第99話 食い違う認識
飛翔する晟生の斜め右下付近にて、幌付きトラックが砂埃を巻き上げ走行している。
発掘品や残骸などのパーツを繋ぎ合わせ辛うじて一台にした車両という事で、かなりの低速で車体をゴトリゴトリ揺らしながらの走行だ。あのダンゴムシ型AI兵器から逃げるため猛スピードで走行していたが、あの時は車体が分解する寸前だったらしい。
お陰で晟生も速度調整が難しい。
そもそも気が急いているのだから、つい気を抜くと素体コアが反応して加速しだし追い抜きそうになってしまう。少し先行しては止まり、また先行しては止まりを繰り返している。意識によるコントロールも案外と難しいという事だ。
「それにしても飛びにくい……」
撃破したダンゴムシ型AI兵器を素体コアのマニピュレーター状になった足で掴んで吊り下げている。そのため、風の抵抗を受けバランスが取りにくい。
なぜ運んでいるかと言えば、カガセに頼まれたからだ。
こうしたAI兵器の残骸は何かと使い道があるという事で、撃破した晟生が所有権を放棄するなり、カガセは自分たちのものにして――さらに晟生を一族認定したらしく――当然のように運搬を頼んできたのであった。
頼まれた晟生もカガセに対し身内感覚を覚えている上に、その強引さがややもすると自分の母親を彷彿とさせるため、あっさり二つ返事で引き受けている。
山に挟まれた道を進む。
素体コアのセンサーが生体兵器を感知しているが、注意喚起だけで警告ではない。どうやら脅威度のかなり低い小型が山中に存在している程度だ。もしかすると、自然に還って生態系の中に入り込んでいるのかもしれない。
幌付きトラックはエンジン音を響かせ、ゆっくりと上り坂を進んでいく。
タイヤが何度か空転し砂や土を蹴立てながら進むのだが、それは舗装された道路ではない。土が剥き出しで石や砂利が散って両脇から草木が張出すような道だ。
「…………」
晟生は既視感を覚えつつあった。
先程通過した場所には、土地を貸していたゴルフ場の入口があったはず。ちょうど通り過ぎようとする沢は、奥に先祖伝来の隠し田のある場所。もう少し進めば橋があって、夏によく遊んだ川があるはずで――川があった。
「はははっ、橋がコンクリートじゃないや。木製になってる」
川を渡った正面が山になって道は左右に分かれ、そこを左に進み――少し行けば神社があるはず――鳥居の前を通り過ぎる。
晟生は空中で止まったまま、その景色を眺めた。
初めて見る場所だが、よく知っている。
「…………」
数ヶ月前、しかし現実には二百年前は川沿いに片側一車線の主要地方道が伸び、それに沿って田畑が並び、少し高い位置の山際に住居が並び建っていた。それが今では――。
「うん、あんまり変化がないような……」
道路がアスファルトから土に変わり、耕作放棄されていた田畑に作物が実り、山際の住居がハウスメーカー戸建てから民俗資料農家でしか見ないよう住宅に変わった程度だ。
大まかな建物の位置や田畑の区画といったものに変化はなかった。それが嬉しいような、ガッカリのような奇妙な気分である。
「おい、どうした?」
カガセが片手を口に当てつつ声をあげ、もう片手で集会所を指し示していた。
神社の参道から横手に入った場所に集会所がある。そこで昔は夏祭りや集まりや駐車場に利用されていた。変化があるのは集会所が掘っ立て小屋になり、ゲートボール場だった場所が畑に変わっている程度だ。
「そこの広場に運んでくれるか」
「了解」
ダンゴムシ型AI兵器を吊り下げる素体コアの登場に、既に人が集まりだしていた。驚いたように見上げてくる人々に見覚えを感じ懐かしく思ってしまうのは、主観性が生み出した都合の良い解釈なのだろうか。
広場の中心にダンゴムシ型AI兵器を降ろし、傍らに降り立つ。しかし村人たちは警戒する目付きで遠巻きにするばかりだ。少し居心地の悪さがある。
「皆、心配しなくていい。こちらは空知晟生、遠路はるばる尋ねて来てくれた遠縁の者だ。途中でこれに襲われた時――」
カガセは足でAI兵器の固い装甲板を蹴飛ばした。
「一撃で倒して私たちを助けてくれた。さらに、これを村に譲ってくれるそうだ」
感嘆と感心の声があがり、警戒する目付きは一気に消え友好的雰囲気となった。そして口々に礼を言いに来るぐらいだ。
どうやらカガセは村の中でも、それなりの地位にいるらしい。彼女の指示でAI兵器の解体が始められた。
「手土産としては良い感じだった?」
「最高だな。内部機関に使えるパーツがあれば、何かの機器にできるだろう。駄目でも分解して馴染みに売ればいい。何にせよ、今年は人買いを呼ばずに冬が越せそうだ」
「…………」
その言葉に晟生は現実を知った。
故郷に大した変化がないなど、大間違いだ。実際には全く違って、生活は苦しく村人を売らねば生きていけない状態なのだろう。この世界で目覚めて以降、トリィワクスとごく僅かな地域しか見知っていなかったが、世界はこんなにも変わってしまっているらしい。
