第12話 街に御座すは腹黒令嬢
ふもとの街に降りてきた俺とステラは、いくつかの宿を回っていた。
「ひっ……」
街を行く若い女性が俺たちを見ておののきながら道を開ける。
「さすが魔王だな」
俺は隣を歩くステラに視線をやって言った。
「……ねえ、ベルガ。この前『人間が嫌いって言っても目に入り次第殺すってほどじゃない』とか言ってなかった?」
「言った」
俺も人間をやめたとはいえ、別に獣並みの知性に落ちたわけじゃない。それくらいの節度や自制心はしっかり保っている。
「今のベルガ、『視界にも入れたくないからその前に殺す』みたいな目してるわ」
「それは気づかなかった」
「縄張りを荒らす敵を警戒する獣みたい」
残念、獣並みだった。あとで遠吠えの練習でもしておこう。
ステラは呆れたように笑って大きなため息をついた。
「魔王としては由々しきことだけど、街の人が怯えてるのは私じゃなくてベルガの方よ」
「そうなのか?」
「ええ、少なくとも私とベルガのどちらかが魔王だって言われたらまず間違いなく全員ベルガの方だと思うわ」
「それはステラが可愛すぎるせいじゃないか?」
「――かわっ!?」
痛烈な張り手に吹き飛ばされたような勢いでのけぞり、そのままたたらを踏みながら赤い顔で俺を見るステラ。何にそんなに驚いてるんだろう。
「だって犬とリスどっちが危ないかって言ったらそりゃ犬だろ?」
「……あー、はい。そうよね。わかってたわよ。小動物ね。小動物的な意味ね」
ステラは肩を落とし、のけぞっていた上半身を今度は前の方に傾けて澱んだ息を吐き出した。
「何落ち込んでるんだ?」
「ベルガのそういう無自覚なところ」
「無自覚?」
「……ええ、自分の危険性を犬くらいだと思ってるところとかね」
と言ってステラはこちらに向かって「べー」と小さな舌を出した。確かにどちらかと言えばステラの方が犬っぽいような気はするが、多分そういう話ではないんだろうな。
「しかしどこもかしこも『衛兵を呼びますよ』の門前払いだったな」
もう5軒の宿屋に話を聞いてみたが、特に状況に進展はない。
「そりゃ、その顔で『これから毎日ただで泊めてくれ』とか言われたらね。それもうただの恐喝よ、恐喝」
「でも5軒中4軒もだぞ?」
「残りの1軒は恐ろしさのあまりの気絶だけどね」
「なんだ、眠かったんじゃなかったのか」
「悪夢を見てたのは確かだと思うけど」
それは悪いことをした。いや、別に人のことなんてどうでもいいが、権力から縁遠いやつまでわざわざ嬲ったりしたいとは思わない。勝手に不幸な目に遭う分にはどうでもいいんだが。
「なんか賑わってるな」
広場に出た俺とステラは、出店の華やかさに目を奪われ立ち止まった。
「ママー、買っていーい?」
「駄目よ」
「なんでよー! 1個! 1個だけでいいからー!」
「駄目。どうせ買ったあとは見向きもしないんだから」
「そんなことないよ! すっごくきれいじゃん、ほら!」
「ほら、行くわよ」
「……はーい」
手近にある螺鈿細工屋と思しき出店の店先では、小さい女の子と母親らしき女性がそんな会話をかわしていた。
「ふふ、ほほえましいわね」
「けっ」
にこやかに笑って親子を見つめるステラの隣で、俺は軽く舌打ちした。
「そんなに欲しいならねだらずに奪い取るくらいの気概を見せろってんだ」
「あんな小さい子供に!?」
「子供だからだ。小さいときの方が物事の吸収は早いし忘れない。鍛え始めるなら今のうちだ」
「強盗の技術を鍛えてどうするのよ……」
「若いうちにしかできないことは若いうちにやるべきだ。大人になってから後悔しても遅い」
「なんだろう、ここだけ切り取るとすごくいいこと言ってるのに内容は万引きの勧めっていう……」
俺が強くなったのも小さいころから欠かさず鍛え続けてきたおかげだ。俺は単にやることがなかったという側面もあるが。
そうして広場を横切ろうとしたところで、右手の入り口がにわかに騒がしくなった。
「おっ、フローリア様だ」
「王都からお帰りになってたのか」
「この美人が領主になってくれたら喜んで税も納めるんだがなぁ……」
騒ぎにつられて目をやってみると、人混みを割るようにして数人の集団が広場に入ってきた。6人と馬が1匹。真ん中にスタイルよく見目麗しい美少女がおり、その周囲をいかつい男5人が囲んでいる。囲いの1人は荷物を載せた馬を引いていた。
どうでもいいものと思い視線を切ろうとした直前、美少女の着ているものに目を奪われた。
――王立魔術学院の制服。
「わー……すごい美人さん」
ステラまでもが目を輝かせてその美少女をながめていた。俺の反応を窺おうとしたのかこちらを向いたステラは、俺の顔を見上げて小首をかしげた。
「どうしたの? なんか憎悪とワクワクが入り混じったみたいな恐ろしい顔してるけど」
なんかステラの口ぶりだと、俺は常に恐ろしい顔をしているやつみたいだ。
ステラは妙に純粋なところがあるから、きっと恐いとか危ないとかの基準がきっと低いんだろう。うん、そうに違いない。俺の顔は悪くない。
「王立魔術学院の生徒だ。しかも野次馬の口ぶりからしてここの領主の娘らしい」
「……なんかベルガの考えてることがわかっちゃった気がするんだけど」
「なんだ?」
「あいつらぶちのめしたい」
「ご明察」
