第97話 それはセレンディピティ

 晟生の眼下を大地が流れていく。

 剥き出しになった土にポツポツと草の塊があり、強めの風が吹き砂埃が舞う情景だ。バイザーの表面に細かな砂の衝突を感じ、素体コアを上昇させた。

 この風景を眺め飛翔していると、改めてこの世界が荒野になっていると感じてしまう。この辺りは古来からの沖積平野なのだが、二百年前には様々なビル群やら住宅街というものが存在していた。しかし今は、そうした文明を感じさせるものは殆んど無い。

 せいぜいが、崩れ落ちたコンクリート塊の山ぐらいのものだ。

 それでも人はしぶとく生きているらしく、廃材を集めたような建物、畑と呼ぶのも寂しすぎる耕作地。列を組んで動物に荷物を運ばせる――まるでキャラバンのような――姿をときどきみかけもした。

 空からの日射しは強く照りつけ、薄く陽炎が立っている。

 素体コアを着装していなければ、この大地の暑さに倒れた事は間違いない。

「なんにせよ、方角が合っているのか不安なんだよね」

 強襲揚陸艦トリィワクスを文字通り飛びだした後、故郷を目指して飛びだしたのはいいが、実は故郷の正確な位置は分かっていない。

 二百年前にあったような道路や道路標識もなければ、ランドマーク的な施設も存在しない。目印になるような山は消し飛んでいるのか見当たらず、河川も思った位置とどうにも違う。

 アマツミカボシの素体コアにナビゲーションシステムなど存在しないため、とにかく太陽の位置から適当に方角を決め、それっぽい方向に飛んでいるだけだった。

「けど、こいつ大丈夫なのかな……」

 不安は道行きだけではない。

 着装している素体コアは、かつてのフライトゲームで遊んだ通りに上昇下降に旋回、バレルロールなど思うがままとおりに動いてくれる。だがしかし、これが勝手に動いた事は事実だ。

 一抹の不安はぬぐい去れなかった。

「でもまあ仕方ないけど」

 今の晟生は独り言が多い。

 それは不安もあるが、何よりも寂しいからだ。

 この荒野のような世界に来てからは、殆ど誰かと一緒に居た。一人になってみると、トリィワクスの皆がどれだけ気を使ってくれて大事にしてくれていたのかが分かる。勝手に飛びだし皆に悪い事をしたと思う部分もあれば、どうして誰も追いかけて来てくれないのか不満に思う部分もある。

 不安や寂しさや不満など、そした気持ち全てが込み上げ独り言になっているのだった。

「それにしても、ここどこだろ」

 晟生は空中で立ち止まると、マニピュレーターの手で器用に腕組みして考え込んだ。切られた腕の痛みは全く感じていない。きっとそれは素体コアを着装しているせいに違いない。

 何にせよ、何も考えず素体コアの全速で飛んできたため現在地が全く分からなかった。下手すれば目的地の故郷を通り過ぎているか、見当違いの方向に進んでいる可能性も充分にありえた。

 考え込むと、ふわふわと上下に揺れる。

 眼下は渇いた大地に枯れた木が点在しているが、もう少し先からは少しずつ緑の木が出現。その先では地形が盛り上がり起伏をなし、その斜面には暗緑色の葉を茂らせた木々の姿が見えている。

「見覚えがあるような、ないような。というか、山の形なんて覚えてない」

 結局の所、二百年前は様々な目印やナビゲーションに頼って位置を確認していただけなのだ。未知の状態になって、憶測だけで目的地に辿りつける筈がなかった。

 来た方角なら分かるため、素直にトリィワクスに戻る事は出来る。

「頭を下げれば許してくれるかな……ちょっと難しいか……」

 晟生が悩んでいると、網膜にアラートが投影された。

 素体コアからの情報では、周辺で戦闘が行われているらしい。戦闘強度は低めのため、大した問題ではなさそうだった。

 とはいえ――。

「人がいるなら場所が確認出来るって事かな」

 頷いた晟生は戦闘が行われている方角へと加速した。


◆◆◆


 幌付きトラックが荒れ地を猛スピードで走り、車体がガタガタ激しく上下している。そんな状態の荷台でマズルフラッシュが幾つも閃き、後方へと攻撃が行われていた。

 それをトラックと同サイズのダンゴムシ状の機械が砂煙を巻き上げ追っている。

 半円形の身体は装甲が幾層かに重なり、擦れ合った金属が甲高い音を響かせている。身体の下で無数の関節肢が上下し地鳴りのような音をさせ前進し、前面にある複数のドリル付きの触肢を振り上げていた。

