第92話 終わりよければ、ほどほどヨシ

「もうありませんか?」

 壇上のオークショニアは広げた両手を煽るように動かした。

 ディスプレイに表示された最高値入札者は晟生ではない。このままでは落札されてしまうが、しかし晟生は腕組みしたまま黙し動かない。

 非常に不機嫌であった。

 一つ目の理由は、競りの中での嫌がらせ。

 入札すると、それに合わせ僅かな上値で入札してくるのだ。仕方なく値を一気に上げ入札すれば、相手も追随し僅かな上値で入札。どうやら晟生が絶対に落札するとふみ、値を吊り上げてやろうと考えているらしい。

 そのセコセコした値上げにイライラする。

 二つ目の理由は、そもそも出品物を落札したくなかった。

 あのゴミデータを落札したとき、それ以上に欲しくないゴミなどこの世に存在しないと思った。だが、それは大きな間違い。世の中は広かった。ゴミ以上のゴミが世界には存在したのだ。

「…………」

 ゴミ・オブ・ゴミ、晟生が認める無敵のゴミ、ゴミ界のトップ。それを渋々入札している処への嫌がらせ。これが怒らずにはいられようか。

 おかげで晟生は史上最悪に不機嫌状態。テーブルに頬杖つき、女の子めいた顔でぶすっと膨れている。それは愛咲も初乃も話しかけられない程だ。

 なお現在の入札額は当初想定された額を遙かに上回り、お値段が五万とんで百円。端数のような百円が相手が毎回被せてきた額だが、なんにせよ旧時代の貨幣価値に換算すれば五十億円を越えている。

 相手はさぞかし真っ青になっているに違いない。

「もうありませんか?」

 オークショニアが再度促し、ちらりと二階のボックス席――明らかにそれは晟生の席だ――に視線を向ける。会場もざわつくが、それは残念がった失望が多い。

 皆が期待していたのだ、またしても晟生が落札するのではないかと。

「それでは――」

 落胆と共にハンマーが振り上げられ、晟生は無造作にタブレットを操作。

 入札額が六万円に更新され、会場は凄まじい歓声に包まれた。

 多分に警告を込めた上げ値だ。

 これで参加者全員に対し充分伝わっただろう、一万円程度は平気で捨てられるという事を。何が何でも落とすつもりでいる事を。しかし、下らないちょっかいをすれば途中で梯子を外す可能性がある事も。

 オークショニアとウサギさんは興奮気味だ。

「またしても同一人物による落札。我々は伝説の出来事を目にしているのか!」

「お姉さん、お姉さん。運営は手数料で大儲けだぜベイベー、うちらの給料に還元あるかな」

「ウサギさん悲しいけど、これって定額なのよね」

「言え、なんで歩合制にしなかった!」

「ちょっ、ウサギさんウサギがしていい顔じゃないってば!」

 会場の爆笑を聞きながら、しかし晟生は少しも嬉しくなかった。これから運ばれてくるのだ、欲しくもない史上最高のゴミが。

 ややあって入り口がノックされ、お盆にのせられたブツをスタッフが運んでくる。落札額の凄まじさもあるが、その品の貴重さに緊張しきり顔は強ばり手も震えるぐらいだ。

 それが差し出される。

「どうぞ、靄之内グループ総帥の使用済みパンツ未洗濯品でございます」

「…………」

 晟生の眉間には深い深い皺が刻み込まれる。

 これには流石に愛咲と初乃もどうしたものか動揺するぐらいだ。

「あー、すいません。代わりに受け取りますんでー」

 やむなく空井が立ち上がるとスタッフに頭を下げ、お盆ごと受け取ったブツをテーブルの上に置く。愛嬌ある丸顔は、やや困り顔だ。

「何かご不満があるよーですが、とにかく落札した以上は受け取りましょう」

「……差し上げます」

「はっ? いえ、そのよーな事はさすがに」

「そうですか。貰ってくれませんか、なら貯金を全額引き出して別に預けます」

「ななっ!? そんな事をされたら銀行の資金繰りが!」

 この時代におけるモドコ銀行の総資産から考えれば最悪の事態になる。とんでもない脅しで、さしもの空井も笑顔のまま困りが顔となってしまう。

「分かりました、分かりました。頂きますよ、これに何のご不満があるのか分かりませんが頂きます。社宝にさせて頂きます。全額引き出しだけは勘弁願いますよ」

 かくしてゴミ・オブ・ゴミは、モドコ銀行の社宝となった。

 いつか平和な時代が訪れた日には博物館にでも展示され、大勢の者がありがたく見物するのかもしれない。もちろんそれは、使用済みパンツ未洗濯品なのだが。なんとも恐ろしい未来である。

