第8章

第95話 老婆は怒らず、ただ叱るのみ

 襲撃の直後、あのアマツミカボシはナツムを連れ撤退。

 晟生せおは会場に突入してきたリーヌたち整備班と合流。連絡を受け、すっ飛んできた彩葉=ラミア、ミシェ=ケットシーに保護され無事にトリィワクスに帰艦した。

 そしてそのまま、県都から戻っていた和華代の元へと連れて行かれた。

「この馬鹿がっ! あんた自分がどんな存在か分かってんのか!」

 和華代の怒声が艦橋に響き金属板がびりびり震え、待機中のクルーたちが身を縮こまらせた。

 その迫力の凄まじさはかつてないもので、副長の沖津ですら震え上がり何も言えない程だ。しかし、当の晟生は表情を変えず黙している。まるで心ここにあらずといった状態で和華代を――正確にはただ正面を――見ていた。

「これまで、あんたなら大丈夫って自由にさせといたけどね、こんな事をするようならダメだ。信用ならん。これからは艦の管理下に置かせてもらう、自室から一歩も出る事は許さん!」

 和華代は激しい口調で宣言した。

「沖津、部屋に押し込んで出られないよう施錠しときな」

「はっ! 了解しました!」

 指示された沖津は新兵のように跳び上がり、背筋を伸ばし敬礼。キビキビした動きで命じられた事を忠実に実行すべき動きだした。腕を掴まれた晟生は一切の抵抗をせず従っている。

 二人が艦橋から消えドアが閉まると、和華代は大きく息を吐く。

「ったく、勝手な事ばっかりする連中だよ」

 呆れた声には、つい今しがたまでの激しい怒りは見られない。

 怒りを表す者に二種類あって、ただただ自分の感情を理不尽に撒き散らすだけの者と意図的計画的にそれをする者がいる。後者は怒るよりは叱るに近いが、まさに和華代はそれだ。もちろん完璧な人間ではないのだから、感情的に怒る部分は少なからずあるのだが。

 さらにまだ叱らなければいけない相手も残っている。

 和華代は大きく息を吐くと、今度は孫娘二人を睨んだ。

「二人とも失望したよ。どうして晟生を止めなかったんだい、あんな危険な場所に行けばどうな危険があるのか分からなかったのかい? それを止めるのが二人の役目だろう」

「危険と言われましても、あのような襲撃があるとは思いませんでした。確かに襲撃があって、危険だったのは認めます。ですが、それは結果論ではないかと」

「そうじゃない、そうじゃないよ愛咲や。あの子が目立てばどうなるか分からないのかい? トリプルAどころの騒ぎじゃないんだよ。もし下手にバレてみな、落札する側から一気に落札される側になってたかもしれんのだ。あんたは、そんな事も想像出来ないのかい?」

「ですが晟生さんなら気付かれないかと思いました」

 女の子よりも可愛らしい外見をしている晟生なだけに、確かに素裸にでもしない限りは分からないだろう。実際、最初は大浴場でさらけ出されたモノを見るまで誰も気付かなかったぐらいだ。

 愛咲が不満そうに口を尖らせ反論する姿に、和華代は軽く眉を上げた。

 今まで従順すぎるほど従順で、艦の為にと自分の我を押し殺してきた孫娘の思わぬ反抗が内心嬉しかった。けれど、そんな事は少しも顔には出さない。軽く肩を竦め呆れるような素振りさえしてみせる。

「そりゃそうかもしれんけどね、バレる時はバレるんだよ」

「僕たち晟生の願いを叶えてあげたかったもん」

「初乃や、それはただの自己満足だよ」

 こちらもまだまだ子供で、和華代は静かに諭すように伝える。だが、それ以上は言っても無駄と小さく首を横に振った。自分自身も若い頃は似たようなもの、いやもっと酷く無鉄砲で誰の意見にも耳を貸さなかったぐらいだ。お陰でいろいろ失敗し苦労してきたのだが。

「本当に相手を思う事は何なのか、時には叱ってやる事も大事なんだよ。二人もいずれ分かる時が来るだろうけどね……ああ、いけないね。こうも口煩い忠告ばっかするとは。あたしも歳を取っちまったもんだよ」

 最後の辺りは額に手をやって自嘲気味だ。

 和華代が黙れば艦橋は静かなもので、艦橋クルーや各部署の班長と十人近くが控えているとは思えない程だ。もちろんそれは晟生の一件で皆が考え込んだ事も関係しているが、他にも理由はある。

