第7章
第82話 フォッフォッフォッフォッに見える敵
オカサキを発ち西へと進んだトリィワクスはヤズハ川を横断する。
こんもり盛られた堤防へと直角に進み、出力と共に普段より高度を上げ、一気に通過しようと速力をあげていく。艦橋モニターで確認できるヤズハ川は、まだ茶褐色を帯びているが水量としては大した事がない。
最近はどうにも暇があると艦橋に来ている。なんとなく艦内の女性たちから向けられる目線に熱を感じるのだ。それはただの気のせいかもしれないが、男一人で圧倒的多数の異性の中にいると、ちょっとした事でも敏感になってしまう。
そして艦橋の雰囲気が好きだ。
和華代を筆頭としたクルーたちの軽く張り詰め厳しいような、けれど和んで緩い空気があるのだ。そこに浸っていると、なんとなく働いているという気分があって楽しいのだ。
すっかり自分の席とした補助席で景色を眺めていた晟生はふと疑問に思った。
「トリィワクスは空を飛んでますよね。それなら下が洪水でも問題ないのでは?」
「あん? 何を言ってんだい、そんなの大ありに決まってるだろ。下の水量が多かったら、浮力が出ずに落ちちまうじゃないか。洪水の中にドボンッてのは嫌だよ」
さも当然のように和華代は言った。
「水面だと浮力がでない……? そもそも、このトリィワクスはどうやって浮いているのです?」
「さあ知らないよ」
「ええっ、知らないままで使っているわけですか?」
「そうだね。使い方と、やってはいけない事さえ理解していれば後は問題ないだろ」
「……なるほど、確かにそうですね」
かつての時代で自分も似たような状況だったと気付き納得はした。
たとえばスマホを例にすれば、どういったハードウェアが内蔵されどういった仕組みで稼働しているかは朧気に知っている程度でしかないだろう。しかし、それでも使用するには何の支障もないわけだ。
それぞれがどうやって動作し構造がどうなっているか、部品から仕組み至るまで完璧に把握して使用している者は少なかろう。
このトリィワクスも技術のブラックボックスが推し進められていった結果と思えば納得だ。
「ただまあ何だね。今から二百年ぐらい前にね、いろいろと技術的なブレイクスルーがあったとは聞いてるよ。第二次産業革命って言葉を聞いた事があるぐらいさね」
「二百年ぐらい前……」
「そうさ、神魔装兵が出現したのもそれぐらいの頃かね。その頃に大きな戦争が始まって世界はこうなったと、あたしはあたしの婆様から聞いちゃいるよ」
二百年という時間を世代で考えれば、およそ六世代か七世代はあるだろう。もし令和元年に生きていれば文政の頃となる。およそ人づてでは殆ど話が残っていないような時間差だ。
ただ晟生はいまいちピンッと来ない。
その頃の世の中は何となく行き詰まった閉塞感が漂い、格差という言葉を発端とした不平不満が深く静かに渦巻き、それまでありえなかった事件事故が発生し日陰にあったものが台頭していた。世界情勢も不穏であったが、それでも時代が動き大きな戦争が起きるほどの熱量はなかった。
「先行ドローン映像で渡河地点確認、形状変化等の問題なし」
「機関出力も問題なし」
「浮力安定、接近角度よし」
「周辺レーダーに異常なし」
次々と報告があがり、沖津副長がちらりと向けた視線に応え和華代が頷く。
「よしっ、川を飛び越えな」
「加速!」
少しだけ身体が後方に押されるような感覚があり、トリィワクスは速度をあげ堤防へと向かう。そのまま一気に通過すると速度を落とし高度を落とす。事前準備は大がかりでも、渡河そのものはあっけない。
ただし渡河という行為そのものは簡単ではない。
渡河する地点もどこでも良いわけではなく、またどの艦でも同じ場所というわけでもない。さらに必要な高度と速度と艦の能力などノウハウもいろいろ必要なのだそうだ。
「これでナコヤまで一直線ですか」
「いいや、まずは西に行ってチタ島が見えた辺りで海岸沿いに北上するのさ」
「チタ……島?」
「ああ、あんたから貰った地図だと陸続きだったけどね」
またも時代の変化を感じる話である。一体何が起きたのか――。
