第50話 玉座の間にて

 夕方近くになったころ、アドアニスがやってきた。

 ちなみにステラはそっと引き剥がしてベッドに寝かせておいた。俺は特にすることもなかったので横でじっとその寝顔をながめていた。

 夢でも見ていたのか、時折表情が変わるので意外と見ていて飽きなかった。

 

「王城まで来てくれるかな」


 アドアニスは明るい笑顔でそう言った。アドアニスの来訪で起きたステラはベッドの上に座って目をこすっている。

 

「なんだ? 国王陛下からお叱りでも受けるのか? 『よくもうちの息子をいじめてくれたな!』って」

「陛下は亡くなったよ」

「ああ、なるほど。亡くなった、と。……亡くなった?」

「うん、死んだ」


 うなずいてあっけらかんと言うアドアニス。


「――え、国王死んだの!?」

「そうだよ。もともと長くはないとは言われてたんだけどね」


 ……ん? ちょっと待てよ?

 

「国王の子供ってあの王子しかいないんじゃなかったか? じゃあ今はあれが国王ってことか?」

「いや、それは違う」


 アドアニスはかぶりを振ってはっきりと否定する。


「じゃあどうなるんだ?」

「その話をしたいから、王城に来てもらいたいんだ」

「まあ構わんが……放っておいてあいつに国王になられても困る」


 体の状態は万全だ。あの妙な女、本当に治癒術師としての腕前は凄まじいものがあるらしい。今までで一番調子がいいといっても過言ではないくらいだ。

 

「じゃあ私は留守番してるね」


 あくびをこらえて言うステラ。俺は首を横に振る。

 

「いいや、ステラも一緒だ」

「え、でも……」

「こいつがなんと言おうと、ステラは連れていく」

「別に駄目だなんて言わないよ。一緒に来るといい」


 アドアニスも止めはしなかった。ステラは驚いたようにまばたきを繰り返しながら俺を見つめ、それからふにゃっと破顔した。

 

「ありがとう」


 その一言だけで、ステラの気持ちは十分伝わってきた。

 

 

 大仰にも馬車に乗せられてしまった俺たちは、10分もかからずに王城に到着した。

 入城してからはアドアニスに導かれるまま、華美でうるさい内装の通路を歩き回り、やがて一段と豪奢な大扉の前で立ち止まった。

 

「ここは?」

「玉座の間だ」


 ……玉座の間で話し合いをするのか?

 その辺りの常識はないからよくわからんが、玉座の間っていうのは特別な場所なんじゃないのか? 特別だからこそ、主がいない今のうちに自由に使ってやろうってことか?

 疑問に思っているうちにアドアニスが大扉を開け、中に入る。俺とステラもそのあとに続いた。

 

「うおっ」


 思わず面食らったのは、中に仰々しい格好をしたやつらがずらりと2列に並んでいたからだ。扉から玉座へと花道を作るように並んでいたそいつらは、俺たちが入ってくると一斉に膝をついた。

 ……勇者ってのはそんなに敬意を払われるものなのか。

 などと思いながらついていくと、アドアニスは玉座の手前の階段の直前で止まった。

 

「なんだ? 俺も膝をつけばいいのか?」


 冗談めかして肩をすくめると、アドアニスは真剣な顔で否定した。

 

「いいえ。膝をつくべきは私の方です」

「……は?」


 急にしかつめらしい態度になったアドアニスに、俺は困惑する。

 

「どういう意味だ?」


 俺が問うと、アドアニスは周りの面々の意志を確認するようにぐるりと見回す。異論を唱える者がいないことを確かめ、アドアニスはまっすぐに俺を見つめた。


「あなたに――我々の新たなる王になっていただきたいのです」


 そう言って、アドアニスは実際に膝をついてみせた。

 俺は眉根を寄せ、口をあんぐりと開けるしかなかった。

 

「はあぁ?」


 心の底から馬鹿にするようなトーンで聞き返す。

 いや、この場合馬鹿にされてるのは俺の方か? こんなに人を集めてまでおちょくって、こいつは何か俺に恨みでもあるのか?

 

「あなたに、この国の王になっていただきたいのです。これはほぼすべての貴族の総意です。すでに市民にも王家や『竜卓十六鱗家』の悪行は広まり始めています。噂を聞いた市民も、それを暴き、王子を打倒したベル殿――いえ、ベルガ殿こそ国を率いるべきという意見が大勢です」

「……ちょっと待て。本気で言ってるのか?」


 あまりにその語り口が真に迫っていて、俺は思わず確認してしまった。本気で言ってるなんて、いくらなんでもあり得ないのに。

 

「本気です。他に適任者もいません」

「いや、その辺の貴族を適当に選べばいいだけだろ」

「十六鱗家以外、貴族の地位はほとんど横並びです。その中から1つの家を選ぶのは困難を極めますし、選んだところで遺恨が残る。市民が納得するだけの理由を捻出するのも難しい。このままでは各貴族に市民も交えた大規模な内戦に発展する可能性も決して低くないのです」


 それはもっともな理屈だが……じゃあ何か? 本気で俺に国王になれとか言ってるのか? こいつらは。この俺に?

