第89話 怪しいオークション

「でもさ、ぼくが思うに。晟生が自分で資材を買ったら婆っちゃに怒られない?」

 街を歩く途中で初乃が疑問を呈した。

 ジャンク屋での交渉が終了し、全員でオウス内を移動。資材が届くのは夕方になるため、今は鋭気を養うため街の中をぶらついている。

「どうして? それがないと修理ができないわけだし仕方ないのでは」

「晟生はそう思うかもだけどさ。婆っちゃの性格的に考えると、公私を分けなさいと言いそうな気がするんだよね。何て言うの? 筋が通らないとか言いだしそうな気がするんだよね」

「なるほど。怒られ慣れた初乃ならではの的確な意見だ」

「それなんか酷い」

 抗議の声を張り上げる初乃はさておき、晟生と他の者は顔を見合わせ悩んだ。特に資材調達の責任者でもあるリーヌは不安そうで、口元に指をやり悩んでいる。

「確かにそれはある。艦長の性格的に受け取れないとか言いだしそうだ」

「ナコヤの商工会議所に行ってる間に取り付ければ? 外せなくなれば、さすがに大丈夫では」

「晟生は艦長の本当の恐さを知らないから。あの人はそんなに甘くないよ」

「かと言って今更返品は出来ないし……筋さえ通せばいいなら、こうしよう」

 立ち止まった晟生にリーヌのみならず、愛咲や初乃に整備班全員の視線が集まる。人通りは多いため人の流れは迷惑そうに迂回していくが、武装集団のため誰も文句を言う様子はない。

「いま買った資材を適正価格でリーヌに売ります」

「えーとそれって……晟生が損するだけじゃない?」

「別に幾らで何を売ろうが問題ない。ジャンク屋は資材が売れた、トリィワクスは適性価格で買えた、こちらはお金が戻った、そして怒られない。これで全てが丸く収まるよね」

「そ、そう……かな?」

「グレーゾーンだけど一応筋は通ってるでしょ。あとは事前に艦長に説明して話を通しておいて、ごめんなさいしておくわけ。それで大丈夫だから」

 世の中というものは、実際のところそういうものだ。

 唐突に無茶をやって押し通せるのはドラマの中だけでしかない。現実的に無茶をやろうとすれば、まずはそれなりに形式を整えておき、粗のある部分は事前に頭を下げ謝罪しておくのである。そうでなければ、誰も頷いてくれない。

「ありがと助かったよ。これで明後日までに修理完了だし、全部晟生のおかげだよ。感謝する」

「なんのなんの」

「でも晟生って凄いね。十万円超えを買うとか凄い、何かスッとした」

「ふっ、リーヌや整備班の皆が困ってるなら十万円程度どってことないから」

 晟生は調子に乗り、気取ったポーズでウインクまで決めてみせる。

 男が希少な世界で十円が百万円並の価値がある時代だ、そこでそんな事をすればどう思われるのか。相変わらず何も考えていない。

 リーヌたちへの効果は抜群だ、愛咲と初乃の不機嫌さも抜群だ。

 そんな束の間の休息を満喫する。


 オウスにはいろいろ商品があるため、アメヤ横ビルの中に入り込み物色。役に立ちそうにないが面白い品などに騒いだり驚いたり。傍目は完全に女の子集団で、もちろん晟生も同化している。

 そうやって巡りながら見つけ参加するのがオークションであった。

 会場の印象は講義室だ。

 幾つも並んだテーブルの上にモニター類がそれぞれ設置され、前方の大型モニターには司会進行のオークショニアと商品が映されている。客入りはそこそこ、席の半分以上が埋まっていた。

「うーん、あんまり欲しいのがないかな」

「こういったものは出物ですからね、欲しい品が出るとは限りませんし。雰囲気を楽しむつもりで気長に待ちましょう。でも欲しい物が出ても慌ててはいけません、冷静にいきましょうね」

