第93話 損して得取った?

 少年が壇上へと登場した。

 小洒落た服を着せられているが、逃走防止のためか首輪に鎖付きの状態。武装した運営スタッフに挟まれ、一歩一歩が重く鈍い。諦めが色濃い顔は怯えたように引きつり、まるで肉食獣たちの前に引き出された子羊のようだった。

 そしてそれは、あながち的外れな表現ではない。

 会場は歓声に満ち、少年の全身を舐めるように眺め回す。詰めかけた女性たちは欲望を剥き出しに叫び手を叩く。感情を抑えきれない者が絶叫し、何かを振り回し座席を叩きまくる。中には卑猥な声や嘲りの声を投げかける者もいた。

 少年が怯える程に会場は興奮していく。

「……これが今の時代か」

 晟生は二階のボックス席からそれを眺め、忌々しげに呟いた。

 男だ女だという事は関係ない。人間を商品としたあげく、寄って集って嬲り者にする者たちに憤りを覚えてしまう。もしかすると普段は善良で常識的な者たちかもしれないが、今ここでは集団という属性を隠れ蓑にし、己の闇を開放し無責任に暴走し悪意を持って騒ぎ立てる。

 まるで、かつての時代にあったネットの闇を現実に持って来たかのような光景だ。

「晟生さん……」

「分かってる、こんな人ばっかりじゃないって事ぐらいはね。トリィワクスの皆を見てるし、愛咲や初乃を知っているから」

 晟生は怯える少年を見やり会場と部屋を仕切る硝子窓に手を突いた。それも僅かな間だけで、すぐに苦々しい顔で黒革張りのソファーに戻る。両脇に座った少女たちの存在に配慮し気を落ち着け、ワンオフオークションの開催を待つ。

 会場の興奮はなかなか収まらぬが、それをオークショニアとバニースーツの二人が上手く誘導し少しずつ宥めていく。かくして会場の興奮は熾火のように残りつつ、ひとまずはオークションが進められる程度に静まった。

「まず商品の紹介をします」

「お姉さんの説明をよく聞こうねー、聞かない子はウサギさんがお仕置きしちゃうよー」

 バニーガールは長身の銃を抱き胸に挟み込みアピールをしている。

「みなさん、このウサギはやる時は殺りますから」

「はーい、狙撃は得意ですよ。こんな感じ?」

 ウサギは撃った。

 卑猥な叫びをあげ続けていた女の額に孔が開き、バタリと倒れ動かなくなる。周囲が一斉に仰け反れば、オークションスタッフが近寄り回収していく。

 晟生は静まり返った会場を見やり呆然とした。自分の見た光景が信じ切れないでいる。

「いま、撃った……えっ? 今の死んだよね」

 呆然と呟く晟生の横で姉妹は平然としたものだ。

「ルールを無視するから仕方ありませんよ」

「そうだよね。でも、あのウサギさんはプロだね」

「どこの所属でしょうか? あれなら声を掛けてトリィワクスに呼び込めたら戦力増強に丁度良いかもしれません」

「どーかな、ぼく反対だよ。ちょっと、ああいうタイプは苦手だもん」

 平然と会話する愛咲と初乃の様子に、改めて文化と時代を感じてしまう晟生であった。


 動揺の収まらないまま会場を眺めた。

 壇上では少年が服を脱がされ、健康度合いや体つきが披露される。それだけでは終わらず生殖行為が可能かの公開テストが行われだした。

 会場からは熱い視線が向けられ歓声があがり、観客席が満員であった理由がこれを見るためだったのだろう。

 愛咲と初乃は下を向きテーブルの木目を数える事に忙しいらしい。

 そんな状況下で晟生は少年を眺めた。別に公開処刑的な行為を見ているわけではないが、もし自分が愛咲に会わねば、もしどこかで選択を間違えていれば、あそこでに居たのは自分かもしれないのだ。

 限界に達した少年は小さく呻き、テストの結果で問題なしと満座の前で証明した。大歓声の中で賢者状態どころか虚脱状態、強い精神的な衝撃を受けた事は明らかだ。

「酷いことをする。PTSDからEDになりかねないよ」

「そーなりますと、今度は直腸に電極を差し込み電気刺激で無理矢理だそーです。いやいや、私を睨まないで下さいな。上流階級の中には、失礼ながら男性を飼っている方もいらっしゃるわけですから」

