第15話 部屋と白馬と乙女

 結局、逃走には失敗した。

 その結果俺とステラは、宿屋の主人とラウンジの一角でソファに座って向かい合っうことになっていた。


「どうぞどうぞ。うちどころか、フローリア様まで助けていただきましたから。部屋をお貸しするくらいのことをお断りしたら罰が当たるというものです」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 贔屓目に見てもステラの交渉はうまかった。

 多分ポイントは、両親を亡くして街をさまよっていた兄妹という設定だろう。寝泊まりできる場所を探しているがお金がなくて……という話をもっともらしく語ったところ、たった今聞いた発言を引き出すことに成功した。

 

「ただ、申し訳ないんですがうちも商売がありますんで、2人で1部屋ということでご了承いただけますか?」


 ステラが固まった。ちらりと俺を見た。俺はなんでもいいので肩をすくめた。

 

「も、もちろんです。ご厚情痛み入ります」


 ステラはそう言って慇懃に頭を下げた。

 

 

 案内された部屋は小さいベッドが1つと、腰の高さくらいの小さいテーブル1つ、それを挟むように向かい合う椅子が2つあるだけの小さな部屋だった。

 

「手狭ですみませんが、何かご要望等ございましたらなんなりとお申し付けください」


 主人は軽く会釈すると、俺たち2人を残して去っていった。

 ステラはなぜかごくりと唾を飲み込むと、恐る恐るといった具合に部屋の中を検分するように歩き回り始めた。

 やがてベッドの足元のテーブルセットの前で立ち止まる。ステラは絨毯の上からテーブルセットをどかしたかと思うと、空いた絨毯におもむろに寝そべった。

 そして目を閉じてしばらくそのままでいたかと思うと、満足したように1つうなずいてこちらを見た。

 

「ベ、ベッドはベルガが使っていいからね!」

「はあ?」


 思わず頓狂な声を出してしまった。

 

「なんのために街まで降りてきたかわかんないだろ、それじゃ」

「じ、十分よこれで。森と違ってちゃんと屋根もあるし、絨毯だって十分柔らかいし……その、屋根もあるし」

「この屋根は二重なのか?」

「……いえ、違うと思うわ」


 ステラは寝転がったままばつ悪そうに顔を横にそむけた。俺は大きさを確かめようと、ベッドの脇に立って白いシーツを見下ろす。

 

「この大きさなら一緒に使えないこともないだろ」


 俺が言うと、ステラは体を起こしてじっと俺を見つめた。


「……それは、その……深い意味はあったりする?」

「深い意味? どういうことだ?」

「なんていうか、ほら……『今日うちに誰もいないの』みたいな……?」

「『今日うちに誰もいないの』にはどんな深い意味があるんだ? 盗みに入るなら今日だってことか?」

「ロマンのかけらもない!」

「金銀財宝とか伝説の剣はロマンじゃないのか……?」

「確かにろまんかもしれないけどそういう意味じゃなくて!」

「じゃあどういう意味なんだ?」


 俺が直接的に尋ねると、ステラは固まった。そしてマグマでも頭に上ってきているかのように顔を次第に赤くしていく。

 

「――なんでもない!」


 そう叫んでふて寝するように再び絨毯の上に転がった。

 意味がわからない。怒らせた以上はどこかで間違えたということなんだろうが、心当たりがまったくない。

 俺が首を傾げていると、不意にドアがノックされた。

 

「はい?」

「あ、アリサです。さっき助けていただいた」

「俺もステラも誰も助けてないからそんなやつは知らん」

「えっ……」


 適当に突き放すと、床の上からステラが非難がましい視線を送ってくる。

 

「……さっき強盗に人質にされてたアリサで間違いないか?」

「そ、そうです! そのアリサです!」


 俺は肩をすくめながらステラの方を見る。ステラはにっこり笑顔でうなずいた。

 

「それで、何か用か?」

「はい。あの、お菓子を焼いたのでよかったら食べていただけないかと……」

「そうか。じゃあいただこう」


 食えるときは食っておく。食えるものは食っておく。それがこの世界で生き延びるために一番大切なことだ。正確に言うと俺の知ってる世界で、だが。

 

「よかったです! お邪魔します」


 言いながらドアを開けて入ってきたアリサは、絨毯の上に転がるそれに息を呑んで口元を押さえた。

 

「し、死んでる……!」

「死因は絨毯依存症だ」

「どんな病気よ!」


 ガバッと起き上がって言うステラ。

 

「俺が聞きたい」


 なんでいつまでも絨毯でふて寝してるのか。俺が悪いのか。

 俺とステラがにらみあっていると、アリサが上品に笑った。

 

「うふふ、すみません。冗談です」

「アリサちゃんって結構ひょうきんなのね」

「口を開かなければいい子だね、とはよく言われます」


 そう言って笑い合う女子2人。気にはしないが疎外感がすごい。

 

