第63話 話にならない相手
「靄之内から連絡でーす。ミシェから報告があった件で、何人かを派遣して確認するそうです」
「信じがたい情報だから当然さね」
一段高くなった席で和華代は頷いた。七十を過ぎてなお意気軒昂、白髪を後頭部で縛り男物の軍服を粋に着こなす姿は堂々たるものだ。
「ふむ、うちにも依頼が舞い込んできそうかもしれんね……出航はもう少し控えておこうか。こりゃ上手いこと一儲け出来そうなニオイがするだろ」
「あーっ、艦長が悪い顔してる」
「こりゃ地顔だよ。各班に連絡してスケジュールを調整させな」
艦橋は和気藹々とした雰囲気だ。
しかし遅れて来た副長の沖津が来ると、たちまちトーンが下がり気が引き締められる。嫌われてはいないが、好かれてもいない。普通に話せるが、しかし格別親しく話しかける事もない感じだ。
もちろん沖津は自らそうした役をやっている雰囲気がある。クルーたちの様子など気にもせず、きびきびとした動きで和華代に敬礼をした。
「状況は如何ですか?」
「何か面白い事が起きそうな感じだよ。それより遅かったじゃないか」
「申し訳ありません、なかなか手こずりました」
「新しく連れてきた娘っ子は厄介なのかい?」
フーコの事は晟生が雇って面倒をみると主張しているが、もちろん艦に乗せる人物を和華代が把握していないわけがない。一部始終は既に報告され伝わっている。
見知らぬ相手は警戒が必要。
たとえば平和な時代であれば、見知らぬ相手であっても面接だけで採用し従業員とするかもしれない。しかし、今の時代はそうではない。招き入れた相手が盗賊団の一員で夜半に賊を招き入れるという可能性もあるのだ。
晟生を乗せた際に愛咲と初乃が張り付いていたのは――本人たちにその意思はなかったにしろ――監視の一環。何度かの戦闘を経て今は信用されているが、別の監視がつけられ動向を把握していたりもした。
フーコの場合は晟生が洗う間に、沖津は素性を洗っていたのだった。
「数週間前に街に現れ住み着いたようで、それ以前の経歴は不明。以降の生活は街の中で残飯を漁ったり盗みをしたりで生活していた様です。状況からして、どことも繋がりはないはずです」
「なるほどね。苦労していたみたいだね」
言った和華代だが、さして気持ちは込められていない。この時代においてはありふれた出来事で、いちいち同情などしていたら気が持たないだろう。
「疲れただろう。立ってないで座りな」
「お気遣いありがとうございます。では失礼して座らせて頂きます」
「やれやれ、あんたもっと気楽に構えたらどうだい?」
「副長という立場があります。なにより性分ですので」
生真面目に言いつつ沖津は艦長席の斜め前に座る。
和華代はそんな様子を、困り顔に信頼を加えた様子で見ていた。まるで出来すぎた孫を見やる祖母の顔だ。なお、自分の孫二人には完全に困り顔になる場合が多いのだが。
「さてと、今の状況について話は聞いてんのかい?」
「ミシェと初乃の両名が、作戦行動中に近辺の浜辺にて生物兵器の群れに遭遇したという事までです。なぜ指定地から外れた場所に移動したか、その点につきましては後日落ち着いてから追及したいと思っております」
「あんまり叱ってやりなさんなよ。で、生物兵器どもだが話しかけて来たらしい」
「生物兵器が!?」
流石の沖津も表情を崩し驚愕した。それほどの珍事で異常事態なのである。もちろん、晟生が白面と会話しているとは思ってもいない。
「なんでも白い星の神に会いたいと、生物兵器どもが言ってんのさ」
和華代は目を閉じ拳で額を数度叩いている。晟生という人物がトリィワクスに加わって以降、何かとトラブルや滅多に起きない出来事に遭遇し続けているのだ。
「会いたい理由は何でしょうか?」
「さあ、分からんね。まずは白い星の神に会いたいとの一点張りらしい」
「艦長……連中は何故、アマツミカボシを星の神と知っているのでしょうか?」
「あん? そうした情報を持ってるって事はだ、連中が元は人間だって話が真実だって事じゃないのかい」
だが沖津は口元に手をやり考え込む。
「もう一点ですが、どうして外観からアマツミカボシと分かったのでしょう」
「ふうむ……言われて見れば妙だね」
初対面の相手の名が分からぬように、知らなければ分からないはずだ。
「つまりなんだね、生物兵器どもはアマツミカボシという存在を見た事があるって事なのかい?」
