第48話 教育的指導

「さて、お説教の時間だ」


 手足をツタで縛られ木の枝から吊るされている王子を見つめながら、俺はにやりと笑った。王子は屈辱に顔を歪ませて目をそらした。

 

「……何するの?」


 だいたい想像はついているのだろう、ステラがやや苦笑い気味に聞いてくる。


「見てのお楽しみだ」

「うーん……私は向こうで待ってるわね」


 ステラは俺の表情と言い方で確信したのか、それだけ言い残して木陰に隠れた。

 王子はそれを見届けて、足元に唾を吐き捨てた。

 

「くっ……殺せ」

「ふっふっふ、そう簡単に楽になれると思うなよ」


 俺はバキボキと指を鳴らして王子の足元にやってくる。

 

「よし神木、こいつの魔力もどしていいぞ」


(いいんですか?)


「ああ、こいつの性根を叩き直すには命がいくつあっても足りないからな。こいつの命が、だが」

「ひっ……」


 これから起きることを想像して、王子が情けない声を上げる。

 俺は顔の前でぐっと拳を握ると、舌なめずりして右腕を振りかぶった。


「さあいくぞ。まずは俺の左腕の分!」


 ――ドゴォッ!

 

「ぐふっ……」


 王子のみぞおちに拳がめり込む。嘔吐感をこらえるように王子が口を引き結ぶ。

 しかしまだまだこんなものでは終わらない。

 

「次はステラの分!」

「ごふっ」

「さらにフローリアの分!」

「げふっ」

「そしてメリッサの分!」

「がふっ」

「えー、あとは……ステラの分!」

「ぐほっ……それ、最初に言った……」


 生意気にも王子がツッコミを入れてきやがる。

 

「今むかついた分!」

「ぐえっ……理不尽……」


 何が理不尽だ。お前のせいでどれだけの人間が苦しみ、命を奪われたと思ってるんだ……って、そうだ。地下で犠牲になったやつらの分があるな。

 

「地下の術式の犠牲になったやつの分!」

「がふっ」

「地下の術式の犠牲になったやつその2の分!」

「げはっ」

「地下の術式の犠牲になったやつその3の分!」

「ごはっ……それ、正確な数を知らなければ無限に続くのでは……」

「ちなみにそのあとには恨みを持ってる市民シリーズも控えてる」


 俺が言うと、王子は死後1ヶ月くらい経った魚のような目で、すべてをあきらめたかのように全身を弛緩させた。

 

「くくく……気絶すらできない地獄の始まりだ」



 時間にして数十分。たったそれだけだが、王子の更生プログラムは非常に充実したものになったと強く自負している。 

 この通り、見た目は無傷で何も変わらないが……。

 

「おい、お前の名前は?」

「はい、豚です。申し訳ございませんでした」

「世界で一番醜いものはなんだ」

「はい、私です。申し訳ございませんでした」

「何か言わなくちゃいけないことがあるんじゃないか?」

「はい、生まれてきて申し訳ございませんでした」


 と、まあこんな感じだ。

 いかにも謙虚で控えめな好青年という感じだな。我ながら、自分の隠された教育の手腕に驚きを禁じ得ない。教師としての職を探してみるのもいいかもな。

 

(いやぁ……私は早めに降参しておいて正解でした)


「ん? なんだ、急に」


 神木が突然、頭の中でしみじみと言う。

 

(いえ、あまりに恐ろしかったので、私も一歩間違えたら折られるどころか卑猥な彫刻の材料とかにされてたんじゃないかと思いまして)


「卑猥って、俺をなんだと思ってやがる」


 それじゃあ俺が変態みたいじゃないか。


(えー、相手を最大限に辱めるためならなんだってやる人じゃないんですか?)


「……つまりお前にとって最悪の末路は卑猥な木彫り彫刻だと」


(そうですね)


「じゃあやるわ」


 何も間違ってなかったわ。神木さま、大正解。


(わーい、大正解。景品はなんですか?)


「パンチ1年分」


(罰ゲームの間違いでは……?)