なんだ、ステラは読心魔術でも習得したのか? いつの間にそんな高等な魔術を覚えたんだ。自分では卑下してるけど将来有望じゃないか。
「というわけであいつらぶっ飛ばしてきていいか?」
「駄目よ」
「なんでだ。1人。1人やるだけだからすぐ済むぞ」
「駄目。そんなことしてそのあとどうするの」
「それは気にするな。こんなおあつらえ向きの獲物めったにないぞ?」
「ほら、行きましょう」
「……ちっ、あとで闇討ちするか」
……あれ? 今の会話の流れ、なんか聞き覚えがあるような。
「ねえベルガ、私たちお互い正体ばれたらまずい身分なんだよ? お願いだからさっきの子供みたいなわがまま言わないでね」
……うん、それだな。
やっぱり人に対する黒い衝動が絡むと俺の知能レベルは獣か幼児並みまで落ちるらしい。まあ落ちたのではなくというかもともとそうだという可能性も否めないが、ここは自分の名誉のために「落ちた説」を採用しよう。
「そうだな。善処しよう」
反省して素直にうなずき、広場をあとにしようとしたそのときだった。
「そこのお2人、お待ちになってくださる?」
背後からいかにも領主の娘っぽい感じのいけ好かない言葉遣いで声がかかる。方向的に俺たちのことだと思われるが、関わり合いがそのまま殺し合いに変換されそうなので無視する。
「私たちですか?」
しかし律儀な魔王は律儀に振り返っていた。
「ええ、どちらからおいでになったのかわかりませんけど、お2人のお洋服は少しここリシュリーの中心街にはふさわしくありません。土の色や匂いも、それはそれで健康的で結構だとは思いますけれど」
「へえへえ、さっさと出ていきますんでここは一つお目こぼしくださいよ」
ステラに諭されたばかりである手前、穏便にことを済ませようと努めてみる。多少皮肉っぽい言い方くらいは許してほしい。
「いえ、そんなことを申し上げるつもりはありません。ただふさわしいお洋服を差し上げようと思って声をおかけしたのです」
「はぁ?」
「街の雰囲気というものはとても大切です。それには建物などの景観が影響するのはもちろんですが、何より肝要なのは実は人なのです。お着替えになることであなた方もこのリシュリーの一部となり、それはこの街の朗らかさにまた1つ花を添えることにつながるでしょう」
領主の娘は俺たちに手を差し伸べるように両腕を広げ、爽やか……に見える笑顔でそう言った。
俺は拳を震わせながら咳払いをした。
「……ご高説どうも」
――我慢した! 俺今めっちゃ我慢した!
今ので一生分くらい我慢したから一生分くらいほめてほしい。といっても褒めてもらいたい相手なんて別にいやしないんだが。
俺が怒りに打ち震える中、領主の娘はお構いなしに取り巻きに指示して広場の地面にいくつかの鞄を広場の地面においてみせた。
「私の私物で申し訳ないのですが、よろしければこの中からお好きなものをお持ちになってください」
「悪いがこっちはあんたなんかに世話になる気は……」
「――ねえ見て見て! この服すっごく可愛い!」
世話になる気満々のやつがいた。
……可愛い服に目をキラキラさせてるこいつが現魔王だとはこの場の誰も夢にも思うまいよ。
俺はなんとも言えない気持ちでため息をついてからステラのもとに近寄る。
「行くぞ」
「待って、ちょっと待って……」
俺には見向きもせずおおはしゃぎで衣類を物色していく。やがて1枚の真っ白なワンピースを取り上げて自分の体にあてがった。
「ねえ、私この服着てみたい!」
「駄目だ」
「なんで? 一瞬! 一瞬だけだから!」
「駄目だ。そんなやつに貸しを作ったらあとでどうなるか」
「大丈夫よそんなの。こんなに素敵なお洋服……って」
不意にステラが何かに気づいたように眉根を寄せた。
「……今のって、子供みたいなわがまま?」
「まあ、さっきと同じような流れではあったな」
「……ごめんなさい」
ステラはつぶやくように謝り、しゅんとなってうなだれる。
俺は後ろ頭にやった手で髪をくしゃくしゃにかき乱す。
俺の物騒な欲求と違ってステラの願望なんて可愛いものだ。それにステラがこいつから服をもらうことで俺に何か具体的な不利益があるわけじゃない。所詮はそこのあいつにでかい顔されることへの不快感程度の問題だ。
……はしゃぐステラの気持ちに水を差してまで貫くような意地でもないか。
「わかった。いいよ。お言葉に甘えとけ」
「えっ、本当!?」
「ああ。でもさすがに俺は――」
拒否の言葉を喉元に用意しつつステラに視線を戻すと、ステラがいい笑顔でなんかキラキラした男物の服をこちらに見せつけていた。
「さすがに俺は……もうちょっと地味なのがいいです、はい」
……なんか俺、ステラに弱くなってないか?
少し釈然としないものを感じながらステラから服を受け取ったそのとき。
「――あぁ、やっぱり賤民を見下すこの快感に勝るものはありませんね……」
身体能力の著しい向上から地獄耳となった俺の耳は、確かに領主の娘がそんなことをつぶやくのを聞いた。
思わず顔を向けると、領主の娘は浮かべていた下卑た笑いを慌てて引っ込めて優雅に微笑んだ。
……あのアマ、やっぱり腹に一物かかえてやがるな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます