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「あなたが記憶を無くす前から、私はあなたのことが好きだったのです」

「どうして今なんだい?私は記憶を無くしているから、君に思い入れなんて無いのだよ」


 私はそんなことを言いながら、心が時めいていた。あろうことか、私は凛に一目惚れをしてしまった様で、凛の告白に大変喜んでしまっていた。


「その前に、はい、と言ってください。私の恋人になって頂けるのであれば、恋人の頼みですからお応え致しましょう」


 なんて強情な女だろう。しかし私に断る理由はなかった。きっと記憶を無くす前の性分なのだろう。ああ、私は生真面目な性格だと自負していたのに。


「ああ、わかった」

「ならば、キスをして下さい」


 凛の言葉に、私は狼狽えた。彼女は目を瞑って、少し唇を尖らせて待機した。それはまるで白雪姫の様な美しさだった。


 私は恐る恐る唇を近づけて、やがて触れて、押し付けた。


 カクテルの様に甘い。甘過ぎて、飲み過ぎて、酔い過ぎてしまう程危険な甘さだった。


 実りの秋とは良く言ったものだ。確かに今、恋が一つ実ったのを私は実感した。


「ああ、私はこういう人間なのだな。一つ自分のことが分かったよ。君に教えられたことだ」


 キスを終えた私は、簡単に惚れてキスにまで至ってしまった自身に若干呆れつつ、凛から離れてキャンバスの前に座りなおした。


「確かにあなたは記憶を無くす前、女遊びが酷かった」


 そう言って彼女は笑う。


「あなたには結婚相手が居て、よくその人に窘められていたわ」

「情けない人間だったのだな、私は」


 そう言った私は今実に気軽だった。一目惚れした相手が恋人となって心が浮ついているのだろうか。

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