第44話 強襲!

 王子御一行様の姿は、校舎と校舎をつなぐ渡り廊下にあった。

 さすがに周囲の警戒は怠っていない。奇しくも例の石像群のように、王子を囲むようにして固まっている。馬鹿正直に突っ込んでいっては片付けるのが手間か。

 

「――フスィーナヴ」


 小声で唱え、ローブの効果で姿を消して王子らへと疾駆する。

 

 王子は最後に拘束する以外にない。初めにとっ捕まえては取り巻きの集中砲火に合うだけだ。

 雷を落としてきやがったやつも優先したいが、どれだかわからんから十把一絡げだ。

 まずは俺を空気の砲弾で壁に叩きつけやがったやつから。

 

「――うっ!?」

 

 背後から首を全力で強打。後遺症とか昏睡とか知ったことか。本当は殺してもいいのだが、刺したりすると手を抜く分の時間を一瞬無駄にするから避ける。

 空気砲の男は咳き込むような悲鳴と共に糸が切れたように地面に転がった。

 次はその音に一番早く気づいたすぐ隣の女。

 

「がっ!?」


 今度は後頭部に一撃。女が崩れ落ちるのを見届けることもなく次の対象へ。

 すでに全員が強襲には気づいている。その中でわずかにでも動揺を見せているものから狩る。

 そのまま1人、2人、3人……4人と立て続けに沈めた。最初の奇襲で四分の一削れればまあ上等だ。

 

「くそっ、どこだ!」


 短い杖をかざしながら忙しなく体の向きを変える男。

 

「バカッ、お前が攻撃したらまるごと感電死だ!」


 その男を別の男が怒鳴り散らした。

 ……ご教示感謝するぜ。

 

「――らあっ!!」


 雷野郎は正面からフルスイングの拳をお見舞いしてやった。

 

「ぐごっ!?」


 豚の鳴き声のような無様な音を出して無様に吹き飛ぶ男。会心の手応えが拳に残るうちに即離脱。

 やや遅れて俺の立っていた場所に、突如として鋭く尖った氷柱が降ってくる。氷柱は空を切り、地面をうがってそのまま突き立った。

 

「くっ、速い!」


 と、悪態をつく俺と同じくらいの歳に見える女。こいつが今の攻撃の犯人ってわけだ。

 性別を理由に手加減などしない。側頭部を容赦なく叩きつけて横っ飛びに吹き飛ばす。

 

「こ、このままでは……」


 長杖を持った比較的年長の男が冷や汗を垂らしながらつぶやく。

 王子の盛大な舌打ちが響いたのはその直後だった。

 

「ガルウェス、全員燃やし尽くせ!!」

「――は?」


 王子の勅命に、年長の男は動揺したように聞き返した。

 全員。王子は今確かにそう言った。何を考えてるか知らんが――。

 

「はぁッ!」


 やらせる前に狩る。少し離れていた年長の男へと、右の拳を矢のように引き絞りつつ駆ける。

 しかし、男が躊躇したのはそのほんの一瞬だけだった。

 男は即座に長杖で地面を勢いよく打ち鳴らす。杖と地面の激突は、火打ち石のごとき硬質な音をたてた。

 瞬間、男の足元がまばゆい光を放つ。

 光が視界を真っ白に塗りつぶす。遅れて轟音と熱の波。俺――そして爆発の張本人である男、さらには王子をも含む全員がその爆発に巻き込まれ、激しく吹き飛ばされる。

 

「くっ……」


 急所を守りつつ受け身を取り、すぐさま立ち上がる。

 爆風による多少の打撃的ダメージと、急所以外の中程度のやけど。戦うのに支障はない。

 周囲はあちこちで火柱が上がっていて、瀕死の『竜卓十六鱗家』もそこら中に転がっている。しかし肝心の1人はというと……。

 

「そこか、くそったれの野犬めが」


 俺に続いて立ち上がった王子は、豪勢な服こそ焦げていたものの、腹の立つ白い顔や手は何事もなかったかのように無傷だった。

 俺の顔ではないどこかを見つめる王子の視線を追うと、俺の身につけているローブに燃え移った火があった。

 ……なるほど。身につけた人間は消せるが、ローブ自体に余計なものがつけばそこまでは隠しきれないと。

 まったく、無茶な見破り方をしてくる。

 

