第4話 恋のライバル出現?!
桃子は振り向き、俺に手を振った。
「石田のおじさん、お客さんで」
俺に? すると、男は突然立ち上がり、
「はじめまして、川島拓也です!」
と大声で自己紹介して頭を下げた。
「あ・・・は、はじめまして」
こいつ、誰だ? 全然面識がないのに、どうして紬に俺を訪ねて来たんだ?
状況を飲み込めず、俺は川島拓也と名乗る男と、桃子の顔を交互に見た。
桃子は川島を気に入ったのだろうか、妙に楽しそうで、いつもより愛想がいい。俺に自分が座っていた席を勧め、
「おじさん、ビールでええな?」
そう言ってカウンターに戻って行った。
「あ、ああ・・・」
突然現れた謎の男に心を捕われている今、飲むものなんて何でもいい。俺は川島という男の正面に座った。
「突然、お邪魔して、驚かせてすみません」
あまり大柄ではないが、太い眉と大きな目が強い印象を与える男だ。額にかかる今風にカットされた髪に、若さを感じる。白いポロシャツに清潔感がある。好青年と評してもいいだろう。
「あの、どうして・・・」
俺がそう言いかけると、彼は笑顔を見せた。
「僕、イマドキ証券で西村ゆかりさんと同じ部署に勤めているんです」
あ、そうか、そうなのか・・・ 一気に合点がいった。ゆかりが言ってたのは、こいつだったんだ。
しかしいきなり、津山くんだりに、降って湧いたように現れたのはなぜなんだ?
胸が大きな動悸を打ち始めた。まだ酒が入っていないのに、まるで酔ったみたいに、体が内側から熱くなる。
なんで、なんでここに来たんだよ・・・。
しかし、ここでは大人の対応を見せなくてはいけない。心の中はこんなに動揺しているが、なんとかしてそれを隠さなくては。
「はぁ、あの、でもどうして津山に?」
川島はまたにこりとした。
「ゆかりさんが、教えてくれたんです。仲がいい石田さんの故郷が津山で、このお盆休みには帰郷されているって」
「はあ、そんなことを・・・」
しゃべりながら、こいつ、歯並びいいな、なんてことを、頭の奥でふと思った。
「僕、小さいころからB’zのファンなんです。それで、いつか稲葉さんの故郷の津山を訪ねてみたいって思っていたんですよね。
だから、このお盆休みを利用して、津山に来てみたんです。
ゆかりさんが、石田さんのお薦めの居酒屋が武家屋敷通りにあるって言ってたんで、たまたまこちらに寄ったら、ママさんが石田さんの同級生だって知って」
カウンターの奥で、吉武が微笑むのを感じた。
「へぇ・・・ そりゃあ、偶然もあるもんだな・・・」
ゆかりは、そんなことまで、こいつに話していたんだ。一体どこまで話したのだろうか。俺はまだ動揺していたが、作り笑いをした。
「おまたせー」
桃子は瓶ビール二本と、ホルモン焼きうどんまで持ってきた。
「おいおい、こんなもの頼んでないぞ」
俺が言うと、
「これはうちのママからじゃ」
とウインクした。
「おいしそうだなあ」
パチパチと湯気の上がるホルモン焼きうどんを見て、川島はうれしそうな声を上げた。肉の焼ける匂いがテーブルに広がると、俺も次第に緊張が解けてきた。
「まあ、ひとつ・・・ 昼間は稲葉くん所縁の地へ行ってみたのかな」
川島のコップに津山の地ビールを注ぎながら、俺は相手について色々探ってみることにした。
「はい、実家の化粧品店とか、お兄さんの勤めるお菓子屋さんとか・・・ あ、うどん頂いていいですか」
「ああ、どうぞ。これも津山名物だから・・・ここまでどうやって来たの? 電車?」
「実家が福岡なんで、東京からまず新幹線で実家まで帰って、それから
父の車を借りて来たんです」
「中国自動車道を通って? 遠かっただろう」
