第8話

 文月見世の手伝いで五つ目の島、慶雲けいうん島へとたどり着くと信崎集しのざき しゅうと名乗るこの島の主の使いに案内される。

 慶運島に来てまずわかる今までの島と明らかに異なる点が一つ。住宅街というものがとても少なく、異能具に関する加工店ばかりである。

 何と言うか、職人の街と言う印象を受けながら、たどり着いた屋敷は天月口成の旅行先の物品が飾られていたりするそれや、栗町秋奈の日本の館でありながら何所と無く海外かぶれなそれとは違って、何の変哲もない館としか掲揚できないものだった。


「お嬢様、来ました」

「ん、来たのか。適当に腰掛けるのを許可しよう」


 客間まで通されてみたのは、書類の束を相手に仕事をしている島の長と言うには、少し若く見える女が居た。


「どーもデース!今日、近況確認に来た文月見世デス!こちらがアシスタントassistantで天月口成の養子である天月博人君デスよ!」

「どうも、天月博人です」


 文月見世がそう言うと、女はこれ以上あるだろうかと言う位の、脱力の息を吐く。


「しまった。当番制であるはずの近況確認係に誰かが志願したとは聞いていたが、文屋志望のゴキブリだったか!帰れ!集、ゴキブリが嗅ぎまわらないうちに早くつまみ出せ!」

「血族の決まりですので、出来ませんお嬢様」


 露骨なまでな舌打ちを鳴らし、やる気なさげに座るように促す。


「それで、あぁ貴様がインフォメーションに載っていた天月のとこの養子か。私の自己紹介は必要か?」

「あ、お願いします」


 女は書類に割いていた手を動かすのを止めて、天月博人と目を合わせる。


「私は、この慶雲島を治めている五条琉衣子ごじょう るいこだ。それほど関わる事は無いかも知れないが、いい関係を築きたく思う」

「集さーんティーteaストロベリージャムstrawberry jamをお願いしますデス!」

「承りました」


「私は本当に貴様といい関係になれることを期待している。そこの見世とか言う。ゴキブリとは違ってな。おい、集、私にも紅茶を持ってこい、蜂蜜だぞ、蜂蜜。茶菓子にはかりんとうが有っただろう。それを持ってこい。天月のとこの養子にも蜂蜜のそうだな、アッサムあたりでいい。ロシアンティーの解釈を間違えたジャム投入邪道紅茶なんぞ一人分だけだ。どうして気に居るのだあんなもの」

「畏まりました」

「ヘイ、ちょっと!博人君はミィのアシスタントassistantデスよ!ミィと同じものを飲むべきではないデスか!?」


「ふん、人間とゴキブリは湧けて考えるべきだぞ、文月見世よ。天月博人はどう見ても人間であろう?」

「ミィはコックローチcockroachじゃあないデース!!……ティーteaストロベリージャムstrawberry jamを入れると美味しいデスよ?」


「私は気に入らなかった」

「むぅ……せめて博人君に布教させてくださいデス!」


「人を虫に堕とそうとするとは、流石にどうかと思うぞ」

「酷すぎないデスか!?」


 五条琉衣子は書類を処理しながら、年下の文月見世と仲が悪いのかよいのかいまいち分からない会話をしている。おかげで天月博人は蚊帳の外である。


「では、博人君に飲み比べて貰いましょう!どちらが美味しいかを」

「飲み残されるともったいないから、貴様の紅茶を分けてやれ」


 蚊帳の外に居るはずなのに、時折会話が飛び火して来ては巻き込まれ。「あの、ジブンの仕事に取り掛かりたいのですが」と言えないままに、流されるのだった。


 博人には味の複雑さ深みなどよくわかっておらず。イチゴジャム入りの紅茶と、蜂蜜入り紅茶は何方も美味しく感じて、こちらの方が美味しいと言える程さも感じなかったので、栄養が多そうな蜂蜜が好きだと感想を言うように催促された際にそう答えた。


 文月見世は不貞腐れ、五条琉衣子が何所と無い満足感を文月見世を煽るためか表情に出す。どう答えても片方を諦めて片方を取る選択肢を突き付けられるのは、よく考えなくても理不尽だと思う今日、天月博人はようやく解放され、信崎集の案内の下で自身の仕事に取り掛かる。

