第43話 作戦会議
「ステラさんが魔王……なるほど、そういうことでしたか」
王子たちの追及を逃れたあと、俺たちは特に人気のない路地裏を選んで今後について話し合っていた。
……もちろんもう肩車はしていない。
俺とステラの逃亡を手助けしたことで完全に共犯者となったフローリアには、ここまでのいきさつを、俺とステラの出会いも含めて簡潔に説明した。
「つまり、ステラさんは魔王らしさとかそういうのをベルガさんに奪われたということですね?」
「俺はなんの能力者だ」
それになんで魔王の地位や魔力じゃなくて性格を奪わなきゃならない。自分探しの旅でもしてたのか、俺は。
「でもそうとしか思えないですし」
「物心ついたときからこんな情けない性格でしたよーだ」
「俺はこれでも丸くなった方だ」
いや、本当に。俺が誰かを抱えて逃げるなんて、少し前はまったく想像もできなかった。よくも悪くも、俺は変わってるんだと思う。
……なんて考えていたら、ふと気がついてしまった。
「なあ、魔王様」
「な、何よ、急に」
「……転移魔術使えば簡単に逃げられたのでは?」
ステラが絶句した。そしてダラダラと冷や汗を垂らし始める。
「た、確かに……確かにそうだよ! うわ、なんで気づかなかったんだろ……」
「まあ極限状態でしたし、とっさにはなかなか思いつかないんじゃないですか?」
「ああ、別に責めようって話じゃない。今度なんかあったときはお前の魔術に頼ってもいいか、ってことだ」
俺が言うと、ステラは首を縦にガクガク振って応えた。
「任せて! 今度こそ役に立ってみせるから!」
俺の方ももっと早く気づいていればよかっただけだしな。今後はステラの魔術もしっかり戦力として考慮しよう。
「さて、そろそろ今後の話をしましょうか」
フローリアが軽く手を叩いて、和やかムードを引き締める。
俺とステラはうなずいて姿勢を正した。
「私たちが『勝ち』を収めるためにはどうすればいいか、考えてみました」
「何か思いついたか?」
俺が投げやりに聞くと、フローリアは意外にも首肯した。
「もちろん必ずうまく行くという話ではありませんが……逆転の可能性はゼロではありません」
「ほう? どうする気だ」
「当初の目的に立ち返ります」
「当初の目的?」
なんのことを言ってるんだ。誰の、何における当初の目的だ?
フローリアは重々しくうなずいて、真面目な声音で言った。
「学院生失踪事件の解決。まずそれを目指します」
俺とステラは眉を寄せてまばたきを繰り返した。
この期に及んで何を悠長なことを言ってるのか。
「おいおい、メリッサが心配なのはわかるが……いや、待てよ」
「わかりましたか?」
「そうか、王子。王子が関わってる可能性があるんだったな。いや、俺たちに罪をなすりつけようとしてる辺り間違いないと言っていい」
突き詰めれば問題は「王国」を敵に回すことで生まれる戦乱にある。それならばその「王国」を味方につけてしまえばいい。つまり、王子の方が逆賊になればいいわけだ。
そしてそうなる余地が、あの傲慢な王子には大いにあるということだ。
失踪事件への関わりもそうだし、日頃市民が王子らに対して溜めている鬱憤もそうだ。
もしやつの悪事を暴くことができれば――。
「――市民を味方につけて王家をつぶせる?」
フローリアがうなずく。
「その可能性はある、ということです。王子以下『竜卓十六鱗家』を押さえてしまえば、あとは市民を抑圧するものもありません。何に怯えることもなくなった市民が、今までの憤懣を盛大にぶちまけてくれるかもしれません」
あくまで可能性の話。それは確かにそうだ。だが試してみる価値はある。
どうせ失敗しても思い切り暴れることになるだけだ。可能性がある限りは最良の結果を追い求めても損はないだろう。俺がつぶしたいのは王国ではなく王家。その狙いにもしっかり合致している。
「え、えっと……ということはつまり、まずはとにかく王子の目撃情報があった学院に行くってことでオーケー?」
「ああ」
「そういうことになりますね」
確認するように言うステラに、俺とフローリアがうなずいて俺たちの方針はここにはっきりと定まった。
夜になり人気がほとんどなくなったころ、俺たちは王立魔術学院へと忍び込んだ。まだポツポツと灯りはついているが、闇に紛れていればそうそう見つかることはないだろう。
「窓ガラス壊して回りたいな」
俺は闇夜にそびえる威容を見上げてガンを飛ばした。
窓とか壁とかにやたらと飾りやら彫刻やらがあしらわれている4階建ての建物はウォズライン家の邸宅よりも大きかった。
常人が端から端まで全力で走ろうと思ったら、半分も走ったところで膝に手をつくことになるだろう。
「全部片付いたら一緒にやりましょう」
フローリアが苦笑して肩をすくめる。
「よし、やる気出てきた」
「ベルガの扱いがうまい……」
ステラが苦虫を噛み潰したように目を細める。
「で、どこから探す? なんか隠してありそうな場所に心当たりは?」
「うーん、建物の内部構造は大体把握してますが、魔術的操作を前提にすればいくらでも隠しようはありますし……」
フローリアは腕を組んでうなった。
それはそうだ。ということは冗談ではなくあちこちぶっ壊して回ってみるのも1つの手だと思うんだが。
……まあそれは最終手段でいいか。
「あ、あの……」
ステラが発言権を求めるように軽く手を上げながら言う。
「なんか変な魔力が空気に混じってて……。うまく言えないんだけど、魔力の死骸みたいな? いや魔力には違いないんだけど、温かみがないっていうか、ただ空気中を漂ってるだけで無気力っていうか」
