第87話 誰しも我が身は理解できない

彩葉いろはは今日一日自室で謹慎、しっかり頭を冷やしな」

「はいっ……」

 彩葉は肩を落とし、しょんぼり項垂れている。それは処分を受けたからではなく、自分のしでかした事を真に反省しているからのようだ。二日連続で艦のメンバーを締め落とせば、仕方ない事だろう。

「まったく当然ニャ、よーく反省しとくのニャ」

 ミシェはげっそり顔で文句たらたらだ。

 艦長席に座る和華代わかよはジロリと視線を巡らせた。

「あんたも同じだよ」

「ちょっ、待つて欲しいのニャ。あちしは、むしろ被害者……うっ、痛いのニャ。彩葉にやられたせいか持病のシャクかニャにか、よく分からんものが痛むニャ」

「そうかい、それなら救護室で精密検査させようかね。よく分からん持病なら、よく分からん薬でも適当に注射するよう言っておくよ」

「あっ、部屋で謹慎しときますニャ」

「とっとと行きな」

 艦橋には問題行動を起こした彩葉とミシェ、一応は被害者枠の晟生が並んでいた。所属班の責任者である愛咲に、おまけで初乃も同席。要するに戦闘班の全員が勢揃いしている。

 とぼとぼと艦橋を出て行く二人。ミシェは尻尾を大きく振り、横の彩葉に軽く上体をぶつけ八つ当たりなどしている。もちろん、何の効果もなく跳ね返されるだけなのだが。

 扉の向こうに二人の姿が消えると、和華代は呆れ混じりの息を吐いた。

 トリィワクスの甲板でのやり取りは艦橋でしっかりモニターされており、一部始終を把握していた艦橋クルーの雰囲気は苦笑い状態だ。実を言えばミシェと彩葉の行動も大して問題にされておらず、最後に綺麗にオチが付き、むしろ面白い見世物でも見たような感じだった。

「やれやれだよ」

 額に手をやっていた和華代は、今度は晟生せおを睨んだ。

「あーそうですね、謹慎しましょうか?」

「あんたは被害者だろうが、その必要はないよ。それよかね、あんたはもっと自分の言動を省みるべきだね」

「えっと何で? どこかマズい点が?」

 愛咲に目を向ければ視線を逸らされた。答えがたい事があるらしい。

 初乃に目を向ければ視線を逸らされた。答えがたい事があるらしい。

 クルーに目を向ければ視線を逸らされた。答えがたい事があるらしい。

 沖津に目を向けると不機嫌そうに睨まれた。言いたい事があるらしい。

 和華代に目を向けると肩を竦められた。呆れてスルーするつもりらしい。

「自分で考えな。さぁ、ついでに今日の方針をミーティングするよ。周辺地図を出しとくれ」

「アイサー」

 陽気な声と共にモニターに地図が表示された。

 ただしそれは、かつて当たり前のように存在した精緻なものではない。一応は立体的に地形や構造物が表示されるが、詳細度数値で言えばLOD100程度の概略形状のみだ。

「現在地はオウス、とにかく戦闘が出来る程度まで艦の応急修理を行う」

 和華代の言葉に沖津は居住まいを正す。

「やはり艦長は、この先何らかの戦闘があると考えておられるのですね」

「さてね、確証は何も無いよ。あたしの勘がヤバそうって言ってるだけさ」

「承知しました。それでしたら警戒すべきですね」

「あたしと何人かで県都ナコヤに足を運び、商工会議所に行く。ちょいと挨拶して探りを入れてくる。あのコンテナの件でね」

 商工会議所の依頼で運搬していたコンテナに入っていたものが、アマツミカボシの素体コアであり晟生だ。しかし、運搬依頼を出したはずの商工会議所は知らぬ存ぜぬの態度を決め込んでおり、和華代としては裏があると睨んでいた。

