第94話 疑心暗鬼に影がさす
ボックス席の入口ドアが開く。
そこから見える廊下には、銃器を構え警戒するスタッフの姿を何人も確認する事ができた。どうやら厳重な警備がなされているようだ。
「落札品をお持ちしました」
スタッフの間から少年が押し出され、たたらを踏みながら入室した。
数歩進み部屋の中程で立ち止まった姿だが、かつての時代で言うなれば中学生かそこらに見える。まだ中性的な雰囲気を残した顔立ちに体つき。少年らしさを強調するためか髪は短く切り揃えられ、白の襟有りシャツに黒のズボン。
表情には戸惑いと不安だけでなく、状況に反発しながら諦めも垣間見える。当然だが、見るからに強いストレスを抱え精神的に不安定そうな状態だ。
室内を見回した少年は空井に目を止めた。
「あんたが次のご主人様?」
「んー、残念。私ではなく、こちらの空知さんですよ」
問われた空井が晟生を示すと少年は意外そうな顔をした。まさか落札者が自分より少し上程度の年齢とは思わなかったらしい。
じろじろと、不躾なまでに晟生の白小袖に赤帯姿を眺め回す。
「へえ、ずいぶんと若いんだね。じゃあ搾精機に繋ぐんじゃなくて自分で楽しむつもりなんだ?」
「おいっ言葉に気を付けないか」
スタッフが声を荒げ注意するものの、少年は気にした様子もない。
「殴る? いいよ、殴ってよ。僕はどうなっても構わないから。いっそ、そのまま殺してよ」
何と言うべきか投げやりで、すっかり捻くれているらしい。
晟生はスタッフを手で制し、部屋から出るように指示する。
突っ込んだ話をするのに部外者の存在は不要だ。盗聴器なり設置されている可能性は高いが、それでも少年の警戒を少しでも解くにはスタッフが居ない方が良い。
「名前は?」
「こういう時って、自分から名乗るべきじゃない?」
「確かにそれもそうだね。こっちの名前は空知晟生、君は?」
「どうぞ、ご主人様が自由に決めて下さい。そう決まってますから」
皮肉げな揶揄するような言葉だが、その気持ちも分からないでもない。
「だったら、元々の名前はなに?」
「ナツムですけど」
「なら、それでいいね。ところで家族とかは?」
「さあ? いきなり誘拐されたから分かりませんね。今頃どこかで楽しくやってるんじゃないですか。ご主人様に一応言っときますけど、家族の遺伝子はAじゃないですから。探しても無駄ですよ」
どうやら家族の事を気に掛け累が及ばないようにしたいらしい。
興味なさげな口調をしつつ、釘を刺した時は眼に強い力が込められていた。
「探す気はないから安心して欲しい。ただ家族の元に帰りたいなら配慮するだけだから。それと言っておきたいけど、そのご主人様というのは止めようか」
「はい、空知様」
「様なんて付けなくていい。そうだね、この場合は……親しみを込め晟生くんと呼びなさい、とでも言うべき場面かな」
晟生は含み笑いを浮かべ言った。
だが、ナツムはキョトンとするばかりだ。もちろん空井は言うに及ばず、愛咲も初乃も理解してくれなかった。確かに二百年前のマンガを知っているはずもない。
「はぁ、そうですか。では晟生くん、さっそくご奉仕はここでしますか?」
「……いや、いらない。というか、自分はやって貰いたいとは思わないけど」
「ふーん? 他の人がするのを見て楽しむ性癖なんだ。じゃあ、そっちの子たちと――」
「絶対にNO! 愛咲と初乃に触れる事は許さない!」
きっぱり拒絶した晟生の後ろで少女二人は嬉しそうだ。
少年はさっぱり分からない様子で戸惑っている。
自分の身に何が起きているのか、これからどうなるのか。多少の期待を持ちつつ、慣れてしまった諦めで希望を持たないようにする。そんな心の動きが感じられた。
「もう無理する事はないよ」
晟生は同性の気安さで少年の肩を叩いた。
「いろいろ辛い事があったと思うけど、もうそんな気持ちにはさせない。君は自由だ」
「お姉さんは……」
「いや、お姉さんでなくって」
自分は男だと言いかけ――ふと気付く。
目の間にいる少年は誘拐されオークションに掛けられたトリプルA。ここは、そのオークション会場。そして自分はトリプルS、しかもその存在は噂になって本気になって探している連中がいる事も情報として聞いている。
「…………」
これは非常に拙いのではなかろうか。
不安が込み上げてくると、急に落ち着かない気分になる。今この瞬間にも、入口のドアを蹴破り晟生を捕獲しようと人が流れ込んでくるのではないか、そんな想像が頭から離れやしない。
