第49話 明日はきっと吹雪
地下の術式は、俺が思っていたよりもかなり大規模だった。
赤く光る魔法陣の中心によくわからない構造物があり、それが地下空間の天井まで伸びている。おそらく地上の石像につながっているんだろう。
その構造物の周りを囲むように、魔法陣の円周部を棺桶のようなものが立てられていた。あれの中に失踪した人たちが入ってるらしい。棺桶には小窓がついていて、外から顔を確認することができる。
それが王家と『竜卓十六鱗家』15家の分、計16個あるわけだ。
「よし、豚。魔力の供給を停止しろ」
「はい、ただいま。申し訳ございませんでした」
王子は素直にうなずくと、自分の胸に手を当てて何かをつぶやいた。
……口を開くごとに謝るようしつけたのは俺だが、いい加減いちいちうるさいな。
少し間をおいた後、目の前の魔法陣が放っていた赤い光がパタリと消える。見てみれば他の15個も同様に光を失っていた。
「うん、大丈夫だと思う」
ステラのゴーサインを聞いて、フローリアが王家の術式に組み込まれていたメリッサの棺桶を開ける。
緊張気味に手を差し伸べ、抱きとめるように棺桶から出す。
「……メリッサ?」
呼びかけたフローリアの声はわずかに震えていた。
ステラとアドアニスが固唾をのんで見守っている。俺は……まあ、この2人ほどではないが多少は心配している、多少はな。
しかし、メリッサが反応する様子はない。
「…………」
フローリアの表情が固くなる。
何しろ、おそらくはこの術式が組まれて以来初めて人が解放されたのだ。術式が止まりさえすれば生きて帰れるという保証があったわけじゃない。この術式に組み込まれた時点で死が決まっているということもあり得る。
フローリアはメリッサを抱きかかえるようにして、床にひざをついた。
「メリッサ……」
肩を叩きながら、落ち着いた声音で呼びかける。
やはりメリッサに反応はない。フローリアが腰を落としたおかげで、メリッサの顔が薄明かりに照らされた。
青白く、少しやせこけた頬。とてもではないが健康的な人間のそれには見えない。はっきり言いたくはないが、遺体だと言われても信じられる程度には生気がない。
「だ、誰か専門の人に見てもらえばなんとかなるかもしれないし……だ、大丈夫よ、きっと」
「そうだ。泣くのはまだ早いよ」
ステラとアドアニスが口々にフローリアを勇気づける。
フローリアはこちらを見ると、わざとらしく肩をすくめて無理やり口角を上げた。
「……別に、泣いて悲しむほど深い関係じゃありませんよ」
唇を震わせながら、俺にも強がりだとすぐにわかるような声音で言う。
ステラとアドアニスは、口元を歪め、沈痛な面持ちでうつむいた。俺はただ、黙ってフローリアとメリッサを見つめていた。
「――うん、フローリアには泣かれたくないなぁ……」
そんな間の抜けた声が聞こえたのは、その直後だった。
全員の視線が、フローリアの腕の中のメリッサに向けられる。
メリッサは、弱々しく慈愛に満ちた目で穏やかに笑っていた。
「フローリアが泣いたりしたら……明日は雪になるどころか、吹雪で王都が氷漬けになっちゃうよ」
「――メリッサ!!」
フローリアは裏返りそうな声で叫んでメリッサを抱きしめ、その胸元に顔を押し付けた。
メリッサは驚いたように目を見開き、それからそっと手をフローリアの頭に添えた。
「……あはは、明日から厚着しなきゃだね」
そんなメリッサの軽口に反撃するような余裕は、今のフローリアにはなさそうだった。
「……よかったぁ」
ステラが大きな安堵の息を吐き出す。
俺も安心して気が抜けたというわけではないだろうが、なんだか急に眠くなってきた。
「君は僕のセーフハウスに向かってくれ」
生意気にもそれを察したように、アドアニスは紙切れを差し出しながらそんなことを言ってくる。おそらく住所が書いてあるのだろう。
「腕利きの治癒術師を呼んである。その左腕を間違いなく治せるとは約束できないが、最善は尽くしてくれるはずだ」
竜に焦がされた俺の左腕を見つめるアドアニスは、悲痛に顔をしかめていた。余計なお世話だ。
腕一本使えなくなったとしても俺が誰より強いのは変わらないと自負しているし、変えさせるつもりもない。
だが、当然ながら治せるなら治したい。あれもこれもこいつの世話になるのも癪だが、ここは厚意を受け取っておこう。
ステラと共に訪れたアドアニスのセーフハウスは、至って普通の一軒家だった。多少人通りの少ないエリアに建ってはいるが、想像していたような隠れ家的な何かとは全然違った。
ドアを開け中に入ってみると、1人の女が出てきて俺たちを迎えた。
「ごきげんうるわしゅう、ベル様」
「……ん?」
そのあいさつになぜか聞き覚えがあるような気がして思わず首を傾げる。
「あら、もしかして私のことを覚えておいでですか?」
「いや、はっきりとは……」
「以前広場でごあいさつさせていただいたことがあるのです。友人の2人と、使用人にしていただけないかとお願いをいたしました」
……広場、使用人?
