第81話 報告連絡相談会

「アマツミカボシを見た?」

 晟生せおが訝しげな様子をすれば、初乃ういのは勢い込み身を乗り出した。知りたがっている事を伝えようと、身振り手振りを交え背伸びまでして一生懸命話しだす。

「本当なんだよ。すごーく雨が振ってさ、こーんなに風がビュービューしてる時に現れたの。フワッと浮いたらさ、ピカッと光って堤防がドカーンとなって水がドーッて出て万歳で助かったの。だけどさ、あれって間違いなくアマツミカボシなんだよ」

「なるほど、よく分からない」

「なんで分かんないのさ」

「今のどこに説明としての要素があるのかな」

 困り顔をした晟生は、お気に入りの白小袖赤腰帯ミニスカブーツ姿で腕を組む。

 台風一過のお陰で外は真っ青な快晴。

 あまりに綺麗な空なので、艦橋は全天周モニターが起動され、まるで爽やかな空の下を飛ぶ気分だ。もちろん吹きよせる風は空調の微風だけなのだが。

 艦橋には帰艦した戦闘班たちは勢揃いしていた。

 完全に出水が終わるまで現地に待機させられ、つい先程戻ったばかり。顕現時間ぎりぎりまで働いたあげく、移動に使われた高速艇で夜を明かし、さらに壊れた堤防の補修までして戻ったにしては元気そうな様子だ。

 むしろ艦橋クルーの方が疲れ気味で、それは艦長席で報告を聞く和華代に隣りで起立する沖津副長、さらには補助席に軽く腰掛けた晟生も同様であった。これは定期連絡はあったものの、その他にも様々な情報が入り乱れ、戦闘班を心配しながら待機していたせいである。

 和華代が目線を向けると愛咲が頷き説明を引き継ぐ。

「私も確認しましたが、あれは確かにアマツミカボシでした。直前に通信が入りましてタイニィと名乗っていました。恐らくは傭兵部隊のタイニィではないかと」

「きっと、それだろね。最近どうにもアイチで勢力を伸ばしていると聞いてるよ」

「声は明らかに男の人でした」

「……向こうのトップがそうらしいね」

「そうなんですか。それで応援に来てくれたのですが、晟生さんの操るアマツミカボシと同じく光線を放ちまして、対岸の堤防を破壊しました」

「なるほどね、それで被害を食い止めたというわけかい」

 頷く和華代を見ながら初乃が拗ねている。本人としては同じ説明をしたつもりのようだ。しかし晟生に頭を撫でて貰えば一変して笑顔になっている。

 それを横目で見る愛咲は不機嫌そうだが、責任を持って報告を続けた。

「ええまあ、でもオカサキの担当者は怒っていましたけど。対岸も荒野ですがオカサキ地域なので被害は被害だと。ですから翌朝に水が引いたところで、私たちで堤防の補修をする事になりましたのですが」

「なるほどねぇ……」

 和華代は話があった付近の地形を思い浮かべながら頷く。

 その先は大戦時の家屋など古い残骸が点在するだけで何も無い。むしろ、そうした場所に野良生物兵器が生息するぐらいなので、むしろ洪水で洗われた方が都合が良かった。文句を言うオカサキの担当者は単に意地になっているだけだろう。

 瞑目したまま指先を上下させる和華代に、周囲は黙り込んでいる。

「……愛咲や」

「はい、なんでしょうか」

「アマツミカボシで間違いないんだね」

「参加した四人全員が、それぞれそう思いました」

「なるほどね。ああ、なるほどね……まあ県都ナコヤに行かなきゃ分からんか」

「お婆様、何か気になる事が?」

「何でもないよ、あんたら四人ともご苦労だったね。しっかり休みな」

 力強く言った和華代は艦長席から立ち上がり手を叩く。

「さあさあ、オカサキから報酬をぶんどったら出航だよ。最終チェックと準備は念入りにね。各班にも、もう一度伝えときな」

 副長の沖津が敬礼するものの、残りは軽く頷いただけ。それでも行動は即座に開始しされ、それぞれの仕事をそれぞれが責任を持って素早く的確に行われていく。ここでは誰もが自分の役割を理解して責任を持っているのだ。

