そのため俺に向けられていた視線は柔らかいものに変わり、俺の存在が認められ、居心地の悪さも改善した。

 とりあえずこれで普通にしていられそうだ。まぁ、それが岬先生との会話のおかげって言うのがなかなかに微妙だけどな。


「それで、先生はどうして生徒会室に?」


 そして、少し余裕が出てきた俺は当初の疑問を先生に訊いてみた。

 俺の直感が導き出した予想としては俺の監視だ。

 流石にそんなくだらないことに時間を割くことはしないだろうと思いたいけど完全には否定できない自分もいる。今日の先生の言動から『岬先生ならありえるかも』という答えにどうしてもたどり着いてしまう。


「月詠に少し話があったからな」


 だけどその予想は完全に外れた。そして月詠に話とはさらに謎は深まるばかりだ。


「どうして月詠に?」

「そんなの生徒会関係の話に決まってるだろ」

「どうして先生が生徒会関係の話を?」

「あのなぁ……そんなの私が生徒会顧問だからに決まってるだろ」


 何を当然と言う感じで岬先生はそう言った。

 いや、俺としては初耳だからそんな当然といった顔をされても困るんだけど、確かにその可能性もあったな。今日のインパクトが強すぎて全く考えてなかったわ。

 だけどそう言われると確かに『生徒会顧問』という役職が似合ってるように感じる。

 それに岬先生が顧問なら俺の学事補助委員としての最初の仕事が生徒会がらみなのは納得も出来るけど……それってある意味職権乱用なんじゃね!? ……でもまぁ、そんなのは今更か。


 最初に会った時に聞かされた学事補助委員会の定義からしてなかなかの拡大解釈だったしアレも職権乱用の一つだろう。これって教頭あたりに訴えれば勝てるんじゃ……いや、それすらも謎の権力で握りつぶしそうだなこの人。


「如月なんだその顔は……もしかして私が監視しに来たとでも思ったのか?」

「ええ、思いましたね」

「即答か。あのなぁ、あの時も言ったろ? 如月の『言われたことはやる』と言うのは知ってるし、これでも教師だ。生徒それも自分のクラスの子については信頼もする。だからわざわざ監視しに来る訳が無いだろう」

「確かにそんなことも言ってましたね」

「何だ、如月不満なのか?」

「別にそう言う訳では……」

「いいかよく聞け。世の中には自分からは何もせず、言われたことすらやろうともしないクズは山ほどいるが、如月は自分からはやろうとはしないが最低限言われたことはやるだろ? それだけでも十分評価に値する。だからそんな不満だらけの顔をせずもっと自信を持て」

「は、はぁ……」


 この人、教師なのに『クズ』とか言っちゃったよ。

 それに、喜んでいいのか微妙な評価だ。これって一歩間違えれば俺も『クズ』ってことだろう? ……うん、言われたことは最低限出来るようにこれからも努力しよう。

 けなされているのか褒められているのかいまいち分からない、ぶっちゃければ無駄な時間だった。

 そしてそのせいでなんだか変な空気が流れている。

 別に俺が悪い訳じゃないんだけど、と言うか絶対岬先生の方が悪いんだろうけど……仕方ないか。

 話のきっかけを作ってしまった俺が仕方なくこの空気を無くすための一歩を踏み出すことにした。

 実際にその足を動かして、我らが生徒会長のもとへ歩いていく。

 そして例のブツを月詠に渡した。


「月詠、これ部活紹介のヤツ。一応回ったところ全部から回収してきたから」


 これで空気も少しは戻るだろうし、俺としてはこのまま依頼品を渡して帰ることが出来る。一石二鳥だ。


「え、ええ、お疲れ様、如月くん。本当に助かったわ。今日はありがとう」


 月詠もさっきの俺と岬先生の会話にあてられてか、少し反応に遅れたが何とか持ち直したようだ。


「いいえ、それじゃあ俺は帰るわ」

「分かったわ、さようなら如月くん。またね」


 またねっか……それが補助委員関係で会うことを言ってるんじゃなければいいけど……でも、岬先生が生徒会顧問ってことはこれからも生徒会関係の仕事が……いや、それ以上考えるのはやめよう。どうせ俺には命令されたら拒否権なんて無いんだし、だからそんなこと考えるだけ無駄だし、それに何よりさっきの話聞いちゃったからやらなきゃいけないし。……これって完全に労働弱者だよなぁ……一応俺、れっきとした高校生なんだけど。……はぁ。