ドアがノックされた。
「うっ……!」
小さく悲鳴をあげ身構える晟生に愛咲や初乃は不思議そうな様子を隠せない。空井が行って用件を聞いて戻って来る。
「どーやら、他の参加者が空知さんに挨拶をしたいと申し出ているようですね。私としては、ここで顔を売るのもアリかと思いますが。さー、如何なされますか」
「なしで。もう帰りますので断って下さい」
「それはそれでアリですね」
「というわけで帰ろう。急いで帰ろう。とにかくトリィワクスに早く帰ろう」
ソワソワする晟生の言葉で全員が動きだし――そのとき、警報が鳴り響いた。
「何事!?」
「これは緊急警報ですね。そーなると敵襲ですかね、偶にあるんですよ。オークションが終わった後は商品が動きますからねー。そこを狙うわけです」
今回のオークションで落札した品は全てココにある。
ついでに思い出すのは、和華代から聞いたワンSが落札された時の話だ。オークション会場に神魔装兵の群れが突っ込み、警備や客を皆殺しにしたという内容だった。
ますます拙い。
もう最悪級に拙い。
晟生は自分の愚かさを噛みしめる。
「……拙い。これ、本当に直ぐ逃げなきゃ」
「大丈夫ですよー。VIPが来るだけあって、ここの警備は厳重なんですから。ちょーっとや、そーっとの相手なら返り討ちってものです」
「そのちょーっとや、そーっと処の相手じゃない可能性があるんです。とにかく逃げます」
晟生の言葉に反応し、愛咲と初乃の表情が引き締まり戦闘に備えたものへと変化した。そうは言えど全員が非武装状態。出来る事といえば、迅速にここから逃げる事だけだ。
「街中のリーヌに連絡を取りまして、すぐ合流の手筈をとります。もちろんトリィワクスにも」
「ぼく廊下の様子を見てくる。脱出経路は最初に確認したから任せて」
「武器になりそうなものがあれば、お願い」
「うん、分かってる」
テキパキと決めた二人は緊急時にも関わらず嬉しそうだ。
姉妹が動きだした、まさにそのタイミングで轟音と共に凄まじい震動。
「「わああああああっ!」」
「「「きゃあああああっ!」」」
男女それぞれの悲鳴が室内に響き渡る。
このまま建物が倒壊するのではないかと思うほどの揺れ。ボックス席のガラス窓が砕けると、外から無数の悲鳴と絶叫が飛び込んできた。
ボックス席が傾き、転落しそうな傾斜の中で晟生たちは辛うじて堪えて踏み留まった。だが、ナツムは足を滑らせ、斜面と化した床を滑り落ちていく。そのままボックス席から足が出た瞬間、晟生が追いつき飛びつき腕を掴んで止めた。
「うわあああああっ」
「叫ぶな暴れるな、じっとするんだ!」
一緒に落ちそうになったところを、後ろからは愛咲と初乃が晟生の足を掴んで止めてくれた。
ナツムは何もない空中で足をバタつかせる。
「放せ、放してよ。どうせ僕なんて――」
「つまんない事を言うな! 生きていれば必ず良い事がある! なかったら良い事を起こしてやる、お前の不幸を幸せに変えてやる! 信じろ! 諦めるな!」
「あっ……」
ナツムは何か虚を突かれた様子となり、見惚れるように晟生の顔を凝視する。
だが、そこに一際大きな破砕音。
正面の壁が割れ、巨大な存在が姿を現した。
その見慣れた姿は間違いなく「――アマツミカボシ!?」であった。精悍な身体に描かれた文様が青い以外は、全く同じだ。
驚いた晟生が状態を起こしたことでバランスが崩れ、ナツムの身体は肩辺りまでさらに落下してしまった。急ぎ堪え直すが握力は限界に近い。
さらにナツムが暴れだす。
「もういいから、放して!」
「だから諦めたらダメだ、諦めたらそこで人生終了――」
「違う、お姉さんまで落ちる。そんな事はできないよ」
風圧を感じた。
逞しく頑丈そうな腕が伸ばされ、間近に迫ったのだ。
それは今にも落ちそうなナツムを下から支え持ち上げる。だが、単純に助けたのではない。そのまま引き寄せ確保してしまう。晟生は引きずられぬようにと、やむなく手を放すしかなかった。
傾いたボックス席で腹這いのまま見上げると、アマツミカボシの黄金色の瞳が晟生をひたと見据えていた。その邂逅は一瞬の空白をもたらす。そして――。
「お前、もしかしてセオなのか?」
アマツミカボシは確かにそう言った。
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