第46話 地下の真実
俺は王子が動揺しているうちに、ステラとフローリアのもとへ跳ぶ。
「無事か?」
「え、ええ何がなんだかわからないけど……って、その腕!」
「笑えるのはわかるがあとにしてくれ。今はここを切り抜けるのが先決だ」
冗談をかます俺に、ステラが恐怖と悲哀と苦笑いを混ぜたような混沌とした表情で絶句する。
そんな中、俺は勇者アドアニス――そう呼ばれた男に、背後から声をかけた。
「おい、説明しろ」
「私の名前はアドアニス。それ以上に語るべきことなんてないよ。確かに、かつて仲間とともに魔王に挑んだ私をそうもてはやした人たちもいたけど、今は単なる田舎の農民だ。ちょっといい魔導武器と、錆びついた腕を持ってるだけの農民さ」
「……ようやく思い出しました。通りで見覚えがあるはずです」
フローリアが真面目な顔で言ってうなる。
「顔にも体にも贅肉が増えたし、髪の色も髪型も変えたからね。何より覇気がないからほとんど誰も気づかない」
アドアニスは笑って肩をすくめた。少しだけ緩んだ緊張感に我に返ったらしいステラが、目を見開いて手を叩く。
「そ、それより地下のことよ! 王子の不死の秘密がわかったの!」
「なんだと?」
さすがに食い気味に聞き返さざるを得なかった。ステラも同じく興奮気味にうなずく。しかしその表情にはいくらかの怒りも滲んでいた。
「王子は失踪した生徒たちを、魔力炉にしていたのよ」
「魔力炉?」
「そう。多分ずっと前から続いてて……今も何百人って人が、地下に展開されてる術式に組み込まれてる。仮死状態で魔力を搾取されて、それが王子に供給される術式。それが不死を可能にするだけの魔力量のからくりだったの」
……あの野郎、他人から魔力を吸い取ってドヤ顔してやがったのか。
俺が思わず舌打ちをすると、続いてフローリアが口を開いた。
「しかも、おそらく魔力の搾取に耐えきれなくなった多くの人が術式の犠牲になっています。地下には遺体の一時保管場所と思われる場所もありました。そこですら遺体で溢れかえっていたのです。今まで奪われた命の数は想像もつきません」
ステラがうなずいて、苦々しげに顔を歪める。
アドアニスも同様に沈痛な声音でうなった。
「……そういうことだったんだね」
「ええ、しかも術式は1つではありません。王家の刻印が入ったものの他に、『竜卓十六鱗家』各家の刻印が入ったものが16個。1つは石像同じく壊されていましたが、王子が使うようになるずっと前から、術式自体は稼働していたと思われます」
……おいおいおい、どこまでも腐ってやがるなこの王国。
実力で『竜卓十六鱗家』の地位を奪い取れるようなことを言っておきながら、実際は特定の貴族に下駄履かせた、ズブズブの出来レースだったわけか。
「じゃあその術式をぶっ壊せばいいのか?」
「そう簡単な話でもなくて……」
ステラが表情を曇らせる。
「多分、無理に壊せば供給途中の魔力が逆流して、組み込まれてる人の体が耐えられなくなる。まず王子に魔力を使うのを止めさせて、それからじゃないと危ないと思う」
「……メリッサもいたので、私も手を出せませんでした」
フローリアも歯ぎしりしながら声を絞り出すように言う。
「じゃあ結局状況は変わらないってことか」
俺が淡々と事実を指摘することでまとめると、その場の空気はますます重くなった。
その数秒の沈黙を破ったのは、全身から鋭い緊張感を放ち始めたアドアニスだった。
「さて、そろそろ向こうも仕掛けてくる。正直、私の知識が正しければ2人で組んでもまだ勝ち目はない。無礼を承知で言うけど、私を置いて逃げることをおすすめさせてもらうよ」
「俺が竜を抑えてる間にお前が王子をとっ捕まえればいいだけじゃないのか?」
「いや――」
アドアニスが首をふろうとしたそのとき、王子が短剣を竜に差し向けた。
「少し甘すぎたようだ。もう出し惜しみは
そう言って、竜を指しながら虚空を横薙ぎに切り裂いた。
その瞬間、竜が全身からまばゆい光を放った。
思わず手をかざし目を細めざるを得ないるほどの光輝。やがてそれが収まると、そこには目を疑う光景が広がっていた。
「……3体、だと?」
そこにいたはずの黒い竜の姿は跡形もなく消え、代わりに紅竜、蒼竜、黄竜の3体が空中を漂っていた。
「黒竜はもと、紅、蒼、黄、の三竜であった。制御の正確性の都合から1体に統合されていたが、それは炎、氷、雷の権能を1体に統合したに過ぎず、竜としての力は1体分であったわけだ」
