第65話 高度な柔軟性で臨機応変は理に適う
「シズオカの街を海棲生物が襲撃中。今回の依頼は、これを撃退です。市街地への被害は気にしなくていいとの事ですが、多少は配慮しておきましょう」
先頭を進む
これまで気にもしていなかったが、素体コア同士の通信はまるで普通の会話の如く交わされている。今も飛翔しながらだが、風切り音の影響もなければタイムラグもノイズさえも何もない。さすがは未来だ。
「主目的は海棲生物の撃退ですが、人命救助も行いたいですね」
迷いのある声に晟生は提案する。
「それなら二手に別れる事を提案するよ」
「理由は?」
「被害を一番少なくする方法は敵を排除すること。でも人命救助も気になるから、そちらは誰かに任せて、気兼ねなく戦闘に集中した方がいいと思う」
晟生が纏う純白の素体コアの隣へと、僅かに速度を落とした愛咲の青の素体コアが並ぶ。金色をした長い髪が風を受けサラサラと流れる様は、展開された翼もあって女神か天使のようだ。もちろん神魔を顕現させると戦乙女なのだが。
「確かにそれはそうですね、その意見を採用します。では、私と彩葉とミシェが戦闘メイン。晟生さんは初乃と一緒に人命救助をお願いします」
だが、それに初乃が不満そうに異を唱える。
「晟生と一緒なのは嬉しいけどさ、なんでぼくたちが戦闘じゃないの?」
「足下に人がいる可能性を考えながら戦えますか? 場合によっては踏みつぶす可能性もありますけど、その覚悟はありますか? つまり、そういう事ですよ」
「うぅ……分かった」
初乃は納得し頷いた。その赤い素体コアは翼――ただし航空機の固定翼のような――が肩や脚などに存在するが、それで揚力を得ているわけではない。どちらかと言えば飾りのようである。
前方の街が大きくなってきた。
「うん、海棲生物なのです」
「いっぱいなのニャ。あれが全部、お魚だったらいいのにニャ」
「食べれるかな?」
「流石にあちしも無理ニャ。だって人の形してるニャ」
わらわらと海中から這い上がる多数の海棲生物。眼下の建物の間を走る姿は人型をしている。流石に食べようとは誰も思うまい。
「では先程の内容で状況を見つつ、各自の判断でお願いします。えー、私の好きな本から引用しますとですね。この場合は、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処という事かと」
愛咲の言葉に彩葉は感心した。
「なるほど、それは現場を理解した人の言葉と彩葉さんは感心してます」
「戻ったら本をお貸します、是非読んで下さい。凄く面白くて――」
「うん、まずは依頼を終わらせてからにしよっか」
「あっ……すいません。では、各員顕現を」
まじめに言う愛咲だが、普段より少しだけ口調が早い。どうやら取り繕おうとしているらしい。状況を顧みず趣味の話をしかけた事が恥ずかしいのだろう。だが、そんな反応こそが人間らしくて可愛らしいではないか。
晟生は微笑んだ後に、表情を引き締め集中しだす。
人の生み出した最終兵器。第三種相転移によって姿を変え、科学の力によって神話を再現させる最強にして強大なる存在。脳裏に描くのは白く力強いアマツミカボシの姿。身体感覚が膨張拡大し、同時に濃密となっていく事を感じる。
晟生=アマツミカボシが眼を開けば、多数の海棲生物たちが確認できた。
◆◆◆
「こっちから後ろは安全だよ」
愛嬌のある雌獅子頭の女神である初乃=セクメトはハンドアクスを振り回し人々を誘導している。その声を頼りに、大勢の人々が一生懸命に走り集まってきた。恐怖と不安のなかに一条の希望を見いだした様子だ。
ただし、次の言葉で人々の必死さが増大し走る速度が上がる。
「あっ、でもさ。足下を移動するときは気をつけてね。ぼく慣れてないからさ、踏んじゃったらゴメンね」
「慣れてないで済む問題じゃないと思うけど」
「でも、ちゃんと言っとかないとさ。踏んだ時に悪いでしょ」
「それ踏む前提だね」
晟生=アマツミカボシは抱えていた年寄り数人を地上に降ろした。それを靄之内関係の兵士が受け取り安全域へと運んでいく。
一方で初乃=セクメトが防壁代わりに道路に立つ。この役割分担に至るには、かなりの数を無意味に破壊した時点であった。建物の被害を気にしなくて良いと言われているが、物には限度というものがあるのだ。
そこに靄之内配下の神魔装兵が避難する人を運んで来た。
「あらかた運び終えました」