解体を皆に任せ、カガセが合図をしてきた。
「さて、挨拶したいという事だったが……ここの村に空知を名乗る家は何軒かある。だけど二百年前から続く一番古いのは我が家だ。晟生の先祖を確認してみようか」
「確認って、そんな記録がある?」
「あるさ、過去帳がな」
「……そうか」
過去帳とは先祖代々の戒名や俗名、死亡年月日や享年などを記しておく帳簿だ。晟生もその存在は知っていたが、自分がそこに記されている感覚がなかった。なにせ生きているので。
しかし行方不明になったなら、死亡扱いで書かれているに違いない。
「えーと先祖の名は空知晟生、同じ名前」
「なるほど、自分と同じ名前の先祖の故郷であれば行って挨拶もしたくなるな。よし行こう」
集会所広場を出てあぜ道を歩き、並んだ家の五軒目――かつて自宅があった場所――に、カガセは案内をしてくれた。
両親がローンを組んで建てた家の名残は欠片もない。
そこにあるのは、周囲より一回り大きな古びた平屋だ。屋根は茅葺きのようなもので壁は土壁となって、窓がない代わりに板戸が大きく開け放たれている。
しばし見入っていた晟生は歩きだそうとして、自分が素体コアを着装している事に気付いた。完全に一体化しているため忘れていたが、これを装備したまま中に入るのはよろしくない。へたすると床を踏み抜きかねない。
「これだと邪魔ですね」
晟生があっさり素体コアを除装すると、カガセが驚いたような顔をした。
「随分と信頼しているな。ここで私が晟生を撃ち殺して、奪うとか思わないのか?」
「そんな事はしないと思うので」
「甘い事を……」
言いながらもカガセの口元は緩んでいる。
◆◆◆
客間に通され待機すること少し、奥の戸板を足で開けつつカガセが入って来た。やや大振りサイズな過去帳を広げて確認しているためだが、行儀が悪い事には変わりない。
「確か二百年前って話だな……晟生と同じ名前の、晟生という方か……俗名で晟生晟生、晟生と」
カガセは床に座ると、机の上に過去帳を広げた。
「おっ、八代前にいた。この空知晟生さんで間違いないな」
「やっぱり死んでるんだ……」
「お前は何を言っている? 二百年前だぞ当たり前じゃないか」
「うんまあ、そうだよね」
晟生が項垂れると、呆れていたカガセは過去帳に視線を戻した。
「この時代は動乱の時代直前、男が大勢居た頃だな。そうなると今では信じられないけど、男の価値が低かった時代か。こちらの晟生さんはやるもんだな、うち以外にも別の家系を残すとはな」
「別って……家系を残す? 子を作った!?」
「ん? ああ、お互いの直系の先祖だろ。さっきから何を言っている?」
晟生は呆然としてカガセを見つめるしかない。
子供をつくったなど少しも身に覚えがないのだ。それはもう欠片も。
これはもう空知違いの晟生違いだったと思いたいが、ここは故郷で間違いない。そして二百年前に、空知晟生を名乗った者は自分しか居なかった。それは間違いない。
――何かがおかしい。
致命的で決定的な大いなる間違いがある。
それが何かは分からないが、とにかく何か嫌な予感がしてならなかった。
だが、カガセは何も気付かないまま続ける。過去帳など、そうそう見るものでもないので、
「しかも晟生さん直系の血筋が連綿と続いて、こうして顔を合わせるとは感慨深いものがあるな。戦死された晟生さんも、きっと喜んでいる事だろう」
「戦死って……空知晟生が!?」
「もちろん正確には戦時行方不明らしいな。最後の階級は大佐で享年四十三歳。男の場合は後厄という年代か」
「享年四十三歳? 大佐?」
それが誰の話なのか、晟生にはさっぱり理解できなかった。自分は三十歳かそこらであるし、大佐と呼ばれるような職業でもなかった。
「ごめん、その過去帳を見せて貰っても?」
「構わない、しっかり確認するといい」
開かれた頁を食い入るように見る。
良く分からない漢字の並んだ戒名の横には、俗名『空知晟生』としっかり記されている。享年『四十三歳』とも記されている。功績などの特記事項として『陸軍機動部隊に所属し各地を転戦、戦時行方不明となる。功績を称え大佐に任ぜられた』とあった。
「…………」
震える手で頁をめくる。曾祖父母、祖父母、両親の名前は漢字に至るまで同じ。しっかり覚えている祖父母の没年月日も合致した。記憶の中の両親は生きていたので、没年月日は確認しようがない。弟の名がないのは、分家したからなのだろうか。
なんにせよ、どう考えても自分の家系を記す過去帳で間違いなかった。
つまり空知晟生は少なくとも四十三歳まで生きて死んでいる。
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