第54話 荒ぶる星の神

 アマツミカボシの受肉顕現と共に戦いの動きが止まった。

 空気が重くのしかかる――そこに顕現した姿は、確かに荒ぶる神と呼ぶべき存在。祟りと災いをもたらす荒魂。晟生の怒りに応えたアマツミカボシは、今や荒神と化し威圧感をまき散らす。

 黄金色の目は全てを射貫くほどに鋭く、底知れぬ恐ろしさを秘めていた。細身の肉体は豪壮無比に力を宿し僅かな動きだけで溢れるほどの神気が放たれ、描かれた文様は少しずつ加速するように明滅する。

 それは見る者に恐怖と不安、そして畏怖を覚えさせた。

晟生せpさん……」

「あれ、やばいニャ。あちし、今度から怒らせないようにしとくニャ」

 トリィワクスの面々は怒気に満ちたアマツミカボシの様子に怯んでいる。その他の者たちは圧倒され、素体コアを着装した男が第三種相転移を経て人型から神型に変じた事実に驚きを隠せないでいた。

 白面は姿を現した白き星神を、ジロリとみやる。

 次の瞬間には役目は終わったとでも言わんばかりに大きく跳び退くと、そこから高速で駆け去りその場から姿を消した。

 だが、その事に誰も気付きもせず気にもしてられない。戦場の視線を一身に浴びるアマツミカボシは獰猛な笑いを浮かべ――静から動へ。

 地を蹴りたて驀進ばくしんする先はトオトミ勢力の装兵集団である。

「散りなさいっ!」

 ミヨAK=ヤクシニ-が叫び逃れるものの、残りの神魔装兵は迫る荒ぶる星の神を前に恐怖し動けない。そして戦いと呼ぶには一方的な暴力がはじまった。

 跳んだアマツミカボシが虚空に手を挙げ、そこに出現した剣を掴むなり振り下ろす。マーマン頭から股間まで両断され、横薙ぎに大きく払われアスラ二体がまとめて斬られた。霧散した肉体から現れた素体コアは、地面に墜ちたまま動かない。

 残ったアスラは素手で頭を打ち砕かれ、オニは蹴りの一撃で胴体が弾け散る。

 それは虐殺に等しく、恐れをなしたケンタウルスは俊足を活かし逃げだした。通常の戦いであれば正しい判断であっただろう。だが、今は違う。

 蹄をけりたて遠ざかる姿を見やり、アマツミカボシは剣を地に突き立てると両手を向き合わせた。

「うあっ……」

 叫びは誰があげたのか、アマツミカボシのカルマは爆発的に高まり畏怖すべきレベルに到達。臨界を越えた力が一条の閃光となって放たれると、引きずられるように大地が弾け爆炎が吹き上がる。

 その攻撃はケンタウルスを呑み込んだだけでなく、彼方の山にも直撃。膨大な質量を打ち砕きもした。もはや他とは圧倒的に違う威力のスキルだ。

 全てが声を失った中でアマツミカボシはギロリと浜樫ひんかし=スキュラを睨む。

「ひっ、来るな。来るんじゃないだわさ。こっちには人質が――」

 しかし、車を預かるセベクは地に膝を突き、震えながらそれを掲げ頭を伏せていた。全くもって賢い選択であり、アマツミカボシは一瞥しただけで興味を失い重く力強い足取りでスキュラへと迫る。

「だわわなのさぁ!」

 吠えた浜樫=スキュラが触手を鞭の如く振り回した。

 だが、アマツミカボシは避けようとすらしない。それは避ける必要もないためで、事実胴体に命中した一撃は何の痛痒も与えていなかった。

 黄金色の目は酷薄さを帯び、浜樫=スキュラを睨み付ける。

 白銀の剣が一閃し浜樫=スキュラの首を通過、それが落ちるより早く二閃、三閃。腕から触手までをも次々と斬り飛ばし、最後には落ちた胴体を踏みつけ突き込んだ剣で大地に縫い付けた。

 荒ぶる星の神は剣を手に悠然と振り向く。

 その前には大鎌を構えるミヨAK=ヤクシニーの姿があった。

「なんて……見事な力でしょうか。さあ、どうか私を蹂躙して下さいませ」

 うっとりと呟き疾走すると大鎌を振り回し、下からすくい上げる。瞬時に横から上からと高速の連撃を放つ。だが、その全てをアマツミカボシは回避し剣で弾き捌いていた。

 近寄るだけで裂かれそうな戦闘が繰り広げられており、他の誰も介入する事はできやしない。

「はあああっ!」

 手首で回され旋盤のように回転する大鎌が振り降ろされた。

 残像さえ残す一撃を、しかしアマツミカボシは霞むような速度で腕を伸ばし柄を掴む。神威の塊のようなそれを握力のみでへし折る。反対の腕を突き上げヤクシニ-へと叩き込んだ。

