第70話 手加減はどこ行った

 細砂が覆う大地に植生は僅かしかなく、剥き出しの黒々とした岩盤が模様のように存在する。過去の遺物らしきコンクリート片がなければ、ここにかつて都市が存在したとは誰も思うまい。

 吹きすさぶ風の音ばかりが鳴り響く荒野に、ドンッと重い足音が荒野に響いた。

 砂を蹴立て走る白い存在――アマツミカボシは白銀の兜をかぶり、黄金色をした目を力強く輝かせる。腰元に白布を巻き付けただけの肉体は精悍なもので、描かれた赤の文様が目を惹く。

 その手が頭上へと掲げられると、虚空から両鎬造りのつるぎが出現。柄を握りしめると同時に跳躍、勢いを載せ大きく振り下ろした。

 だが、その一撃は甲高い音と共に斬撃は槍によって受け止められる。さらには受けの角度を巧みに変えられ、見事にいなされてしまう。勢い余った剣先は地面を深く抉った。

 アマツミカボシの動きに遅滞が生じた瞬間、鋭い蹴りが叩き込まれ、白い身体は数十メートル離れた岩盤へと激突した。

「まだまだ甘いです」

 槍を構えるのは青いブレストプレートのヴァルキュリアだ。羽根飾りの付いた白銀の額当てに、編んで束ねた長い金髪。その優美な姿の彼女は、女性らしい胸の膨らみの前で槍を構える。

 倒れたアマツミカボシが膝を突き身を起こすと、身体からバラバラと小石が落下していく。

「容赦がない――うわっ!」

 しゃがんだ状態から両手両足で跳び、その場を逃れる。同時に大斧が叩き込まれ、それまでいた場所の岩盤を粉砕した。それをしたのは雌獅子頭のセクメトで、今の攻撃をアマツミカボシが避けた事を嬉しそうに手を挙げ喜んでいるが、やっている事は恐ろしい。

「今の避けるなんて凄ーい」

「凄くない! 今の避けなきゃ駄目な攻撃じゃないか。手加減は!? 手加減はどうなった?」

「大丈夫大丈夫、これぐらい大丈夫だから」

「絶対に大丈夫くない!」

 振り回される大斧をアマツミカボシは剣を使い受け止めまたは弾く。殆ど反射的な動きで身を守る。確かにセクメトが言うように命中しても大丈夫かもしれない。ただしそれは死なないというだけの話だ。

 アマツミカボシは神魔装兵と呼ばれる兵器によって地上に顕現した存在である。

 科学の力によって再現された神話であるため、倒されたとしても素体コアと呼ばれる強化外骨格の状態に戻る。ただし、受けた傷みの感覚は乗り手にフィードバックされるわけで、それのどこが大丈夫と言えるのだろうか。

 アマツミカボシと化している晟生はヴァルキュリアに向け叫んだ。

愛咲あさきからも何とか言って!」

「でもですね、ほら昔から言うじゃありませんか。痛くなければ覚えませんと、さあ私も行きますよ!」

「ちょっとおおおっ!」

 新たに槍が襲い来る。

「くそうっ、この姉妹ときたら本当に容赦がないよ!」

 悲痛な声でぼやく晟生=アマツミカボシは必死に攻撃を捌き続ける。だが、何事にも限界はあるもので最後は槍と斧の一撃を同時に貰ってしまう。

 そして荒れ果てた大地に苦痛の叫びが響くのであった。


◆◆◆


 強襲揚陸艦トリィワクスの格納庫。

 高い天井に幾つもの照明が輝く広い空間だ。戦闘系車両だけではなく、幾つかの交易品用コンテナも置かれているため保管庫扱いでもある。雑多な資材もちらほらとあるため、倉庫扱いもあるかもしれない。

 内部に注意喚起の警報が鳴り響き、作業に勤しんでいた整備班は小走りで隅に待避していく。

 出撃用のハッチがゆっくりと開きだすと、外部の乾いた埃っぽい空気が勢いよく流れ込む。そこには細かな砂が含まれるため後の掃除が大変となる。だが、整備担当たちは外の景色をじっと見つめた。

 濃い青空に白雲が浮かび、特には黒味を帯びた山があり赤みを大地に緑の植生がまばらに点在する。眩い陽光に照らし出された外はコントラストが強く、相対的な光量差によって格納庫内が薄暗く思えるだけに、なおのこと美しく芸術的な一枚絵に見えてしまうのだ。

 その一枚絵の中に黒い影が現れ、真っ直ぐに接近。

 開かれたハッチから、するりと入り込むと格納庫内部にズシンッと着地した。純白の流線型をした装甲の素体コアだ。金属の床上を滑らかな動きで歩き内部へと進んでいく。

 さらに女性らしい体つきを再現した素体コアが流れるように入って来る。

「愛咲ヴァルキュリア、無事に戻りました」

 着地寸前に軽く浮き上がり勢いをころし、ふわりと着地。周りの整備担当に軽く手を挙げ、親しみを込めた挨拶をするが、その青味を帯びた装甲は胸は大きく腰はくびれ見事なものだ。