「沖津は留守番で艦の管理を頼むよ」

「畏まりました」

「整備班には応急修理の手配をさせる。今回は少々の予算オーバーは構わないと伝えな。とにかく、この数日で戦闘可能状態まで仕上げさせるんだよ」

「それは……かなり厳しいのでは……」

「今回ばっかりは仕方ないさね」

「分かりました。ただし整備班には私から指示させていただきます」

「すまんね」

 沖津は憎まれ役を進んで引き受け、和華代も艦運営の点から了解し感謝をする。そこには、何も言わずとも通じ合う信頼が存在していた。

 艦橋のクルーたちは方針に沿って行動に移る。

「ちょっといいですか?」

 そんな中で手を挙げた晟生に皆の視線が集まる。

「なんと言いますかタイニィという集団に会いたいです」

「会ってどうすんだい?」

「どうするって……それは……」

 ソラチという男に会ってみたいと答えかけ、そこで口ごもってしまう。

 会ってどうするのか、推定ながら先祖ですと告げるのか、それとも訳知り顔で近づき親しく話しかけるのか。どれを選択しようと、ただの不審者だ。

 ただ単に会ってみたい、見てみたいといったミーハーな感情以外のなにものでもない。

「用がないなら艦で大人しくしてな。ただまあ……連中については、あたしが改めて調べておくよ。それで勘弁しておくれ」

「……お願いします」

 和華代にそこまで言われては、晟生は大人しく引き下がるしかなかった。

「ねえっちゃ、婆っちゃ」

「だからね、初乃や。こういう場では艦長とお呼びと、いつも言ってるだろ」

「うん、分かったから。それよりお願いなんだけどさ」

「ったく、この子ときたら幾ら言っても聞きやしない。で、なんだい」

「晟生を連れてオウスに行っていーい?」

 頼むように告げ、それから両手を振り回しアピールをしている。短く揃えた黒髪に、キラキラと輝く緑色の瞳。さらに半ズボン姿という事もあって元気さ抜群だ。

「大丈夫だよ。ちゃんと面倒みるからさ。ねっ、いいでしょ」

「あんたが世話される側だと、あたしゃ思うけどね」

「そんな事ないもん」

「整備班と一緒に行動しな。それから愛咲も同行すること。条件はそれだよ」

「やった、婆っちゃ大好き」

「調子の良い子だね」

 口では不満そうに言いつつも、しかし和華代の表情は緩んでいる。けれども、それは僅かな間だけ。艦長としての威厳を殊更示すように引き締められ、鋭い眼光で全員を見回す。

「各自、ここが正念場だよ。気合いを入れな」

 全員がピリリとした気分で背筋を伸ばし頷いた。


「おっ出かけおっ出かけ、晟生と一緒におっ出かけ嬉しいな」

 初乃は艦橋を出ると、弾むように廊下を歩く。少し前で振り向くが足は止めない。後ろ向きに歩きながら両手を広げてみせる。

「オウスって知ってる? あのね、あちこちから商品が集まるの。食糧から武器から、それに遺跡から発掘された品物もだよ。何でもそろう凄い場所なんだよ」

「電気街のイメージが強いけど……」

「ういうい。なんかね、いろんな機械とかジャンクとかも売ってるからね。楽しみにしてよ」

 だが、誰がどう見ても一番楽しみにしているのは初乃で間違いない。

「もしかして古本もあるのかな?」

「えっとね、あはははっ」

「しかも愛咲も反対してなかったよね」

 誤魔化し笑いをあげる初乃から姉へと視線を向ければ、金色の髪がさっと揺れ青い瞳があらぬ方を見てしまう。声こそあげないものの、バツの悪い誤魔化し笑いが見られた。

 晟生はやれやれと肩を竦めた。

「気晴らしになるから構わないけどね」

「そうですよね、気晴らしで丁度良いですよね」

「先に言っとくよ。着替えはしない、このままで行くから」

 もちろんそれは、最近お気に入りとなった白小袖に赤腰帯姿だ。

 間違いなく晟生を着せ替えさせて楽しむつもりだった姉妹からは、不満の声があがるもののスルーしておく。付き合わされては、出かける前から疲れてしまう。

「とにかく、整備班と一緒に行動するよう艦長に言われたでしょ。皆の迷惑にならないよう、格納庫に向かおう」

「分かりました、ではでは着替えは次の機会という事で」

「次もこの服だから」

「そんなっ、晟生さんは酷いです」

「酷くない。だいたい、何であんなに着替える必要があるかな」

「もちろん似合うからですよ」

 やいのやいのと騒ぎながら格納庫に行くと――整備班の面々はお通夜のような雰囲気なのだ。軽く項垂れた様子で、時々ため息を吐きつつ黙々と準備中。向こうでは装輪式の輸送車両のエンジンが回され唸りをあげている。

 晟生に気付いた整備班長のリーヌは軽く頷いてみせた。

「あっ、来たね。そろそろ出発だから、早いとこ行こうか」

「沖津さんに言われた?」

「そうなのよね。多少は予算オーバーして構わないから、明後日までに戦闘可能状態に持っていくようにって。あの人は鬼だよ」

「明後日まで……」

 確か打ち合わせでは数日であったものが明後日までになっている。確かに人によって捉え方の違う表現だが、その中でも最短だ。さすがは鬼の副長といったところだろう。

 普段は作業服の上をはだけたような格好をしているリーヌであったが、今はきっちりと着込んでいる。もちろんそれは、オーバーオール作業服だ。

「そんなわけで、急いで出発するけど。晟生の準備はいい? ついでに愛咲と初乃もだけど」

「こちらは大丈夫だけど。リーヌたちは着替えたり……」

「整備班の一張羅はこれなの。どうせ向こうでも、いろいろ作業があるからね」

「なるほど」

 輸送車両がゆっくりと動き、目の前で停車。中から整備班の女の子たちが手招きをしてくれる。とりあえず元気が出て来たらしい。

 晟生は軽い身のこなしでステップを踏み、車両に乗り込んだ。

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