負け犬の手の脂は
かなり昔、文化財を扱う仕事をしていた。古い扇とか巻物とか、そういう素材のもの。それらに、手の脂は大敵だった。
「汚い手でサワラナイデッ」
誰かの声真似をしながら、私は部屋の窓にてのひらを押しつける。複雑な紋様が、べっとりとはりつく。バームクーヘンみたいだ。
クソ上司の姿を思い浮かべ、よりいっそう声真似に力が入る。あのときはなにかの拍子に白手袋を外してしまって、そこを目ざとく見つけられた。お前だってこの前、リップクリーム塗ったまま、素手で触ってたじゃねえかよ。
でもそうは言えずに長い時間が経ち、私はこうして平日の昼から窓を汚している。てのひらを押しつけ、剥がす。さっきよりもくっきりとした手がそこにある。
(お題……『窓』 本文300文字)
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