「借り物なんだ。汚したくなかったんだが」


 俺はローブを脱ぎ捨て、王子と1対1で相対する。

 王子はにやりと余裕の笑みを浮かべて肩をすくめた。

 

「大立ち回りで疲れただろう。少し話をしようではないか」

「遠慮する」

「落ち着くがいい。決して悪い話ではない」

「ほう、この場でひれ伏して靴を舐めてくれると」


 隙を窺いつつ啖呵を切る。王子は笑みをやや引きつらせて「やれやれ」という風に首を横に振る。

 

「貴様は一切の猶予なく殺処分すべき獣だと考えていたが、こうしてその能力を目の当たりにして気が変わった」


 なんだ? いきなり何を言い出す。


「私は貴様を買っているのだ。私は何より強さを重んじる。本来ならば最低限の品格は要求するが、それに目をつぶってもいいほどの強さがあれば別だ」

「……俺にそれがあると?」

「その通り。雷撃に屈さず、空気砲に耐え、爆発もほぼ無傷でしのいでみせた。そして姿を隠しての鮮やかなる無双。その手段を選ばず躊躇のない冷徹は、戦士として、あるいは将の資質として申し分ない」

「…………」


 俺は黙って王子をにらむ。つい先程まで虫けら扱いだっただけに気味が悪い。

 

「……あとはその粗野極まる振る舞いさえ改めれば言うことないわけだが」


 一方で、王子の視線は本気の軽蔑を隠そうともしていない。

 どうやら俺をおだてて油断を誘ったりだまくらかそうとしているわけではないらしい。1つの苦渋の選択として、俺を評価することにしたということだろうか。

 私情を曲げられるのは、それはそれで上に立つものの才覚ではあるか。

 

「とにかく、今からでも私につくのであれば先の不敬は不問としてもよい。そして私が国王になった暁には貴様に軍を預ける。お前が名実ともにこの国の力の頂点に立つのだ」

「……それは、元帥に任命するという意味か?」

「違う。大元帥だ。軍の頂点ではなく、軍に優越する存在。本来国王が担う最高司令官の役職を切り離し、貴様に任せると言っているのだ」


 それはまた随分と思い切ったことを言い出すもんだ。

 ぶっ飛んだやつなんだろうとは思っていたが、素性も知らない俺に対していきなりそこまで言うか。

 やや面食らっている俺に構わず、王子が真面目な顔で続ける。


「貴様のこれまでの人生を考えれば悪い話ではなかろうよ。なあ、ベル・ウォズライン……いや――」


 そこで一旦言葉を切ると、王子は薄く笑みを浮かべた。


「――ベルガ・フォードクリプト」


 その名を聞いた俺は、さすがに絶句せざるを得なかった。


「……なんでその名前を」

「調べさせた。一部では有名人だったようだな。おかげでそれほど手間はかからなかったようだぞ」


 まあそりゃあちこちで暴れまわってたわけだから、顔を知ってるやつは多いだろうが……。

 

「あるとき、王都にあるフォードクリプト孤児院の前に赤子の入った籠が置き去りにされた。その籠には赤子の名前と思われる、『ベルガ』と書かれた紙片が入っていた。ベルガは孤児院で育ったが、その孤児院を運営するフォードクリプトが外道であった。子供を集め、気に入った者が入れば男女を問わずその毒牙にかけていたわけだ」


 王子がしたり顔で語る。俺は頬が引きつつのを感じながらそれを聞いていた。


「ついにはベルガもフォードクリプトに狙われることになった。そしてその夜が来た。フォードクリプトはベルガに手を出そうとして――あるいは手を出したあと、ベルガに瀕死の重傷を負わされた。ベルガは孤児院を逃げ出し、盗みを繰り返すことでなんとか生き延びていった」


