第91話 欲しいも欲しくないも

 ハイオークション会場の座席は満員御礼状態。

 ただし、その全てがオークション参加者ではなくただの見物客でしかない。実際の参加者は二階に備えられた、十数あるボックス席に滞在する者たちになる。

 いずれ劣らぬアイチの権力者ばかりだそうで、今回のオークションの注目度の高さが分かろうものだ。

 そのボックス席の中に晟生の姿があった。

 全面は防弾硝子が張られ、薄暗い中に天井の照明からしっとりした品の良い光が投げかけられている。壁などは濃い色合いの木目調――ただし本物ではなくフェイクシール――になっており、立派なテーブルと黒革張りのソファーがある。

 晟生は行った事がないので想像だが、まるで高級キャバクラのようだと感じていた。両側に愛咲と初乃が並び、スツールには空井が控える事もその印象を深める理由に違いない。

 後ろに控えるオークションスタッフがやってくると、テーブルの横に膝を突いた。白無地のワイシャツに黒ベスト、蝶ネクタイ。きっちりしたスタイルだ。

「失礼いたしますね。お客様はハイオークションは初めてという事で、まず簡単に説明をさせて頂きます。テーブルの上、こちらにございますタッチパネルで入札をお願いいたします。もちろん入札後は取り消す事が出来ませんので、ご注意下さい。また入札後に支払い不能な場合は――」

 細々と丁寧な説明がされるが、ありがちな注意事項の再確認でしかない。

「以上になります。どうぞ楽しんでご参加下さい」

「よしっ、頑張って全部落とすぞ」

「頑張って下さいね」

 意気込む晟生の言葉を微笑ましく思ったのだろう。スタッフは仕事口調ではなく、優しげなお姉さん風な口調で励ました。

 なにせ他の参加者はアイチの権力者ばかりなのだ。

 それに比べれば晟生など単なる飛び込みにしか見えない。ちょっと小金を得て背伸びしすぎ、うっかり上流階級の世界にうっかり足を踏み込んでしまった世間知らず。そんな風に思っているのだろう。

 だが真実を知る愛咲たちは、とても微妙な曖昧な顔をした。


 会場が沸きに沸き拍手が鳴り響いた。

 どうやら開始らしく、舞台の上に司会のオークショニアと助手が登場した。陽気に歩く両者とも女性だが、前時代を引きずっているためか片やスーツ姿で片やバニースーツ。どちらがどの格好かは言うまでもない。

「なんでもハイオークショーン、イン、オースー!」

「ねえねえ、お姉さん! 今回の出品テーマってなあに?」

「ウサギさん、男の人って知ってるかな?」

「なんのことか分かんないや、なにしろ滅多に見ないもん」

「うーん、とってもレアで珍しい人たちでーす! という事で、今回のハイオークションは男性にちなんだ出品が盛りだくさん。それでは、張り切っていってみましょー!!」

 晟生はオークショニアの茶番を聞き流しつつ、テーブル上のタッチパネルを再確認する。新たな事に挑戦する時は、誰しもドキドキを感じてしまうものだ。

 大きく息を吸い、それをすぐにワクワクへと変え前面のモニターを睨むように見つめた。必ず全てを落としてみせるという決意と共に。

「最初の一品は、遺跡から発掘された男性抱き枕! かなりの美品となります! んもう凄いですね、こんな枕を抱え寝てみたいものです」

 色褪せ黄ばんだ等身大の抱き枕には、面長で鋭角に細い体つきに銀縁眼鏡のイケメンキャラが描かれている。片面は執事風黒スーツで、もう片面では半裸に頬染といったイラストで……晟生は遠くを見るような目になった。

