第90話 参加条件のための資格
オークション会場付近のファミレス。
その貸し切り個室で注文を終え、晟生から話を聞くなり愛咲は驚きと戸惑いの声をあげる。なお、この時代におけるファミレスは、お客様を招待しもてなすようなお高い店だ。
「ハイオークションに参加する気ですか!?」
「そうだよ参加する」
晟生は白小袖の前で腕を組み、力強く頷いた。
同席する初乃も整備班の皆も驚きを隠せず、じっと晟生を見つめている。少し前までは落札したばかりの商品について大喜びで語り合っていたが、今はそれどころではなく黙りこんでいた。
「オークションでトリプルAの子を落札する気でしょうか?」
「もちろん。放っておけないじゃないか」
「あのですね、晟生さんはハイオークションの参加資格がありませんよ」
「……なんで?」
晟生が腕組みしながら不満そうだ。そうなると女の子にしか見えない整った顔は鋭さを増し、凛とした怜悧さを帯びてしまう。普段がのんびりぽやっとしているだけにギャップが大きい。
だが、落ち込む愛咲に気付けば怜悧さなど霧散してしまった。
「ごめん、別に愛咲に怒っているわけじゃないから。本当ごめん」
「いえ、私の説明が足りませんでした。ハイオークションはですね、通常より取り扱う金額が大きいです。それなので、参加にはある程度の格式が求められます」
「なるほど……誰か資格を持ってる人は?」
問いかけに対し、他の者は揃って首を横に振る。
「参加資格を得るには、街の名士か顔役の口利きがなければ難しいそうです」
「なるほど……誰か頼りになりそうな名士か顔役と知り合いの人は?」
問いかけに対し、やはり他の者は揃って首を横に振る。
「…………」
晟生はオークションで落札された少年の運命を想像する。
これまで聞いてきた話から想像するに、少年が弄られ搾られ酷い目に遭う事は間違いなかった。ならば同じ男として、どうしてそれを見過ごすことが出来ようか。
「艦長なら知り合いのアテがあるかな?」
「そうですね、お婆様であればあると思います。ですけど……きっと話を聞いたら反対すると思いますよ」
愛咲の断言に、晟生もその通りだと思った。
和華代は間違いなく目立つ事をするなと苦々しい顔で言うだろう。そして関係ない他人の為に余計な事をするなと注意するはず。
もちろん、それは晟生の事を思っての事だ。けれど、だからと言って従えるものではないのだが。
「うーん……」
次の手を考え悩む間にも、ファミレス店員が料理を次々運んできた。
香味野菜のハンバーグ玉子添えや、日替わりランチやワンプレートランチ。それらが次々とテーブルに並び、室内には美味しそうなニオイが立ちこめた。
全て自動調理によるもので、トリィワクス備え付けの自動調理機より性能は上になる。しかし、手作りには及ばない味というのが初乃の談だ。
誰も手を付けようとはしない。
初乃でさえ、机に頭を載せニオイを嗅ぐだけで我慢している。彼女たちが一番気を遣う相手が悩み中のため、それは当然というものだった。
晟生は我に返り、皆の様子に気付き慌てる。
「ごめん、食事にしようか。今日は日頃のお礼だから、好きなだけ食べてよ」
「ありがとうございます。こんな高級店の食事なんて申し訳ないです」
「なんのなんの。この程度の支払いならお安いものだよ。ついでに後でお金を下ろして……んっ?」
「どうしました?」
急に笑顔となった晟生に愛咲は戸惑い顔だ。
「アテがあったよ、この街で頼りになる名士のね」
◆◆◆
「よーこそ、お越し下さいました。支店長の
愛嬌ある丸顔の空井は、間延びした口調で恭しく頭を下げる。
晟生のアテとは、この女性の事であった。もちろん空井自身と顔見知りだったのではない。モドコ銀行オウス支店長という存在をアテにしていたのだ。実際、晟生が行員に名を告げ本人確認をしたところ、奥から空井がすっ転ぶような勢いで走って来たのだった。
そしてそのままVIPルームに通されている。
なかなか広さのある部屋で、置かれているのは黒革ソファーとテーブルのセット。後は足元に絨毯があるだけと、贅沢な空間の使い方がされていた。まさしくVIP用の部屋だろう。
晟生が慣れた様子でソファーに座れば、両隣には同行してきた愛咲と初乃が並んだ。
リーヌたち整備班は人数の都合もあり別行動。この打ち合わせに大人数は不要であるし、彼女たちは突貫作業に備え休憩を取っておく必要があるのだから。
「ご用件はなんでしょう。お力になれる事であれば、何なりとおもーし付けを」
だが空井がそうするのは無理もない。
