第57話 猫と子獅子は土遊び
「わー、なんか凄い事になってるよね。山が壊れてら」
シズオカの市街から付近の山まで来たところだが、その山肌は大きく割れ崩れた状態となっている。もちろん原因はアマツミカボシの放った光だ。
直撃を受けたケンタウルスは一撃で倒されたものの、取りあえず素体コアだけは無事であった。着装者も生きてはいるが、あまりのトラウマに二度と顕現は不可能で装兵乗りとしては再起不能らしい。
激しく破壊された山の様子を見れば、それも当然という感じであった。
綺麗に割られた断面は、いったいどれ程の高熱に晒されたのか所々ガラス化し、日の光を浴びキラキラと光っている。一直線の破壊痕は真っ直ぐに山を割り破壊の跡を刻んでいた。
もしこれが二百年前であれば、環境問題も含め大騒ぎとなったに違いない。
「こんな威力の攻撃って普通ないよね」
セクメトの獅子顔は興奮した様子を隠せず、緩い布を纏った身体をひるがえし、元気よく破壊された山を指さしている。子供っぽさを残した愛嬌が漂うのは、やはり乗り手の影響が大きいのだろう。
その隣に立つのは二足歩行のサバトラ柄のネコで、風切り羽根付き銃兵帽子に赤マントを着用しているが、一番印象に残るのは足のブーツかもしれない。気取った様子で腕を組んでいるが、しかしどこか完全に気取りきれていない。これもやはり乗り手の影響だろう。
隣がセクメトちゃんと呼ぶに相応しい可愛らしさに対し、猫は捻たふてぶてしさがあった。もちろん全ては乗り手の影響で間違いない。
「こんな威力なんて普通じゃないのニャ」
「晟生って凄いんだね」
「凄すぎて恐いぐらいニャ。あちしは晟生に逆らったりしないって決めたのニャ」
「大丈夫だよ。晟生は凄く良い人なんだからさ、怖がる必要なんてないよ」
「ちょっと意地悪ニャけどね」
二体の神魔装兵は、雌獅子とネコは顔を見合わせ話し合う。
この破壊によって周辺の生き物は死んだか逃げ出したか、そのどちらかなのだろう。山の付近とは思えない程に静かで、生き物の気配がない。パラパラと斜面を転げ落ちる石の音が妙に響く。
「でさ、ぼくたちのお仕事はさ。この一直線の場所を道にするって事なんだね」
雌獅子はキラキラと目を輝かせ、がおがお頷いている。
「そうなのニャ。これで油田方面からの道が確保できるって事なわけニャ。そうなると――」
「えーっと何だっけ。輸送コストが下がって、燃料の値段も下がって、そしてお魚の値段が下がって沢山食べられるようになるって事なんだね」
「ウニャウニャ、鰹節と煮干しの値段も下がるニャ」
「そうなるとさ天然物で出汁が簡単に取れて美味しいご飯が待っている!」
「楽しみニャ。では、頑張って作業するのニャ!」
「頑張っちゃおー!」
初乃=セクメトとミシェ=ケットシーは拳を突き上げ、崩れた山で土いじりを開始した。両者の希望する未来はまだ数年は先だが、何にせよ作業を開始せねば、ずっと先の未来になってしまう。
身の丈は普通の人間の三倍程度。ただしセクメトの方か小柄なため、もう少し小さい。しかし肉体強度や力は人間とは比較にならぬほど強く、大岩でも軽々と持ち上げる事が可能。
この時代において重機類は殆ど姿を消しているため、考えられる最高の工事作業だろう。ただし普通は神魔装兵を土木作業に用いるなど誰もやらない。
着装者のプライドがあって、戦闘以外で使われる事を殆ど拒否。さらにコスト問題もあって、神魔装兵に対する依頼料は高いのだ。
しかし初乃とミシェはやる気である。
食べ物絡みという事もあるが、晟生からしっかり頼まれているのだ。山を破壊したことを後ろめたく思い、破壊の痕跡が有効活用される事を期待しているらしい。これに応えないという選択肢はなかった。
コスト面でも靄之内グループは晟生が投資した資金を積極的に使用する事に決めている。トリィワクスに作業を発注したのもその一環であるし、何より資金を還元させてやろうという思惑もあるのだろう。
もちろん引き受けた
報酬はもちろんとして、グループとの繋がりを強め、それを内外に知らしめる効果。装兵乗りになったばかりの初乃に初任務を与えつつ習熟訓練をさせる効果。懲罰がらみ――初乃は勝手な行動でセクメトに乗り込んでいるし、ミシェは部外者にトリィワクスの内部事情を話している――としての効果。
そうした様々な観点もあって今の作業がある。しかしながら神魔装兵二体は何も気にする事なく意気揚々と作業を開始する。
「鰹節のためニャら、全力でいくニャ!」
「美味しいご飯と、あと晟生の為だもん。ぼく頑張る」