 甲冑を破壊されたヤクシニ-は裸体を晒しながら吹っ飛ばされ、トオトミの館へと落下。艶やかな姿は建物を粉砕した後に消え失せ素体コアとなった。

 ようやく動きを止めたアマツミカボシの元へとヴァルキュリアたちが集まり、荒神を鎮め祀る巫女の如く、畏れと親しみをもって取り囲んだ。

 ようやく荒ぶる星の神は落ち着きをみせ姿を薄れさせていった。

「あいつは……本当に何者なのだ……」

 靄之内は呆然と呟き、ようやくシートベルトを外した。

「セベクの着装者よ車を下に降ろせ。戦いは終わった、こちらも責める気もない。そちらも、これ以上の敵対する気もないであろう」


◆◆◆


 素体コアを除装した晟生は腰布一枚の状態で地面に降り立った。何か憑き物の落ちたような、すっきりした気分で自らを囲む女神たちを見上げる。

 お子様体型なセクメトとネコなケットシーはともかくとして、残り二体は少々目に毒であった。ヴァルキュリアの白く滑らかな太ももに、ラミアの蛇体に変わる際どい部分からお臍。そして両者ともサイズ差もあるが圧巻的な胸の盛り上がりなのである。

 それぞれが相転移し素体コアに戻ると、その光景はあっさり消えた。

「晟生さん、無事で良かった……」

 素体コアを飛び出すように除装した愛咲は駆け寄るなり抱きついてきた。少女は体にぴったりしたパイロットスーツ風の姿。さらに銀髪おっぱいの異名を持つ彩葉はキャミソール風のシャツ姿で褐色の肌を無頓着に晒し、その状態で愛咲もろとも抱き締めてくる。嬉しいが苦しい。

「うん、良かった本当に良かった」

「あのね苦しいんですけど」

「駄目なのですよ、彩葉さんは晟生くんの匂いをしばし堪能」

 そのまま髪に顔を埋め、すーはーと深呼吸し出す相手に晟生は仕方ないと諦めた。いろいろと心配をかけ、さらには救助のために戦闘までさせてしまったのだ。これでは文句を言う事など出来るはずもない。

 セクメトの姿が薄らぎ細身シルエットの素体コアへと変わる。

 その乗り手は、やはり初乃だった。除装するなり跳ねるよう近づいて来るのだが、少し手前で立ち止まり、体を捻り後ろ手で照れるような笑顔をみせた。

「えっへへー、ぼく頑張っちゃったよ」

「やっぱりそうか、セクメトを乗れるようになったわけだ、」

「そうだよ! 前に晟生に言われた事を思い出したの。それでね、晟生を助けたいから力を貸してってセクメトにお願いしたの。そしたら応えてくれたんだよ」

「良かったじゃないか」

「でね、勝手に素体コア使って飛びだして来たからさ。えーっとね……後で一緒に婆っちゃに謝って、お願い!」

「はいはい後で一緒に謝ろう」

 両手を合わせ拝んだ初乃も笑顔を見せ、晟生にしがみつくメンバーに加わった。もうこうなると、どうにでもなれという気分だ。この少女たちの気がすむまで好きにさせておく事が一番だろう。

 誰もスキュラの辱めについて言及しない。どうやら、そっと優しく触れないでいてくれるらしい。自分ではどこまでどれだけ見られたかまでは分かっていないが、どうやら気遣われるぐらいには見られたらしい。

「ニャッハー、晟生も無事で良かったニャ。いいかニャ、これは貸しなのニャ。だから後でしっかりたっぷり返すのニャ。具体的にはあちしの部屋で一晩かけて組んず解れつイニャンバカンと。あっ、でも今夜はさっきの剥ぎ取り映像で楽しむ――ぐえっ」

 ケットシーの素体コアから出て来たミシェは妄想笑いをしていたのだが、背後から蹴り飛ばされ悲鳴をあげた。機動兵器から降りてきたリーヌの仕業だ。

「あー、ごめん晟生。この馬鹿ネコは教育しとくから気にしないどいて。素体コアの映像も完全に抹消しとくから」

 そんな言葉に少女たちはギクッと反応していたが、晟生は気付かない。

「ありがと。それから素体コア助かったよ」

「べ、別に普通の事しただけだし」

「いや本当に助かったから。でも怪我はなさそうだけど機体は大丈夫?」

「あっははーっ。大急ぎで組み上げたはいいけど、そのまんま試運転なしでぶん回したからね。ちょっとね、上手くなかったね」

 オーバーオール作業服はオイルで汚れ、それは顔にまで付着していた。どうやら本気で頑張り突貫でレストア作業を終わらせたらしい。全ては晟生の救助のためという事だ。

「元々PD515X-4は信頼性高いから無茶が利く機体なんだけど、流石に無茶がすぎちゃったかな。でもね、えーと頑張った甲斐があった」

 照れた様子のリーヌは鼻の頭をこすり、まるで照れ隠しでもするかのようにミシェの頭を小突き顔を赤らめている。そのネコ耳娘の迷惑そうな顔などお構いなしだ。

 向こうには接近する強襲揚陸艦トリィワクスの姿があった。

 そして靄之内の応援も到着し戦後処理を開始しだした。そちらはこれからが山場という事なのだろうが、なんにせよ浜樫の起こした騒動はこれでひと段落という事らしい。

 ようやく満足した愛咲が離れ――ただし名残惜しげに――ると、今度は可愛らしく睨んできた。

「いいですか、今回は白面の気紛れで助けられましたが、同じような幸運があるとは限りませんから。晟生さんは、もっと慎重に行動するようお願いします。もちろん私たちも気を付けますが」

「へーい」

 応えながら晟生は心の中で再度白面に感謝する。

 どうやら皆は白面の行動を偶然の産物程度にしか捉えられてないようだ。生物兵器とは人を襲う存在という既成概念があるため、明確な意思で晟生を助けたとは思ってさえいないのだろう。

「いろいろと心配かけてごめん」

 晟生は皆に向けそっと呟いた。

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