第11話 かっこつけてる俺
かっこつけんな、か・・・。
俺ってかっこつけていたかな。いつも自然体の男だと思っていたんだけど。かっこつけている男というと、テレビドラマに出てくるちょい悪オヤジとか、年甲斐もなく気取った格好をした男を連想する。とてもじゃないが、そんな男は俺とは別世界の存在だと思っていたのだが。
家に帰ると、母が畳の居間なのに椅子に座ってテレビを観ていた。
「畳に座ると、また立つのが大変なんじゃ」
と、今では寝るのもベットになった。風呂も湯船には入らず、シャワーだけにしているらしい。
身体はだいぶ快復しているものの、やはり以前と同じように暮らすとはいかないようだ。
「無理すんなよ」
優しい言葉をかけることはできても、リストラのことはやっぱり言えない。
かっこつけんな ・・・
いや、かっこつけているんじゃない、徳子に言われた通りさ。病身の母にこれ以上心配事を増やしたくないんだよ。
でも他人事なら「かっこつけんな」と気安く言えてしまうのはなぜだろう。
「あんたが吉武さんと結婚してくれりゃよかったと思うたけど」
見ても恐らく母には理解できないようなお笑いトーク番組を眺めながら、ふと言った。
「やめてくれよ。二十年以上遅いよ」
「今からでもええが。あの人は外人の婿さんととっくに別れとるんじゃろう」
「そうだけど、子供どころか、もうすぐ孫もできそうな人と、なんで結婚せにゃあいけんの」
中学時代好きだった女の子に同窓会で会ったら、孫が小学六年生だと言っていた。
徳子だって、オーストラリアにいる長女はもう二十代半ばの社会人なんだから、いつ孫ができても不思議はないはずだ。
「でも今のあんたに釣り合う年の人ゆうたらなあ・・・」
「あのな、年だけが釣り合いじゃないんじゃ」
母は俺に向き直った。
「ほんなら、なんなん?」
なんなん、って・・・。
俺は女と付き合うのに釣り合いなんて、考えたこともなかった。
釣り合いを考えるなんて、そんな計画的な婚活なんてしたことなかった。
それが今まで結婚できてない理由だったのかもしれない。
俺はずっと信じていたのだ。どこかから突然、俺が許容できる容姿と性格の女が現れて、俺の事を好きになって結婚したいと言ってくれることを。
そうだよ、自分から誰かを好きになって、結婚してくださいなんて言えないんだ。かっこ悪くて。
あれ、これが、かっこつけてる、ってことなのかな。
じゃ、ゆかりと俺は、釣り合っているのだろうか。そう考えると、胃がむかむかしてきた。
この気持ちをどこでまぎらわせばいいんだ。台所に立ち、冷蔵庫から缶ビールを取り出して飲んだ。でもそれだけでは気が収まらない。
もう一度台所に立ち、日本酒の一升瓶を見つけた。
冷やのまま、コップに注いで飲んだ。
俺は飲むとすぐに顔が赤くなる、とよく友人たちにからかわれていた。茹でたタコのように赤いであろう、俺の怒った横顔を、母は黙って見ていた。
その夜、俺は夢を見た。
夢の中で俺は、どこかの夜の街を歩いていた。駅に近づいてきたとき、ふと後ろを振り向くと、そこには黒く長い髪をしたボディコンの女がいた。80年代後半から90年代にかけて、女は皆こんなファッションだったんだよな。女は若かった頃の徳子にも、大学時代にほんの短い間交際した女にも似ているような気がした。
俺は女に声をかけた。
「おーい、ホテルに行こう」
女はタクシーのクラクションのようにけたたましく笑って、そのままくるりと身を翻し、雑踏の中に消えていった。
・・・
「勉、お客さんじゃあ」
母の声が聞こえた。
いつの間にか酔い潰れていたのだろう。俺は着衣のまま、居間で寝ていた。
母が被せてくれたらしい毛布をはねのけて起きると、二日酔いになのか頭がガンガン痛む。
「ああ・・・」
立ち上がろうとしても身体に力が入らない。
いったいこんな時に、いったい誰だよ・・・。
(続く)
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