そこで鋭い警報音が鳴り響き、レーダー担当が当惑と緊張した声を張り上げた。
「前方に熱源……これは大型生物兵器です!」
「取り舵いっぱい!」
「回避間に合いません!」
前方モニターには地中から巨大な何かが出現しトリィワクスと激突。むしろ向こうから飛びかかって来たぐらいだ。艦が激しく揺れ悲鳴と共にアラームが鳴り響く。
緊迫した中で晟生は補助席にしがみつき、艦首付近にのしかかる赤黒い存在を目にした。
「あれは……」
「くそっEB-RAかい! 洪水で流されて来てたのか!」
その巨大生物兵器はザリガニに似ていた。細かな足で艦体にしがみつき、大きなハサミで掴んだ部分をねじ曲げ破壊してしまう。少し進んだかと思うと、ビチビチと尾を振っている。
「いかん小型種を中に産み落としおった! 総員に迎撃態勢を取らせな!」
「CIWS起動! 手動砲撃を行う、こちらにコントロールを回せ!」
コンソールの一つに飛びついた沖津がスティックレバーを操作しトリガーを引く。モニター内でオレンジの火線が伸びEB-RAを捉えた。だが、それはEB-RAの甲殻に弾かれ火花のような煌めきを生じさせるだけだ。
「くっ、効果が……」
「いや良い判断だよ、そのまま続けときな。晟生、急いで格納庫に向かいな。あんたを出したかないけどね、素体コアを付けた状態が一番安全だからね」
「了解です」
揺れる艦橋から飛び出すと、既に通路の隔壁が閉ざされていた。非常用扉を生体認証で開け進まねばならず、移動には少し手間取りそうだ。艦内の遠くから銃声が響き、どうやら先程の話に出た小型種との戦闘が始まっているらしい。
「うわっぷ」
晟生は思わず鼻と口元を覆った。ザリガニ臭としか言い様がない臭気が漂ってくる。少し先では過般型バリケードを設置したクルーたちが銃撃の真っ最中。その射線の先に存在する生物兵器が臭いの元だ。第一波を撃退し銃声が止むと、壁や天井に青黒い液体や破片が飛び散った状態となった。もちろん臭いは一層強まっている。
装填中のクルーが晟生の姿に気付いた。見覚えがあると思えば、救護班の班長だった。
「ここは危険です、まだクレイFが来る危険があります」
「ごめん、格納庫に向かうとこだから」
晟生の答えに救護班班長は頷き二人を護衛に付けてくれる。その二人を先頭にアラームの鳴り響く通路を走り抜ける。途中で何度も激しく揺れ、壁に肩をぶつけるが止まることなく進む。
格納庫でも銃声が響いていた。
「うわーぁ、侵入されすぎ」
壁の高い位置にある入り口から下を覗き込むと、思わず呻いてしまうほど生物兵器の姿があった。先程はしっかり姿を見ていなかったが、今は少し高い位置のためよく分かる。
甲殻に覆われザリガニと人を足し、微妙にセミっぽさを足したような姿。それがクレイFと呼ばれる生物兵器らしい。低く重く笑いのような鳴き声が不気味だ。
離れた位置では整備班が機動兵器を使い戦闘中だ。
ただし射撃武器ではなく格闘武器を使用しているため効率が悪く処理が追いついていない。流石に機動兵器が使用する射撃武器の威力では艦を傷つけてしまい、勝負に勝って試合に負けるような事になりかねないのだ。
機動兵器の合間から小銃での銃撃が行われ、晟生に同行してきた二人も攻撃に参加しだした。しかしそれでも焼け石に水状態。
「外のEB-RAと戦う前に、素体コアまで行くのが大変そうだ」
実際、大変どころの話ではない。
途中にクレイFの群れがいるため迂闊に近寄れそうにない。前に遺跡でモブゴブどもの間を走り抜けた事があるが……ここで同じような事をする気はなかった。
あんな危ない事は一度きりで充分。
二度も三度も成功するとは思うほど冒険心に満ちているわけではないのだ。
「うーん……」
格納庫の壁は細かな出っ張りがあり、無理すればそれを掴んで進めそうな見た目である。だが、艦が激しく揺れ手すりにしがみつくような状態では到底無理だ。
天井を見上げ考え込む晟生であったが、方法を思いつくなり下に向け身振り手振りで合図を送った。
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