第5話 ちょっと大人気ない俺

「ちょっと、ちょっと、石田くん、やめんちゃい」

 カウンターから、徳子が出てきた。

津山の中年壮年の男女客も、戸惑ったような顔をして俺を見ている。

やめろよ! ああ、どうしてそんな目で俺を見るんだよ。

「彼、もうひどく酔っているわ。私が家まで送っていくから」

 徳子は川島にそう言って俺の腕を取ると、すごい力で店から引っ張り出した。

「母さんと桃ちゃん、後をお願いね」

吉武母の心配そうな姿と、いつも強気な桃子の悲しそうな顔が、紬ののれんの間からちらりと見えた。


 自分でもどうしていいかわからず、うなだれ、されるがままだった俺は、店の前の駐車場に停めていた徳子のミニバンに押し込まれた。

「家まで私が送るけん。でも、途中でファミレスに寄ってええか?」

 24時間営業のファミレスが、実家の近くに一軒だけある。徳子は有無を言わせず俺をそこに連れて行った。

広い店内の、ほの暗く暖かいオレンジの照明の下に座ると、少しづつ心が落ち着いてきた。

「ああ、どうしちゃったんだろう。なんであんなにイラついたかわからないんだ」

うなだれる俺に、徳子はドリンクバーからコーヒーを持って来た。

「そんなこともあるわあ」

二人はしばらく黙って座っていた。他の客の小さな話し声が、バックグラウンドミュージックのように優しく響いた。

「石田くんは、まだまだ元気じゃな。うらやましい、思うたで」

 徳子は慰めるように言った。 俺は粉々になった自尊心のことを考えまいとして、あの男に対する怒りをまくし立てた。

「あいつ、アホと違うか。九州から、車で日帰りとか」

「私はアホとは思わんわ。あの子には、あんたにないもんがあるだけよ」

 俺は徳子を睨んだ。

「何が?」

「それは、恋に対する情熱よ。あんたには、あの子と同じことはできんじゃろうな。

できとったら、今頃とっくに結婚しとるわ。

 好きな女がいて、その女には付き合っている男がいるみたい。ただその男の正体を探るために、お盆休みから時間を割いて、一晩中車を走らせる・・・ って、ほんま青春じゃが。B’zファンなんて、ただの口実に過ぎんわ」

「ケッ、くだらん。俺はそんなことに時間と金を使ったりしないよ」

「わかるー。じゃけん今も独身なんじゃろ」

「おいおい、独身、独身ゆうて、しつこいな。・・・おまえは嫉妬しとるんじゃろ、俺に若くて美人の彼女がいるのを」

 徳子は大げさにため息をついた。

「石田くん、本気なん、それとも冗談のつもり? あの男の子、感じええし、普通にモテるタイプじゃと思うで。

なんで、その若くて美人の彼女が、あの好青年より父親みたいな年のあんたを選ぶと思えるん?」

 そう言われて、俺はつい声が大きくなった。

「おまえこそわかっとらんが。俺はゆかりにとって、高年収の渋いオジサマなんじゃ。この俺を彼女が離すわけがなかろうが」

 徳子は救いがないとでも言うように、頭を振った。

「幸せじゃあ、石田くんは。信じる者は救われる、って言うけど、若い女の子にええ財布代わりにされとるだけじゃないんか」

ヒステリックに笑う徳子に、俺はまた血が逆流した。

「ほんなら、おまえはどうなんなら。出戻りのくせに。結婚に失敗したのは、自分が悪いとは思わんのか」

「そりゃあー、悪いで。ごっつい悪い。でも、一度でも結婚できて、二人も子供ができたのは、私の人生で最高の幸せじゃ」

「俺も、一生独身で若い美人と自由に遊べるのが人生最高の幸せなんじゃ。ほっとけ」

 本当にそうなのか? 心にもない言葉が口をついて出たのではないか?

徳子は身をよじって笑い続けた。

「そりゃあ、ええなあ。がんばってその幸せを続けてえな。・・・私にはもう無理じゃけど」

 俺ははっとして、彼女の顔を見た。



(続く)

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