第13話 宿探しと哀れな強盗たち(1/2)

 領主様のお嬢様から立派なお洋服様を頂戴した俺とステラは、広場を出て再び宿探しを始めた。

 

「上機嫌のところ悪いが、1つ水を差すような質問をしてもいいか?」

「ええ、いいわ」


 ちなみに今度は努めて穏当な表情を作りながら歩いているのだが、なぜか哀れむような視線が絡みついてくる。俺の穏やかな顔はちょっとした悲劇レベルの惨状なのかもしれない。

 

「お前の魔術の話だが、訓練すれば見込みはあるのか?」

「わからないわ。したことないし」

「え、なんで? 魔王のすぐそばで生きてきたのに?」


 俺が尋ねるとステラは肩をすくめた。

 

「向いてないと思ったんじゃない? 魔王のなんたるかどころか魔術の1つも教えてくれなかったし、魔導書のある書庫に入るのも禁止されてた」

「俺が行ったときは書庫に鍵なんてかかってなかったぞ」

「ええ、鍵はかかってなかったと思うわよ」

「……じゃあなんで入らなかった?」


 不可思議な言動に俺が頭をひねっていると、ステラは目をパチクリさせながら当たり前のように答えた。


「駄目って言われたから」

「いい子か!」


 思わずツッコミを入れてしまった。

 ……なるほど、確かに俺が魔王でもステラに魔術とか魔王についてレクチャーするのはためらうかもしれない。こう、白百合を汚すような禁忌感がある。

 

「いい子って……何言ってるの? 私魔王よ」


 ステラはけらけらと笑って言った。

 俺は笑えなかった。

 

「じゃあ、もし努力次第で習得できるなら、魔術を覚えたいか?」

「そりゃもちろん――あ、宿だわ」


 うなずいたステラは前方に宿屋の看板を見つけたようで、右腕を真っすぐに伸ばして指差した。その宿に向かって歩きながら考える。

 もし今までに機会がなかっただけなら、実際にはものすごいポテンシャルを秘めている可能性もある。というより、魔王の血族である以上その可能性はかなり高いはずだ。

 それならばしっかり魔術を習得させることで、本格的に反王国戦線(現メンバー俺1名)の戦力として期待できるかもしれない。

 宿の前までたどりついたところでステラが俺の方を見る。

 

「今度は私が話してみるわ」

「その方がよさそうだな。任せる」


 また失神されても困るしな。なんなら今までに行ったところもステラに再交渉させた方がいいのかもしれない。


「それで魔術の話なんだが、なんとか魔術を学べる方法を考えてみないか?」

「なんとか……って、例えば?」


 宿屋のドアを開けながらステラが首をかしげる。

 

「それは……」


 と、口を開いたところで室内の雰囲気に異常を感じステラから視線を外した。

 受付の前には屈強な2人組の男。片方は小銃を受付に座る女性に向けている。小銃は闇市場でよく売買される型の魔導武器だ。

 もう一方は、ラウンジに集められた客を見張りながら、左腕に締め抱えた10歳すぎと見える女の子の首元にナイフを突きつけている。

 

「ご、強盗?」


 ステラがわずかに震える声でつぶやく。

 俺はうなずきながら強盗2人の後ろに並んだ。人間のルールや秩序に従うのは癪だが、これから行うのが強奪ではなく交渉である以上、相手の土俵に立つのはやむを得ないことだ。

 

「そのようだな。それはいいから話を戻そう。まだ確実と言えるような手段はないが、例えばまずこの街にある図書館に魔導書の類がないか調べてみるとか」


 目を伏せ腕を組み思考を巡らせていた俺が目を開けると、ステラが引きつった顔で受付の方を指さしていた。

 そちらに目を向けてみると、受付の女性に向けられていた小銃の口が俺の額のど真ん中に向けられていた。

 俺はにっこりと笑って軽く手を挙げた。

 

「ああ、安心してくれ。邪魔する気は一切ない。むしろ存分に治安を乱してくれるよう心から期待している」

「そうか。ならいいんだ」


 男も穏やかに微笑んで照準を外してくれた。

 俺は改めてステラの方を見て話を続ける。

 

「図書館が駄目だったら、その辺の魔術師を誘拐して――」

「――って、いいわけねえだろ!」


 そんなやかましい叫び声と同時、銃口がまた俺の方を向いていた。

 

「耳がキンキンする。あまり大声を出すな」

「てめえこそ黙りやがれ! 手を上げたまま今すぐそっちのラウンジへ移動しろ」

「駄目だ。俺は並んでる」

「だからなんだ!」


 強盗が苛立ちを隠せない様子で叫ぶ。俺は肩をすくめて言った。

 

「ここから離れたら割り込まれるかもしれない」

「強盗の後ろに並ぶアホはお前くらいだから安心しろ!」


 世の中に絶対はないわけだし、念のため並んでいる方がいいに決まってる。

 それとも、後ろに人が並んでると焦っちゃうみたいな小心の持ち主だから、俺にどっかに行ってほしいとか? 

