第102話 ソラチと晟生と空知晟生

「泊めて貰って食事まで、ありがとう」

 素体コアを着込んだ晟生はカガセに感謝する。

 いくらAI兵器を村に渡した礼があったといえ、急な来客で食糧や資材を費やした事にかわりは無い。何より気持ちの問題として、嬉しかった事に礼を言うのは人として当然の事だろう。

「気にする必要はない。私も普段は一人だからな、人が増えて楽しかったさ」

「また来てもいいかな」

「ああ、もちろんだ。いつでも来てくれ、ただし次は大事な仲間も連れてくるといい」

 カガセは優しく笑い、晟生の素体コアの胸を手の甲で軽く叩いた。

 周りには村人たちが集まり、物珍しげに見つめている。かつての時代と異なり、何の娯楽も変わった事もない世の中だ。少しでも変わった事があれば村総出でのイベントになってしまうのだろう。

 そして傍らには――。

「どうせまた直ぐ来るさ。しんみり分かれを告げていたら、また来た時に恥ずかしいぞ」

 ソラチが茶化すように笑った。

 もちろん素体コアを纏っているが、それは晟生の身に付けるアマツミカボシの素体コアと同じものだ。形状だけでなく、その抜けるような白さ――他に類を見ないぐらい、マットに白い装甲も全く同一だ。

 着装者が違うだけで、両者が並ぶと区別が付かないぐらいだった。

「ほら、とっとと行くぞ。ここからオースまでなら、ゆっくり行っても二時間程度だ」

「うるさいな。人の心が分かんないかな」

「昔からそんなもんだろ」

 言ってソラチは浮遊する。

 放っておけば、そのまま一人で先に行ってしまうだろう。もちろん、少し行った先で相手が慌てて追いかけてくるのを待っているのだろうが。ソラチがかつての自分であるとすれば、間違いなくそうするはずだ。

 仕方なく晟生も浮遊する。

 後ろ向きに飛び手を振れば、カガセも同じように手を振った。村の若い者が手を振りながら追いかけてくる様子を見つつ、高度を一気に上げ飛翔を開始した。

 瞬く間に故郷の里が遠ざかり、山を一つ飛び越えた先の平地でソラチは動きを空中に停止した。

「さて、さてさて。いろいろ聞きたいだろ?」

「…………」

「…………」

 お互いに黙り込み、先にしびれを切らしたのはソラチであった。

「何か言えよ」

「聞きたいような聞きたくないような、迷うところなんだけど」

「お前は昔っからそうだ、優柔不断なんだよな。いや、お前は俺か」

「そうなの?」

 晟生が尋ねるとソラチは急に嬉しそうになった。素体コアのアームの腕を力強く打ち合わせる様子からすると、それを待っていたかのようだ。

「知りたいか? よし、知りたいなら俺を倒してから聞くんだな」

「…………」

「なんだ、その目は。昔読んだマンガの展開だと、そうだっただろ」

「あー、はいはい。じゃあ戦うけどね、その前に確認だけさせて貰うよ。お前は『空知晟生』で間違いないわけ?」

「ああ、間違いない。正真正銘、『空知晟生』だ」

 ソラチは堂々と頷いた。

 その様子に嘘はない。概ね予想していた事なので晟生は大して驚かない。

「それはつまり――」

「おっと、それ以上聞きたいなら古式ゆかしく戦って倒してからに――」

「だからそのための確認なんだけど」

 途中で遮られた言葉を遮り直し、晟生は不機嫌さを滲ませた。

「その『空知晟生』で間違いないってのは遺伝子が同じとかでなくて、その記憶も間違いなくあるって事なわけ?」

「その通りだ。朝ご飯の時の話で分かっただろ」

 やはり不機嫌そうなソラチは言い返し、そのままアマツミカボシに変じようとした。だが、晟生は静かに肯くばかりで何のアクションも起こさない。

「小学校一年生の時、好きだった女の子にいきなり嫌いと言われた」

「なに?」

「さらに気になった子に嫌われ母さんに告げ口され叩かれた。あの辺りで女の子に対して苦手意識が生まれたのかな。それで中学校の時に好きだった女の子が友達とデートしてるのを見てショックを受けて、でも憧れと苦手意識が混ざり合ったかな」

「おい……」

「夏祭りの時だったかな、ばったり出会って。ショックを隠して茶化して道化を演じて立ち去ろうとしてコケて骨折した。凄く恥ずかしかった」

「おいよせ」

「高校の時はアニメに嵌まって、かなり痛い事をやったね。一番最悪なのは、好きなキャラと生活する妄想をノートに書いた事かな。しかも、それを弟に見られて馬鹿にされた」

「もう止めろよ、止めてくれ」

「大学の時に気になって一世一代の勇気で告白した子が、次の日に男とホテルから出てくるのを見た。なんだろね、こっちが悪いことをした気分になってコソコソしたけど。ああ、それから飲み会の時は彼女と電話するフリしてたらメールが着信したっけ」

