第75話 知らぬが歴史

 オカサキという街は幸運に恵まれた街だった。

 大戦時は北方面に存在する大工業地帯に攻撃が集中、これにより戦火による被害が軽減される。その後は西のナコヤに東のシズオカと繁栄する都市の中間にて、行旅人や交易商の拠点として長い荒廃の時代を生き延びてきたのだ。

 そんな立地であるため、トリィワクスもオカサキに寄港するのは当然だった。

 本来は軽く寄港するだけが、急遽ここでしっかりと休憩を取る事に予定が変更され、晟生せお初乃ういの彩葉いろはを連れ市街をぶらついていた。

「さて、どうしてオカサキに寄港したかな。入県審査のご苦労さん会かな?」

「なんかさ、県都ナコヤに入る前にここで補給なんだってさ」

「シズオカを出たばかりなのに……なるほど」

 何かあると晟生は判断した。

 街並みを見れば、オカサキの街は大きく栄えているわけではない。ここよりは、県都と呼ばれる地で商売をした方が儲かるだろう。それを態々寄ったという事は、ナコヤでは取引が難しい何かがあるという事に違いなかった。

 だが、初乃は分かっていないらしい。

「なるほどって?」

「気にしなくていいよ、ちょっと思っただけだから。まあ必要とあれば艦長が言う筈だからね、あの人はそういう点はきっちりしてる」

「何だか分かんないけどさ。とーぜん、婆っちゃは凄いんだから」

「そうだね」

 自分の祖母を自慢するような初乃の様子を可愛らしく思いつつ、晟生は目の前のにそびえる建物を見やった。

「でも、まさか城が残っているとはね」

 それは城であった。

 流石に鉄筋コンクリート製の部分はアル骨反応で白い滲出物やひび割れが目立ち、一部には剥離は欠損なども見られている。だが、補修や増築によって城はいまだ健在であった。

 見上げる晟生は最近お気に入りの、白小袖に赤腰帯、ミニスカートにブーツといった和洋折衷姿だ。少しだけ巫女っぽい雰囲気のある服装のため、城を背景に立つと妙に似合っている。

「しかも、何か使い込まれた様子もある……」

「うん、生物兵器に襲われた時。ここに籠もって防衛した、と書いてある」

「書いてある?」

「そこ、看板があるのですよ」

 彩葉が言った。

 銀色をした髪に、褐色の肌と紅い瞳。黒シャツに軽いジャケットを羽織り、下は膝丈ぐらいのパンツとラフな格好だ。しかし背には大鉈のような大剣を背負い、腰元には以前に晟生がプレゼントしたナイフを身につけ、のんびりした雰囲気とは裏腹に周辺を警戒している。

 それで設置された看板の存在にも、すぐ気付いたというわけだ。

「ぼく見てくる!」

 さっそく初乃が走って見に行くが、またすぐ駆け戻って晟生の手を引く元気の良さだ。そのショートパンツな姿からして活動的だが、こちらはすっかり護衛の本分を忘れている。とにかく晟生とお出かけという事が嬉しくて堪らないらしい。跳びはねるようにして先導していく。

 そして身を乗り出すように看板をよみ、ふむふむと頷いている。

「このお城って、千年も前に建てられたんだね。凄いよね」

「へっ?」

 晟生は思わず呆れ声を出した。

「いや、それはないでしょ」

「そうなの? でもさ、ちゃんと書いてあるよ」

「うわ本当だ」

 築城千年と言った文字と共に、城の由来やらなにやらが記されていた。

 どう考えても間違いなのだが、初乃はすっかり感心しては信じきっている。

「うーん千年とかロマンだね、ロマン」

「でも、これは復元された城のはずだし。それに元々あったものだって千年も前じゃないから。概ね……ああ、そうか」

 途中まで言いかけて晟生は気付いた。

 いくら言っても証拠が無い。

 確かに晟生は、この城が戦国期に建てられ後に廃城となって復元された事を知っている。だが、その事を客観的に説明できる情報やデータがない。更に言うなれば、晟生とて教科書に載っていた事を知っているだけで、詳しく知っているわけではないのだ。

「困ったな。ちゃんとした資料でもあればいいのに」

「そう? そこに資料館がある、と彩葉さんは見つけたものを報告しておきます」

 三河侍の館と記された資料館があった。

「よし、これなら間違いはすぐわかるよ。どうせ暇だし行ってみよう」

「賛成賛成、ぼく賛成。一緒に行こ!」

「よし、ちゃんとした歴史を学ぼう」

 初乃に手を引かれ歩きだす。 


◆◆◆


「えっ……あれ? なにこれ……うそ……」

 晟生は膝から崩れる思いであった。彩葉が支えてくれねば、実際にそうなっていただろう。

 入館して最初は見過ごし、気付いて苦笑し冗談と思い、それから不審を抱き、最後は我が目を疑い悩んでしまう展示があった。それが何かと言えば、三英傑のひとりにして戦国時代に終止符を打ち幕府を開いた人物の像である。