 晟生はスタッフを差し招いた。

 もちろん凄まじい財力を見せつけた後のため、瞬時に駆け寄ってきた。

「これでワンオフへの参加条件は満たしましてますか?」

「はっ、確認しますので少々お待ちを」

 横に膝を突き要件を伺うスタッフだが、さすがに即答できる状況ではないのだろう。大急ぎで部屋を飛びだし上司への確認に走りだした。


 静かになった室内で愛咲が落札額を合計。その桁外れの額に手を震わせつつ計算を記した紙片を差しだしてくる。晟生は軽く目を通すと満足げに笑う。

 ざっと二十万円と、換算すれば二百億円に等しい。

「想定額の倍になったね、まあいいけど。でも、これならワンオフへの参加条件としては充分かな。これ、通ると思います?」

「恐らくは」

 空井は肩を竦めながら頷く。

「まー、金額もさる事ながら話題性がありますので。これで参加を認めなければ大衆が不満を持ちます。万一で通らなければ逆にあれですよあれ、壇上に乗り込んで大衆に訴えれば確実通りますよ」

 晟生にはその方法がとても有効に思えた。

 オークションに限らず商売事は人気が勝負。どれだけ良い品を揃え、どれだけ誠意を持って仕事をしようとも、注目されなければそれまで。はたまた大衆の機嫌を損ね炎上でもしようものなら一大事。

 かくして運営は大衆のご機嫌を伺い続けねばならないのだ。

「どーやら認められたよーですね」

「まだ返事は来てませんけど?」

「タッチパネルをご確認ください。ほーら、参加申請のボタンが点滅してますね」

「ほんとだ。それならさっそく」

 晟生はワンオフへ参加申請をした。


 だが、直ぐに開催はされるわけでもない。

 運営側の準備もあるため、今は観客を楽しませるバレエ歌舞伎歌劇団によるショーが行われ、歌って踊っての芝居が披露される。もちろん合間に会社名などが書かれた旗を持って回って宣伝がされるなど、ちゃっかりしている。

 その間に晟生は愛咲や初乃と一緒に床に座り込んだ。下はフカフカ絨毯のため、あまり気にもせず落札した品を確信しだす。

「ねえ、この抱き枕はどうするのさ?」

「晟生さんは欲しくなさそうですけど、流石に捨てるのは勿体ないかと」

「そうだよね、ボクも欲しくはないけど捨てるのは勿体ないかなって思うよ」

 まず最初に落札した抱き枕だ。

 晟生が顔をしかめてしまうのは、銀縁眼鏡のイケメンキャラの半裸姿を目にしたからだ。状態はあまり良くなく――ただし発掘品としては、格段に良好なのだろうが――白い生地が全体に黄ばんでいる。

 それでも高額商品である事は間違いない。

「トリィワクスで欲しがる人は居る?」

「きっと欲しがる人は多いと思いますよ」

「よしっ、だったら誰かにプレゼントしてみよう」

「晟生さんからのプレゼントなら、もうそれだけで倍率が上がると思いますけど」

「そう? 何かイベントでもやって優勝者にあげようかな」

「イベント……」

 愛咲は激しい争奪戦の起きそうな予感に不安そうだ。

 なにせ男が希少な世界で、その男から男の描かれた抱き枕をプレゼントされるのである。希少価値は間違いなく高い。

 しかし初乃は抱き枕には興味はないようだ。さりげに晟生に引っ付いている。

「ういうい、こっちの絵はどうすんの?」

「部屋に飾るよ。こんな絵を飾れるなんて、凄い贅沢だ」

「そ、そうかな? 何だかぼくには分かんないや」

 いろいろと仕分けしていくが、ゴミ入り記録媒体については触れもしない。隅っこに転がされたままで見向きもされない状態だ。

 仕方なく取りに行った空井が晟生の前でしゃがみ込み差し出す。

「はいどーぞ」

「これも差し上げ――」

「ダメです。先程のように脅されましても、もう受け取りませんよ」

 茶目っ気ある顔で軽くウインクされてしまう。

「縁あって落札したのです。不要なら不要で構いませんが、これ以上は他の人を巻き込まず、ご自分で何とかなさいな」

「……はい」

 まるで母親に軽く叱られた雰囲気に晟生は素直に頷いた。

 それで、ふと懐かしく家族の事を思い出してしまう。もう二度と会えぬ二百年前の家族。故郷については海棲生物のケーフからも確か言われていた。

「そういえば故郷に行くように言われてたっけ。近いし行ってみるかな」

「晟生の故郷ってどこ」

「ああそれは――」

 晟生が言いかけたとき、ワンオフオークション開催の連絡が通知された。

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