 愛咲のアドバイスを受けながら手元のモニターを眺める。

 先程から出品されるものは破損した車両や、武器類などだ。リーヌたちは幾つか入札し落としており、気晴らしと言いつつも仕事は忘れていないらしい。

 完全に遊び気分でいるのは初乃ぐらいだろう。

「あっ、次のカテゴリーが始まるよ。今度は雑貨品だってさ」

 入室する前に買った片手でつまめる菓子を口に放り込み、まるで映画でも見るような状態でオークションを眺めている。

 前方画面と手元画面にスーツ姿のオークショニアが映される。

 もちろん男装した女性だ。

「それでは次のカテゴリーに移らせて頂きます。まず最初は古本になります。マニアの皆さん、お待たせしました」

 愛咲と初乃は身を乗り出し画面に注視しだす。二人こそ古本マニアなのだ。

 だが、欲しい物は出て来ないらしい。そして会場の入札はまばらで競り合いもなく、どうやら古本関係の人気は低いらしい。

 会場に飽きの空気が漂いだし、オークショニアもスピード感をもって進めていく。

「では次に行きます、約二百年前の本でタイトルは帝国の守護者。その第十巻!」

 愛咲がさらに身を乗り出した。なぜならば、それは彼女が集める書物なのだから。つい先程、冷静さについて言っていたのだが、すっかり冷静さを失っている。

「こ、こんな場所で見つかるなんて。入札、入札しませんと」

「落ち着こう」

 てしっ、と軽いチョップで黙らせる。

「これね間違いなく偽物だから」

「え?」

「よくて同人誌なんじゃないかな」

 その本が出版された時代を生きた晟生は知っているのだ。それが九巻までしか続かず、後は永遠に発刊されないという事を。悲しいかな、それが現実なのだ。

 しかし、それを説明してしまえば続刊を探し求める愛咲の夢を潰する事になる。

 答えを知っているが、それを告げられない晟生は手元の画像をピンチし拡大した。何かしら偽物だと説明できる根拠がないかと思ったのだ。

 詳細画像は肝心の場所が妙に映されず、ピントも合っていない気がする。

 これは説明に難しい。

「えーとほら、イラストの雰囲気が違うでしょ」

「言われてみれば確かに……でも、本物かもしれませんよ」

「とにかくね、これは偽物と断言する。だから信じて欲しいんだ、どうかな?」

「うっ、分かりました」

 そこまで晟生に言われると愛咲はようやく引き下がった。

 若干の名残惜しさを残していたが、少しすると落ち着いてきたらしい。

「すいません、冷静さを失ってましたね。オークションに偽物は付き物ですよね……」

「今も昔も変わらないね。もちろん、ちゃんとしたオークションでなら大丈夫だろうけど」

「そうなんですか」

「昔はネット上のオークションかな。殆ど偽物で、本物は本来の値段より高くしか出てなかったかな。もちろん高いから本物って事でもなかったけどね。ちゃんと画像を見て冷静に判断しないとダメだよ」

「恐いですね……」

 のんびり寛ぎながらオークションを眺める。

 他の人が争うように入札し、オークショニアが上手に捌き小粋なジョークを挟む様子を見るだけでも充分に楽しかった。両脇を女の子に挟まれ映画を見るような状況なのだから、なかなかに恵まれた環境に違いない。

 晟生が幸せ気分を噛みしめていると、オークショニアが声を張り上げた。

 これが今回のメインらしい。

「さあさあ、ついに来ましたラストの商品。なんと――男性の幼児期の裸像になります。このポーズはトイレを使用する際のものという事です!」

 オークショニアの声に会場は沸きに沸いた。

 それを見た晟生はバカバカしさを覚え、思わず額を抑えてしまった。いわゆる、小便小僧の像なのだ。しかし、今の時代は男が希少な世界。何が女性たちを駆り立てるのか、見る間に値がつり上がっていく。

「凄いですね、昔はあんなのがあったのですか?」

「まあね、多少はあったかな。オブジェとして置かれた場所もあったはずだし」

「そうですか、きっと盗難とか多かったでしょうねぇ」

 男の希少な世界で生まれ育った愛咲の感覚からすれば、極めて珍しい代物なのだろう。

 隣で出品物を睨んでいた初乃であったが、ややあって重々しく頷いてみせた。そして、とんでもない事を発見したように、そっと声を潜めながら告げてくる。

「ぼく分かったよ、あれ偽物だね」

「え?」

「だってほら、これ見てよ」

 手元画像の一部が拡大され、少年像が片手でも持つ部位が指で示される。

「晟生のと形が違うもん」

「あ、本当です。彫像なので簡略化されているのかも」

「デフォルメされてるのかな」

 やいのやいのと騒ぐ愛咲と初乃を横目で見やり、晟生は思った。少年像と同じであって堪るものかと。見た目は女の子のような姿であって、ちゃんと男性なのだ。

 かくしてオークションは終わる。

 会場はざわつき、気の早い者は既に席を立ち出口に向かっていた。

「それでは私たちも帰りましょうか」

「うん、なかなかに楽しかったよ」

 晟生も他に混じり立ち上がり――オークショニアが放つ最後の台詞を耳にする。

「なお、今夜行われますハイオークションのワンオフでは、トリプルA遺伝子の少年が出品されます! 乞うご期待を!」

 会場はどよめき、そして晟生は振り向いたまま固まっていた。

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