「…………」

 肉を切らせて骨を断つ思いで過去のトラウマを語った効果は、果たしてあった。

 どんより項垂れるソラチの姿に、こいつは間違いなく『空知晟生』だと晟生は確信に至った。今の自分の気分も全く同じなのだ。

「トラウマの思い出は百八式まであるぞ。どうする?」

「争いはいつだって無益だ……それが自分相手なら尚のことな。悪かった、お前なら分かるだろ。久しぶりに会えて、つい調子にのって悪のりするとことか」

「理解はするけど納得はしない」

 晟生が腕組みしながら素知らぬ顔で言い放つと、そういうところだとソラチが指摘した。もちろん同じように腕組みをしながら。

 やはり『空知晟生』同士という事だ。

「分かった分かった降参だ。馬鹿は止めて素直に教えよう、どっちみちここで戦えば家に被害が出るからな」

 ソラチは素体コアのまま器用に肩を竦めてみせた。

 足元は荒れ地となって、山一つ挟んだ故郷とは随分と違う。岩や枯れ木が転がり、よく見れば金属――恐らくAI兵器のもの――の残骸が半ば埋まっている。

 ゆっくりと高度を落としていき、そうした金属の一つにソラチは腰掛けた。素体コアを着装していれば、たとえ立っていても疲労はない。それが座ったという事は、じっくりと話したいという意思表示なのだろう。

 晟生が同じく腰掛けると、話が始まった。

「まず、お前は空知晟生について。つまり二百年前の『空知晟生』の事をどこまで知っている?」

「どこまでって言われてもね。最後の記憶なら、仕事帰りに殴られて気絶したとこだけど」

「ああ、そのポイントまでか……お前は幸せだな」

「それって、どういう?」

「気にするな。それで、それ以降の事は何も知らないのか」

「カガセから昨日聞いた程度でいくと、四十過ぎのオッサンになったあげく、何を考えたか軍に入って死んだって事ぐらい。そうそう、あとはいつの間にか結婚してた」

「そうか……」

 ソラチは僅かに沈鬱な顔をすると何度か小さく頷き、そうかと思えば空を見上げた。晟生もつられて同じようにする。どこまでも真っ青な空が広がり、小さな黒い点がある。視線がそこに向けられると、素体コアのバイザーが反応し部分拡大をして表示した。

 猛禽系の鳥だ。

 横に高度が表示され、脅威度判定の結果も示される。もちろん完全に無脅威だ。

「二百年前、空知晟生は世界を変えた」

「変えたって……いや、そんな大した人間じゃないんだけど」

 晟生の言葉にソラチは苦笑した。

「その通りだな。まあ、本人が何かをしたのではない。その身体や精神が変えたのさ。お前の感覚だと、少し前に会社で健康診断を受けただろ」

「うん、バリウム飲まされて苦しかった」

「あの時に採血された血は本人の同意なしに、別の場所に送られ検査をされた。そして、ある判定に適合したらしい。すなわち人造神再現計画というものにな」

「なにそれ」

「分からないか? お前も着装してるだろ、これを」

 ソラチは自分の素体コアを軽く叩いた。つまり星神アマツミカボシへと変じる力を持った代物だ。もちろん、今まで様々な神魔に姿を変える素体コアを見てきた。

「空知晟生は捕らえられ……つまりお前の記憶が途切れた時の事だな。同じく判定に適合した連中と一緒に非合法な研究に使われた。いろいろな人体実験にな」

「人体実験って、そんな馬鹿な事があるはずない……」

「事実は小説よりも奇なり、また科学の発展のためなら犠牲は付きものって事だ。その過程で生物兵器が生み出され、培養されたニューロンはAI兵器に組み込まれた。科学的にも経済的にも行き詰まっていた世界は急速に発展したらしい。一部の犠牲の下にな」

 話を聞く晟生は首を傾げるが、ソラチは大真面目に続ける。

「そして、ついには培養された脳を使用したデバイスによって素体コアが完成……それを使って空知晟生は逃げ出した」

「……それってアニメの設定?」

「気持ちは分かるが、事実あった話だ。後はお定まりのパターンと言うかな。日本政府に保護され世界大戦が始まれば、素体コアを用い軍と協力して戦闘に加わり。激しい戦いの末、世界はこうなった」

 ソラチは手を振り辺りを差し示した。

 つられた晟生が辺りを見やれば、もちろんそこには、荒れ果て死に絶え破壊された世界が広がっている。

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