第83話 甲殻類も傷みを感じるそうで
「これ意外に腕力がいるかも……」
下には生物兵器のクレイFが蠢き、上を通過する姿に気付けば両手のハサミを振り上げだす。背筋がぞっとするような光景だ。
どうやら囮としても役立っているらしい。晟生に気を取られたクレイFに整備班が攻撃を加え次々と倒している。
こんな空中にいるのは、格納庫の天井に設置されたクレーンを身振り手振りで近くまで寄せて貰ったからだ。それに飛びついた時は少し恐かったが、どうやら上手くいっている。
「ん?」
クレイFが上を向き、目の下辺りから液体を飛ばしてきた。幸い当たらなかったものの、放物線を描いたそれが命中した床が泡立ち僅かに白煙を上げるではないか。強酸か強アルカリかは不明だが、当たったらマズいものである事は間違いなかった。
「うわわわっ」
次々と飛ばされる液体を避けようと足をばたつかせる。
その程度では避ける効果などなく、むしろ手に無理な負荷がかかり疲れるだけなのだが、今の晟生はそんな事も気付かないほど必死だった。
機動兵器の中で一本角のブレードアンテナを付けた一体が突進。角材を無茶苦茶に振り回し、何体も弾き飛ばした事で晟生は救われた。
「助かった……けど、ザリガニ臭が強烈になったかも」
安全域に到着しクレーンが降下しだす。最後の瞬間に握力が限界になって落下、自分の発案で怪我をしては情けなさすぎるため、そこは華麗な仕草で着地してみせる。もちろん両足の衝撃にも関わらず笑顔を見せるほどの根性だ。
「なんとか成功」
「成功ではありません。あんな危ない事してっ、晟生さんが怪我をしたらどうするんですか」
「あっ、
「
愛咲は両手に構えたアサルトライフルで応戦しながら答えた。辺りでは機動兵器を盾にサブマシンガンで武装した作業服姿の整備班が発砲中だ。その派手な銃声にクレイFが放つ耳障りな鳴き声も響き、大きな声で叫ぶように話さねばならない。
見れば向こうでは大剣を振るう彩葉の姿がある。ミシェと初乃がカバーするように銃撃中だ。
押し寄せる大量のクレイFは倒しても倒しても尽きる様子がなかった。
「これはね、外の大きいのを倒さないとキリがないよ。素体コアを着装したら直ぐに出ないと」
「分かりました、それでしたら私が先行します。このマガジンを撃ち尽くしたら……行きましょう」
全弾を撃ち尽くした愛咲はアサルトライフルを床に置き、晟生と共に走りだす。途中で戦闘中の整備班クルーに声をかけ、素体コアを動かす事を伝えている。ちゃんと仲間同士の連携は必要だ。
晟生は純白の素体コアの元へと辿り着くと内部に飛び込む。
内部で身体が固定され軽い圧迫と共に身体とその感覚が一体化していく。同時に網膜上にデータが表示され、解析された周辺状況と危険度も合わせて表示された。肩部を掴むハンガーのロックが解除され、浮遊した状態となる。
「よし完了! ここで一気に……」
「だめです。格納庫内で顕現しては被害が大きくなりますから!」
「えっ……そう?」
そのまま顕現しようとしていた晟生であったが、アマツミカボシへと変じるため盛り上げかけていた気分を慌てて抑え込んだ。青い素体コアを着用した愛咲が横に並び、頭部装甲を兼ねたヘッドギアから伸びる金色の髪がサラサラと流れた。
「顕現は最終手段ですよ。資材や交易品に被害を出すわけにはいきませんし、トリィワクス自体を損傷させる事もできません」
そのために機動兵器も大型射撃兵器を使用していなかった。命に勝るものはないと言えど、艦を損傷すればそれはそれで命に関わる。資材や交易品を失えば損害は大きく、それを取り返すためには死ぬ思いをせねばならない。世の中は綺麗事では通らないのだ。
愛咲が前に出る。
彼女の体つきを再現した青味を帯びた素体コアは手にしたランスのような武装を構えた。
「行きます!」
格納庫のハッチが開かれ、外の眩い光が一気に差し込む。心構えをしていたトリィワクスのメンバーは大した影響を受けなかった。だが、生物兵器のクレイFたちは甲高い声をあげ動揺した。
愛咲は背面の翼状ユニットを大きく展開させ、ランスを構え突撃。
途中に並み居るクレイFを引っかけ引きずりハッチから外へと飛び出した。その後ろに晟生も続き、ザリガニ臭さを堪えつつアームを振り回し辻斬りならぬ辻殴りしながら通過。混乱したクレイFへと残ったメンバーが一斉攻撃を加える。
格納庫内の戦いは晟生の動きを発端として、トリィワクス側が優位となりつつあった。
◆◆◆
巨大生物兵器EB-RA、艦橋モニターで見た時はザリガニに似ていると思ったが、改めて全貌を眺めればエビにも似ている。かなりのサイズで顕現したとして、三倍ほどは大きいに違いない。
「ザリガニはカニじゃなくてエビだったかな? そうなると、これ美味しいかな」
攻撃する前にざっと確認し、どう攻めるか考えていたのだが、つい食べられるか食べられないかを考えてしまう。晟生もまた恐るべき執念で何でも食べようとする国民の末裔という事だ。