「魔力っていうのは生き物なのか?」
「うーん……生き物に近いところがあるって感じね。触れるとかすかに温度を感じるし、粒子として空気中を不規則に動き回ってる」
「そうじゃない魔力が混じってる、と」
ステラが真面目な顔でうなずく。
「それが関係があるかはわからないけど、気にはなるわ」
「なるほど」
フローリアに視線をやって意見を求める。
「どちらにせよ手がかりゼロの状態ですから、まずはそれを探ってみましょう」
「その魔力をたどったりはできるか?」
尋ねてみると、ステラは少し緊張気味になりながらも力強くうなずいた。
「やってみる。任せて」
そうして俺たちは、ステラを先頭にして学院探索を開始した。
居残っている学院生や警備兵の目をかいくぐりながら、30分くらいかけてたどり着いたのは石のタイルが敷き詰められた学院の中庭だった。
「これはまた、いかにもって感じのやつにぶち当たったな」
そして俺たちは、中庭のど真ん中にある16体の石像の前に立っていた。
1つの石像を中心として、その周囲を15体の石像が囲んでいる。それぞれ立位で何かしらの武器を掲げている。しかしその15体の石像からなる円には1ヶ所不自然な空白があった。
「中心の石像が王家、それを取り囲むのが『竜卓十六鱗家』。歯抜けになってるところはウォズライン家に取って代わられた家の分ですね。こういうところを見ると、ウォズライン家がまだ認められていないのがよくわかります」
「王家と十六鱗家ね、これはビンゴだろ。さすが魔王だ」
親指を立てて言うと、ステラは誇らしさと照れの入り混じった表情で頬をかいた。
「あ、ありがとう」
「問題はこれがなんの意味を持つか、だが……そこまではわからないか?」
さすがに「あの下衆王子は学院の中庭に王家とその取り巻きの石像を立てていたのです!」で激昂する市民はそう多くないだろう。
王子がわざわざ人目につかない時間にただ石像を見物に来たわけじゃなければ、ここに何かがあるはず。
「うーん、ただの石像じゃないのはわかるわ。何か魔術的な……というか儀式魔術の構成物的な何かだと思う」
「儀式魔術? ここで何か儀式をするのか?」
「する、っていうか……してる? 常に発動状態にあるんじゃないかしら。心臓みたいに脈打ってる気がするの。それと死骸みたいな魔力の流れが連動してる」
その魔力が見えないこっちには、抽象的すぎてさっぱりわからないな。
「なんの儀式か、まではわからないのか?」
「魔法陣がどこにあるかわからないから……。魔法陣があれば、魔術刻印をなぞって契約内容を知るときの要領でわかるんだけど。知識から推測するのは無理だわ。私も結局詳しく魔術の勉強し始めたの最近だし……」
「そうか。これが儀式魔術ならどこかに魔法陣があるってわけか」
「原則としてはそうね」
ここで間違いなく儀式魔術が行われている。しかし魔法陣は今のところ目に見えていない。つまり魔法陣は「ここ」ではあるが目には見えない場所にあるということ。
それはつまり……。
「地下か」
「でしょうね」
フローリアも首を縦に振って同意する。
「よし、今度は俺の出番だな。この辺を歩き回って怪しいところを探す」
足元の感覚、足音、わずかな違和感も見逃すまい。どこかに隠し通路のようなものがあれば必ず看破してみせる。
それから十数分後、俺は1つのタイルの上で立ち止まった。
「ここだな。魔術かなんかで偽装してるんだと思うが、ほんの少しだけ他より音が響く。多分この辺のタイルの下は空洞だ」
タイルとタイルのすきまに爪を差し込もうとしてみるが、隙間はまったくない。おそらくこれも魔術的な封印がなされているものだろう。
フローリアがあごに手を当てて考え込む。
「何か鍵か、それに類する魔術か……もしかしたら近くに開けるための仕掛けがあったり――」
とフローリアが言ってるのをよそに、俺は両手を合わせるように握って作った大きな拳を、力いっぱいタイルに叩きつけていた。
タイルは見るも無残に砕け散り、下に隠れていた階段の上をパラパラと転がっていった。
「見たか。これぞ万能の解錠魔術、『パンチ』だ」
「……お見事」
魔王と魔術学院生は口をそろえて言うと、半開きの口でパチパチ拍手した。
拳はペンよりも魔術よりも強し。これが新しい世界の常識だ。
「さて、それじゃあ早速地下に――」
と、いいかけたところで背筋を危険信号が走った。
「……ちっ、王子だ」
「えっ」
ステラが動揺の声を上げる。
まったく、それだけ取り巻きがいれば自分たちの気配なんてなんなく消せるだろうに、相変わらずなめてやがるな。
「俺たちがいるのを知ってるかどうかはわからんが、ここの様子を見に来たんだろう。このままだと調べてるうちに鉢合わせする。俺が足止めしてくる」
ステラとフローリアの表情は、俺独りを危険に放り込むことへの躊躇や罪悪感のようなものに曇っていたが、あえて口に出したりはしなかった。
「調べ終わったら俺のところに転移魔術で来てくれ。そのまま連続して転移して離脱する。できるか?」
ステラに問うと、一瞬だけ逡巡したが首を縦に振った。
「やるわ」
「よし。それとフローリア、例のローブを借りていいか?」
「ええ、どうぞ」
フローリアが例の気配を消せるローブを差し出してくる。俺はそれを受け取って不敵に笑った。
「じゃあそっちは任せた。俺が王子を片付けちまう前にちゃんと調査終わらせといてくれよ」
ステラとフローリアも、俺につられたように頬を緩めてうなずいた。
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