斜面の不安定な石が落とされ、割られた岩が放り出され、足下が踏み固められていく。普通の人間が行うよりも遙かに早く、山の断面は道へと姿を変えていった。
作業効率が良いのは単に神魔装兵だからというわけでもなく、乗り手の気分も大きいだろう。
「今頃さ、晟生って何してるかな」
「街に買い物に行くって言ってたニャ。きっと頑張れば美味しいものとか、むふふなご褒美をくれるのニャ」
「こないだね鰤の照り焼きっての食べたの。あれさ、最高に美味しかったよ」
「あちしも食べたいニャ!」
「じゃあ頼んでみよっか。ぼくもまた食べたいから」
雌獅子顔の少女スタイルな女神と、妖精ネコは楽しげにお喋りしつつ作業を行っていく。
◆◆◆
初乃=セクメトは地面に何かを見つけた。
「ねえ、これってコンクリートだよね。こんな山の中にもあるんだ」
「そうなのニャ。という事は、あれニャ。大昔の高速道路ってものの痕跡に違いないのニャ。とんでもない遺跡を発見してしまったのニャー!」
「うわぁ遺跡! それなら大発見だよね!」
持ち上げたコンクリート塊が軽い仕草で放り投げられると、遙か先の地面に激突しめり込んだ。流石に神魔の名が冠せられるだけあって凄い力であった。
出発を命じられる前に見せて貰った大昔の地図によれば、作業をする付近にはかつて高速道路と呼ばれるものがあった事を確認している。
きっとそれに違いないと思った。ただし両者とも高速道路とはどういったものか、よく理解していなかったが。道路は分かるが高速の意味が分からない。
「でも、どんな遺跡なのかニャ?」
「ぼくねマンガで読んだけどさ。マスドライバーって言ってね、荷物を加速させて高速で宇宙に物を送り出す装置があるんだよ。これはきっと、それの残骸だよ」
「それニャ! 初乃は意外に物知りニャ」
「意外って失礼だよ。ミシェもさ、もっと読書しなきゃ。ぼくの集めたマンガ貸したげるよ。面白くて為になるんだから」
「そうするニャ。あちしも勉強して賢くなるのニャー!」
ハイタッチまでする二体の装兵は、地上に顕現した神魔の姿に相応しくない陽気さだ。しかし見る者が楽しくなるような様子ではあった。
「それニャら、もう少し探してみるのニャ! 目指せ遺跡発見!」
「でも仕事の最中だよ。婆っちゃに報告してから探した方が良くないかな」
「問題ないニャ。いいかニャ、今日の作業は凄くはかどってるニャ」
「うん」
「つまり今日の予定分は完了しているわけニャ。そんでもって、もうちょっとすると活動限界のお時間になるのニャ」
「あっ、そうなんだ」
「そこ大事なのニャ。初乃は慣れてニャいんで注意しとくのニャ。ちゃーんと時間を把握しとかないと大変な事になるニャ」
神魔装兵を長時間使用すると、精神疲労によって使用者には、まず頭痛が生じる。やがて活動が低下していき、最後には相転移が解除され素体コアへと戻ってしまう。所詮は紛い物の存在であって、人が神魔になるという事には無理があるという事だ。
「で、お話しそれたけど活動限界になるからなに?」
「よーするに、どっちみち今日の作業は大して出来ないってわけニャ」
「なるほど。そうなると……」
「ちょっとぐらい遺跡を探しても問題ないニャ!」
「遺跡を見つけちゃったら凄いよね」
「ボーナス出て、うはうはニャ!」
「もちろん晟生も褒めてくれる……また撫でてくれるかな……」
以前に艦橋で褒めて貰った事を思い出し、初乃はうっとりした。しかし今はセクメトであるため、獅子が頬に手を当て悶える状態だ。それはそれでヌイグルミか何かのように可愛いかったりする。
「あちしも耳をカミカミして貰いたいのニャ!」
以前に艦橋で噛んで貰った事を思い出し、ミシェはうへうへした。しかし今はケットシーであるため、猫が舌を出し悶える状態だ。それはそれで路地裏の野良ボス猫のようにふてぶてしかったりする。
「「…………」」
どちらからともなく顔を見合わせ握手すると、猛烈な勢いで地面を掘り返しコンクリートの痕跡を追っていく。破壊から長い年月を経ており、散逸したそれは見失いそうな状態だが、両者は欲望を糧に驚異的集中力と勘で見つけていく。
猫妖精と獅子の女神は、途中から少しコンクリートの質が変わった事にも気付かず掘り返していき――少しずつ海へと近づいていく。やっている事は子供の遊びのような動きだが、そのサイズは並ではない。
後ろには長く掘り返された土の後が残る。
そして気付けば浜辺付近に到達しており――。
「んニャッ?」
「どうしたのさ。何か見つけたの……あれ?」
気付けば目の前に生物兵器の群れがいた。
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