「あー、入札するか……しないとダメか……」

「あれ? なんかさ、やる気がないけど大丈夫?」

「うん、まあ大丈夫。そうだ、初乃が入札してみる? なんか気分が萎えたよ」

「でもさ登録した本人しか入札できないでしょ」

「そっか……こんなもんに手を出す日が来ようとは。しかも男のね……はぁ」

 適当に金額を入力。多少の競りはあったものの、あっさり落札できてしまう。

 しばらくしてスタッフが恭しく運んで来た。

「おめでとうございます! よかったですね、さっそくご使用になりますか?」

「あー、部屋の隅の目立たない場所にでも転がしといて下さい」

 精一杯喜んでくれる相手には悪いが、晟生は虚しい気持ちで頭を振る。その哀愁が漂う背中にスタッフは戸惑いながら、そっと部屋の片隅に置いてくれた。

 オークショニアが続ける。

「次は男性が描いたとされる絵画! 作者はタローオカモトとなっています。どういった人物か分かりませんが、こちらの写真の人物になります」

 癖のある顔立ちで迫力ある男性写真。そして何より力強い色使いの、抽象的な今にも爆発しそうなエネルギーを感じる絵画が表示された。

「ふぁーっ! あれはとにかく欲しい欲しい、手に入れなければ!」

 慌てふためく晟生に、すかさず空井が助言する。こんな時のため、オブザーバーとして来てくれたのだ。

「どうしてもでしたら、たーとえば今回の出品物にはBINという手があります」

「BIN?」

「即時購入したい人のため設定された価格です。でもまー、どんな値段が設定されているか分かりませんので倍以上の値段という場合も――って、もう買ってしまいましたか」

「買うしかないでしょう」

 しばらくしてスタッフが恭しく運んで来た。

「おめでとうございます。こちらはどうしましょうか。また部屋の隅に?」

「お願いします。あっ、さっきのを下に敷いて丁重にお願いしますね」

「は、はぁ……?」

 戸惑うスタッフであったが、そろそろ晟生を見る目が変わりだしている。二つ連続で落札し、しかも片方はBINなのだ。どうも変だと訝しんでいるらしい。

「ねえねえ、お姉さん! あそこの人凄いね、もう二つも落としちゃったよ。凄いよね、次も高く落としてくれるといいのにね」

「ウサギさん、他の人たちを応援してあげようね。それでは次に行ってみましょう、大昔の男性が夢中になったという伝説のビックリマ――」

「BIN」

 晟生はオークショニアに最後まで言わせず落札した。

 会場が大きくどよめく。

 こんな連続落札は見た事がなかったのだろう。二階にあるボックス席には、どんな者がいるのかと客席の多くの者が振り仰ぐ様子が見えた。もちろん、客席側からはセキュリティの関係から中の姿は確認できないのだが。

 そんなボックス席の中で、空井が良い顔をしていない。

「失礼ですが、そのよーなお金の使い方は感心しませんね」

「BINの値段設定があるなら、誰かが先に落とす可能性があるじゃないですか」

「ですからー、BINの場合は値段が分っからんのです。以前にはBINで落札した品に、出品者が冗談で馬鹿げた値段をつけていた事があったそーで。それで破産した方もいますよ」

 しかし晟生は聞いていない。

 スタッフの運んで来た小さなシールを眺めご満悦状態なのだ。子供の頃に憧れていたものを、二百年以上の歳月を経て手に入れようとは全く想像さえしなかった。もっとも、想像出来ていた方が恐いかもしれないが。

 舞台上ではオークショニアと助手が軽い掛け合いをしつつ、会場を沸かせている。ハイオークションとしては、なかなか美味しい状況なのかもしれない。

「お姉さん、お姉さん。何だかヤベー客がいるね」

「ウサギさん言葉遣いに地が出てますよ。とにかく次に行きましょう、これは珍品ですよ!」

 スタッフが車輪付き台を押し、舞台袖から現れた。

 上には紫の布がかけられ、いかにも凄そうな雰囲気が漂う。会場は期待に満ち、静かなざわつきだけが響いていた。

 皆が固唾を呑み見守るなか、バニースーツの助手が布を剥ぎ取り現れたものは――記録媒体。

「中身は、あの靄之内グループ総帥のヌード画像データ!」

 どよめきが起きたなか、晟生は深い不快な息を吐いた。

 この世にこれ程欲しくない物があるだろうか、まずあり得ない。誰が出品したのか想像すれば、メイドの一人が何故か思い浮かぶ。心の中で罵っておく。

「しかも本人のサイン付きです!」

 心の中でメイドに謝り、今度は靄之内を罵っておく。

 次に会ったら入念に蹴りでも入れ踏んでやろうと心に誓うのだが、それが逆に喜ばせるだけとは、冷静さを失った晟生は不幸にして気付かない。

 入札は白熱し見る間に値上がっていく。凄く馬鹿馬鹿しい入札だ。

 全く欠片も欲しくない品だが、目的の為には落とさざるを得ない。

「理解して欲しいけど、あんなゴミが欲しくて落とすわけじゃないから」

「分かったからさ、早く入札しないとダメ何じゃない?」

 焦る初乃に確認を取ると、今度は反対側にも確認をする。

「愛咲も分かった?」

「あっ、はい。分かってますから、そろそろ入札を」

「ほんとに欲しくないから」

 晟生は渋々と入札に参加した。なかなか諦めずしつこく競って来る相手もおり、苛立ちは募るばかり。落札した頃には、すっかりお冠だ。

 スタッフが落札ゴミを恭しく運んで来くるが、目すら向けない。

 仕方なく代わりに愛咲がお盆ごと受け取った。

「えーっと……これどうしましょうか?」

「焼くよ」

「ええっ! こんな凄い値段で手に入れたのにですか!?」

「汚物は消毒って格言を知らない?」

「いえ知りません、すいません不勉強でして」

「とにかく焼く。いや、こうなったらアマツミカボシの力で消滅させてやろうか……」

 ぶつぶつと呟く晟生の様子に愛咲と初乃は困り顔で顔を見合わせ、空井はため息を吐く。背後に控えるオークションスタッフは驚愕と同時に戸惑い、このボックス席の主が何者なのかと想像を逞しくするのであった。

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