第11話:ネックレス




「どうしたの?」

「あそこ……葉っぱが」


 視線の先を追えば、そこには。


「うわ、なんで」


 天井を突き破り、植物の枝葉が顔を出していた。

 葉の形状がネクターに似ているような似ていないような。


「どこかで樹木が育ってるってこと、なのかな」

「旦那さま、あっちにも葉っぱが出てきてます」


 人差し指が示したそこにも、天井を突き破って茂る葉が見えた。

 甘い匂いも強くなってきている。

 でこぼこ道に悪戦苦闘するレティを待ちながら、僕たちは通路を突き進んだ。

 展示品が語るカルミア博士の偉業も気になるが、どれももう読み取ることができない。

 愛寵種フューシャの守り神として語り継がれる彼女の遺品の数々。

 現在では伝説となった女神様の生前を知れるだなんて、滅多にないことなのに。

 惜しみながらも、ずんずん道なりに通路を行く。

 床には太い根が張り出し、次第に枝葉が天井を覆うようになった。


「やっぱり。これ、ネクターの花だ」


 ついには枝葉に白く可憐な花すら咲き始める。


「どうして塔の中に木があるんですか?」

「さぁ」


 霧が吸えないせいか、花の色もやや青白い。

 葉の大きさも小ぶりだし、枝も細かった。


「レティ、疲れてない? 大丈夫かな」

「うん……」


 僕と距離と保ちつつも、しっかりついて来ているのは確認している。

 同時に、包帯の上から二の腕へ爪を立てている姿も。

 気を散らしてあげないとすぐに包帯が赤く染まりかねない。


「休憩したくなったらすぐに言ってね」


 小さな頷きが返ってきた。

 荒れ果てた通路はどうやら渦を巻いていて、僕たちは中心部へと誘い込まれている。狭い塔内にこれだけの展示施設を作るなんて酔狂、誰が指示したのか。

 まったく。


「旦那さまもお疲れではありませんか?」

「大丈夫。これくらいへっちゃらだ」


 心配してくれるピリカの頭を撫でて、なお歩く。

 頭上に生い茂る緑の葉と、うねり狂う根の発生源は、恐らくこの通路の先、中心部にある。白い花は淑やかに綻び、まるで僕たちを誘っているかのようだった。


「旦那さま! あそこ! ネクターの実が生ってます!」


 背伸びしたピリカが天井へ手を伸ばす。


「ついに実まで。こんな環境ですら結実するのかぁ」


 花に紛れて、こぶし大の小さな果実が実っていた。

 やはり一回り小さく匂いも若干異なる。

 だが、これは間違いなくネクターだ。


「取れそう?」

「うぅー。えいっ!」


 肩車してあげると、ピリカは果敢に実へ手を伸ばす。

 何度か空振りして、指先が触れ、しかし届かない。


「えいっ!」


 無理と判断したらしく、至近距離で魔法を使い、手の中に熟れたネクターぽとりと落ちた。


「あっちにもあるね。ピリカもう一回取ってみて」

「はい!」


 上手に摘み取れたのが嬉しいのか、上機嫌のピリカはあちこちに生るネクターをいくつも収穫してくれた。


「これで晩御飯はばっちりだ。問題は味だけど」

「酸っぱいかもしれない?」


 夕時にお腹が減ってくるのは、みんな一緒。

 珍しくレティが自発的に僕に尋ねる。


「糖度は低いかもね」

「……そう」


 残念そうな顔で足元の根を飛び越えた。

 ついに通路は行き止まりとなり、再び分厚い扉が待ち受ける。

 開閉ボタンでは開けられなかったそれを、僕は力任せにスライドさせた。


「わぁ……」


 レティの口から感嘆が漏れる。

 扉の先にあったのは、大樹一本のみで形成された森だった。

 ロビーと同じ、円形の空間をピンク色の光が照らし、中央にはネクターがどっかりと鎮座する。

 太い幹。

 剪定されず伸び放題の枝葉。

 咲き誇る花。

 変わった匂いを放つ実。

 足元には熟れて腐ったそれがいくつも落ちている。


「圧巻だなぁ」


『コ、コチラにありマスノハ』


「うわっ」

「ぴゃっ」

「ひぃっ」


 今度は僕も飛び上がる。

 幹の近くに、あの立体映像が現れたのだ。

 ノイズ塗れで人の形にすらなっていない、靄のような映像が。


『かる、かるみ、あ博士ノ……シタねく、タ、でス。来、場シャの方ニは、キネン品とシて、ネクタ……をも、モモモシた……ックレスをぷれぷぷぷぷレゼんトトトいた、イタしア――』


