第66話 ぎょぎょぎょのお魚

「マズいのニャ! 待ってるのニャ、今助けに――」

「大丈夫。ここは任せて」

 晟生=アマツミカボシは腕の一振りでミシェ=ケットシーを制した。

 そして全身に気合いを込め踏み込んだ。足下の地面が弾け後方へ土砂を飛び散らせる。まともに浴びたケットシーが悲鳴をあげるが、誰もそちらを気にもしない。なぜならば、一直線に突き進む白い姿に誰もが目を奪われているのだから。

「いま助ける!」

 飛びつくように初乃=セクメトの元へ到着。伸縮性のある触手を両手で思い切り握りしめ、無理矢理に引きちぎる。青黒い液体が噴き出し、巨大生物から苦痛の咆吼があがる。巨体のため、どこから声を出しているかは不明だ。

 幾条もの触手が反撃のため押し寄せてくる。

「そんなもので!」

 咆えるように言って晟生=アマツミカボシは大きく跳躍する。もちろん捕らえられていた初乃=セクメトを抱えたままでだ。後方に着地すると抱えていた雌獅子頭の女神を肩に担ぎ直し、空いた片手に虚空から取り出した剣を握る。

 右に左にと剣を振り捌き、迫る触手の尽くを薙ぎ払う。まるで草でも払うが如き動きだが、一閃毎に多数の触手を斬り飛ばしていく。触手は次から次へと押し寄せ、剣の動きは止まることがない。

 周囲には断たれた破片が飛散。それらは建造物に激突し損傷させ、または押しつぶし破壊させる。さらには地面の上で細かくのたうち、青い液体をまき散らしていった。

 しばし続いた均衡も終わりを告げる。

 ついに触手の方が引いたのだ。これ以上の損傷は生体機能に影響があると判断したのか、それとも単に根負けしたかは分からない。何にせよ剣を握るアマツミカボシを厄介な相手と認識した事は間違いない。

「今の内に後方に下がって」

 そっと降ろされたセクメトは小走りで待避していった。

 アマツミカボシは剣をひょいっと上に放り投げる。殆ど浮かせるに近いぐらいの仕草で、そのまま逆手で柄を掴むなり腕を引き上体を後ろへと逸らす。次の瞬間、前傾しながら腕を振り抜く。

 放たれた剣は矢のように、または砲弾のように突き進む。途中にある海棲生物の巨体をあっさり貫通。勢いは留まらず衝撃波によって海面上に長い一本の線を残し波立たせ、そして虚空へと消えた。

 巨大海棲生物は力を失い、その身体が傾ぎ擱座していく。

 むろん、その時点でアマツミカボシは疾走して駆け寄り跳躍。捕らわれたヴァルキュリアを触手から解放。次にラミアを捕らえた触手を引き剥がす。なお、併せて胸を覆う布地までも千切れ重量感ある胸がゆさりと露わになっている。

 認識はしているが躊躇している暇はない。

 既に海棲生物は大きく傾き、海中へと沈もうとしている。晟生=アマツミカボシは仲間を両手に抱え、陸上へと大きく跳んだ。港湾護岸へと着地すれば、その勢いと神魔装兵三体の重量によってコンクリートがひび割れる程であった。

 巨体が沈んだ事で海面は大きく荒れ、護岸には強い波が何度も打ち付け辺りに磯臭さを充満させている。飛沫を避けるアマツミカボシはそのまま海から離れようと歩きだした。

 両腕にはそれぞれヴァルキュリアとラミアを抱えたままだ。

 ヴァルキュリアの方は鎧を掴んだ状態のため良いが、ラミアの方は胴体に回した腕の上に重たげな胸が載っているような状態だ。

 晟生=アマツミカボシは急いで両者を手放した。

「あっ、ごめん」

「いえいえなのですよ。助けて貰ったので、ありがとうございます」

 彩葉=ラミアは礼を言って、その胸を尻尾で覆う。手ブラならぬ尻尾ブラだ。思わず見つめそうになるが、そこに声が響いた。

「二人とも新手です!」

 振り向けば、海面からは今しがた沈んだばかりの海棲生物と入れ替わるように同型の存在が出現していた。それも何体もだ。港湾内が半透明の半円形をした生物に覆われているようにも見えている。

「うわっ、これってマズい感じ」

「晟生さん、こうなったらアマツミカボシのスキルを使いましょう!」

「でもそれは……」

「山だって壊せるぐらいなんです。大丈夫です、行けますから」

 両手を握りしめ勢い込むヴァルキュリアの姿は、まさしく愛咲の動きそのものだ。翡翠色した三つ眼には、普段と同様に信頼と親愛の両方が存在している。だが、それでも直ぐに頷けやしない。

