糊の空

 寒さに震える振袖たちが、市民ホール前の広場を歩く私の視界を滑っていく。飾り気のないスーツで来ている女は私だけらしい。

「久しぶり」

 突然後ろから声をかけられる。振り返ると、必死に探していた友人がそこにいた。何もかもを忘れた顔で笑っている。その手には、赤ちゃん。隣には男。

「結婚したの」

『二度と話しかけるな』

 彼女の声が、昔私に刺してきた言葉と重なる。気がつくと私は走り出していた。

 私が言葉に殺されていた間に彼女がこうなっていたのを、お前は知ってたのか。ポケットからカッターを取り出し、空に向かって投げる。こんなものでは傷さえつけられないし、刺された言葉は見えないから、抜きようがない。



(お題……『空』 本文 289文字)

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