第14話 宿探しと哀れな強盗たち(2/2)

「こんにちはー……って、一体何事ですか、この状況は」


 ドアを開けて入ってきた闖入者を無視して、俺は強盗たちをにらむ。


「とにかく、お前らが甘ちゃんだってことに変わりはない」

「あれ、それにあなた方……」

 

 なんかどっかで聞いたことある声のような気もするがどうでもいい。今はとにかくこの中途半端な悪党に虫唾が走って仕方ない。

 

「……ここに用があるならちゃんと並んでおけ。こいつらのあとは俺だ」


 振り向かずに言って、しっしと手で追い払う真似をする。

 

「お前らは奪うということの意味をわかってない。人が持っているものは多かれ少なかれその人間の命とつながっている。生活における必要性しかり、精神的支柱としての愛着しかり、生きるのになくて困らないものならとうになくなってる」


 強盗たちはおとなしくうつむいていた。


「つまり強奪は程度の差こそあれ、すべて殺人に通ずるということだ。お前らは甘い。甘すぎる。自分の悪事を矮小化している。悪意を薄めたつもりで、自分の罪から目を背けようとしている。それはもはや悪人ですらない。ただの卑怯者だ」


 いやまあ、悪人と卑怯者のどっちがいいかは意見が分かれるかもしれないが。俺は卑怯な善人よりは筋の通った悪人でありたい。


「俺はお前らとは違う。俺なら自分の悪は潔く悪と認め、正々堂々と悪事を働く。確かに俺も殺さなくていいなら殺さない。それは罰が怖いからじゃない。相手がかわいそうだからでもない。労力の無駄だからだ。だが抵抗するなら仕方ない。歯向かうやつは全員殺して奪い取る。奪うっていうのはそういうことだ」


 そもそも人1人殺したり金を脅し取ったりするより山で獲物を探したほうがずっと楽だし実入りも多いわけだし、そんなことをする気はない。

 

「わかったらさっさとその子供を殺すかここを出て行くかしろ」

「……えー、そこの立派な悪党さん? ちょっとよろしいですか?」

「なんだ? 順番はちゃんと待つよう教わらなかったか?」


 と振り向いた先にいた美少女を見て、俺は多少の驚きに眉を上げた。

 

「ほう、腹黒女」

「私は腹黒などではありませんよ」


 そう言って優雅に微笑む領主の娘は確かに腹黒さのかけらも感じさせなかったが、その完璧さがますます隠された本性の存在を証明しているように思えた。。


「ちょうどよかった。お前も悪人の1人としてこの半端者たちに一言言ってやってくれ」

「私は悪人でもありません」

「何を言う。さっき俺たちを見下してニヤニヤしてただろ」

「見間違いではありませんか?」


 これで苦笑いの1つでも見せれば可愛げがあるんだが、とことん隙のないたたずまいで首を振るからいよいよもってたちが悪い。


「……ちょっと耳を貸してくださいますか?」

「なんだと?」


 言いながら了解も得ずに腹黒女は俺の耳に口元を寄せてきた。

 

「私、好きです」


 なぜか楽しげにそんなことを言ってくる。

 

「はあ?」

「あなたの考え方です。奪うのって最っ高ですよね。特に奪うことで相手が自分の下に落とせるときなんて、ゾクゾクしてたまらなくなっちゃいます」


 それだけ言うと、腹黒女は元の優美な笑顔で俺から離れた。

 

「やっぱり下衆じゃねえか」

「何をおっしゃるのですか。衆人環視の中でお諌めするのも失礼かと思い耳打ちさせていただいたのですよ?」

「お前な……」


 俺が何を言ったところで周りの誰も信じないだろうという、絶対的な確信がなせる業か。そしておそらくこれも、ここでの圧倒的な立場の違いを突きつけるための行動に違いない。

 

「まあなんでもいいが……」


 俺は少しの不快感を覚えつつも強盗たちの方に向き直る。2人の強盗は引きつった顔で硬直したように俺を見ていた。

 

「ほら、帰った帰った。お望みなら俺がエスコートしてやってもいいぞ」

 

 俺は強盗たちの方へ1歩踏み出して言う。強盗たちはびくりと肩を震わせる。女の子は意外と落ち着いていた。恐ろしいと思っていた強盗が飛んだ腰抜けだったわけだしな。胆力のあるやつなら落ち着きも取り戻せるか。

 

「まあ、その場合のドレスコードは血染めのシャツになるが――」


 言っている途中で、俺の背筋にごく些細な緊張が走った。軽く眉を寄せつつゆっくりと後ろを振り返る。

 腹黒女の後ろに、大柄な男の影があった。

 

「――はっ!?」


 俺の反応を見てようやく気づいたらしい腹黒女が慌てて振り向こうとするがあとの祭りだった。

 男は左腕で腹黒女の首をロックするとそのまま軽々と上に持ち上げた。


「……かはっ!」


 腹黒女の肺から空気が押し出される。完全に首を絞められているわけではなさそうだが、明らかに呼吸は苦しそうだった。放っておいたら意識を失うだろう。

 

