第74話 憧れのロボは戦闘用

 格納庫は僅かにオイルの臭いが漂い、そして乾燥している。

 耐圧扉を後ろ手に閉めると、微かな駆動音と共にパッキンに圧がかかり扉が密着される。戦闘を前提にした艦だけあって隔壁としての役割を持っているらしい。

 空調の効いた艦内からすると少しだけ肌寒さを感じ、晟生は軽く腕を組んだ。

 整った容貌に華奢な体格で長い髪。そして腕には小さな蓋付きバスケット――ピクニックに持って行けば丁度良い――がある。金属製の階段を軽い足取りで降りる姿は可愛らしく、男が希少という現実を差し引いたとして、誰もこれが男などとは思うまい。

 最後の一段を軽く飛んで軽やかに着地する。

「よっと」

 トリィワクスの格納庫はドッグ形式となっており、車両や兵器などの収納と交易品や資機材などの倉庫も併設されている。そのため様々な物が置かれ、かなりの広さがあるわりには案外と手狭な印象だ。

 コンテナ類や油圧リフターのみならず、車両や兵器などが整然と並ぶため整然とした印象を受ける。ここを管理する整備班は几帳面なのだ。

 どうやら今も作業中らしく、甲高い切削音や連続する打音が聞こえてきた。

 広い格納庫は内装に化粧パネルが設置されておらず無骨な灰色の構造材が剥き出し。天井には多数の照明とクレーン、消火設備関係のノズルとスプリンクラー。壁面には配電盤や分電盤に制御盤、配管ケーブルや配線、その他にも良く分からぬ機器が設置される。

 物珍しい光景ではあるが、二百年前にもあったかもしれない光景だ。

 見る人が見れば驚くような機構や材質なのかもしれないが、少なくとも晟生が思い描いていた――マンガやアニメで想像された――近未来の光景ではない。

「ああ、でも艦自体が凄いか……」

 ぶらぶらと歩きながら晟生は呟いた。

 地上高数メートルを浮き、陸上を航行するトリィワクス艦は不思議の塊だ。

 どうやって浮いているのか、動力はどうなっているのか全く分からない。なお、分からないのは晟生だけでなく艦の全員が分からないようだ。指揮をとる艦長も、整備や修理を行う技術者も根幹的な理屈や理論までは把握していなかった。

「あとはこれだね」

 ハンガーデッキの素体コアを見上げる。

 都合五体が並び、一番手前には晟生が着装するアマツミカボシの素体コア。その装甲は柔らかな風合いをした乳白色で、流線型に整えられどこまでも美しい。

 これが第三種相転移と呼ばれる現象によって人型から神型へと姿を変え、神話や伝説の存在を地上へと顕現させる。全くもって不思議だ。

 充分に発達した科学技術は魔法と見分けが付かないと言うが、まさにそれだ。

 見つめていると、心なしかアマツミカボシの素体コアも見つめ返してくるような気さえしてくる。もちろん気のせいだろうが。

「さて、そろそろかな」

 視線を転じいそいそ歩きだすのは、ここに来た用事は別にあるからだ。

 素体コアたちの前を通り過ぎ、兵器類の置かれた倉庫付近へと向かう。大きめの装甲車両で遮られた向こう側から、甲高い切削音が響く。

 その発生源は、赤いコーンで囲われた場所に立つ人型機動兵器だ。

 大きさは人の背丈の倍以上で、転倒防止ケーブルで床に固定された様子は、さしずめ囚われの巨人だろう。各部位は誇張されたような形状をしており、たとえば各種センサーのある頭部は小さめながら、シールドと装甲を兼ねた肩は張り、人が乗り込む胴体部はむしろコンパクト。脚部では股は太く重心バランスをとるため僅かに逆関節となり足先は大きい。

 その姿はロボロボしく、これぞ近未来といったものだ。

 ただし今は何カ所かの装甲を外され、そこで作業する整備班の女の子たちがケーブル付きの工具を使い火花を散らし部品を削っている。

「そこあと五ミリ削って、メッシュケーブル貼ったら通るか確認お願い。調整は後でやるから、今は取りあえず形で仕上げちゃうから!」

 手にした図面を見ながら指示を飛ばすのが、整備班長のリーヌだ。

 髪にはバンダナを巻き、防護眼鏡にオーバーオールの作業服姿。いざとなれば機動兵器に搭乗し戦場に突っ込む気概を持つ女性である事を晟生は知っている。実際にそれで助けられたのだから。

 作業に集中しきった姿は感心すると共に、何か見惚れてしまうぐらいだ。

 しかしながら、それはそれとして話しかけるタイミングが難しいのも事実。どうしようかと晟生が迷っているとアラームが鳴った。作業台に置かれたタイマーが大音量を響かせる。

「はい休止、休止。作業休止で休憩するよ」

 リーヌの声で整備班の女の子たちは渋々と作業をやめた。名残惜しげな様子から分かるように、いずれも機械弄りが大好きで、放っておけば没頭してしまう。だからアラームで適度な休憩を決めているのだった。

