第100話 分からなければそれでもいいか

 全く信じがたい、そして信じたくない情報。

 自分の記憶では仕事帰りに意識を失い、気付けば二百年が経過し荒野となった世界に居た。それ以外に何の覚えもないし、間違いもない。けれど残された記録によれば、自分は陸軍機動部隊とやらに所属する大佐――それは二階級特進らしいが――で、四十三歳まで生き行方不明から死亡した事になっている。

 そんな衝撃の事実を知って晟生がまずやったのは、自分の家の墓に行く事だった。心を落ち着ける為だ。

「……わけが分からないよ」

 自分が何者なのか分からない。

 空知家を出て田んぼの横を進むが、かつてはアスファルト舗装だった道は土になり、下草が踏み固められている。しかし、どうやら見た感じからすれば田の位置は幅も含め、大きな変化はなかった。

 田んぼ三枚を通り過ぎ、次のあぜ道を山側に進む。その先にある家と家の間の細い通路を通り抜けると、山へと続く獣道のように狭い急勾配の小道がある。

 その先に集落の墓場があるのだ。

 きっと変わらず同じ場所にあるのは変わらないだろう。

 なぜなら、晟生が産まれた時代を起点として二百年前にも同じ場所にあったのだから、この二百年後となった今でも同じ場所にあるはずだ。

 晟生は黙々と急傾斜の道をあがっていく。

 しかし同行するカガセは戸惑い気味だ。墓の位置など普通は知らない場所で、外観からして簡単に分かる場所でもない。たとえ言い伝え的に聞いていたとしても、躊躇無く進める道ではないのだから。

 山の中にぽっかりと開けた空間。

 そこが墓場だ。

 入り口の両側には一対の六地蔵が並ぶ。横手には共同の掃除道具入れの小屋と、沢水を引いた洗い場がある。奥に墓石の墓が並び、手前には木標が立つ。

 記憶にある光景と大差ない。

「……少し広くなったかな」

 せいぜい木標が増えているような気がするぐらいだ。

 山際を回り込み、途中で昔からそこに植えられていたシキビの枝を手折り、墓石が並んだ三列目と四列目の細い隙間を入り込む。

 そして、少し進んで足を止める。

 墓石には『空知家之墓』と刻まれていた。

 同行するカガセ戸惑いを通り越し困惑さえしている。だが、何も言わない。なぜなら、墓石を眺める晟生の表情は真剣だからだ。

「…………」

 記憶にあるより汚れているが、確かに覚えのある姿形の墓だ。手前にあった花立がプラスチックから竹製に変わり、横の墓誌に刻まれた戒名が増えているぐらいの違いしかない。

 山中の墓はあまりにも俗世と隔絶されているせいか、シキミを花立に差す自分の手が少女のように優しげで、しゃがみ込んだ服装がミニスカートという事さえなければ、普通に帰省し墓参りにでも来たような錯覚さえするほどだ。

 結局、自分に何が起きているのか分からない。分からないが、手を合わせ――。

「ただいま」

 そこで眠りにつく両親へと帰還の報告。ついでに自分の墓でもあるのだから、なんだか分からないが、とりあえず自分にも報告。

 目を閉ざしたまま想起する。

 この世界に来て驚くような事がいつくもあって、想像もつかない事にいろいろ遭遇した。出会いも沢山あって、陸上を航行する強襲揚陸艦トリィワクスでは多くの女性と知り合った。そこで……そう、とても大事にされ気を遣われた。男が貴重という事情はあるけれど、それを差し引いても本当に良くして貰えていた。

 それに対し自分はどうしていたか。

 皆の好意に甘えるばかりで、自分から何かを返せていただろうか。たぶん何も出来ていない。されるばかりで、してあげる事は少なく。ついには感情の赴くまま飛び出し、行き先も告げないまま故郷に一人来てしまった。間違いなく皆は心配しているだろう。

――やっぱり帰ろう。帰って、ちゃんと謝ろう。

 きっと墓参りというものは、故人を偲ぶばかりではない。気持ちを落ち着け自分を見つめ直し、心の整理を付ける行為でもあるのだろう。

 いつしか記憶の想起から思考へと変遷し、気付けば晟生は決めていた。

 謎は謎として気になるが、とりあえずそれはそれ。元からして姿や状況が謎だったところに、もう一つ謎が追加されただけではないか。アニメやドラマの主人公でもあるまいに、鬱になるまで悩む事もない。