「そうでもないですよ。休憩も入れて5時間ぐらいだったかなあ。帰省の渋滞が収まったころ、深夜に出て今朝早くに着いたんです」
「そうかあ。で、今夜はどこに泊まるの?」
「これからすぐに帰りますよ」
ホルモンを頬張りながら、川島はこともなげに言った。
「えっ、大丈夫なのか」
「途中のインターで仮眠を取りながら、ゆっくり運転しますからね。全然問題ないです」
「私、九州行ったことなーい。行きたーい」
桃子が黄色い声で口出しした。
「そりゃいいな。連れて行ってもらえよ」
俺は半分本気だった。
だが川島は苦笑した。
「むこうに帰ったら、親族一同が集まっているから、お客さんを案内はできないよ」
たったコップ一杯のビールを飲んだだけなのに、俺は熱い血が体中に滾ってくるのを感じた。
こんなに早く酔うなんてありえない。だが、ホルモン焼きうどんの香ばしい匂いを嗅ぐと、箍が外れたように饒舌になる自分を止められなかった。
「かおり・・・ かおりさんは、会社ではどうなのかな」
かおりは一体、俺とはどんな関係だと、川島に話してあるのだろう。
相手の腹を探りながら口火を切った。
「かおりさんは、とても優秀な先輩ですよ。いつも冷静で、僕に適切なアドバイスをくれるし。
上司からも部下からも信頼が厚いんです」
そうか、そうだよな。
「では、君はかおりさんを好きなのかな?」
おいおい、何言ってんだ、俺?
酔ってるよ、こんなにストレートな質問が出てくるなんて。でも、口が滑るのを止められない。
川島は、満面の笑顔を作った。
「はい、素敵な人だと思っています」
彼の言葉は正々堂々きっぱりしすぎていて、その細くなった目尻が俺を馬鹿にしているようにすら感じられた。
「・・・ でも、君はかおりさんに妙な気持ちを抱かない方がいいんじゃないかな」
「妙な気持ち、と言いますと?」
川島が真顔になった。俺は腹の奥に、意地悪い炎が燃え始めていた。
桃子がカウンター内に戻り、皿洗いを始めるのを横目で確認して、俺はそっぽを向いて話し始めた。
「つまりね・・・ かおりさんは素敵な人だけど、恋愛は今の彼女のキャリアに邪魔になるかもしれない。
それに、彼女にはもっと・・・ いや、君にはもっと、若い娘が似合うんじゃないかな。
例えば、ここの桃子とか。彼女は君にかなり興味深々みたいだぞ。一緒に英語も喋れて、お似合いだと思うがね」
川島はまた笑顔を作った。
「ああ・・・ でも僕は、落ち着いた日本的な女性が好きなんです。古風っていうか」
ちっ、と俺は舌打ちをした。
「そんなこと言うと、失礼だぞ。ハーフが傷つくぞ」
笑顔を崩さず、川島は俺をまっすぐに見つめた。
何なんだ、こいつは。
「そんなに日本の女が好きなのに、どうしてアメリカの大学に行ったんだ」
大人の対応をするつもりだったのに、俺はだんだん歯止めが効かなくなっていた。
「実は最初関西の私大に半年ほど通ったんですけど・・・ どこか自分の思った感じと違って、それで・・・」
「そりゃ悪かったな。俺は京都の私大の出身だよ」
川島は黙り、口許に微笑みを湛えたまま、俺を見ていた。
俺は奴から顔を背けた。紬にいる連中皆が、俺の背中を注視しているのを感じた。
「俺はな、長年外資系の製薬会社に勤めていて、年収も1千万円以上あるんだ」
「はあ・・・」
はあ、だと? どうして、すごいですね、とか言わないんだよ!
ただ悲しげに見てるなんて、馬鹿にしてんのか?
俺は耐え切れずに叫んだ。
「チンケなコールセンターなんかやってる若い奴とかと、一緒にされてたまるか!」
(続く)
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