 なぜならば普段のスキルは無我夢中で使用しているため、あえて意識して使用するとなれば、実はやり方が分からないのだ。

 だが――そこに予想外の声が響いた。

「ソノ必要ハナイ。オ前ガ来タノナラ、コチラニ戦ウ気ハナイ」

 聞きづらい声だ。

 巨大海棲生物たちの上に一体の海棲生物が姿を現した。

 顔形や身体は人の女性であるが、青の髪色や珊瑚枝の角、青白い肌に黒曜石のような目、翼のように重なり広がった鰭が存在する。海棲生物とは水に適応した人の変異体なのかもしれないと思わせる姿だ。

 多数の触手が集まり道をつくると、青い姿がその上を歩きながら近づいてくる。

「久シブリダナ白イ星ノ神ヨ。壮健ソウデ安心シタ」

「えっ!?」

「サッソクデ悪イガ頼ミガアル。昔ノ誼デ助ケテハクレヌカ?」

「ちょっと待って」

「分カッタ……ヨシ、待ッタゾ。ソレデハ頼ミ事ダガ、私ノ――」

「だから、そうじゃなくって。その前に昔の誼と言われても……人違い?」

 晟生=アマツミカボシは応えながら、後ろ手でヴァルキュリアとラミアに後退するように合図を送る。だが、なぜか両者とも従う事なく同じ場所に控え戦闘態勢を崩さない。巨大海棲生物たちの前に仲間を置いていく事はできないとの判断なのだろう。

「人違イ? 白イ星ノ神ヲ操リシ汝ハ空知晟生デハナイノカ?」

「どうして名前を!?」

「違ウノカ?」

 不思議そうな海棲生物の前で、晟生はアマツミカボシを素体コアに戻した。背後で驚きと制止の声があがるが構いやしない。そのまま海棲生物を真正面から見つめる。

 黒い一色の目が大きく見開かれ、まじまじと晟生を眺めた。

「オ前……アア、ソウカ。ソウイウコトカ……」

「何か知ってるのなら教えて欲しい!」

「哀レナ空知晟生ヨ、残念ダガ今ノオ前ニ応エテヤル事ハ出来ヌ。ダガ助言ハシテヤル、オ前ハオ前デシカナイ。間違イナク、オ前ハ空知晟生ダヨ」

 意味が分からなかった。

 この海棲生物は晟生が仕事帰りに意識を失い、この姿になって荒野で目覚めるまでの空白を埋める情報を持っているはずだ。力尽くで聞き出してやろうかと思ったが、同時にこの相手は何も喋らないだろうとも思えた。何故か分からないが確信できた。

「……頼み事とは?」

「空知晟生ハ、ヤハリ空知晟生ノママカ」

 鋭い牙をかみ合わせながら海棲生物は笑った。後ろでヴァルキュリアとラミアはどうすべきか逡巡しながら待機をしている。

「頼ミ事トハ、我ガ娘ヲ探シテ貰イタイ。陸ニ揚ガッテ行方シレズナノダ」

「……もしかして、それで船を襲っているとか?」

「確カニ。モトモト人ヲ襲ッテイタノハ他ノ連中、我ラハソノヨウナ事ヲシテイナカッタ。ダガ、娘ヲ探スタメニ仕方ナクダ」

「なるほど」

 晟生は頭の中で素早く考えた。その娘という存在を見つけ人質とすれば、先程の情報を聞き出せる可能性がある。だが、随分と姑息な方法であるし、それをすれば相手との関係性は最悪。シズオカの街は未来永劫この海棲生物たちと争わねばならなくなるだろう。

 少し考え――そして諦めた。

「分かった、探してみるよ。でも、どんな娘なのか教えて」

「マズ、トテモ可愛イ」

「なるほど、それで?」

「素直デ優シクテ、私ノ後ヲ付イテマワッテ困ルグライニ可愛イ」

「……なるほど」

「少シ我ガママヲ言ッテ困ラセル事モアルガ、デモトテモ良イ子。言エバチャント理解シテ分カッテクレル。オ利口ダケド、分カッタ上デ困ラセルヨウナ事ヲシタリシテナカナカ大変」

 身振り手振りで一生懸命に伝えようとする海棲生物に晟生は思った――こいつ親ばかだと。

「ちょっと待って」

「ナンダ?」

「主観的な感想を聞きたいわけじゃなくって外見的な特徴を教えて」

「ナンダソウナノカ……」

 呟く海棲生物はどことなく残念そうだ。

 そして外見的な特徴を告げられ……晟生は天を仰いでしまう。後ろでヴァルキュリアとラミアも同様の仕草をした。全員が思い当たる節があったのだ。

 内陸部では臨戦態勢の靄之内の部隊や、ミシェと初乃は困惑中だ。

「何を話してるのかな?」

「さあ、ニャんだろ。でも戦わなくっていい感じみたいニャ」

「そうみたいだね」

 がうがう咆えセクメトは頷いている。

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