「どうしたの大丈夫? 頭撫でる?」

「それは後で……」

 その郷土が誇る英雄の像は――煌めく瞳をした萌え系美少女の像だった。

 しかも肌も露わで下着さえ露出するミニスカート姿。武将の美化だとか超イケメン化だとかですらない、身に付ける甲冑の一部に名残りがある以外は少しも似ている要素がない。もはや別人であった。

 呆然とする晟生の横で初乃が眼を輝かせながら感心している。

「天下統一なんて凄いや、ぼくも頑張らなきゃだよね」

「待て待て待って、どう見たっておかしい。これは間違いだって」

「どうしたのさ」

「いや、だってほら。こんなのどう見たって間違いでしょう。この武将はむしろ狸親父のイメージで、そもそも性別からして違うし。これじゃあソシャゲの女体化武将並の改変……」

「でもさ、ちゃんと資料だってあるよ」

 初乃が示す先に発掘された古典文書が展示されていた。

「諸悪の根源はこれか……」

 萌え萌え美少女武将列伝とあった。歴史の断絶を経て様々な資料が失われ、これが一次資料となってしまったのだ。誰がこんな未来を想像しただろうか。とんでもない事態である。

 否定したいが、否定するだけの材料がない。

「博物館か美術館があった場所を調べるか? いや、本のあった場所を探すか……」

 ぶつぶつ言いながら歩いて行く。

 しかし、この場所の展示を見ていると本当の歴史とは何か分からなくなる。誰かが正しいと言って万人が受け入れさえすれば、もうそれが正しい歴史として通用してしまう。そうなると晟生が学んで知っている歴史とて、極論を言ってしまえば真実と程遠いものかもしれないのだ。

「もう何も信じられないよ」

「うん? 彩葉さんのことも?」

「そっちは信じてるよ。信じられないのは歴史」

 せめてもの救いは資料館が寂れている事ぐらいだろう。他の入館者はいない。

 こうした文化的な物事は生活に余裕がなければ目が向かないもので、この街のみならず社会全体に余裕がない事の証左なのだろう。とはいえ、このまま永遠に寂れていて欲しい気分だ。

 展示を見ていけば、世界荒廃の原因となった大戦についても触れられていた。

「世界の分断と大国の対立、そして第三次世界大戦か……」

「うん、そこで神魔装兵が活躍してる」

「核兵器さえ利かない存在の登場で、戦いが激化。でも、それで本当にここまで世界が荒廃したのかな? 分からないな」

 晟生は腕組みして悩んだ。

 しかし、どうやら初乃は退屈になったらしい。辺りを見回し興味を惹かれた場所へと走って行った。そして、駆け戻ってくると晟生の手を取る。

「あっちに変なのがあるよ!」

 相も変わらず元気いっぱいだ。

 そして大はしゃぎで案内した先にあったものは、安易に描かれたようで奥深い顔、白いシーツを使ったコストパフォーマンス良さげなキャラクターだった。しかし白い身体は赤茶色に変色し薄汚れているが、それは恐らく血だ。

「これってオガ左衛門……!?」

「えっとね――」

 初乃が読み上げる説明文によれば――オカサキが生物兵器の大群に襲われた際に武将隊を率い先頭に立って戦い続け、最後にはその死をもって人々を鼓舞しオカサキを守り抜く原動力になった郷土の英雄にして守護神――とある。

「非公認キャラが無茶して……でも、英雄扱いか」

 少しばかり懐かしげに、そして悲しげに晟生は呟いた。自分が二百年の時を超えた間にも歴史は積み重ねられ、新たにして奇妙な伝承が誕生しているらしい。

「ここが未来だって改めて思い知らされるよ」

「やっぱり戻りたいの? つまりさ、晟生の居た過去とかって事だけどさ」

「うーん、どうかな。戻る方法があるかさえ分からないからね。まあ、仮にあったとして……」

 あったとして挑戦するかは別だ。もし過去に戻れるなら、とっくに誰かが過去にいて都合良く改変しているはずである。その痕跡がないのであれば、方法がないという事なのかもしれない。

「うん、仮にあったとして。初乃や彩葉たちと分かれるのも辛いかなって思うよ」

 二人の目が輝いた。

 それから初乃は更に明るく元気に振る舞い、彩葉は晟生の頭を撫でたりするのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る