紅いキス

violet

1

 木枯らしが駆け抜けて、赤い絨毯が宙に跳ねた。


 向かいの公園のそんな様相を眺めていると呼び鈴が鳴って、私は玄関に向かった。


 現れた女性は、部屋に充満した絵の具の匂いに少し顔を歪めた。


「ふむ、君は」


 そう尋ねた私の心臓は和太鼓の様に激しく脈絡打っていた。それ程彼女は美しくて可愛らしかった。


「初めまして。私は凛と言います。あなたをよく知っている者です」


 私は彼女を招き入れると椅子を用意してそこに座らせた。私は再びキャンパスに向き合う。


「記憶を無くした、というのは本当なのですね」


 凛は部屋に置かれた私の作品を眺めながら、私の容態を気に掛ける。


「ああ、本当だ」


 私は手短にそう言った後、ふと自分の作品の一つを見た。記憶を無くしてから初めて描いたその絵は、一人女性が真顔で正面を向いている。


「何故その絵を」

「微かに残った記憶だよ。また忘れぬ為記録したのだ」


 そう答えると私は凛を見た。


「君はこの絵の女性に少し似ている。黒くて長い髪。白い肌。小さな輪郭。薄く開いた目。ぷっくりと紅い唇」

「でも、私では無い様ですね。絵には口元に黒子が有りますが、私には無いので」

「うむ確かに。しかし少なくとも、関係者ではあるのだろう?」


 その問いに対して、凛は返事をしなかった。


「私は記憶を無くしたあなたにお願いがあって来ました」

「ほう、お願いとは」


 私がそう尋ねた時、彼女の頬は紅潮していた。


「私の恋人になってください」


 唐突な凛の告白に、私はただ驚くしか無かった。風に吹かれてカタカタと揺れる窓を開けながら、私は平静を装って凛に聞く。


「君は私の事が好きなのか」


 彼女は首を縦に振った。

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