「そうとも言う」


(いつ罰ゲームが景品の同義語になったのでしょう……)


 俺の辞書には『善』という言葉を始めとしていろんな言葉が載っていないが、載っている言葉でも普通とは意味が異なるものが多々ある。

 ある人にとっての罰ゲームがある人にとってはご褒美だったりするからな。そういう意味ではこの2つの言葉の間に厳密な違いはないわけだ。

 

(えー……強引すぎますよぉ)


「うるせえ」


 俺は言いながら軽くチョップした。

 

(ひーどーいー。私をなんだと思ってるんですか。神様ですよ、神様)


 子供みたいなテンションで騒ぐ脳内の神木ボイス。

 相変わらず非常にうざい。ものすごくうざい。めちゃくちゃうざい。とにかくうざい。そう、それは疑う余地のない真実なんだが……。

 俺はわざとらしい咳払いを1つ挟んで神木を見上げる。

 

「……まあ、今回は本当に助かった。礼を言う」


(え、逆に怖いんですけどどうしたんですか)


「……お前も市民の数だけ枝を折ってやろうか」


(わー、嘘です嘘です。素直にお礼として受け取っておきます)


「それでいい」


 俺は満足してうなずくと、縛られたままの王子を右肩に担ぎ上げてステラに声をかけた。

 

「王都に戻ろう」


 声を掛けると、ステラが木陰からひょっこり顔を出す。

 

「……終わった? なんかバキッとか、グシャッとか、ベチャッとかギュイーンとか、聞いてるだけで背筋が凍るような音がしてたけど、ちゃんと生きてるの?」

「もちろん。いや、ギュイーンはないと思うが」


 ……ああ、でもアレのときはギュイーンに近い音が出てたか。

 何したって死なないっていうのはこっちにとっても便利だな。

 

「よし、じゃあ転移を頼む」


 俺が手を差し出すと、ステラはややはにかみながら俺の手を握り返してきた。

 

「ええ、きっと2人も心配してるわ」


 そう言って手をぎゅっと握ってくるステラと共に、俺はその場から姿を消した。

 

 

 転移先は、なぜかフローリアのまさに目と鼻の先だった。

 至近距離で正面から見つめ合う格好になり、フローリアが目を丸くする。

 

「ふふ、私とチューでも狙ってたんですか?」


 しかしすぐにいつもの邪悪な笑みに変わり、そんなことを言った。

 

「狙ったのとしたらステラだろ。俺が転移魔術使ったわけじゃない」

「ね、狙ってないわよ!」


 ステラは慌てたように叫びながら俺の服の裾をそっと引いて、フローリアから引き剥がした。

 

「その様子だと、うまくいったみたいですね」

「ああ、俺たちの勝ちだ」


 俺はうなずいて、王子を地面に転がした。

 

「おい、自分の足で歩けるな?」

「はい、もちろんです。申し訳ございませんでした」

「逃げようとか一瞬でも考えるなよ」

「はい、滅相もございません。申し訳ございませんでした」


 俺が足を縛るツタを切ってやると、王子はすぐさま立ち上がって直立不動の姿勢をとった。

 フローリアはその様子を、新しいおもちゃを見つめる少女のようにキラキラと輝いた目で見つめていた。

 ……いや、「ように」っていうか新しいおもちゃそのものか。

 

「あ、あの、ベルガさん。それ、私が言っても同じように反応します?」

「当たり前だ。指導に抜かりはない」

「やってみていいですか?」


 俺がうなずくとフローリアは嬉々として王子の前に立って腕を組んだ。

 

「あなたの名前は?」

「はい、豚です。申し訳ございませんでした」

「豚、私の足をなめなさい」

「はい、ただいまおなめします。申し訳ございませんでした」


 王子が無駄のない動きでひざまづき、顔をフローリアの足に近づけようとする。

 

「やめなさい。あなたなんかになめられたら足が腐ります」

「はい、その通りです。申し訳ございませんでした」


 王子が言って頭を垂れると、フローリアは大はしゃぎでこちらを向いた。

 

「すっごく楽しいです!」

「それはよかった」


 今までの鬱憤を無事晴らせたようで何より。フローリアは多分、俺と出会う前から王子に対して恨みつらみを溜め込んでたんだろうからな。

 

「――ああ、よかった。無事だったんだね」


 と、不意にどこかから現れたアドアニスが声をかけてくる。

 

「なんだ? どこか行ってたのか?」

「うん、いろいろと事後処理の根回しをね」


 事後処理、と言われてここに至るまでの過程を思い出した。


「あー、そういえば俺たち、この豚に濡れ衣着せられそうになってたんだが、その辺はどうなるんだ」

「それは問題ないと思うよ。まあ安心してほしい。何がどうなっても君たちの悪いようには絶対にしないから」


 そんな甘言を信用するのもどうかと思うが、こういう政治とかが絡みそうな話は、下手に俺たちが立ち回るよりはこいつに任せた方がいいか。

 

「そのためにも、とりあえずその地下の術式を確認しておきたいんだ。案内してもらってもいいかな」

「そうです。豚に魔力供給を止めさせてメリッサを助けないと」


 フローリアがいつになく真剣な顔でうなずき、俺たちはアドアニスを伴って地下に向かった。

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