 そんなことを考えてから俺は荷物を持ち帰宅しようとした。

 しかし、


「如月、ちょっと待て」


 と何故と言うべきかやはりと言うべきか、俺を制止する声が聞こえてくる。その発言者も予想通りと言うべきか確率的に予想するだけ無駄と言うべきか、誰なのかは声を聞いただけで分かってしまった。

 そうして俺は扉にかけていた手を離しその発言者――岬先生の方を向いた。

 そこには嫌な笑みを浮かべた岬先生が立っていた。

 はぁ……今度はどんな面倒ごとなんだ? でもなんか予想出来ちゃうよなぁ……

 そう思いながらもとりあえず先生の口から出るだろう業務命令を聞き逃さないよにしたが、


「月詠、パンフレット作りは明日の予定だったよな?」

「えっ!? え、ええ、そのつもりです」


 岬先生は俺ではなく月詠に話しかけていた。月詠も自分に話しかけられるとは思っていなかったようで驚いている。


「それで今日はもうやることが無いんだよな?」

「そうですね……部活紹介のプリントを回収が終われば今日はもう終わりのつもりでした」

「そうか、そうか。それならいっそのことパンフレット作りまでやってしまえ。まだ時間はあることだし、労働力も今は一人分多い訳だし」


 ただその会話内容で俺の仕事内容が伝わってくる。結局、パンフレット作りまでやらされそうな感じだ。まぁ、予想通りだな。


「えっ? いやそういう訳には……もしかしてそのことを言いにわざわざ来たんですか?」

「ああ、そうだ。如月が生徒会室に戻っていくのがたまたま見えたからな、ちょうどいいと思ってな」


 岬先生は不自然なほどに『たまたま』の部分を強調していた。

 やっぱり監視してたんじゃねーの?


「別に明日やるならやるで如月のことは呼んでたから明日でもいいが、今日終わらせられるなら終わらせた方がいいだろう?」


 そう言って俺の方を見る岬先生。

 俺はどうやら明日も働かされていたらしい。

 と言うかこうなってくると俺ってこのパンフレット作りの手伝いじゃなくて、もはや主要メンバーになってるよな……


「でも……そんな悪いですよ。これは私たち生徒会だけ出来ますから如月くんに――」

「いいんだ。なんたって如月は学事補助委員だからな。それに、人手はいくらあってもいいだろ? 一年生全員、つまり百八十人分のを作らなきゃいけないんだから」

「確かにそうですけど……」


 そう言ってチラッと俺を見る月詠。その様子から見ても人では欲しいといったところか。

 確かに生徒会の人達だけでも出来るだろうけど、人間楽出来るならしたいものだろう。それと提案者が顧問の岬先生ってのも影響あるだろうな。

 雲行きはなかなかに怪しくなってきたようだ。


「いや、でも……」


 それでも、月詠はどこか迷ってくれている。生徒会でもない人間で、しかも今日初めて会った俺を巻き込むことに少しでも罪悪感があるなら、思いとどまって欲しい。そして俺を開放してくれ!

 俺はそんな期待のまなざしで月詠を見つめた。


「悩んでるならやってしまった方がいいだろう」


 だけど岬先生は追い打ちをかけるようにそんなことを言う。いや、それって普通逆じゃ……

 ただ、こうなると追い風は完全に岬先生の方だろう。基本的に生徒は教師に刃向かえない。しかも月詠から見ると上司のような存在の人からあんなこと言われたら断るのはますます無理だ。

 そして月詠は悩んでいたけど何かを決めたような顔をした。


「…………そうですね、分かりました。如月くん悪いけどもう少し付き合ってくれないかしら」

「わ、分かった……」

「ごめんね」

「いや、大丈夫」


 まぁ、そうなるよね。分かってたから心構えだけは大丈夫。やる気は全く起きないけど。


「皆も、いいかしら」


 月詠がそう言うと、生徒会のメンバーが一様に頷き誰一人拒否する者はいなかった。


「それじゃあ早速コピーしてきましょうか」


 月詠は意外と割り切りが早いのだろう。今はさっきまでの申し訳なさそうな雰囲気など全くなく、そこには生徒会長として仕事をこなす一人の女子がいるだけだ。


「如月、頑張れよ?」

「……はい」


 あんたがそれ言う?という言葉を貰ってから俺たちは生徒会室を出ていった。



 業務用のコピー機は流石に生徒会室にはなく、職員室や教室がある教室棟の印刷室にある。そこまで行くだけでも結構距離があったりする。

 そして、印刷室から戻って来た時には意外と疲れた。

 一年生百八十名分のパンフレットを作るとなると大量の紙が必要だ。

 また、笠原高校には意外と多くの部活動があるのでその分だけ紹介文も多くなる。そうなると必然的にコピーする量も増え、俺と生徒会メンバーだけで運ぶのは一苦労だった。紙は束になると意外と重い。

