第11話 街に出る前に
俺は街に出る前に旧友に会いにやってきていた。
――コンコン。
俺がトイレのドアよろしくノックしたのは巨木の幹。
(……入ってます……入ってなかったらただの木です……)
すなわち神木の幹である。
「うわ、なんか頭の中で声が!」
神木流脳内会話初体験のステラが頭を抑えながらあちこちに顔を向けて戸惑いをあらわにする。わかる。気持ちはよくわかるぞ。
それでもわざわざこんなやつのところに来たのは、街に出る前に1つ確認しておきたいことがあったからだ。
「『……』はいらないって言ってんだろ」
(そういえばそうでしたね。つい神っぽさを演出したくなってしまって)
「どうあがいてもお前は神らしくないから安心しろ」
この事実は別に確認するまでもないことだ。
(相変わらず辛辣です……)
「ちょ、ちょっと待って。状況を、状況の説明をしてくれる?」
ステラが俺と神木の間に割って入って、制止するように両手を顔の前に上げる。
うむ。さすがにわけもわからないまま神木の情けない声を聞かされ続けたらノイローゼになりそうだし、きちんと説明しておくべきだな。
「ああ、紹介しよう。こちらはしゃべる大木だ」
(ウドの大木に毛が生えたみたいなレベルの扱いはやめてください)
「勝手に人の頭の中でしゃべる大木だ」
(なんか悪化しましたね)
「……随分仲よしね」
ステラは俺と神木に交互に視線をやりながら苦笑いしていた。
それから急に何かに気がついたように眉を上げ、神木の方をまじまじと見つめ始めた。
(……そんなに見られると恥ずかしいです)
「それなら服でも着とけこの万年露出狂」
(言ってみただけですよぅ)
……やっぱりこいつ絶対神木じゃないだろ。
別に超常的な現象を起こせるのは神に限らない。そもそも一番身近なところに魔族がという例がある。魔族っていうか魔王だけど。その魔王は魔術使えないけど。
実は俺は、神の加護を受けたんじゃなくて悪魔と契約してしまったんじゃないのか? こっそり寿命の半分を取られたとか。わりとありそうで嫌だ。
(だから心の声聞こえてますからねー?)
「聞かせてんだよ」
(あ、そうでしたね。でも安心してください。私は本当に――)
「――トルクネポステリの神木……?」
テレパシーに割り込むようにステラがつぶやいた。
「なんだそれ?」
(おっと、私のことご存知なんですか?)
ステラが俺の質問に答える前に自称神木が妙な反応をする。
……こいつ、ステラの勘違いに付け込んで、はったりで自分の権威高めようとか思ってんじゃないだろうな。
(思ってませんよ。私が正真正銘トルクネポステリですー)
「びっくり……実在したんだ」
「待て、俺にもわかるように説明してくれ」
目を丸くしているステラを小突いて解説を要求する。
「トルクネポステリの神木は魔力をろ過して清浄な空気に変える伝説の神木よ」
「……伝説の神木ぅ? こいつがぁ?」
この裏返り気味の声は俺史上最大級の疑念を込めたリアクションで間違いない。
「ええ、この神木さえなければこの世界に栄えていたのは人間ではなく魔族だとも言われているわ」
「こいつがそれだと考えた根拠は?」
「この辺りに来たときから空気中に魔力がまったくなくて、妙だなとは思ってたのよ。そしたらなんか頭の中でしゃべりだしたりするから……」
「それなら試してみるか」
(あの、なんで正拳突きの構えを……)
「お前を倒せば人間が滅ぶんだろ?」
「いや、発想が飛躍しすぎだから!」
ステラが肩に手をおいて諌めてくる。
「そもそも魔族の絶対数が減りすぎてるからちょっと力が強くなっても無駄よ」
「じゃあ増やせばいい」
「どうやって」
「産めばいい」
「誰が?」
「お前が」
俺が言うと、ステラが真顔で固まった。そのままぴくりとも動かずに数秒黙って俺を見つめたあと、少し頬を上気させながら言った。
「……誰の子供を?」
「ありとあらゆる魔族の子を」
「――バカッ!」
「ぐほぉッ!?」
殴られた! ステラに殴られた!
腹にもらったから変な声は出たけど全然痛くはない。全然痛くないけど今まで食らったどんな一撃よりも凄まじい衝撃が俺を襲っていた。
(いやー、今のはあなたが悪いですよ)
「なんでだ!? 俺は当たり前のことしか言ってない。どの魔族と交配することで強い子供が生まれるかなんてわからないんだから、可能な限りすべての魔族の交配するべきだろ?」
「…………」
ステラが氷のように冷たい目で俺をにらんでいる。
(…………)
目なんてないはずの神木ですら俺に軽蔑の目を向けているような気がする。
……いや、気のせいだ、気のせい。
と、自分に言い聞かせていると葉っぱが2枚、ひらひらと落ちてきて俺の体に当たって地面に着地した。それを見た俺はなぜか察してしまった。
……軽蔑の葉?