山羊頭の半裸女性バフォメットだが声は意外に若く、アマツミカボシに対する恭しさがある。他のウンディーネやイエティといった神魔装兵たち、さらには今では靄之内にくら替えした元浜樫の部下たちも同じく遠慮のようなものがあった。
なお、ケンタウルスはアマツミカボシを見るなり腰を抜かして動けなくなっている。どうやらトラウマ存在に認定しているらしい。
「如何なさいましょうか?」
バフォメットは恭しげに言った。他の装兵もなぜか指示を待っている様子で、晟生=アマツミカボシとしては戸惑うしかない。
「あのね、別に指揮官じゃないから。ほら、命令系統も違うでしょ」
「若様からは晟生殿に従うように命じられております。ご指示下さい」
「あいつめ……いいよ分かった。半分は市街地への侵攻を阻止、残りは見落としがないか確認しつつ海棲生物の排除。そっちの能力が分からないから、役割分担は自分たちで決めて」
言って晟生=アマツミカボシは市街地を前進する。指揮だの戦闘指示だの、少し前まで普通のサラリーマンであった者に出来るはずもない。方針だけ決め、後は勝手にどうぞという事だ。
初乃=セクメトもトコトコ付いてくる。
「後は海棲生物を駆除すればさ、このミッションは終わりだよね」
「そうだけどね、でも簡単にはいかないみたいだ」
「えっ……ああっ、愛咲姉たちが!」
少し前方の港湾付近には、半透明の半円形をした生物の姿がある。何本もの触手が伸びているのだが、そこにヴァルキュリアとラミアが触手に捕らわれているのだ。特にラミアなど、触手が巻き付いた姿が、かなりエロい。
「……助けに行かねば」
思わず見入っていた晟生であったが我に返った。前進しようとするが――前方からケットシーが走って来た。片手で銃兵帽子を押さえ、もう片手でエストックを握り必死に走って来る。そして背後から追ってくるのは、にょろにょろした多数の触手だ。
「やばいニャ! 助けて、ヘルプミャー!」
悲鳴をあげるミシェ=ケットシーであったが、あろう事か転んでしまう。いかに神魔装兵とはいえど、段差に躓けば転ぶという事だ。背後からは触手が迫る。
「ミシェ! 遅れるな、ミシェ!」
「駄目ニャ! 間に合わないニャ!! ウニャアアアアッ!」
「あっ、捕まった」
見ている前で触手はケットシーのブーツに巻き付いた。
「ブーツを脱ぐんだ、ブーツを」
「駄目ニャ。そんな事したら、あちしのアイデンティ――ギュニャッ」
「おい!?」
「舌噛んだニャ……」
間抜けなケットシーは触手に捕まり、倒れたまま引きずられていく。何とも助ける気の失せる状況だが、初乃=セクメトは長年の仲間を助けるべく飛びだした。
建物を踏み散らし突進すると、間抜けな猫を捕まえる触手をハンドアクスで叩き斬る。そして背後に庇いながら残りの触手へと立ちはだかった。
「晟生、ミシェをお願い!」
「分かった」
雌獅子頭の女神が前に出て触手に備える間に、長靴を履いた妖精猫を星の神が引きずり戻す。神話の如き光景……に、少し喜劇風が混じっているかもしれない。
しかし、そこから繰り広げられるのは真実危険な光景だ。
背後に身を逸らす事で初乃=セクメトは触手を回避した。鞭のようにしなうそれは、風斬り音を響かせ通り過ぎ、その先で煙突に巻き付き破壊しながら引き寄せていく。
これに捕まればヴァルキュリアやラミアと同じ運命となる。
上手く回避出来たが、安堵する間はない。既に次の触手が襲いかかっていた。大きく振り回された先が鋭くしなう。一本だけでなく二本三本と一緒に迫り、互いに絡み合わない事が不思議なぐらいだ。
初乃=セクメトは地面に身を投げ出すように避けた。もちろんそこから、さらに転がり次の触手を避けねばならない。獅子の女神は身体の下で幾つもの建造物を破壊する。素早い身のこなしで、触手の攻撃を紙一重で回避していく。
それでも片足に触手が巻き付いた。
あられもなく吊り上げられるところをハンドアクスで触手を叩き斬った。地面に落下すると即座に跳ね起き、がおっと咆えながら武器を高速で振り回す。描かれる軌跡は次々と触手を斬り飛ばすものの、少しずつ押されていた。
「もう無理ー!」
雌獅子の口から泣き言が零れ、同時に触手が腕に巻き付く。動きの止まったところに、次の触手が迫り足を捉え胴に巻き付き、そして捕らわれてしまった。
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