 もはや追いつかれる寸前で、間近に迫った金属ボディに激しい銃撃が浴びせられているが、まったく効果はない。あと数分も待たず、衝突されてしまうだろう。

「まだ間に合うな。いくぞ!」

 晟生は確認すると同時に急降下した。

 あの大きさであれば、わざわざ相転移せずとも倒すことが可能。むしろアマツミカボシのサイズで着地すれば、無茶な走りのトラックが引っ繰り返りかねない。

 この素体コアとて機動兵器並の戦闘力は持っているのだ。

 まっしぐらにダンゴムシを目指す。

 そのまま勢いを落とさず装甲上部へ足先から激突。流石に衝撃は激しく激しい音が響き、装甲板が欠片を撒き散らしながらへし折れる。素体コアの足先は内部にまで潜り込み、その付近を致命的に破壊。ダンゴムシはその場で激しく旋回しだしたかと思うと、唐突に停止した。

「さすが素体コアだ。何ともない」

 晟生は装甲の中から足を引き抜いた。見た感じ、白磁のように白く滑らかな素体コアの装甲には擦り傷一つ付いていない。しかも戦闘兵器の装甲を踏み抜いたにしては、晟生に伝わる衝撃は少なかった。

 やはり、素体コアは何とも不思議な存在である。

 見れば幌付きトラックにブレーキランプが灯り停車するところであった。

 荷台から恐る恐ると様子を伺う女性たちに気付き、晟生は気軽に手を振っておいた。向こうからすれば素体コアを着装した謎の人物。窮地を救ってくれたからと、そのまま味方と思い信じてくれるほど世の中は甘くない。

 ついでに言えば、晟生が襲われる可能性だってある。

 もちろん素体コアを着装しているため何の脅威もないが、それでは故郷の場所が聞き出せない。

 だからこそ、出来るだけ敵意を持たれないよう挨拶をしてみせたのだ。

 晟生が地上に降り近づいていくと、荷台から一人が降りてきた。武器は手にしていないが、後方で控える者たちはそうでもない。さらにトラックのエンジンもかかったままである。やはり警戒しているのは間違いなかった。

「こんにちは。困ってたみたいだから手を出したけど、良かったかな?」

「とても助かった。野良AI兵器を倒してくれたこと、感謝する」

 女性は慎重に言葉を続けた。

 その眼差しには力強い意志が宿っている。

「こちらから差し出せる物は少ない、金が少しと食糧ぐらいだ。武器と人間とトラックは渡す事ができない。ただし、そちらの倒した得物について所有権も主張しない。それで、どうかな」

「なるほど。でもお金も食糧も別にいらない。武器とか人間とか乗り物とか欲しくない。それから、この倒した奴を貰っても困る」

「…………」

 相手は晟生の意図が分からず探るような目になった。きっと普通はもっと強欲なのだろう。

 どうやら情報を聞き出すには、まず誤解を解かねばいけないらしい。

「つまり、こっちが勝手に助けたからね。お金なんて取る気はない、ああでもお腹が少し空くかもだから食糧は少し欲しいかも。武器とか乗り物は素体コアがあれば不要でしょ、でもって人間貰ってどうしろっての?」

「なるほど……」

「代わりに、少し教えて欲しいんだ。実は現在地と目的地が分からない状態になっている。だから、もし目的地が分かれば教えてくれるかな。地名は――」

「そこに何の用だ」

 地名を告げると相手は鋭く問い返してきた。

 意外な事に、あまり芳しくない反応で、どうやら地名に心当たりがあるらしい。そうなると何と告げるべきかマニピュレーターの腕を組み悩むしかない。故郷と言うべきにもいかず、そうなると理由がない。

「えーと、何と言うかな。そう、実は二百年ぐらい前のご先祖が暮らしていた場所で、一度は行って挨拶したいという理由なわけ」

「なるほど、随分と酔狂なことだ」

「うんまあ、そうかもね」

「故郷ね。ちなみに、そちらの名は?」

「空知晟生」

「…………」

 相手の女性はしばし黙り込んだ。

「なるほど、空知晟生か。命の恩人をこれ以上疑っても仕方がないな、では案内しよう。我々の暮らす地に」

「えっと?」

「私の名前は、空知カガセ。そちらの探す場所で暮らす者の一人だ」

 セレンディピティ。それは素敵な偶然との出会い、予想外の発見。そして、何かを探す時に偶然見つける別の価値があるもの発見。

 晟生は自分の一族、弟の繋いだに違いない子孫に遭遇した。

 気付けば自然と涙が零れ頬を伝っていく。

 どうして泣いたのか理由は判らない、ただ何か感極まっただけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る