 ぶち、っと映像と音声が途絶える。

 害はなくともいきなりは怖い。


「ここ嫌ですぅ」

「ごめんごめん。あとちょっと先があるみたいだから、そこまでは探検しようよ」

「もうあの幽霊出てきませんか?」

「わからない」

「いーやーでーすぅー!」


 ぽかぽかと僕の腰骨を叩くピリカ。

 そんな僕らをよそに、レティは手の届く実を背伸びしてひたすらもぎ取っていた。


「お腹減ったねぇ」


 どこか腰を下ろせる場所はないだろうか。

 大樹に飲み込まれたここは足場が悪すぎる。


「お、開くかな」


 幹の周りをぐるりと半周し、半開きに壊れた扉を見つけた。

 また無理やり開けて、奥へと進む。

 相変わらずのピンク色と枝葉と根の大群。

 こけかけたピリカを抱き上げて、直進した。


『アアあああァアアあ、ありが、トごザ……』


「ぴやぁぁ!」


 また出た。

 ちょうど角を曲がった瞬間だった。

 前回と比べまだ形を保っているものの、音声はノイズで聞き取り辛い。


『プ、ぷぷれゼを……りクダさアアアァアガァ!』


 今度は、立体映像背後の壁が、不快な音を立てて四角形に浮き上がった。

 一辺が十センチ程度の盛り上がりは、ごりごりと震える。


「動いたあぁぁ! 旦那さまぁ」


 もしかして引っ掛かっているのか。

 怯えて叫ぶピリカに叩かれながら、僕は四角形の浮き上がりを一思いに引き抜いた。


『あアありガああアリ……お持チかエリくがガアぁア』


 出てきたのは小箱のような半透明の直方体。

 中に何か見える。

 側面に爪があったので、そこに指をかけて開いた。


「ネックレス……かな?」


 箱の中にはネクターの実を模した飾り付きのネックレスが入っていた。

 僕の首には華奢だし、幼いピリカにはちょっと不釣合いだ。

 きらきらと輝く人工石の飾りは、まさに愛寵種フューシャ好み。

 今のピリカは僕の肩に顔を埋めてそれどころじゃない。ならば。


「レティ、ちょっとこっち来て」

「……なに?」


 手招きすると、恐る恐るレティは僕の元に来てくれた。


「ほら、綺麗でしょ。あげるよ。レティが一番似合う」


 首を横に振られるが、アクアマリンの瞳はネックレスに釘付けだった。


「レティの今の服装にぴったりだと思うよ、ほら」

「…………」


 長い長い沈黙が訪れる。

 僕とネックレスを交互に見ては迷い、また僕とネックレスを。

 両手いっぱいにネクターを抱えながらだ。

 ちょっと笑ってしまいそうになる。


「……ピリカちゃんは?」

「ピリカがつけるには大人っぽ過ぎない? すぐに失くすだろうしね」

「…………」


 爛々と輝く瞳が欲しい、と物語っていた。

 が、僕の手から渡されるものだから躊躇っている。


「よし! 強制プレゼントだ。後ろ向いて」

「で、でも……」

「いいからほら。ネックレスをつけるだけだよ。他には何もしない」

「うぅ……」


 揺れに揺れて、ついにレティは背を向けてくれた。

 ピリカを脚と腕で落とさないように支えて、ネックレスを白いうなじに飾る。

 留め具に若干苦戦したが、小さな体を落とさないうちに噛み合わせられた。


「はい終わり」


 レティは首筋のチェーンを触りながら振り向く。


「うん、やっぱり似合ってる。綺麗だよ」

「……ありがと」


 嬉しそうにはにかむ姿もまた可憐だった。

 貴重な笑顔に僕も心が温まる。

 完全には心を開いてくれてはいないが、距離は確実に縮められている、と信じたい。


「旦那さまぁ、早く行きましょう! 怖いのはもう嫌です!」

「はいはい」


 涙目の懇願を受けて、僕たちは通路を抜けエレベーターホールへ出た。

 先ほど通過したところとは様子が異なる。


「変な構造なのはいつものことだよねぇ」


 五台のエレベーターはやはり故障中。

 床は平坦になり、安全も確保できそうだ。

 絶賛迷子気味だが、階段を下れば外には出られるだろう。

 半年の間でこういうのには慣れた。


「もう幽霊出ませんか?」

「多分ここには出ないと思うよ」

「よかったです」


 安堵が眠気に繋がったのか。

 ピリカが大あくびをする。

 ぐずっていたのは空腹と眠気のためだったらしい。

 懐中時計を確認すれば、すっかり外が暗くなる時刻だった。


「ごはんにしようか」


 あまり食欲はないけれど。


「やったぁ!」


 万歳して喜ぶピリカを床に下ろすと、ネクターを抱えたままのレティもそわそわしだす。

 僕たちは荷を解いて、夕食の支度にとりかかった。



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