「神魔装兵は乗り手が変われば姿も変わってきます。その点からすると――」
「生物兵器共は晟生の乗るアマツミカボシに会った事があると?」
和華代は腕組みした片手を顎にやり真剣な顔で悩みだす。晟生という人物が二百年程もコールドスリープ状態であった事を知っているのは、この場では彼女だけなのだ。
◆◆◆
「この先が遭遇した地点でございますか。それでは、お仕事を致しましょう」
素体コアを着装したミヨAKは呟いた。
「ヤクシニー。夜叉にして鬼神、守護者にして喰らう者。善たらず悪たらず、汝の力をここに示したまえ」
自らの気が向くまま思うがまま、生きるための力を請い願う。
素体コアが反応すると、世界の狭間から引き出した霊子を周囲に纏わせていく。美しくも勇ましく、肉感的な性への衝動も込めた姿を心に描き――意識が一瞬だけ途切れ、再接続される。
黒髪ショートボブに蠱惑的な顔立ち。銀の胸甲に漆黒ドレスに身を包んだヤクシニーが、地上へと顕現する。ただし武器である大鎌はまだ手にしてはいない。これから行う事は対話であって戦闘ではないのだから。
傍らでは鰐頭のセベクも顕現。
こちらは、もともと
浜辺には多数の生物兵器が集っていた。
そのベースは恐らく人間であろう。姿形に強く面影を残しサイズもやはり人と大差ない。肌の質感は人のそれで、ただ色合いは白もあれば青や銀もある。角のある存在に、触手のある存在。そして鰭のある存在もいる。しかし中には、変異体といった範疇で扱われそうな存在もあった。
ミヨAK=ヤクシニーは大きく頷く。
「どうやら、あれは海棲生物ですね。私、以前に見た事がございます」
それはセベクの選ばれた理由が、あっさりと消えた瞬間だった。
相手は海中を主な活動場所とする存在。その前で海に飛び込むなど、飢えた肉食魚の中に飛び込むより愚かしい。セベクはしょんぼり肩を落とした。
「これは困りましたね。ですが仕方がありません、女は度胸。参りましょうか」
ミヨAK=ヤクシニーは言う程に困った様子もなく、スタスタ優雅に足を進める。気落ちしたセベクが尾を引きずり、のたのた後に続く。
二体の神魔装兵の接近に気付き海棲生物たちは一斉に振り向く。まるで群体の如き動きで、水中で群れ動く魚のようだ。そんな感想を抱きミヨAK=ヤクシニーは立ち止まる。それは必要とあらば即座に逃げる事も戦う事も出来る絶妙な位置だ。
群れを静かに見やり対峙しながら待ち続けること数分、一体の海棲生物が歩み出て来た。
「
顔形や姿に人の名残はあるが、それは全体としてだ。流水の青さを持った髪色に、珊瑚枝のような角。青白い肌に黒一色の目があり、唇のない口には鋭い牙のような歯が並ぶ。背には固そうな鰭が幾つか重なり、まるで羽根のようだ。
恐らくそれは群れのリーダーか、それに準じる存在なのだろう。鋭い目つきや身体の動きには、他と一線を画す雰囲気がある。
「白イ星ノ神ヲ呼ンダハズ。伝言ハ伝ワッテナイノカ」
「いいえ、伝わっております」
「ナラバ何故、オ前タチガ来タ」
「情報の真偽を確かめるためと、白い星の神を呼ぶ理由を確認するためでございます」
「我々ガ虚偽ヲ述ベタト思ウタカ」
その海棲生物は苛立ちだした。珊瑚枝のような角に放電のような光が煌めくと、群れ全体の雰囲気が一変する。ぬるりと身を起こすと、身体を伸ばし動きだす。人と大差ないサイズだが、もちろん身体能力はずっと上。水中で最大の力を発揮するが、もちろん陸上でも脅威となる。
「モウヨイ。白イ星ノ神ガ来ヌノナラ、我ラハ我ラデ動クノミ」
神魔装兵に敵はないものの、相手の数が多すぎた。
ミヨAK=ヤクシニーは後退しようとするが、セベクはその場に留まり戦いの姿勢を取る。威嚇するように口を開けているが、新参者として活躍しておきたいのだろう。
だがヤクシニーはセベクを掴んで止めた。
「ここは引くべきですね。実は私、戦いは嫌いなのですよ」
しれっと言って平然と背を向け歩きだした。
あまりにも堂々とした動きであるためか、海棲生物も一瞥しただけで後を追おうとはしない。もちろんだからと言って怒りが収まったわけではなさそうだ。鋭く耳に響く鳴き声と共に、群れは一斉に海中へと飛び込んでいった。
それから海棲生物たちは陸への攻撃を開始する。
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