 事の発端の岬先生はと言うと、印刷室までは付いてきたけどその後は手伝うこともなく職員室に戻っていきやがった。

 本当にあれだけを言うために来たようだ。いや、他にもいろいろと言っていたな。主に俺に対してだけど……


「さて、始めましょうか」


 そして俺たちは月詠のその言葉で準備に取り掛かる。

 まずは長机の上を綺麗にして、そこにコピーしてきたヤツを順番通りの束で並べていく。そして一番最後によく見る小さいホッチキスではなく、大きな電動のホッチキスが置かれた。

 これで後は地道にプリントを積み重ねホッチキスで止めるという単純作業を繰り返すだけでパンフレットは完成するだろう。

 えっと、今ここにいるのが五人で一年生が百八十人。一つの冊子を作るのに約一分と考えたら……だいたい三十六分か。うわぁ、六時近くまでかかるのか……

 軽く絶望しながら黙々と仕事をする機械になろうとした時、


 ――コンコン


 と生徒会室の扉をノックする音が聞こえてきた。


「こんな時間に誰かしら?」


 そんな月詠の呟きに応えることが出来る人は誰もいなかった。

 岬先生ならノックなどしなさそうだしと言うかすぐに戻ってくる訳ないし、他の先生だとなおさら謎だ。ましてや一般生徒がこんな時間に生徒会室に来ることは無いだろう。……まさか、ここにきて幽霊って訳じゃないだろうな?


「どうぞ」


 俺にとっては今日三度目のその言葉を今度は中から聞いて、扉の外から入ってくる人物を確認する。

 ゆっくりと開かれる扉に誰もが注目していると、その訪問者の姿をこの目で捉えることが出来た。そこにいたのは当然幽霊な訳もなくまさかの一般生徒だった。髪はショート、その顔と姿はここ最近見たことがある。性別は女だ。


「失礼します……」

「小鳥遊さん……? こんな時間にどうしましたか?」


 そう小鳥遊優華だ。

 ほんの数十分前までグラウンドで見た彼女が何故かここに来ている。服装は部活の時から変化していて制服に冬物のコートを身にまとっているがそれ以外は何ら変わらない。

 生徒会に何か用事でもあるのかな?