「うーん、肩が凝っちゃった」

 リーヌはオーバーオール作業服の上をはだけ、袖を腰元でしばる。タンクトップ姿で両手をあげ、無防備に大きな伸びなどをしている。紳士な晟生は軽く咳払いをして姿を現した。

「それなら肩ぐらい揉むけどね。いつも、お世話になってるから」

「えっ? あっ、わわわっ。晟生!?」

 大欠伸の最中であったリーヌは急いで口を閉じ変な顔をしている。晟生が微笑ましく思った気分を顔に出してしまうと、見る間に真っ赤になっていく。少し涙目なぐらいだ。

「見てたなら声かけてよ。酷いじゃない」

「ごめん。頑張ってる姿に見とれてたから」

「み、見とれるとか……やだなぁ、冗談よしてよ」

「頑張って打ち込んでる姿とか、本当に綺麗で素敵だと思うよ」

「はうあああっ」

 コミュニケーションは大切だからと素直な感想を述べたところ、リーヌは両手で頬を押さえうずくまってしまった。

「あっ、ごめん。実は一緒にお茶でもしようかと思って、時間を見計らって来たわけなんだけど。いいかな?」

 言うなり整備班の女の子たちは電光石火で動く。床が拭かれ敷物が広げられた場所が手で指し示される。悶えるリーヌを正気に戻そうと、ぺしぺし叩く様子は見ない事にして、晟生は用意された場所に遠慮無く座った。

 持って来たバスケットを前に置く。

「休憩中に食べられるものと思って、軽くつまめそうなものを用意したよ」

 取り出したものはパンに野菜やハムなどを挟んだもので、つまりはサンドイッチだ。このトリィワクスの自動調理機には登録されていなかったメニューである。おそらくは外部に持ち出して食べるという前提がなかったのかもしれない。

「自動調理機のパンとサラダを流用しただけだから、凄く簡単なものだけど」

「そんなことないよ! ねえ、みんな」

 リーヌの言葉に整備班のメンバーは力強く頷いている。

「晟生があたしたちの事を考えて、あたしたちの為に用意してくれたんだから。感謝しなかったらバチが当たっちゃうよ」

「バチって……」

「ねえ、食べていい?」

「どうぞ、その為に持って来たから」

 晟生が頷くなり、整備班の女の子たちは互いに視線を交え様子を窺い、次の瞬間には一斉に手を伸ばし我先にと奪い合った。本来は止めるべきは班長のリーヌだが、今はハムサンドを奪取し嬉しそうにかぶりついている。

 喜んで貰えて光栄ではあるが、なんと言うべきか困り笑いを浮かべるしかない。

「あっ、ごめん。晟生の分が残ってなくって」

「気にしなくていいよ。それより皆が食べてくれた方が嬉しいから」

「……うん、ありがと」

「よかったら、またつくるけど」

「是非是非」

 整備班のメンバーは作業に没頭するあまり、食堂に来る時間は遅く営業終了間際に駆け込んでくる。それから大急ぎで食べているため、休憩時間でも食べられるような出前を考えていたのだ。喜んで貰えて何よりであった。

 出されたお茶を飲みながら、晟生は修理中の機動兵器に目を向ける。やはりメカとかロボというものには憧れや興味がある。装甲が外され内部が露出した状態など、そそるものがあった。

「その機動兵だけど――」

「形式はPD515X-4で、通称がドール」

「うん、そのドールの修理ってまだ残ってたんだね」

 遺跡で発掘されたのはシズオカに行く前である。おそらくは、そこで売り払われたに違いないと思っていただけに、こうして残っている事が意外であった。しかも奥には修理が完了したドールが、見えているだけでも四機もあるではないか。

 晟生の視線を辿ってリーヌは軽く頷いた。

「本当は売り払うつもりだったらしいけど、艦長の命令で動かせるドールを増やしたいらしい。最近はアマツミカボシにセクメトも増えたってのに、なんだかね……きな臭い感じ」

「戦力が必要って事かな?」

「そうだね。でも単なる想像なんだけど」

 心配げなリーヌではあるが、晟生としてはうっとりするばかりだ。それが戦いのための兵器だということはさておき、アニメなどで憧れた二足歩行メカが現実として並んでいるである。どうにも、わくわくしてしまう。

「うーん、でも近未来って感じで格好いいかな」

「晟生はドールのどこが気に入った?」

「膝の後ろかな。メカっぽい関節と動力ケーブルが良い感じ」

「おっ、通だね。そうなのよ、この関節は二重屈曲式なんだけど、これが採用された事で従来より可動範囲を向上させつつ耐久性が向上して、さらに僅かだけど横方向への遊びも生まれたのよね。だから人体の動きに大幅に近づいて、上部の加重を支えることが出来るようになって――」

 周りの整備班も巻き込んで、関節談義が始まってしまった。

 どうやらマニアの虎の尾を踏んでしまったと気付いた晟生であったが、もう手遅れである。休憩終了を告げるアラームが鳴り響くまで、難しい用語の嵐に困り果てるしかなかった。

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