(その通り。以心伝心ですね)
「折るぞこの野郎」
(野郎じゃないです、女の子ですー)
「死ぬほどどうでもいいわ」
軟弱な人間の慣習では相手が女だと手心を加えるべきらしいが、俺は人間やめてるし目の前にいるのも人間ではないのでノーカンアンドノーカンだ。
「…………」
そんな俺と神木を、ステラは引きつった笑いを浮かべて見ていた。
「なんだ?」
「いえ、伝説の神木とこんな低レベルな言い争いしてるのは歴史上でベルガだけなんじゃないかなぁ、って」
「こいつが神らしくないのが悪い」
(この人に人間らしい敬虔さがないのが悪いんです)
お互いに言い合ってにらみ合いに……いや、向こうに目はないけど多分、にらみ合いになっていると思う。
「はあ……。ベルガ、そもそも用事があってここに来たんじゃないの?」
大きなため息をついたステラが諭すように言う。
「そういえばそうだった」
確認することがあったのをすっかり忘れていた。何もかもこの神木ならぬ唐変木が悪い。
(私に用事ですか? 強請ろうったってそうはいきませんよ)
「そんなことはしない。拳と誠意でお願いするだけだ」
(それを強請るっていうんですよ)
「見解の相違だな」
人間だった何かと神木の間にはつきものだ。仕方がない。
(それで、お願いというのは?)
俺は自分の髪の毛をかきあげつつ首を傾けた。
「髪の色とか目の色を変えられるようにできないか?」
必ずしもふもとの街で警戒態勢がとられているとは限らないとはいえ、リスクがあるのも事実だ。ステラだけ偵察に行かせてから、というのも選択肢としてはあるが、それよりは完全なノーリスクの手段を探るべきだ。
まあ、そんな都合よくはいかないだろうが……。
(え、そんなことですか)
しかし神木はこともなげにそう言った。
「やってくれるのか?」
(やるも何も、今のままでできますよ)
「そうなのか?」
意外だ。強さとは関係ない気がするが。
(甘いですね。相手に危険だと思わせたり、周囲の色に溶け込んだり、自然の中では色だって立派な武器なんですよ)
「それは確かに」
(あなたの黒い髪だって、雪原に出たら白い髪よりは明らかに目立ちます。それは明らかな不利要素です。その程度のことは織り込み済みで力を授けてますから)
「ほう、今回ばかりは素直に感心しておこう。ありがとう」
(うふふふふふふふふ、どういたしまして)
……気持ち悪い笑いのせいで台無しだよ。
(気持ち悪くなんてありませんー)
「で、色はどうすれば変えられる?」
(変化したあとの自分をイメージすれば自然と体を構成する成分の再組成が始まります。極端なことを言えばもう1本腕を生やすこともできます)
「それは今はいらないわ」
街に出てもばれないように髪と目の色を変えるのに、それ以上に目立つ要素を増やしてどうする。たまたま俺の顔を知ってるやつに出くわして、顔同じだけど腕は3本じゃなかったから別人だわ、なんてことになるわけがない。
「よし、やってみよう」
とりあえず……白い髪と青い目にしてみよう。目を閉じて、自分の体へと意識を集中していく。
「…………」
「おお……」
ステラが感嘆の声を漏らす。イメージの中の自分の髪と目の色が変わりきったところでゆっくりと目を開ける。
「どうだ?」
髪の毛を手で弄んでみるが、自分では見えないからよくわからない。
「か、かっこいい……」
「え?」
なんか想定していたのと全然違う答えが返ってきたので思わず聞き返してしまった。ステラはなぜか両手で口元を抑えながらうっとりしていたが、すぐ我に返ったように目を見開いた。
「か、変わってるわよ。ちゃんと変わってるから大丈夫」
「そうか。じゃあ別の色も試して……」
「そ、そのままで! そのままでいいと思う!」
目を閉じようとした俺の肩に、ステラが慌てて手をかけてきた。
「このままで?」
「うん、このままがいい!」
「……そうか?」
ステラが激しく首を上下させる。
なんかステラにメリットがあるんだろうか。俺の方は特に思いつかないんだが。別に俺の方には見た目へのこだわりはないからなんでもいいか
「というわけだ。邪魔したな」
(いえいえ、お幸せにー)
「何言ってんだ、こいつ」
「…………」
え、なんでステラは赤くなってんの……?
謎を抱えながらも、俺とステラは街を目指して山を下るのだった。
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