 今はいろいろな事が起きているのだ。

「話を切り替える」

 和華代は眼光鋭く艦橋のクルーを見回した。

 ひと言で艦橋の雰囲気が変化、全員が仕事モードに切り替わっている。もちろん晟生の処分に不満そうであった愛咲と初乃も同様だ。

「現状のアイチは大混乱の最中だ。オークション会場の惨事で上層部の多くが死亡した。そして、これはまだ知られていないがね、同時に県庁舎を県警備隊の一部が襲撃占拠しているんだ」

「つまりクーデターという事でしょうか」

 ざわつく中で愛咲が確認する。

 本人の疑問もあるだろうが、この場に居ない沖津の代わりという側面の強い質問だ。戦闘班の班長という立場であるし、何より和華代の孫として次期艦長として目されてもいる。本人もまだまだ足りないとは言え自覚があるし、もちろん周りも同様の認識で自然と受け入れられている。

 場をまとめるための質問に和華代は頷く。

「その通りさね、もう直に全権掌握の宣言をする頃合いかね」

「このタイミングという事は……やっぱり……」

「十中八九というか、タイニィの連中がかんでるのは間違いないだろ。オークションの襲撃もトリプルAを狙ったというよりは……いや、オークション自体が罠だったのかもしれんね。上層部の連中を一箇所に集めるために。あんたらが助かったのは運が良かったとしか言いようがないよ」

 和華代は愛咲と初乃をジロリと睨む。

 だが、それも一瞬のこと。直ぐに逸れそうになった話を元に戻す。

「あたしらは、ちょうど商工会議所に居たからね。おかげで状況のだいたいは掴めているがね、生き残った県上層部は地方機関に避難している。えっちらおっちら、商工会議所と手を組んで臨時アイチ県庁機関を立ち上げようと奔走中さ」

「クーデター側と臨時県庁の戦闘が始まるのですね」

「そうだけどね、そこに各都市の思惑が絡んでくるのさ」

 和華代は艦橋モニターに地図を表示させた。

 やや左上に赤三角と共にアイチと表示され、近辺の左上に青三角でイチミヤ、やはり近辺で右上にカスカイ、そして少し離れた右下にオカサキが表示された。

 それらは現在アイチに存在する主要な都市だ。

「ここの県はね昔からナコヤが一番でね、それで二番の都市はどこかで揉めてたらしいのさ。この件に絡んで三都市が覇権を巡って内輪揉めしかねないんだよ」

「場合によると内輪揉めどころではない可能性もありそうですね……」

「考えなしにクーデターなんて起こさないだろからね、どれかの都市が内応している可能性だってある。そういうのは昔から変わらないのさ。これからアイチは大きく荒れるよ」

「では、ヒサモリ運送会社としてはどうするのですか?」

「あたしらは傭兵じゃないからね。とは言っても、既に商工会議所から要請も来ている。否応なしに巻き込まれる。方針としては――」

 そのとき、艦橋に警報アラームが鳴り響いた。

 アラームは唐突に鳴るものだが、今回ばかりは本当に唐突すぎた。あの和華代でさえも咄嗟には反応しきれず、虚を突かれ思わず何度か左右を見回すほどだ。

「何事だい!?」

 しかし、そこは鍛え抜かれたトリィワクスのメンバーだ。

 即座に状況調査が行われ警報の発信元と原因を特定してしまう。

「格納庫です。どうやら素体コアが稼働、ハンガーから勝手に動いています。これは……アマツミカボシの素体コアです」

「まさか晟生の奴かい、あの子は何て事を――」

「映像出ます」

 地図を表示していた環境モニターに、新たな映像が表示され誰もが息を呑んだ。

 そこには到底信じがたい光景があった。

 格納庫の床を踏み締め歩く真っ白な素体コア、それは完全に無人の状態。まるで中身が空の鎧が歩く状態で、何とも奇妙な光景である。

 周りでミシェが大慌てで右往左往し、彩葉が腕組みして首を捻る様子もあった。

「なんだい……あれは? なんで動いてんだ……」

「素体コアにAIかどうか分かりませんが、それっぽいシステムは搭載されてますよ。でも、完全に補助です。それによって動く事はありません」

 整備班長にして、この中で一番素体コアの構造に詳しいリーヌは宣言した。

「もちろん遠隔操作でのコントロールもあり得ません。素体コアは人が装着して初めて動くものですから。無人では絶対に動きません」

「じゃあなんで動いてんだい?」

「……分かりません」

 映像の中で真っ白な素体コアが近づけば、勝手に出撃用ハッチが開いていく。

 それは、あの晟生が初めて出撃した時に似ている。和華代はそんな事を、ぼんやりと思っていた。

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