第2話 変わらない友との一時
変わり映えしない日常。
家と学校の往復に、時折友人達との寄り道が加わるような、僕の日常。
……その平凡な日常は、僕の背後の異形によって護られている。
《彼》がいなければ僕は、こんな風に生きてはいられないのだろう。
それが解っていても、いや、解っているからこそ、ほんの少し。
そう、少しだけ。
僕はこの日常が、いつまで続くのだろうと、訝しむ。
いや、違う。
……いつまで僕は、《彼》の目隠しを受け入れていられるのだろうか、と思うのだ。
何も知らない子供のままでいるのは、存外辛い。
物思いにふける僕の感情は《彼》に伝わっているのだろうか。
意識を背後に向けてみても、何の変化もなかった。
いつもいつでもそこにいる、僕を守り続ける、異形。
名前すら知らない守護者を、僕は今日も頼り、そして、……その薄情さが好きじゃない。
名前すら教えてくれない、薄情で、そのくせ奇妙に僕に優しい、残酷な守護者だ。
「よーっす、
「別に黄昏れてないよ。しいて言うなら、空が綺麗だなぁって見てただけだし」
「お前、そういうこと素面で言うから、不思議くん扱いされるんだぞ……」
「不思議くん扱い多いに結構。……実際、僕は不思議くんだしね」
「まぁ、死神よりは不思議くんの方がマシだよな」
「煩いよ」
カラカラと楽しそうに笑いながら現れたのは、幼稚園からの付き合いの親友、
外見は今風のちょっとチャラい高校生っていう感じの茶髪少年。
その中身は、ノリの良いお節介。
そして、その実態は、うちが檀家でもある大きな寺の息子。
更に言うなら、僕の背後に何がいるのかを知っていて、変わらず笑っている変人。
「晃、今、人のこと変人扱いしなかったか?」
「してない」
《アキラ、嘘ハ良クナイ》
(これぐらい良いよ)
《嘘ハ、駄目ダ。嘘ハ、魂ヲ、傷ツケル》
(……了解)
僕の守護者は過保護だ。
異形に道徳があるとは思わなかったけど、不思議と常識がある。
本来なら価値観とか完成が異なりまくるはずの異形を相手にしてる筈なのに、
僕はどちらかというと、親戚の兄ちゃんを相手にしているような気分になる。
ちらり、と雄清を見る。
雄清は僕の視線を受けて、ひょいと肩をすくめる。
僕には見慣れた姿だけれど、客観的に見て不気味だし。
「ところで晃、友人として提案したいんだが、掃除の担当場所変わらないか?」
「……は?」
「
「……え、裏庭に何かいるの?」
「いる」
物凄く物騒なことを言った雄清に、僕は顔を顰める。
背後の守護者を窺えば、こっくりと頷いてくれた。
もう本当、勘弁して欲しい。
通学途中でトラックに跳ねられそうになって、
午前中の体育の授業ではサッカーゴールに潰されそうになって、
午後の化学の実験では熱しすぎたのかビーカーが割れた。
いずれも、背後の守護者のおかげでどうにかなったけれど、普通なら大怪我をしている。
それなのに。
そう、それなのに、だ。
まだあったのか。
今日のイベント、まだ残ってたのか、というのが僕の正直な感想だ。
後は掃除を終えれば帰宅部の僕が学校にいる理由はないと、安心していたのに。
たまには穏やかな時間が与えられても良いと思うんだけど、ひどくない?
「ちなみにそれは、君と交代したら避けられるの?」
「お前が近づかなければ活性化もしないだろうし、その状態なら俺が祓える」
「……何でそこで、僕が活性化させるの前提になってるの」
「お前に自覚があろうがなかろうが、そっち側の奴らは、お前が近づくと活性化するの」
「……何もしてないのに」
ふてくされた僕に、仕方ないだろうと雄清は苦笑する。
僕の背後で、守護者も苦笑している気配がする。
雄清は僕と違って、見えるだけじゃなくて、祓える。
一度、僕にも教えて欲しいと頼んだら、資質が無いから無理だと即答された。
見えるし聞こえるし触れるのに、僕はそれらを追い払えないのだ。
何て不便な体質だ。
向こうを認識できると知ったら、あいつらは寄ってくるのに。
まぁ、だからこそ、背後の守護者がありがたいのだけれど。
本当、自分のことだけど、何でこんな状態なのか文句の一つも言いたい。
普通の人は人間じゃない何かなんて見ないだろうし、接触もしないだろう。
寺や神社の血筋とかならともかく、ごく普通の家に生まれて何でこんなことになってるのか。
そりゃ、うちの家系はそういうのが見える人間が多いらしいけど、他の皆は見えるだけなんだ。
こんな危ない目に遭うのは僕だけだって言われたら、頭抱えたくなるよね。
「それじゃ、とりあえず了解。教室の掃き掃除してる」
「おう」
「……雄清さー」
「ん?」
「お節介だよね」
「お前、言うに事欠いてそれか?」
「いやだって、お節介でしょ」
ムッとしたような雄清にかけた言葉は、僕の本音だ。
自分で言うのも何だけれど、僕はかなり面倒くさい人間だと思う。
僕に関わったところで、良いことは何もない。
実際雄清は、小さい頃、僕の側にいて、怪我をしたこともある。
……僕の守護者は、僕を守ってはくれるけど、僕以外は守らないから。
僕と同じものが見えて、聞こえて、触れて、ついでに祓える雄清は、
僕の側で危ない目に遭うことがあっても、変わらず笑って側にいる。
お人好しで、お節介で、多分、バカだ。
あと変人。
その友情には感謝するけれど、正直、何でそこまでしてくれるのかが、解らない。
「親友の側にいるのに、理由は必要か?」
「そういう台詞をさらっと言えるのが雄清の凄さだと思うよ」
「そうだろう?」
「……一応今のは皮肉だったんだけど」
「知ってる」
「……はぁ」
ふふんと楽しそうに笑う雄清に、苦笑するしかない。
やっぱり、何年たっても雄清には勝てないな。
……自分が捻くれてる自覚はあるけれど、それでも、
普通に学校生活を送れているのは、雄清のお陰だ。
変わらず笑ってくれる友人が一人いるだけで、心がずいぶんと軽くなる。
まぁ、悔しいから言わないけれど。
どうせ、それを伝えたところで雄清は、いつもの笑顔で、
「そんな当たり前のことにやっと気付いたのか?」とか言うだろうし。
そういう雄清だから、僕は多分、友達を続けているのだろうけれど。
背後の守護者は、何も言わない。
《彼》は無口だ。
もしかしたら、喋るのが苦手なのかも知れない。
時折交わす言葉はどこか不器用で、言葉を綴るのが苦手そうだった。
或いは《彼》は、僕と話す言葉を選んでいるのかも知れない。
そんなことを、最近思う。
何を伝えて、何を告げて、何を教えて良いのかを、選んでいるような。
そんな風に感じるときが、ある。
異形の価値観も常識も僕には解らないから、全てはただの推論に過ぎないけれど。
雄清と、《彼》と。
二人の存在に護られて、僕は生きている。
この命を護ってくれる守護者と、この心を支えてくれる親友と。
きっと僕は、幸せなのだろう。
護られもせずに放置される人々に比べれば、きっと。
けれど、見返りを求めない守護に違和感を覚える程度には、僕は人間なのだ。
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