「てめえら何をちんたらやってんだよ」

「す、すみません!」


 男は俺の頭越しに強盗たちに嫌味を投げる。強盗たちは完全に裏返った声で謝罪の言葉を口にしていた。

 この男がこいつらの親玉ってわけか。

 

「でもまあその代わりいいもん手に入ったし、これぞ怪我の功名ってやつだな」

「……くっ……はぁ」


 男が下卑た笑みを浮かべると同時、腹黒女が息苦しさに喘いだ。

 

「おいおい、そんな声出して誘ってんのか?」

「ぐっ……やっ……」

「まあ待っとけや。こっちの用事が終わったらしっかり相手してやるよ」


 男は言いながら強盗たちにあごで受付を指して仕事を完遂するよう促した。親玉が来て引っ込みがつかなくなったのか勢いづいたのか、銃を持った強盗は慌てて再度受付の方に銃口を向けた。

 

「どうやらお前はうちのと遊んでくれたようだな」


 カチャリという音がして目を向けると、男がそんなことを言いながら強盗のものと同型の銃を俺に差し向けていた。

 

「はあ……馬鹿だなぁ……」


 俺が盛大なため息をつくと、男は眉根を寄せて俺をねめつけた。

 

「誰が馬鹿だって?」

「お前と……俺もだ。こんなことなら待たずに最初から片付けときゃよかった」

「はあ? 何を片付けるって?」


 俺は右足をわずかに下げてから言い放つ。

 

「――ついさっき3つに増えたゴミをだよッ!」

 

 這うように跳んだ俺は男の脇をすり抜け左足で着地する。その足で床を蹴り上げ上方に跳ねると後回転で宙返りし、その勢いと落下の重力を乗せた蹴りを男の脳天に叩き込む。

 そして体が落ちる前に空中で体を捻り、さらに左のかかとを男のこめかみに叩き込んだ。

 男の丸刈り頭が床に弾んだ直後、俺はその汚い顔の上に着地した。

 

「おっと失礼」


 どいてみると、男は泡を吹きながら微動だにしなくなっていた。

 

「げほっ、げほっ……」

 

 その傍らには腹黒女も転がっていて、四つん這いになって咳き込んでいた。

 

「おい、お2人さん。後ろが詰まってんだからボス担いでさっさと帰れよ」


 俺が間延びした声で呼びかけると、振り抜いて倒れ伏す巨体を見た強盗たちが目を丸くした。


「へっ……?」

「ひっ、ひぃ!?」


 女の子を解放すると、大慌てで駆け寄って親玉の肩を揺らす。完全に意識を失っていることを知ると、2人で担いで大急ぎで宿屋を出ていった。

 

「ありがとうございました」


 それを見届けた腹黒女が、ようやっと立ち上がってそんなことを言う。

 そして、先程まで死にそうになりながら喘いでいた人間とは思えないほど整った笑顔で軽く会釈した。

 

「口元よだれまみれだぞ」

「きちんと拭きましたのでご心配なく」


 ちっ、本当に隙がないというかなんというか。

 

「別にお前を助けたわけじゃない。礼を言われても気持ち悪いだけだからやめろ」

「そうは行きません。あなたは結果としてこの宿とお客様、つまりこの街と街の人を救われたのです。領主の娘として礼を欠くことは許されません」

「……くそ、だから放っておきたかったんだ」


 この場の悪はどう考えても強盗だった。それに敵対すれば俺は相対的に正義、すなわち権力側の立場に立ってしまうことになる。事実、このくそったれな腹黒女に礼なんかを言われるはめになった。

 

「ここは私の幼なじみのご実家なのです。週末の休みに街に帰ると必ず寄っているのですが、まさかこんなことになるとは。友人の家と家族を守ってくださったことにも、私個人として深く感謝いたします」

「やめろ……」


 こいつ、絶対楽しんでやってやがるな……。

 

「あ、あの……お兄さん」


 下の方からそんな声がして目線を落としてみると、人質にされていた女の子が俺の左手の小指を引いていた。

 

「助けてくれて、ありがとうございました」

「だから俺は誰も助けてない」


 女の子は純真に輝く瞳でじっと俺を見つめる。


「もしかして、私のこと殺してもいいって言ったのも、あの人たちに人殺しなんてできないってわかってたからですか? そう言えばああやって落ち込むって……」

「違う! あれは俺の本心だ!」

「ふふ、きっとそうですよ、アリサちゃん。お兄さんったら照れちゃってかわいいですね」


 腹黒女が茶々を入れてくる。


「そうだよね! ありがとう! お兄さん!」


 女の子は俺の手を両手で包むように握って可憐に微笑んだ。

 

「うわあっ、やめっ、やめろ! しっしっ!」


 振り払った手で邪険に追い払う。

 こうなってはもう宿泊交渉とか言ってる場合じゃない。俺はステラを連れてさっさとここから逃げ出そうと、連れの魔王の方に視線をやった。

 ステラはぐっと親指を立てて笑っていた。

 

「かっこよかったよ!」


 ……ステラ、お前もか。

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