 そして愛咲たち出撃組は休憩を取るため、ぞろぞろと艦橋を出て行く――のだが、それぞれの晟生の服をしっかり掴み逃さぬよう連れだしていた。

 見送る和華代は、やれやれと小さく呟き助けを求める晟生の眼差しを無視した。


◆◆◆


 トリィワクスの談話室にある不定形椅子に座り彩葉はすっかり寛いでいる。

 不定形椅子は、かつての時代に存在したビーズクッションの進化型で半流体ゲルの椅子で、座った者は浮いているような感覚を味わえる。

 寛いでいるのは不定形椅子のお陰だけではなく、膝上に晟生を乗せているためでもあった。とはいえ、殆ど横たわるように座るため寝そべりながら載せている状態に近い。

「…………」

 晟生も心地よいと言えば良い。

 お腹に両手を回され抱き締められ、頭には頬ずりまでされている。彩葉の希望で抱き枕にされているのだが、もはやヌイグルミの如き扱いだ。

 しかし、それはそれで安心感があって温かで心地よく半流体ゲルよりも心地よい感触に包まれ晟生も極楽気分であった。

――タイニィのアマツミカボシか。

 その状態で考えるのは、先程の報告内容だ。タイニィのトップがソラチという名の男で、アマツミカボシからの声は男。この男が希少な世界の状態から考えれば、両者は同一で間違いない。

 アマツミカボシを操る空知晟生とソラチ。これが無関係と思えるだろうか、思えるわけがない。

 そして相手は中々の者だ。

 洪水への対応として堤防をあえて破壊し、そこから水を放出させ他への被害を軽減させる。方法としては誰でも思いつきそうだが、それを緊急時に咄嗟に判断し実行する事は簡単ではない。和華代は争いになる可能性を以前に口にしていたが、できれば争いたくない相手と言える。

 真摯に考えていると彩葉の手に込められた力が増していく。

「ああ、もう晟生くん可愛い」

「うぐっ……」

 生物兵器と白兵戦すら可能な彩葉の力で思いっきり抱き締められると、呼吸すら難しい。身体がミシミシと音をさせるような気がする。まるで大蛇にでも巻き付かれた気分だが、彩葉は神魔装兵のラミアを使っているのだ。もしかすると、その影響があるのかもしれない。

「うん、やっぱり最高の気分」

 感極まった彩葉の声が耳元に聞こえ、吐息を感じたかと思えば耳を甘噛みされ。膝の上から半分ずり落とされたかと思えば、足の間に挟まれ絡みつくように締め付けられる。女の子特有の良い匂いと感触に包み込まれた状態でいろいろとヤバイ。

 だが、目下の問題は窒息寸前という事だろう。

 晟生は精一杯の声を絞り出した。

「く、苦しい……」

「うん? ごめんね、彩葉さん力強いから痛かった?」

「大丈夫だけど、もう少し弱めにしてくれると嬉しい」

「うんっ、気を付けるね。彩葉さん大きいから、気を付けないと」

 肩ごと抱かれ、またしても頬ずりされる。

 なんだかもう彩葉と一体化していくようで、思いっきり甘えたくなる気分だ。無条件で愛され甘やかされたい男の願望がくすぐられ、この身の全てを任せきりたくなる。きっと彩葉であれば、それを叶えてくれるに違いない。

 だが、甲高い電子音と共に晟生は我に返った。

「はいそこまで時間です」

 ずいっと目の前に突きつけられるのは、残り時間がゼロになったタイマーで、それは相変わらず甲高い音を響かせている。

「あれ? 彩葉さんとしては、まだ半分ぐらいの気分です」

「ちゃんと時間通りですよ」

「なるほどなるほど、楽しい時間はすぐ終わる。それは真理」

「そんな事を言って時間を誤魔化してますね」

「ばれた」

 ひょいっと両脇を持ち上げられると、晟生は床の上に開放された。だが、まるで地球に帰還したばかりの宇宙飛行士のように、ふらふらとしか歩く事ができない。

「……足に力が入らない」

 ご褒美タイムで各人の希望を叶えている最中だが、これでようやく二番目となる彩葉の希望が終わったところだ。なお一番目はミシェであったが、エロエロニャンニャンと無茶や怪しい事をしかけたため中止となっている。最後は晟生に踏まれ弄られて終わったが、それはそれで嬉しそうだったので問題あるまい。

「それでは、私の番ですけど一緒に料理をお願いします」

「いつも一緒に料理してるのに?」

「でも二人っきりはないですから。二人の共同作業でケーキをつくり、それを一緒に食べる。ああ、最高です」

「なるほど、それじゃあ始めよう」

 ご褒美は人それぞれである。なお初乃の希望はこの後で、何やら不公平解消がどうとか風呂がどうとか言っていた。それが何かは知らないが、まずは愛咲とケーキ作りだ。

 とりあえずソラチとアマツミカボシについての考えは中断する。どうせ直ぐに分かるに違いないのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る