第8話 やっぱりイケてる俺
ケータイを見たが、ハワイにいるはずのゆかりから、何の連絡もなかった。
昨夜からショックなこと続きで、こちらから連絡をする気も起きない。
女たちは、どうして俺をこんなに苦しめるのだろう?
困った病気になっちまった吉武徳子、脳梗塞で入院した母、身勝手な怪物のような姉、そして・・・
このまま俺が東京に帰らなかったら、ゆかりは、あの川島拓也と懇ろになってしまう、かもしれない。
なんたって、あの男の方が、アドバンテージが高いのだ。
ゆかりと職場で毎日会える、同年代の若さ、そこそこイケメン・・・
否、否!
その三点さえ除けば、俺の方が奴より優っている!
「あんた、これからかおりさんと、どうしたいの?」
と、徳子に聞かれたことがあったけど、
「どうもしないよ」
としか答えようがなかった。だって、結婚するなんて考えられないだろう。彼女もいつかは俺から離れていくと思うんだ。
俺はどうしてこの年まで結婚しなかったのか、といろんな人から聞かれるけれど、それは結果論だから、自分でもわからない。
強いていえば、俺が完璧主義すぎたから、かもしれない。
母は俺のことをずっと前から心配していて、なんと20代の俺を結婚相談所に登録させたことがある。
そこを通じて何人かの女性とお見合いをしたこともあったが、特に可も不可もなく、決め手に欠ける女性たちと、それ以上発展することはなかった。
巷で出会う女も、どこそこ難があって、言葉使いが悪かったり、金遣いが荒そうだったり、大根足だったり・・・ もちろん相手も、俺のことを気に入らなかったのかもしれないけれど、理由ははっきりわからないままにフェードアウトしていった。
いつだったか、徳子に言われたことがある。
「あんたは、恋をしたことがないんよ」
そうかもしれないな。でも、俺が今ゆかりに対して感じている感情は、あえていうなら恋じゃないかな。
俺は自分から女に積極的になったことがない。
ゆかりの場合、彼女から俺に接近してきたんだ。
俺に、彼女を誘うように仕向けてきた。だからそれに乗ったんだ。
もちろん、彼女は何もかも素晴らしい。
そんな女性に出会ったのが、20代や30代の時じゃなくて、50代の今だったんだ。
そこには当然、結婚適齢期の俺にはなかったはずの制約がある。
「誰のせいだというんだ ・・・ 出会うのが遅すぎた」
まるで不倫カップルのようなセリフだが、俺が30歳の時、ゆかりは2歳だったのだから仕方がない。
そう考えれば、俺ってとんでもない男だよな・・・。
「吉武さんと結婚すればよかったのに」
母はそんなことも、よく言っていたっけ。
でも、あいつは新卒で就職した保育園を3年で辞めて、オーストラリアに行ったと思ったら、むこうで勝手に外人と結婚しちゃったんだ。
あいつとはバックグラウンドに共通点が多くて話が合うけれど、やはり結婚という縁じゃなかったんだろう。
世の中は「人はすべからく結婚しなくちゃいけない」というプロパガンダに毒されている。
結婚しないってことにはメリットが多いんだよ。
義兄みたいにしょっちゅう風俗に行っても、誰にも文句は言われる筋合いはない。
相手が素人なら、不倫じゃなく自由恋愛だ。
桃子や甥たちのような身勝手な子供たちに振り回されることもない。
自分で稼いだ給料は全部自分のものだ。
つまり、俺はどこまでも自由で、どこからもケチのつけようがない人間なんだ。
「ああ・・・俺みたいなパーフェクトな男が存在するってこと自体罪だよな・・・」
そうひとりごちて、俺は居間の畳の上にごろりと転がった。
さて、母はどうするかな。
・・・
俺は会社に事情を話し、休みを一週間伸ばしてもらうことにした。
母は、意識は回復したけれど、医者には体に多少の障害が残ると言われた。当分あの病院にいさせてもらって、リハビリをするが、いつまでも置いてもらうわけにはいかない。
当分姉が大阪の家と実家を行き来しながら、訪問ヘルパーの助けも借りて、母を自宅に住まわせることに決まった。
「でも、あんたも協力頼むわよ。一ヶ月に一回は帰って来てよね」
思わぬ厄介を抱えて不満そうな姉に、再三念を押された。俺は、
「うん、出来るだけ・・・」
と答えはしたが、仕事には忙しい時と比較的ヒマな時の差が大きい。仕事が忙しくなったら、月に一度帰郷するのは難しいだろう。しかし、それを今、姉に言うと面倒な口喧嘩になるのはわかっていたので、適当に誤魔化した。
(続く)
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