「どうぞ、クッキーです。お口に合うといいんですけど」

「ありがとう。いただきます」


 ステラがもらったあと俺も軽く礼を言って受け取る。ついでにそれぞれ軽く自己紹介をした。

 クッキーは特別凝った風味というわけではないが買って食べても文句はないくらいのよくできたものだった。いや、お菓子とかほぼ食べないから本当のよし悪しは知らないが。

 

「そういえば、お2人はフローリア様とお知り合いなんですか?」


 ベッドに座る俺と、さっきどかした椅子に座るステラを交互に見ながらアリサが尋ねてくる。

 

「直前にたまたま出くわしただけだ。それでこの大変結構なお洋服を恵んでくださった」

「ああ、またフローリア様の悪癖が……」


 アリサは苦笑してため息をついた。

 

「なんだ、お前も気づいてるのか?」

「『も』ってことはベルガさんも?」

「地獄耳なもんでな。悶えてるのを聞いてしまった」

「あはは……」


 その姿が容易に想像できる、と言わんばかりの顔でしきりにうなずく。

 

「アリサちゃんがあの人の幼なじみってこと?」

「いえ、フローリア様が言ってたのは姉のことです」

「お姉さんがいるんだ」

「はい。王都の魔術学院で寄宿生活を……」

「――あぁん?」


 王都と魔術学院というフレーズに反応して、つい威圧してしまった。

 

「ひっ……わ、私何かまずいこといいました……?」

「気にしないで。ベルガは王都アレルギーなの」

「そうなんだ。王都と聞くと嘔吐しそうになる」

「…………」

「…………」


 真顔の女の子2人が冷たい目で俺を見ていた。

 

「……なんか言えよ」


 ステラは表情を変えずに小さく首を振った。

 

「絨毯の温もりが恋しいわ」

「普通に寒いと言え!」


 まったく、俺もなんでこんなくだらない駄洒落を……。

 あれか? 神木か? 神木のせいなのか? 神木の力を借りたせいであいつの寒い駄洒落体質まで伝染ったのか?

 ……よし、今度締めてやる。

 

「ふふ、本当に仲のいいご兄妹なんですね」


 今度は俺とステラが固まってアリサを見つめた。アリサはまた何か粗相をしでかしたかと少し不安げに小首をかしげる。

 

「え、ええ。そうね……兄妹……よね」


 作り笑いは徐々にしぼんでいき、やがてステラは陰鬱にうつむいた。

 

「アリサは姉さんとは仲よくないのか?」


 ステラの心情というのは少なくとも俺には難解すぎて、考えたところでわからないということはわかってきたのでとりあえず話題を変えてみる。

 

「んー……悪くはないですよ? 普通です。でも私も姉も、それぞれフローリア様との方が仲よしです」


 アリサははにかんで頭をかいた。


「へえ、だからあいつのこともよく知ってるわけだ」

「そうですね。ああ見えて本当は腹黒くて、でも本当の本当はすごく乙女チックなんですよ、フローリア様」

「あれが乙女チック?」


 引きつる頬をなだめながら聞き返す。

 

「そうですよ。颯爽と白馬に乗って現れて自分を救い出してくれる王子様以外と結婚するくらいなら死ぬってよく言ってます」

「死因は自殺で決まりだな」

「あはは、そう言わないであげてください。というか、今日のベルガさんはかなりその条件に合致してたと思いますけど?」


 年頃の女の子がよくするのであろう、他人の色恋にまつわる話をするときの妙にだらしない顔というのはこれのことを言うんだろうな。勉強になる。


「え」


 その傍らでやたらとドスの利いた動揺の声を上げたのはステラだった。

 

「あ、あの人ベルガのこと好きなの?」

「待て待て。俺はあいつを救ってない。そもそも馬は乗り物じゃなくて食べ物だ」

「ふふ、食いしん坊さんさんですか? でもベルガさんに救ったつもりがなくても、多分フローリアさ様はあんなおいしいシチュエーション見逃しませんよ」

「じゃあ結婚するの!?」

「お前は落ち着け」


 なぜか甲高い悲鳴のような声で言って立ち上がるステラを、乱雑に片手を振って座るよう諌める。

 

「でもさっきはそんな反応おくびにも出さなかっただろうが」

「それはさすがにみなさんの前でしたから。乙女心は腹黒さより厳重に隠してますよ、フローリア様は」

 

 それはそうだろうが、あの女がそんな平和な思想の持ち主だとは到底思えない。本当に乙女チックなのはアリサ本人なんじゃないのか。

 

「まあ、きっとそのうちわかります。それでは私は父の手伝いに戻りますね。クッキー、お粗末さまでした」

「あ、ああ……ありがとう」


 俺とステラは、ぺこりと頭を下げて去っていくアリサを困惑しつつ見送った。

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