 信崎集に尋ね、家中を見て、中身を記録する。前回の栗町家と違うところがあるとするならば、異空間と繋がる穴が存在する地下への扉、とはまた別の、床に取り付けられた扉。通って良いのか、向こう側には何が有るのかを信崎集に尋ねて、断固として拒否されたくらいであろう。


「お2人の話し合い、まだ終わってないみたいですね」

「雑談や漫才をしていたのでしょうね。見世様の人柄には感謝しきれません」


「集、聞こえて居るぞ貴様。しかし、ふむ。ゴキブリよまだ長引きそうか?」

「えーっと、アレとアレと……あと三十分くらいデスかね」


「何だ、少し待てばあっという間____いや、貴様らぐらいの年齢だと体感時間が長いんだったか。では、集、天月博人を九番研究所の見学をさせてやれ、あそこには同世代の少年も居ただろう。きっと良い縁になる」

「あー、ジェイク君デスね!」

「畏まりました。博人様、九番研究所へご案内いたします」


 信崎集に連れられその場を後にする、天月博人は(九番研究所?ジェイク?)と疑問符を浮かべながら特に受け入れない材料もなかったので受け入れて、信崎集の後に着いて行く。



 信崎集が語る。文月見世と五条琉衣子は、五条琉衣子が島主になって暫くしてからら続く中なのだそうだ。何でも、五条琉衣子にはちょっとした噂があり、将来は文屋志望の文月見世がそれに興味を持って潜入して、信崎集に見つかり五条琉衣子の前に突き出されたのが始まりなのだそうだ。

 それでも懲りない文月見世は何度も潜入しては捕まりを繰り返し、最初は殆ど他人とは言え同じ血族だからと丁重に扱われていたが、繰り返すうちに呆れ、丁重に扱おうと思う意思は薄れ、そして今やあのようにしてぞんざいに扱われているのだとか。

 ある種、二人は気の置けない仲だと言えるだろう。少なくとも質問、返答でしか会話せず。会話よりも沈黙の方が多い天月博人と信崎集よりは。





「こちらが九番研究所です」


 これまた何の面白味もない白く四角で構成した診療所のような場所に案内される。


「おや、珍しいお客様だねぇ。集さん、今日はどうしたんですかねぇ? んむぅ? そちらの少年は何方様ですかねぇ」


 戸を叩くと曲がった腰で髭を濃く蓄えた。いかにも研究者な恰好をした男が顔を出す。彼はすぐに天月博人の孫浅井に気が付いて何者かを探って来る。


「おや、新聞に載ったと思うのですがまた読んでいませんね? こちらは見世様のお連れ様である。天月口成様の御養子、天月博人様ですよ」

「あー噂に聞く、天月様の所のか……ふむ、なるほどね。おっと名前を知っておいて名の習いのも何だ自己紹介をしようか、私は伊藤元イトウ ハジメだよ。元々の元と書いて『はじめ』だ。此処で開発部門の一研究者として勤めているよ、よろしくねぇ。

 話は変わるけどいやー新聞は良い着火剤になるのが悪いんだよ。うん。払い忘れてガス止められちゃったから、仕方がない事だねぇ」

「よ、よろしくお願いします」

「仕方がなくないです。研究に支障が出るようであればガス代は払ってください。それで今回の要件なんですけれど____」

「おい、糞オヤジ。お客の対応が長すぎませんか? 今手を付けてる作業にいち早く戻れ」


 九番研究所、伊藤元の後ろから足音と共に少年の声が聞こえる。伊藤元は「おっと」と言いながら後ろを此方に見せるように横にずれる。


「あぁ、客は集と…………誰ですかテメェ」


 ニワトリ鶏冠トサカを思わせる爆発頭にゴーグルを被る。キャンディを加えた同世代と思わしき少年がそこに居た。






「此奴は、息子の伊藤改イトウ アラタだよ。えーと見世ちゃんと同い年と言う事は博人君は息子と同い年になるねぇ。仲良くしてやってくれると親としては嬉しいよ。見世ちゃんにならって改のことはジェイクとでも呼べばいいさ」

「おい糞オヤジ、ゴキブリが付けた意味不明なあだ名を広げるのはやめてもらえませんか?」


研究所の中に通されると、中々物を片付けられない人の家の様な一般的な塵屋敷の様だ。お客様の為に申し訳程度に綺麗にしておきましたと言わんばかりに、小綺麗なソファーに座り、伊藤改、あだ名は何故かジェイクの紹介を済ませて、この研究所に来た旨を伝える。