「すいませんちょっと確認しに……あっ!」


 そして小鳥遊のことを見ていた俺と目が合うとそんな反応をした。


「やっぱり如月くんいた」

「へっ? 俺?」


 目当てはどうやら俺のようだが、心当たりがまるでない。


「えっと……どうした?」

「その……部活が終わった時に生徒会室の電気ついてるのが見えたから、もしかしたらまだやってるのかなって思って」

「えっ! それでわざわざここに?」

「うん。だって部活が終わって如月くんがまだやってるかもしれないのにそのまま帰るってのは流石に無責任って言うかひどいと思ったから」

「そ、そう……」

「それでどうなのかな? もう終わったの?」

「いや、えっと……後はこれを作るだけ」


 そう言って俺は机の上を指し示した。

 そこには誰も手を付けていないきれいに並べられたプリントたちがいる。


「それは?」

「部活紹介の時に一年に配るパンフレット、になる前の物」

「それじゃあ今からそのパンフレットを作るの?」

「そんなところ」

「それなら私も手伝うね」


 小鳥遊はそうするのが当然という感じでそう言ってさっそくコートを脱ぎだし荷物と一緒に床に置いた。

 何かとんとん拍子で決まって言ってる気がするけど、俺はともかく生徒会の面々が付いてこれていない。

 まぁ、小鳥遊の今日から増えたあるステータスについて知っているのここにいる人間では俺だけなので無理もないだろう。


「えっと……一から説明してもらえるかしら?」


 そのため混乱気味の生徒会の代表として月詠が俺に訊いてきた。


「小鳥遊は俺と同じ学事補助委員なんだよ」

「……なるほど、彼女がもう一人の補助委員だったのね」


 その言葉だけで月詠は分かったようだ。他の生徒会の人達も納得したのか頷いたりしている。

 ただ、一つだけ気がかりがあるのか月詠の顔がまだ晴れていない。


「でも最初いなかったのは……」

「ああ、それは岬先生が『部活あるなら行かなくていい』って言って免除になってた訳」

「そういうことね」


 それで月詠の疑問は解消したみたいだったが、今度は小鳥遊が暗い顔をした。


「……ごめんなさい。私だけ部活に行ったりして……」

「いいえ、小鳥遊さんは何も悪くないわ。岬先生がそう言ったなら仕方ないことだから」

「でも……」

「これは私の予想だけど、小鳥遊さんがもし部活に行ってなかったら、如月くんが何か言われてたんじゃないかしら?」

「あー、ありそう」


 うん、今マジでそう思ったわ。

「どうして小鳥遊に手伝いをさせてるんだ、このクソが!」的なことを言われてた気がする。


「だから、気にしないで……って私が蒸し返しちゃったのよね。私こそごめんなさい」

「うんうん、月詠さんは何も悪くないよ」

「……」

「……」


 そうして二人とも黙り込んでしまった。

 月詠以外の生徒会の人達はどうしていいのかわからずに、ただ立ち尽くすだけだ。

 なんだか変な空気になっちまったな。これって、話に加わってた俺が何とかすべきなのか……? ……そうみたいだな。はぁ……どうして今日はこんなのばっかなんだ?


「はい二人ともそれまで。もう誰も悪くないんだから、それでいいんじゃねーの?」


 そうここにいる二人は悪くないのだからこれは無意味な謝罪合戦だろう。

 月詠はただ疑問に思っただけ、小鳥遊はそもそも手伝いの依頼はされていない。

 だから、二人が罪の意識を感じる必要はないし、俺としては「悪いのは岬先生だ!」と声を大にして言ってみたい気もするけどその後が怖いので自重します。


「…………そうね」

「…………そうだね」


 二人は何とか納得してくれたようだ。


「……それなら最初に戻るけど小鳥遊さん、パンフレット作りを頼んでもいいのかしら?」

「……うん、もちろん。そのために私は来たんだから」

「ありがとう小鳥遊さん。これで計六人……三十分くらいで終わりそうね。それじゃあ、今度こそ本当に始めましょうか」


 なんやかんやあったがうまい具合に話はまとまり、今日の最後の仕事が始まった。

 パンフレットを作るという単純作業を俺たちは列をなしてこなしていく。

 先頭を月詠が行きその後に生徒会役員、最後に俺と小鳥遊という順だ。

 紙の束から一枚だけ取るのは意外と難しい。手が乾燥していると滑るため紙を一枚だけ取れないといった現象に陥りやすい。すると後続の人から圧力のようなものを感じ居心地が悪くなったりするものだ。

 だけど今回はそういうことにはなっていない。どういった技術かは知らないが俺より前の人が取りやすいように紙をずらしてくれている。

 そのためこの単純作業の効率も上がり予定時間よりかは早く終わった。


 今机の上には予備分も合わせた百八十+αのパンフレットがのっている。

 部活紹介の時にこれが一年生の手元にあると考えると感慨深い。少なからずやりきったと言う達成感は感じている。スペシャルサンクスで三年B組学事補助委員会の名前が入れられてもらってもいいくらいだ。……まぁ、実際そんなことされたら恥ずかしいだけだからそれはそれで困るけど。


「案外早くに終わったわね。これも二人のおかげだわ。ありがとう」

「役に立ったならよかった」

「私もここに来た意味があってよかったよ」

「あとは岬先生に報告するだけだから二人はもう帰っても大丈夫よ。今日は本当にありがとう」

「ああ、それじゃぁな月詠」

「さよなら、月詠さん」


 小鳥遊がそう言ってから俺たちはコートを着るなどをしてから荷物を持り生徒会室を出た。

 すると何となく肩の荷がおりたような感じがする。


「終わったな」

「そうだね……如月くん今日はお疲れ様」

「いやお疲れ様なのはどっちかって言うと小鳥遊の方じゃないか? 部活もしてそれからパンフレットも作ったりして」

「うんうん、今日は軽いメニューだったから私は全然疲れてないよ」

「そうなのか……まぁ、それならお互いにお疲れということで」

「いや……うん、そうだね」


 小鳥遊は最後にそう言って微笑んだ。

 こうして俺の……いや俺たちの初仕事は終了した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る