 王子は哀れむように肩をすくめた。

 ここではっきり断っておくが、俺はあのクソジジイの餌食になんてなっていない。やられる前にぶっ飛ばした。


「そして反骨の精神と共に屈強に成長したベルガは、王立魔術学院の門戸を叩いた。しかし戦闘能力に置いて比類なき能力を発揮したにもかかわらず、無魔力者であることを理由に不合格に。それについて説明をしていたベルヘルト・ウィリアナスを殴り倒し、王都を追放された、と」


 俺の人生を語り終えた王子は嘲るでも見下すでもなく、真剣な表情で俺を見据えた。

 

「1度しか言わぬゆえ、よく聞くがいい」

「……なんだ?」


 その妙な雰囲気を警戒しつつ聞き返すと、王子はゆっくりと目を伏せた。

 

「すまなかった」


 頭を下げることこそしなかったが、確かにその口は謝罪の言葉を紡いでいた。間違いなく、この俺に向けて。

 さすがに予想していなかったので、困惑せざるを得ない。

 

「……なぜ謝る」

「簡単な話だ。魔力偏重の合格基準を定めたのは私だ。もちろん、圧倒的に光るものありとみなせば例外的に無魔力者の入学も認めよとは下命していたが、責任者のウィリアナスめが石頭でな。地位だの形式だのに妙にこだわるやつで、お前を排斥した」


 確かにウォズライン家との政略結婚も、ほとんどあいつの欲望に基づいて進められていたようだしな。それは事実なんだろう。

 

「そこは私の任命責任でもある。そして、それさえなければ今貴様はこうして私と敵対してはいないはずだ。そうだろう? 始めから王家と敵対するつもりであれば王立魔術学院になど入るまい」

「それは……」


 どうなんだろう。正直、今になって考えてみるとなぜ魔術学院に入ろうと思ったのかよくわからない。

 強くなりたい。そういう気持ちがあったのは間違いない。では、俺はなぜ強くなりたかったのか。

 そう考えたとき、頭の中になぜかステラの顔が浮かんできた。

 

『――ベルガが好きなの』

 

 その言葉を思い出すと、なぜか少しだけ心が落ち着いた。

 

「……そうか」


 なんだか情けない話だが、きっと俺は、誰かに認められたかったんだと思う。捨てられ、虐げられ、蔑まれ、疎まれてきた。無価値なものとして生きてきた。

 だから回りのやつらを見返してやりたかった。誰かに価値を認めてほしかった。だから強くなりたかったんだと思う。

 だけど、今は――。


「……いくつか聞かせてもらいたい」

「なんだ?」


 俺は真っすぐに王子の目を見つめて問う。


「お前の国王としての目標はなんだ」

「目標? 単純だ。版図の拡大。王国の帝国化だ。そのために、国王を頂点とする階級のピラミッド構造を強化する」


 そう言って、王子は力強く握った拳を胸の高さ持ち上げる。


「国王の下に『竜卓十六鱗家』、そしてその下により定員の多い代表組織を設置する。やがてはそのまた下にも……という形で階級差を明確にしていく。当然平民も対象になる。競争意識を一般市民にも拡大することで、国家としての戦力が大幅に増強されるということだ」


 俺には政治だの大局的な軍事だのの話はできない。だからそれが理に適っているのかどうかはわからないが……。

 

「その競争に乗らない、もしくは乗れない弱者はどうする」


 あの日の俺は、弱かったころの俺が、こいつの国にいたとしたらどうなる。

 魔王なのに魔術が使えないと苦しげにうつむいた、ステラがいたらどうなる。


「私の帝国は、国家に奉仕しない者の存在を許さない。あえて協力しないないものは問答無用で粛清する。不可能な者は場合による。回復や変化の見込みがないのであれば、その者らも排除の対象になる」

「そうか……」


 俺は静かにうなずいた。


『私は魔族が人間と仲よくなれるような国にしたいと思ってるわ』


 そしてまた、ステラの言葉が脳裏をよぎった。

 続く言葉は、それに後押しされて自然に出てきた。


「悪いが――交渉決裂だ」


 俺が鋭く言い放つと、王子は表情を険しくした。

 

「もう少し考えてからにしてはどうだ?」

「その必要はない。お前にはここで死んでもらう」


 呆れたように眉を垂らす王子へと、俺は地面を蹴って駆けた。

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