王子は難しい顔をして、術式でも描くかのように複雑な動きで短剣を振りながら言う。
「暴れさせるだけなら今すぐでもよいのだが、それでは美しくないからな。三竜への指揮経路確立に少し時間がかかる。今のうちに辞世の句でも考えておけ」
アドアニス苦笑いを浮かべながら俺を振り返った。
「竜、抑えられる?」
「……やってみなきゃわからん、と言いたいところだが無理だな」
1体でさえ捌ききれたとは言い難いのだ。3体を相手に、生き残るだけならまだしも完全に抑え込むのはさすがに不可能だ。
「君たちには未来がある。逃げるのは賢明な選択だと思うよ」
「お前は死ぬ気か?」
俺が問うとアドアニスは穏やかに笑った。
「そういう性分でね」
俺は舌打ちをしてため息をついた。
「……死ぬなら自然に囲まれて土に還るのがいいって言ってなかったか? 俺に嘘ついたんなら、俺がこの場で殺してやってもいいぞ」
言い放って、俺は躊躇なくアドアニスの隣に立つ。
「君も難儀な性格をしてるね」
「負けず嫌いなだけだ。お前みたいに高尚なもんじゃないから一緒にするな」
アドアニスは愉快そうに笑うと、懐から何かを取り出して俺に差し出してきた。
「実は活路がないわけではない」
それは黒く細長い、鞭のように見える何かだった。
かなり長い時を経てきたもののように見える。まさか単なる骨董品ではないだろう。しかし魔導武器だとすれば俺が持っていてもなんの意味もないのだが。
「俺は無魔力だぞ」
「大丈夫。厳密に言えばそれは魔導武器じゃない。王子の短剣も、その鞭も、人の手によらざる神秘の産物。奇跡を起こすための単なる触媒に過ぎないんだ。魔導武器はその神秘の模倣品。奇跡を起こすのには、特別な能力は何もいらない」
言っている意味がわからず首をかしげた。しかしアドアニスは俺の背中を押すように力強くうなずく。
「もう私には無理だけど――君が本気を見せれば、『彼』は必ず応えてくれるはずだよ」
そう言ってアドアニスはその鞭と、『彼』について説明を始めた。
そうして、王子打倒作戦の決行準備は整った。
「いいだろう。やってやる」
俺が言うとアドアニスが真面目な顔でうなずく。
「繰り返しになるけど、私も長くはもたない。あの王子自身も軟弱そうに見えて意外とやる。君が遅れを取ることはないだろうが、あまり時間の余裕がないことだけは頭に入れておいてくれ」
「わかってる。一瞬で勝ちを決めるためのこいつだ」
俺はいいながら、背中に背負ったステラを親指で差す。ステラは緊張したように俺の首に回している腕に力を込めた。
「うん、ただほら……君、結構王子をいたぶりたそうな顔してるからさ、そういうのはあとにしてほしいってことだ」
「そいつはごもっとも」
俺は苦笑したあとでフローリアに視線をやった。
「そういうわけだ。ちょっとばかりここを離れるぞ」
俺がフローリアから離れたことで指輪の呪いが発動して、作戦が途中でパーになってしまえば元も子もない。馬鹿馬鹿しいことこの上ないが、了解は取り付けなくてはいけない。
しかしフローリアはうなずかず、寂しげに笑った。
「ベルガさん、左手をお借りします」
妙に穏やかな声でフローリアが言う。俺は訝しみながらも黙ってフローリアが近づいてくるのを見つめる。
フローリアは俺の脇にひざまづき、一瞬俺の左手をじっと見つめたあとで覚悟を決めたようにうなずいた。
そしてぎこちない笑みを浮かべて俺の手を取る。
「契約、破棄しますね」
そう言って、フローリアは俺の薬指から指輪を外した。
「は? どうした、急に」
わけがわからず、俺は思わず間抜けな声を出してフローリアを見つめた。フローリアは少し寂しげに眉を垂らし、肩をすくめた。
「女心と秋の空、というやつです。乙女心は複雑なんですよ」
冗談めかしてそう答えるが、それで俺の困惑が解消されるはずもない。俺は眉間にしわを寄せて首をかしげる。
「ほら、そろそろ王子の方が臨戦態勢ですよ」
はぐらかすように言うフローリアの視線の先で、3体の竜が吠えていた。
フローリアの真意を追及してる暇はなさそうだ。
「――代わりの契約と言ってはなんですけど」
背後でフローリアがつぶやく。
「ちゃんと、無事に戻ってくださいね」
そんな、フローリアのものとは思えないような言葉と温かい声音に思わず目を丸くしてから、俺は振り向いてうなずいた。
「俺を誰だと思ってる」
ただ口角を上げて、その契約への署名とした。
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