EB-RAの体表は赤黒い甲殻に覆われ、硬そうな表面はザラザラとしていそうな見た目である。肥大化した上半身はミソと身が詰まっていそうで、右側の巨大なハサミは身がたっぷり詰まっているに違いない。ただし左のハサミは細く鋭く、身は少なそうだ。苔や泥が付着し薄汚れ臭気漂うが、上手く処理すればいけるかもしれない。
「あの、今なんだか美味しいとか変な言葉が聞こえたのですけど。気のせいですよね」
食材もとい敵の攻略を考えていた晟生に愛咲が声をかけてきた。ランスの先にひっかけたクレイFを振り落とし、そのまま何度か鋭く振って体液も振り落としている。
「美味しそうに見えない?」
「どう見ても食べ物じゃありません」
「まあね、遺伝子組み換え食品みたいなものだし。さっさと倒そうか」
「ええ、その通りです」
今もEB-RAはトリィワクスに取り付き、クレイFを内部に送り込んでいるのだ。少しでも大本を排除し皆の負担を軽減する必要があった。
軽く浮上した愛咲を核として空間が歪み、青い煌めきが稲妻のように迸る。そして煌めきの中から紺碧の鎧を纏った戦乙女ヴァルキュリアが出現。編んで束ねた金髪を揺らし純白のスカートをなびかせ、ふわりと着地する。
隣には晟生が顕現したアマツミカボシがドンッと降り立ち、泥濘を辺りに飛散させた。
「まずは引き剥がす」
晟生=アマツミカボシは走りだした。一歩毎に足下の泥が跳ね蹴散らされ、その白き身体を汚していく。しかしそんな事は少しも気にせず突進、拳を振り上げるとEB-RAの巨体に渾身の一撃を叩き込んだ。
轟音――その攻撃はEB-RAの巨体に衝撃を与えただけではない。トリィワクス艦をその場で方向転換させ、激しく揺らしぐらつかせる。きっと内部では大変な事になっているだろう。
しかし、赤黒い甲殻は攻撃を耐えきる恐るべき強度を持っていた。あげく条件反射的に何対もある脚をトリィワクスの装甲に突き刺し張り付いてしまう。厄介な状況だ。
もう一度、同じ場所への衝撃。愛咲=ヴァルキュリアが飛翔してきたのだ。先程より衝撃は小さい。しかし、その勢いと重量は手にした槍先を通じ極めて小さな一点へと絞られている。
赤黒い甲殻にヒビが入り、さしものEB-RAもトリィワクスから離れ地面へと落ちた。
「やりました!」
「まだ倒してない、次の攻撃を――」
そのときEB-RAは咆吼をあげた。それは発泡スチロールを擦り合わせるような音だ。神魔装兵とはいえど、その精神は人間のもの。聞いた者の背中を泡立たせる音の前に硬直してしまう。
EB-RAがバネのように跳ね、エビらしい太い尾で愛咲=ヴァルキュリアを弾き飛ばした。
「きゃああああっ」
「うわあああっ」
晟生=アマツミカボシも巻き添えをくらい、両者は折り重なるように泥の中に転倒してしまう。肩を貸し合い立ち上がるものの、頭から足の先まで泥まみれ状態である。愛咲=ヴァルキュリアは泥で重くなったスカートが張り付き、太ももや腰周りが露わな状態だ。
「もう許しませんスキルで攻撃……トリィワクスが近すぎます」
「艦の動きが悪い、何かあったかも」
先程激しく艦を揺さぶった事を棚に上げ晟生は呟いた。
しかもEB-RAは再びトリィワクスに取り付こうとしている。ひょっとすると、そこを産卵場所と思い定めたのかもしれない。
「大戦を生き抜いて今まで生き延びたのか、それとも野生化して繁殖したのかは知らない。だけど、トリィワクスを養殖場にさせるわけにはいかない!」
アマツミカボシは空中に具現化させた剣をしっかりと握りしめ再び突進。トリィワクスに取り付こうとするEB-RAへと向かう。
斬りつける。弾かれる。
「晟生さん、焦り過ぎです! 落ち着いて下さい!」
「大丈夫。この剣はっ!」
愛咲の制止など構わず、さらに斬りつける。また弾かれる。
「全てを斬れる剣なんだ!」
強く信じて想う心に応じてか剣の輝きが増す。次の一撃で剣先が甲殻を斬り裂き、EB-RAがたじろぐ。まだ弱い。もっと信じて想わねばならない。アマツミカボシの力はこんなものではないはずだ。
――来る!
咄嗟に跳び退くと、寸前まで立っていた場所に巨大なハサミが振り下ろされた。ハンマーのような一撃が泥濘に打ち付けられ、激しい泥飛沫が跳ぶ。アマツミカボシは下がりながら直感的に手にした剣で前方を薙ぎ払った。
固い衝突音に重い手応え。
もう一方の細く鋭いハサミが突き込まれたのだと防いでから気付く。EB-RAは連撃を放った直後で動きを止めていた。戦いの中の僅かな機を逃すわけにはいかない。両足に力を込め前方を逃れ横に回り込む。ハサミが動きだし次の攻撃に移ろうとしている。
「エビは! こうやって捌くんだ!」
頭と胴体の甲殻の隙間に剣先を突っ込み動かし中の筋を斬った。その状態のまま、暴れる胴体に跳び乗り甲殻から生えた衝角を握りしめつつ、さらに中を抉るように斬る。
「愛咲手伝って!」
「はいっ!」
すっ飛んできたヴァルキュリアと共に尾の方を持ち、捻りながら思い切り引っ張る。グリュグリュと鮮度の良い音と共に身が引き出され、EB-RAは二つになった。
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