「しかし、見学ですか。うちの改みたい子供ならともかく、見てて楽しいものでもないけどね。ちょっと待っててくね。分かりやすく簡単なセットでも持ってくるよ」


 すると伊藤元は伊藤改を残して部屋を後にする。興味が無いと言わんばかりに床に転がる適当な機械を拾って弄り始める。信崎集は伊藤改のそんな様子をしばらく観察した後に、天月博人の肩を叩いた。


「天月博人様、声をかけて見てはいかがでしょうか? 仲良くなれるかもしれませんよ」


 要は、友達になって来い。天月博人にはそう聞こえた。機械いじりをしている伊藤改を見る。先ほどの態度を思い出す。自身の事を棚に上げて想う。(あの子、どう考えても普通の子供ではない。自分から友人をまともに作ろうとした事が無いジブンにとっては難しい事なのではないか?)と。それでも背中を押されたので、当たって砕けるつもりの精神で伊藤改に歩み寄る。


「音声は拾って居ました。オレは、仲良しごっこなんてやるつもりは無いですよ」


 声をかける前に、伊藤改がこちらに振り返りもせずに歩み寄ることを否定する。どうして? と尋ねようとすると伊藤改はさらに言葉をつづけた。


「世の中には、類は友を呼ぶという言葉があります。逆説的に考えるのなら、人は、あまりに違う存在とは手を取りたがらないんです。共感し同調したからこそ友となる第一歩をふめる。ですが、相手に自身との違いがあれば畏怖し、相手が自身よりも無い物が有り、劣って居れば下に見るのです。これらはどんな人間にも覚えはあるでしょう?……わかりませんか。簡単に言うとですね、オレとテメェは出来も住んでいる環境も何もかもが違いすぎているんですよ、仲良くなるのは難しいと断言してもいいでしょう」


 口無博人は困惑した。決して言葉の意味が理解できなかったわけではないが、なぜこんなにも拗れた思考に成って居るのかわからない伊藤改と言う少年とどうやったらここから仲が進展するのかがわからなかったからである。


「違いで人と繋がりにくくなると……その理屈だと、おそらくジブンは地球上の誰とも仲良くなれないのですが……ん?」


 天月博人は、取り敢えず何も思いつかなかったので言葉を合わせようとして、とあるものが目に入った。それは伊藤改の使う工具、祖の端っこに目立たない様に取り付けられたアニメチックな少女のシールだった。


「あぁ、懐かしい。昔、妹が気に居ちゃって友人の家で一緒に見てたっけ。好きなんですか?」

「知っているんですか? このアニメは、まぁ嫌いではないですけれど」


 今や妹側からしたら博人が存在しない、妹と過ごした記憶。日本列島に居た頃、日曜の朝に放送していた動物的な魔法少女に変身して悪しき存在と闘う。そんなアニメの登場人物のシールだ。


「えっと、名前は忘れましたけど。主人公の女の子が圏外に遊びに行った時に友達になった……えーと駅長の娘で三毛猫の魔法少女になる子だっけ」

「ほう、本当によく知って居ますね。正解です。ちなみに名前は玉那ですよ」


 何だ。何もかもと言う割にあっさりと共通点が見つかる。同じアニメを見た事がある。世の中これだけできっかけになる物だ。共通点が見つかれば後は簡単、会話を続け、その中でお互いを掘り下げるのだ。掘り下げて知り得た相手の要素を、受け入れられたり、気に入ることができれば、仲が深まったと言えよう。

 結果として、最初の様に経ていされ、邪険にされる事は無くなった。



 その後、伊藤元が崩れたゴミ山に生き埋めになっているところを戻るのが遅いと探しに行った信崎集に発見され、全員で掘り出し救出した。見学時間は終わってしまったが、無駄では無い時間だったように思う。

 伊藤改と別れを済ませ、文月見世と合流して「ゴキブリは二度と来るな」と言う五条琉衣子に見送られながら白雉島へと帰った。





「お友達が増えたんですね!それは素敵な事です!」

「お友達……とまで行ったかは微妙だけれどね」


「ところで、話に出て来たアニメ!私、気になります!どんなものですか?」

「妹とみていた奴しか知らないからそんなに詳しくないけれどいい?」


 元気よく「はい!」と言う井矢見懐木に天月博人は、ボンヤリながら妹との思い出に刻まれた物語を語り始める。内容を深く知るために、幅を広げるためにも伊藤改から話を聞くのもいいかもしれない。

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