「…………」

「酷いと思うのでしたら変えてご覧なさい。ここで会場の皆に怒ったところで、何ら状況は変わりませんので」

 空井はそれまでの柔和でのんびりした様子と打って変わり、表情は冷徹であり口調は厳しげである。どちらが素で使い分けているのかは分からない。だが、少なくとも今は本気で言っている事は間違いなかった。

 壇上にオークショニアとバニーガールが戻ってきた。

「それでは、これよりワンオフオークションを開始します。あれ? ウサギさん、何やってるのよ」

「この空気を深呼吸」

「……今回は上限金額なしの、時間制限いっぱいのエンドレス入札」

「限界までお金を使ってね」

「果たして奇跡のトリプルAを落とすのは誰か? それでは――」

 効果音でドラムロールが流される。

「オークションスタート!!」

 合図と同時に、制限時間を示す表示が減りだす。壇上では派手な爆発映像が流され、効果音と共に銀紙が飛ぶ。

 晟生の手元にあるタッチパネルの情報が更新され入札可能となり、周りでは愛咲も初乃も空井もスタッフも固唾を呑みながら期待の目を向けてくる。

 そして晟生はタッチパネルを眺め軽く戸惑った。

「あれっ、誰も入札しない?」

「最初はよーす見をしますので、まあ直ぐには入れないですよ」

「なるほど様子見ですか。では、こちらも様子見で最低入札額を入れますか」

 晟生は入力した。

 会場に掲げられたディスプレイに入札状況が表示され歓声があがった。

「あのさ、一円とか様子見も過ぎると思うよ。もうちょっと、どーんと入れちゃえばいいのにさ」

「一番最初に入れる数字だから一にしたけど。それなら千百十一万円の方が良かったかな?」

「ういうい、それ面白いね。だったら七百七十七万円とかどう?」

「なるほど面白い。次はそれにしようかな」

 笑っていると、愛咲が畏まった様子で咳払いした。

「二人とも数字とはいえ、お金で遊ぶような事はダメですよ」

「「ごめんなさい」」

 揃って首を竦める事になった。

 そうこうする内に時間は経過するのだが……晟生は首を捻る。

「おかしいな誰も入札しない」

「そうですよね。誰も入札しませんね。もしかして、このまま一円で落札できるチャンスかもしれません」

「そうなったら面白いね、あははっ」

「でも、気を引き締めていきましょう」

 笑い合って話を終え、入札状況を注視する。

 壇上ではオークショニアが参加者に小粋なジョークでハッパをかけ会場を沸かせ、バニーガールが銃を乱射し別の意味で会場を沸かせる。

 しかし――。

「誰も入札しませんね……」

「しないね……」

「何故でしょうか?」

「何故だろう?」

 愛咲と晟生は揃って同じ仕草で首を傾げた。

 これまでの入札などは激戦が繰り広げられ金額は急上昇。こんなにノンビリなどしておれず、値動きを睨みながら神経をピリピリさせているはずだ。

 しかし、今は晟生の一円のみ。

 他の誰も入札しようとしない。

「もしかしてだけどさ、前のオークションで晟生が全部落としたじゃないのさ」

「それが?」

「でもって、途中でちょっと脅したりしたじゃいのさ。ぼくが思うに、あれが効いてんじゃないの?」

「……いやまさか」

 どれだけ入札しようと必ずその上の金額をいかれ、絶対に落札するという強い意志。そうかと言って競って値を上げれば、最悪なタイミングで手を引きハシゴを外す可能性がある。晟生がやった事は、結果として苛烈で粗野で滅茶苦茶な事だ。

 他の参加者はこの地の権力者で莫大な資産を持つものの、あくまでも生活基盤を維持した上で遊興をしているに過ぎない。

 全財産を賭けたチキンレースに挑む度胸のある者は一体どれだけいる事か。

「もうありませんか! もうありませんか!」

 壇上のオークショニアの張り上げる声は必死だ。

 給料は定額とはいえど、やはり実績というものがある。関わったオークションの落札が高ければ高いほど、今後の仕事で有利に運ぶはず。

 それがこの状況で全く値が動かないのだ。しかも一円で。

 残り時間は無情にも減っていく。

「もうありませんか!! もうありませんか!? いいんですか!? 終わりますよ、終わっちゃいますよ。ちょっとぉ本当に終わるから、終わるってば終わる。終わっちゃうのぉっ!!」

 そしてトリプルAの少年は一円で落札された。

 会場は怒声が飛び交い物が飛び荒れに荒れる。バニーは真っ先に逃げ出し、少し遅れてオークショニアも少年を連れ壇上から姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る