「よし」

 頷いて立ち上がった。

「もう良いのか?」

「えっ、ああ。すいません。墓参りまでさせて貰って」

「いいさ気にする必要はない」

 カガセは優しげに笑ってくれたが、晟生は申し訳ない気分になった。相手からすれば自分の家の墓に他人が勝手に手を合わせているようなものだろう。

「何か心の整理がついたみたいだな」

「お陰様で。ここに来るまで一緒だった仲間のところに帰ろうかと思いまして。勝手に飛びだして来ましたから、戻って怒られて。許して貰えるまで謝ろうかなと。散々勝手した結論がこれだとか、バカバカしいですけど……」

「だが、そういうのは大事だな」

 カガセと連れだって歩きだす。

 もちろん墓場を出るときは六地蔵の間を会釈しながら通り抜け、急な下り坂を下りていく。慎重歩かねば落ち葉に足を滑らせ転ぶ場所のためゆっくりとだ。

「確かオウスから来たのだな。私も年に一度程度は行く事があるが、少し距離がある。行き方を教える事は出来るが……」

「すいません、方角と距離だけ聞いて行ける自信はないです」

「そうだろうな。だが、安心してくれ。明日か明後日には頼りになる奴が来る。そいつも神魔装兵乗りなんでな、案内するよう頼んでみるよ」

「助かります」

「というわけで、今日は泊まっていけ。大したもてなしはできないが、食事と風呂ぐらいはある」

 山の中から下の集落に出ると視界が一気に開け、田んぼに川に対面の山が目に入る。かつて見知った、けれど少し異なる風景。ここは故郷であるが、今の晟生にはもう一つの故郷が出来ている。

 それが認識できただけ、ここに来た甲斐があったと思った。


◆◆◆


「湯加減はどうだ?」

 窓の外からカガセが尋ねてきた。

「ちょうど良いですけど、申し訳ないです」

「気にするな。私も後で入るんだ、ついでみたいなものだよ」

 空知家の風呂は母屋と別になっていた。ガスなんてものは無いので薪焚きで、外でカガセが火加減を調整してくれている。

 外は明るく、日もある内に風呂に入ると妙に贅沢な気分だ。

 それとは別に、この時代では本当に風呂も貴重な贅沢品のようで、晟生が入った後にはカガセや他の村人も入るらしい。もちろん明るい内に風呂となったのも、湯船で使える照明がないからだった。

「こういう風呂も良いね……」

 トリィワクスの大浴場も良いが、こうした小さな風呂も風情があってよい。

 壁は木製で窓もガラスすらないものだが、洗い場や湯船はAI兵器の装甲板を再利用した金属製。そのギャップが妙に大きすぎだ。

 小さいとはいえ充分に手足を伸ばせる湯船で身体を伸ばす。トリィワクスで斬られた腕の傷は、不思議なことにすっかり治って跡すらないぐらいだ。

 その場所を触っていると、いきなり風呂場のドアが開いた。

「入るぞ」

 裸のカガセが前すら隠さず入って来た。どうやら自分の家系は巨乳系らしいと晟生は知った。

 あげく目の前でしゃがむと、軽くかけ湯をしている。さらに足をあげ湯船のヘリを跨いで入って来る。もちろん晟生が入っている湯船にだ。

 思わずいろいろ視線が集中してしまう。

「ちょっ、えっ? あの?」

「日のある内に、皆まで回したいからな。なに、後で背中も流してやろう」

「うわっ……」

 カガセが腰を下ろし湯に浸かりだすと、彩葉にも負けないほどのボリュームある胸は着水すると同時に浮力を得て軽く持ち上がる。動いて向きを変えれば水中で圧力を受け、よく動く。

 思わず凝視してしまうとカガセは笑った。

「なんだ珍しいか。こんなものは重くて肩が凝るだけだぞ」

 両手で持ち上げ無造作に掴み弄っているではないか。小さい浴槽の中で、何かと身体が触れ合ってしまう状況で、そんな事をされてしまうと困ってしまう。

「……ん?」

 何かに気付いたカガセは水中に視線を向けた。まじまじと見つめ、意外に落ち着いた声で言った。

「お前、男だったのか」

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