ふわふわの巡礼者

 夜遅く塾から帰ってきた僕を、玄関前で白い猫の手が出迎えてきた。

「どこかの迷い猫が死んだあと、手だけは家に帰るんだっていって、家を間違えて帰ってきちゃったのかもね」

 とりあえず家の中に手を運んだ僕を見て母はそう言った。なんとなく、この白い塊がかわいそうに思えてきてしまう。苦労して辿りついた家が、他人の家だなんて。その夜、旅の労をねぎらう言葉をかけると、僕は猫の手と一緒に寝ることにした。

 しかし翌朝、そいつは消えていた。窓の隙間から、そよ風が僕の顔をなでる。夜のうちに窓から家を抜け出し、道路の上を猫の手がゆっくりと徘徊するさまを僕は想像する。正しい家に帰れますように。朝日を浴びながら、僕はそう祈った。


(お題……『帰る』 本文300文字)

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