「あー、あー! あのときの!」
俺が繰り返しうなずく横で、ステラは苦い顔をしていた。
「思い出した。私が変態扱いされたときね……」
そうだった。使用人になりたければ広場で踊り続けてみろと言ってやったやつらの1人だ。俺がそういう条件を出したせいで、ステラは見事に全裸ダンスの試練をクリアしたやつだと思われてたっけか。
この女は3人の中で一番気取ったやつ。そして体力さえあれば広場で全裸で踊る覚悟があったようなことを言っていた一番やばいやつだ。
「なんでお前がここに?」
「アドアニスさんに呼ばれまして。事情は聞いておりませんが、ひどい怪我をしている人がいるからどうにかしてほしいと」
そう言って女は何食わぬ顔で俺の左腕を見つめた。
「これはひどいですね」
「まあな。感覚がない」
動かそうとしてみても動かず、痛みを感じることもない。ただの飾りがぶら下がってるような感覚。
「ですがご安心くださいませ。私が必ず治して差し上げます」
女は自信満々に言った。俺は疑心に目を細める。
「本当か?」
「ええ、もちろん時間はかかりますが」
「どれくらいだ」
尋ねると、なぜか女は頬を上気させて上目遣いになった。
「それはもう一晩中……じっくり、精魂込めて……そのたぎったお体を癒やして差し上げますわ」
「…………」
背筋に冷たいものが走った。
「さあ、こちらのベッドへどうぞ。体の自然治癒の力も借りなくてはいけませんから、そのままお休みください。その間に誠心誠意ご奉仕させていただきますので……」
……なんかこれ、やばいやつなんじゃないか?
どう考えても単なる治療では済まない気がする。いや、命を奪われたりはしないだろうが、なんというか、その……もっと別の何かを奪われそうというか。
「ふわぁ……」
しかしここに来て強烈な睡魔が襲ってくる。
治療どうのこうのではなく、もう今すぐ眠りたい。丸一日くらい泥のように眠ってしまいたい。これ以上はこの欲求に抗える気がしなかった。
……もう仕方ないか。
「――ステラ、俺の貞操はお前に任せた」
「ええっ!?」
俺はそれだけ言い残すと、動揺するステラをよそにフラフラとベッドに倒れ込んだ。
翌日、俺は真昼のギラついた日差しを浴びてようやく目を覚ました。
布団にしてはやけに思い何かが体の上にある気がして、おもむろにまぶたを上げてその正体を確認した。
「うー、眠い……」
ステラだった。
「……なんで俺の上にいるんだ?」
声をかけてみると、ステラは起き上がりも身じろぎもせずにうなった。
「あ、起きた……? これはね、その……もうこうするしかなかったというか……死闘の果てにたどり着いた極致というか……」
「どういう意味だ……?」
「ごめん。もう疲れて眠くて限界なの……。もう大丈夫よね? ちゃんとベルガの貞操は守りきったし、休んでもいい?」
「お、おう」
俺はうなずかざるを得なかった。
ステラは俺の同意を得るや否や、可愛らしい寝息を立て始めた。俺の上に寝そべったままで。
……あの羞恥心の塊のようなステラが、俺の上で眠ることを気にしていられないような状況……だと?
ステラとあの女は、一体どんな攻防を繰り広げたというのか……。
軽い気持ちで言ったことだが、申し訳ないことをした気がする。
「あ、治ってる」
そしてふと見やった左腕は、ものの見事に原状復帰を果たしていた。なんだかんだで実力は確かだったわけか。
貞操と引き換えに、完治不能の傷病を治す……それはもはや悪魔の類なんじゃないのか……?
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