 そんな繊細な強盗がいてたまるか。……いや、でも最近はいい子の魔王とかいるしなぁ。わりとあるのかもしれない。

 

「というか誰がアホだ。今すぐ取り消せ」

「事実だろうが。なぜ取り消す必要がある」


 強盗は鼻で笑うように嘲り、あごを上げて見下すように俺を見る。俺は射殺さんばかりの鋭さで強盗をにらみつけた。


「俺自身俺がアホか否か確信を持てないでいるから反論できなくて困る」

「そういうやつをアホって言うんじゃボケェ! 勝手に困ってろ!」


 強盗が唾を飛ばして怒鳴り散らす。


「ボケと言ったか……? 今すぐ取り消せ」

「ただの事実だ。なぜ……」


 言ってる途中で何かに気づいたように口をつぐんで咳払いする。


「いや、俺はアホじゃないから同じことは繰り返さん」 

「取り消すつもりがないなら取り消したい気分にさせてやるが」


 俺が胸の前で指の関節を鳴らすと、強盗は相方の方を親指で差しながら笑った。

 

「あのお嬢ちゃんがどうなってもいいってのか、おい」

「構わん」

「そうだろう? だったらおとなし……なんだと?」


 強盗は眉間にしわを寄せてまばたきを繰り返した。

 

「構わんと言っている」

「……え? 子供だぞ? しかも女の子」

「何度も言わせるな。俺は――」

「――ちょ、ちょっとベルガ!」


 俺の言葉を遮ったのは隣のステラだった。

 

「なんだ」

「それはかわいそうよ。なんの罪もない子供なんだし……」

「……罪、ね」


 言われてみればそうか。確かに俺も少し軽率だったかもしれない。もうちょっと考えてから行動するべきだった。

 俺は心を入れ替え、真摯な瞳で小さな女の子を見据えた。

 

「おい、そこの子供」

「は、はいっ」


 怯えに裏返った声で応える女の子。

 

「お前ら何勝手にしゃべってんだ」

「黙れ貴様に用はない!」


 女の子を抱えている方の強盗がこちらをにらんできたので全力でにらみ返してやると、強盗は困惑と動揺をないまぜにしたような顔で黙り込んだ。

 俺は改めて女の子を見つめる。

 

「お前、両親や兄弟……家族は好きか?」

「す、好きです!」

「この街や、この街の人たちは?」

「好き! 好きです!」

「……じゃあ最後にもう一つ。この王国は好きか?」

「だ、大好き! 大好きです!!」


 俺はその必死の叫び声に笑顔でうなずいた。


「よしわかった。やっぱりお前は俺の敵だ」

「どんな外道だてめえ!」


 銃を持った方の強盗がそんなことを言い出す。


「強盗がそれを言うのか」

「ごもっともだがお前よりはまともだ!」

「じゃあその子供は殺さないのか?」

「えっ」


 強盗は2人揃って間抜けな声を上げた。それぞれ顔を見合わせたまましばらく何かを考え込むように固まる。

 

「まあ、その、俺らは金が目的であって別に人を殺しにきたわけじゃないし……」


 と、銃を持った強盗。

 

「そうそう、これはあくまで手段というか、殺さくていいなら殺したくない……」


 と、女の子を抱える強盗。

 俺は呆れるあまり、思わず特大のため息をついていた。

 

「お前らそんな甘い覚悟で強盗やってんのか」

「い、いや……」

「例えばだ。お前らが身寄りのない年寄りからあり金を巻き上げたとする。年寄りはもう働くこともできず、食べ物も買えないから飢えて死ぬ。これはお前ら殺したのと何が違う?」

「それは……そうかもしれないが、ここの連中なら身ぐるみ全部剥いだって死にやしないって」

「なぜそう言い切れる」

「だ、だってここはあの娘が贔屓にしてる店で……」

「娘? 誰だか知らんがお前らが甘ちゃんだってことに変わりは――」


 ――ガチャッ。

 

 俺の言葉を遮るように、店のドアが開く音がした。

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