晟生がモドコ銀行に預けてある総貯金額は、元の時代の金銭感覚に換算すれば軽く四兆円を超えている。こうして揉み手程度で済ませる空井は、むしろ誇り高い部類かもしれない。
「今夜開催されるハイオークションに参加したいのですが」
「あー、あのトリプルAの男が出品されるという……」
目の前の相手が男性と気付くなり空井は謝罪した。
「おーっとと、失礼しました。わざわざ依頼されるという事は……」
「ハイオークションの参加資格がないからです」
「なーるほど、それでしたら私が紹介しますので問題ございません」
「助かります。よかったよかった」
安堵する晟生であったが、しかし空井は熟考しながら続ける。間延びした口調ではあるが、支店長をしているだけあって思考は鋭いらしい。
「差し出がましいかもしれませんが、ひとーつ確認させて下さい。目的はハイオークションの参加だけでしょうか? もしやワンオフに参加される気があったり?」
その問いに晟生は頷く。
「そうですよ、参加してトリプルAの子を落札しようかと思ってます」
「なーるほど、どーやらワンオフについてご理解されていない様子ですね。あれはハイオークションに参加したからと、簡単に参加できるものでないですよ」
空井は癖なのか話ながら軽く頷いている。
そのとき入り口ドアがノックされ、行員が恭しく冷たい飲み物を運んでくる。晟生は丁寧に配膳される間、じりじりと待つしかなかった。
「よろしいですかー。ワンオフに参加できるのは、ハイオークション参加者の中でも一部のみ。そーれも高額の落札実績のある、限られたお得意様だけとなります」
「えっ、なんで!」
「つまりはサービスイベントですよ。お得意様客は資産家なので、まーあれです。虚栄心が強いわけすよ、皆の前で盛大に散財してみせ財力を誇示して喜ぶのですよ。他の者はそれを眺めては、金持ちの一喜一憂をエンターテイメントーとして楽しむ。それがワンオフというものです」
「……まるで昔のバラエティ番組みたいだ」
芸能人と呼称される者がふざけ賑やかしくするバラエティ番組。それに対し一般人は自己投影し芸能人気分を味わったり、擬似的なコミュニケーション空間を築き仲間意識を持ったりしながら楽しんでいた。
ここではその役目をハイオークションが担っているのだろう。
「はて昔ですか……?」
「すみません、ただの独り言です。けど……そっか、ハイオークションは紹介して貰えば参加出来るけど、ワンオフは難しいか」
悩む晟生の横では初乃が飲み物を飲み干している。さらにはストローで最後まですすり、愛咲は恥ずかしげにしつつ手をあげ意見を口にした。
「あのですね、それでしたら代理出席など頼める方はいないでしょうか。たとえばですけど、空井さんがワンオフへの参加資格を持っていたりとかは……?」
「生憎ですが、そーもそも私はオークションをやりません。あーいうものは、偽物のリスクもありまして。しかも競合する間に熱くなりますよね。結果として割高になるだけです」
「そうですか」
「あー、もちろん知識としては充分にありますよ。上流階級の方々にはオークションマニアの方々も多くいらっしゃいますから、話題づくりには必要でして」
愛咲は顔を輝かせた。
「でしたら、そのお知り合いの方々に頼む事はできませんか?」
「うーん、確かに頼めそうな相手は何人かいる……のですがねー」
空井は困り顔で何度も頷く。
「恐らく全員とも参加を表明してるでしょうねー。何せトリプルAですよ、絶対に落とす気で気合いを入れてるはずで……そこに接触するのは、ちょっと恐いですねー。トリプルAの価値は、それぐらいです」
心配顔の空井は晟生が男だと――たとえ女の子にしか見えないとしても――知っているだろう。だが、まさかそれがトリプルSだとは思ってもいないようだ。
もちろん知らない方が幸せなのだろうが。
「いろんなオークションに参加して、お得意様になるしかないって事かな」
しかし空井は顔の前で慇懃無礼に手をパタパタ振って否定した。案外とフランクな態度だ。
「いくら何でも、今からでは難しいでしょーね」
「うっ……」
「時間もですが、少額オークションにどれだけ参加しよーと意味ないですね。それこそハイオークションの出品物を全部落札した方が、まーだ現実的ですよ」
「他に何か方法があれば」
晟生は頭を抱え悩んでしまう。
もはや諦めるしかないのか――そう思ったとき、ばりぼりと音が響くのは初乃が氷を囓るからだ。
「だったらさ、全部落としちゃえばいいじゃないの」
「え?」
「晟生なら出来るでしょ」
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