 

「お前らな、俺がどんな人間かわかってて言ってるのか?」


 呆れ返りながら尋ねると、列の中にいた1人が歩み出た。そいつは貴族らしいきらびやかな服ではなく、軽装の甲冑を身に着けていた。

 

「恐れながら申し上げます。私、国王軍第2師団長、クリード・エイアスと申します。先日、私の娘リアンナが愚かにも木の上に登り、下りられなくなったところをベルガ様に助けていただきました」

「いや、それは気まぐれで……」

「また、王子の策謀により秘密の地下牢に幽閉されていた娘、ミレーネも王子を倒すことで救い出してくださいました。いずれも私事ではございますが、ベルガ殿の弱気を助け強気をくじく、心優しいお人柄の表れであると考えます」

「待て待て待て。王子どうこうは完全にこっちの都合だ。あいつが俺たちに失踪事件の犯人の濡れ衣を着せようとしてきたから対抗したまで。王国がどうとか、王子を裁くとかそんな話じゃないっての」


 俺がまくしたてるように言うと、クリードと名乗った男はいかめしい顔に笑みを浮かべて首を振った。

 

「またまた、ご謙遜を」

「このお花畑野郎どもが」


 なんで1回や2回誰かの役に立ったからって、そいつが善人だなんて思えるんだよ。

 まさにあれだ、木を見て森を見ずってやつ。たまたま見つけたのが神木だったからって、全部の木が話しかけてきたり光ったりすると思うかって話だ。……うわあ、想像するだけで面倒くさい。

 それはおいといて、なんにしたって俺の経歴も含めて総合的に判断したら絶対にそんな結論には至らないはずだ。

 

「お前もなんか言ってやれ――」


 とステラの方を向いてみて、俺は思わず真顔になった。

 視線の先のステラは、さぞうれしそうにニコニコ笑っていた。

 

「――おい、何がおかしい」

「あ、ごめん。ベルガが褒められてるからうれしくってつい」


 そう言って緩んだ頬を引っ張って無理やり笑みを引っ込める。しかし目が笑っているのをごまかしきれていない。


「味方がいねえ……」

「――ご愁傷さまです」

「うわあっ!?」


 突然背後から耳元に声をかけられ、俺は思わず飛び上がってしまった。

 振り向いてみると、例のローブを身にまとったフローリアがこれまた愉快そうに笑みを浮かべていた。

 

「そのローブ……」

「あ、ちゃんと直しました。安心してください」


 借りた手前、ちゃんとした状態で返せなかったのは一応気になっていのでそれはいいんだが、そのせいで今醜態を晒したと考えると複雑だ。

 

「本当、みんなベルガさんのことわかってませんよね。どうです? 私に乗り換えるなら今からでも遅くありませんよ? こんなわからず屋たちは放っておいて、私と逃避行と行きませんか?」

 

 などと言いながら、フローリアは右手で何やらキラキラした物体をくるくる回して弄ぶ。フローリアの後ろにいるじいさんたちが青ざめながらそれを見ていた。

 

「お前、それ……まさか王冠か?」

「そうですよ。戴冠式では私がベルガさんの頭にこれを載せます。元妻のよしみで。これも遺恨を残さない適材がいないからだそうで」

「フローリアさん、王冠はもうちょっと丁重に扱ってね……」


 普段通りの口調のアドアニスが苦言を呈すると、フローリアは不満げに肩をすくめてから王冠で遊ぶのをやめた。

 

「それで、ベルガさんはどうするおつもりですか?」


 改めてフローリアに問われた俺は、げんなりしてため息をつく。

 当然国王なんてなる気はない。王家をつぶしたことで俺の目標はほとんど達成されたと言っていい。これ以上この国をどうこうしようという気はまったくない。とことんどうでもいい。

 そもそもどう考えても俺なんかより――。

 

「そうか」

 

 ふと、いいことを思いついてしまった。

 まあそんなことを言ってもアドアニスやら貴族の連中がおとなしく受け入れるとも思えないが……。

 しかし、これから国王に担ぎ上げようとしている相手の言い分に逆らうとか、矛盾してるとは思わないのかこいつら……って、そうか、それなら一旦即位してしまえばいいのか。 

 国王になってしまえば俺の決定は絶対。こいつらがなんと言おうと揺るがないものになる。反論すなわち反逆というわけだ。

 俺は内心でにやりと笑って、しかつめらしく咳払いをする。

 

「わかった。その要請、受諾しよう」

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