 数歩進み後ろを振り返る。

 少しばかり心配そうに見つめるハッチから、赤い素体コアが飛び込むように入って来た。勢いを止めようとするかのように両腕を広げ、両足を揃えながらドスンと降り立つ。そのままつんのめりながら前に進んでしまう。

「わわわわっ!」

「だから、もっと速度を落とすように言ったのですよ」

「ごめんありがと」

 愛咲に止めて貰った初乃は申し訳なさそうに言った。

 ハッチがゆっくりとした動きで閉まっていき、外の景色が完全に消える。ハッチ周辺で擦れるような音がするのは、気密パッキンが作用して密着しているためだ。目が慣れるまでの数瞬だけ、格納庫内は薄暗い場所のような状態となった。

 最初に帰艦した白い素体コアがハンガーデッキに移動、所定場所で静止。伸びてきたアームに固定される。

「ううっ……酷い目に遭った」

 晟生は展開した装甲の間から抜け出ると呻くようにぼやいた。

 ハンガーデッキ傍らの足場で胡座をかき、疲れた様子で長い髪をした頭をかいてみせる。白地の上着に赤のスカート姿にしては少々はしたないが、本人は気にもした様子もない。

「作業入りまーす」

「あ、よろしく」

 ただし、整備担当に対しては和やかに頷き挨拶を欠かさない。ただし素体コアのパラメーターチェックの報告に対しては了解の回答だけ。たとえ異常値が告げられたとして、そのまま頷くかもしれない興味なさだ。

 そこに明るく無邪気な顔をした初乃が小走りでやって来た。

 着ているのは身体に密着したインナーのようなパイロットスーツだが、下は半ズボンのような状態である。殆ど起伏のない体つきが露わだが、それはそれで健康的な雰囲気にぴったりだろう。

「お疲れー」

「お疲れじゃないよ」

「あれ、どうしたのさ。なんか機嫌悪い?」

「そりゃね。いくら訓練とは言っても二人がかりで一斉に攻撃してきて、こっちが待ってと言っても容赦なく手も止めず追い回してきたじゃないか。機嫌が良いと思う?」

 そんな晟生の言葉を聞くと、パラメーターのチェック中だった整備担当も気の毒そうな顔をしている。きっとモニターで訓練風景を見ていたに違いない。だが、領分の違う場所に口を挟むつもりはないらしく、また直ぐに作業に集中しだす。

 立ち上がった晟生が格納庫の床に降りていくと、初乃は胸の前で両手を握り勢い込んでみせる。

「でも晟生ってば全部捌いてみせたでしょ。絶対凄いよ、きっともっともっと強くなるよ」

「その前に倒れなければだろうけどね」

「次はミシェも加えて三対一とか」

「絶対に嫌だ」

 しっかりと釘を刺しておく。そうでないと本当にそうなりかねず、きっとミシェの操るケットシーは大喜びで悪のりしながら攻撃してくるに違いない。誰が好き好んで痛い思いをしたいだろうか。

 肩を竦め歩きだすと初乃が横に来る。両手を後ろで組み笑顔で見上げて来る。一緒に歩いているだけで嬉しいといった様子である。

 もちろん晟生としても――訓練の内容はともかくとして――まるで子犬のように側に来る少女の存在は好ましい。口で言うほど不機嫌ではないのだ。

 青味を帯びた素体コアの元に行く。

「パラメーターに異常なし。ただ許容範囲でもγ値がやや増加傾向ってとこかな。今回は様子見で次も増えるようだったら、一度調整してみよっか」

「分かりました、お願いします」

 整備担当に愛咲が頷いている。こちらも初乃と同様、体つきのよく分かるパイロットスーツである。ハンガーデッキの足場という高い位置にいるため見上げる事になるのだが、長い金髪が揺れる下にきゅっとしたお尻やスラリとした足がよく見える。

「あっ、晟生さん。お疲れ様です」

「お疲れ」

 気付いた愛咲はステップの段を弾むように降りてくる。もちろん、その服装が服装で身体が身体のため胸あたりも弾むように揺れている。隣の初乃は自分の胸をペタペタ触り考え込んでいるぐらいだ。

「着替えたら食堂でお茶する?」

「そうですね、そうしましょう。ミシェと彩葉も誘って、戦闘班で打ち合わせとしましょうか」

 和やかで楽しげな笑顔に囲まれ晟生はしっかり頷いた。こんな日々も悪くないと、少し思いながら歩きだす。ただし、ハードな訓練は勘弁したかった。

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